24話 七宮
六限目。
ロングホームルームの時間。
教室はどこか落ち着かなかった。
球技大会。
それだけでクラスの空気が少し浮ついている。
「ありさ絶対バレーでしょ」
隣の瑠華が笑いながら言う。
「まぁたぶん」
亜里沙も苦笑いしながら答えた。
その時。
教室の扉が開く。
「はーい、おしゃべり終わりー」
桃原先生だった。
「球技大会の種目決めるよー」
教室が少し静かになる。
桃原先生は黒板へ種目を書き始めた。
ソフトボール。
サッカー。
バスケットボール。
バレーボール。
テニス。
卓球。
バドミントン。
書き終わると振り返る。
「枠埋まらないところは誰か二種目出てもらうからねー」
その一言で教室がざわつく。
運動が得意な男子達はすでにやる気満々だった。
七宮もその一人だ。
種目決めは思った以上に順調に進んだ。
男子ソフト。
男子サッカー。
バスケ。
女子バレー。
人気競技はあっという間に埋まる。
テニスもすぐだった。
卓球には運動が苦手な生徒達が集中する。
気付けば残っているのはバドミントンだけだった。
蒼真は少し考える。
怪我のリスクも比較的少ない。
そして手を上げた。
「バドミントンで」
桃原先生が名前を書き込む。
だが。
バドミントンはペア競技だった。
男女の組み合わせは自由らしい。
しかし蒼真の隣だけは空いたままだった。
蒼真は内心焦っていた。
残り物だったのは仕方ない。
だがペア競技となると話は別だ。
普段の自分を思い出す。
クラスで目立たない。
積極的に話しかけない。
友達も多くない。
今になって、それが少しだけ効いていた。
どうしよう。
そんなことを考えていた時だった。
「俺、バドミントンも出たい」
声が上がる。
七宮だった。
教室の視線が集まる。
七宮は気にした様子もなく笑う。
「米倉、いいよな?」
蒼真は一瞬固まった。
意外だった。
七宮の方から名乗り出てくるとは思っていなかった。
しかも躊躇がない。
「……よろしくお願いします」
蒼真が頭を下げる。
七宮は笑った。
「よろしく」
それだけだった。
けれど蒼真は少しだけ肩の力が抜ける。
正直、助かった。
その時だった。
七宮の隣の席。
亜里沙が一瞬だけ何か言いかけたように見えた。
立ち上がりそうになって。
そしてやめた。
ほんの一瞬のこと。
誰も気付いていない。
瑠華ですら気付いていない。
だから亜里沙自身も、
自分が何をしようとしたのか分からなかった。
ただ。
七宮のおかげでほっとしたような表情を見せる蒼真。
その顔を見た瞬間、
亜里沙もなぜか少しだけ安心していた。
よかった。
ただ、それだけ。
さっき自分が何をしようとしていたのかは分からない。
でも。
蒼真のペアが無事に決まったことだけは、
少し嬉しかった。
ロングホームルームが終わり、教室は帰り支度を始める生徒達で賑わっていた。
蒼真も机の中を片付けながら鞄を肩に掛ける。
その時だった。
「米倉」
声を掛けられる。
振り向くと七宮が立っていた。
「ん?」
「バドミントンの練習とかする?」
蒼真は少し考える。
そして首を横に振った。
「ごめん」
「学校終わると用事あるから」
嘘ではない。
美容学校。
店の手伝い。
自主練習。
放課後の予定はほとんど埋まっている。
七宮は意外そうな顔をしたが、すぐに笑った。
「そっか」
「ならむしろ助かるわ」
「え?」
今度は蒼真が首を傾げる。
七宮は頭をかきながら続けた。
「俺、サッカーも出るんだよ」
「あー」
蒼真は納得する。
「放課後練習とか言われたら正直きついんだよな」
「そっち優先したいし」
七宮は苦笑した。
「だから本番ぶっつけでいこうぜ」
まるで大したことではないように言う。
蒼真は少しだけ肩の力が抜けた。
ペア競技。
正直、多少気を遣うものだと思っていた。
けれど七宮はそんな空気を感じさせない。
「よろしくお願いします」
蒼真がそう言うと、
七宮は笑った。
「おう、よろしく」
それだけだった。
けれど蒼真は少しだけ思う。
七宮って、意外といいやつだな。
そんなことを考えながら、蒼真は急ぎ足で教室を後にした。
美容学校へ向かうために。
その日の夜。
美容学校。
蒼真はいつものように席へ座り、実習の準備をしていた。
ウィッグを取り出し、道具を並べる。
その横から聞き慣れた声がした。
「ねぇ」
亜由美だった。
「球技大会出るの?」
蒼真は手を動かしながら答える。
「うん」
「へぇ」
亜由美は少し驚いたように目を丸くした。
「出ないと思ってた」
「俺もそう思ってた」
蒼真が正直に答える。
すると亜由美は吹き出した。
「なにそれ」
そして頬杖をつきながら蒼真を見る。
「でも偉いじゃん」
「美容学校も頑張って」
「高校もちゃんとやろうとして」
「そういうの大事だと思うよ」
蒼真は少しだけ居心地が悪くなる。
褒められるのは苦手だった。
「別に」
視線を逸らしながら答える。
その反応を見て亜由美はさらに笑った。
「照れてる」
「照れてない」
即答だった。
だが説得力はあまりなかった。
亜由美は楽しそうに笑う。
そして少しだけ優しい顔になった。
「なんかさ」
「最近の蒼真って、一歩前に踏み出した感じあるよね」
蒼真は手を止める。
意味がよく分からなかった。
「そう?」
「うん」
亜由美は迷いなく頷く。
「前より色んなこと避けなくなったっていうか」
「ちゃんと向き合うようになったっていうか」
蒼真は返事をしなかった。
自分ではよく分からない。
けれど。
榎本先生との話を思い出す。
球技大会へ出ると決めた夜のことも。
少しだけ胸の奥がくすぐったかった。
その時。
教室の前方から声が響く。
「はい、始めるわよ」
榎本先生だった。
教室の空気が引き締まる。
生徒達が一斉に前を向いた。
蒼真も気持ちを切り替える。
夜の授業が始まった。
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