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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。
第一章 春

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22話 遅刻

翌日のホームルーム。


 担任の桃原先生が教壇の前に立ち、プリントを配り始めた。


 教室が少しざわつく。


 球技大会のお知らせだった。


 「来月、球技大会あるからねー。各自、出たい種目考えといてー」


 その一言でクラスの空気が変わる。


 「バレーやろうぜ!」


 「いやドッジだろ!」


 「女子どうするー?」


 あちこちで楽しそうな声が飛び交った。


 イベント前特有の浮ついた空気。


 普段より少しだけ教室が明るく見える。


 しかし。


 蒼真だけは気が重かった。


 球技。


 つまりボールを使う。


 つまり指を使う。


 指を怪我する。


 それは美容師の卵にとって致命的だった。


 高校だけならまだいい。


 だが夜は美容学校がある。


 学校の課題。


 店の手伝い。


 夜の練習。


 全部、指先を使う。


 蒼真は配られたプリントを見ながら小さくため息を吐いた。


 ――どうしよう。



 その日の放課後。


 蒼真は職員室へ向かった。


 事情を説明すると、桃原先生は少し考えたあと納得したように頷く。


 「まぁ米倉の場合は事情が事情だしね」


 美容学校へ通っていることも。


 家が美容室であることも。


 桃原先生は知っている。


 「うん、分かった。出場は免除でいいよ」


 蒼真はほっと胸を撫で下ろした。


 しかし。


 「ただし」


 桃原先生が人差し指を立てる。


 嫌な予感しかしない。


 「何もしないってわけにはいかないかな」


 「当日はクラスのサポート係ね」


 「サポート係?」


 「試合の進行確認、飲み物の管理、出欠確認。その辺」


 桃原先生はニヤリと笑った。


 「米倉君、そういうの得意そうじゃん?」


 蒼真は少しだけ考える。


 確かに競技へ出るよりはずっとマシだった。


 「……分かりました」


 そう返事をすると、桃原先生は満足そうに頷く。


 桃ちゃんとの話が終わり、蒼真は職員室を出た。


 廊下にある時計を見る。


 時刻は思ったより遅かった。


 「やば」


 思わず呟く。


 いつもなら、とっくに美容学校へ向かう時間だ。


 蒼真は急いで昇降口へ向かいながらスマホを取り出した。


 数回の呼び出し音。


 すぐに電話が繋がる。


 「すみません。少し遅れます」


 相手は美容学校の担任だった。


 事情を簡単に説明すると、


 『分かった。気を付けて』


 短い返事が返ってくる。


 「ありがとうございます」


 電話を切り、蒼真は足早に校門へ向かった。



 その頃。


 亜里沙は瑠華と一緒に帰ろうとしていた。


 昇降口を出たところで、ふと視界の端に見慣れた姿が映る。


 蒼真だった。


 スマホを耳に当てながら、どこか急いでいる様子で歩いている。


 普段なら、とっくに帰っている時間だ。


 亜里沙は思わず足を止めた。


 「どした?」


 瑠華が不思議そうに聞く。


 「いや……」


 亜里沙は小さく首を振った。


 蒼真は電話を終えると、そのまま駅の方へ走っていく。


 こちらには気付いていない。


 「何やってるんだろ」


 思わず呟く。


 この時間まで学校に残っているのも珍しい。


 しかも、あんなに急いでいる。


 少しだけ気になった。


 けれど理由を聞く機会もなく、蒼真の背中は人混みの中へ消えていった。



 美容学校へ駆け込む。


 教室の扉を開けると、すでに授業は始まっていた。


 「すみません」


 蒼真が頭を下げる。


 教室中の視線が一瞬集まる。


 その中で、一人だけ腕を組んで立っていた女性がいた。


 榎本先生。


 金髪をまとめた綺麗な女性だ。


 年齢は三十代前半くらい。


 目つきは鋭く、初対面だと少し怖く見える。


 だが生徒たちは知っている。


 この人が誰より面倒見が良いことを。


 「ねぇ米倉」


 低めの声。


 蒼真の背筋が少し伸びる。


 「遅刻の連絡は?」


 「入れました」


 「誰に?」


 「榎本先生です」


 「そう」


 榎本先生は一つ頷く。


 そして教室全体を見回した。


 「今のやり取り聞いた?」


 数人が頷く。


 「社会出たらね」


 「遅刻することより、連絡しない方が怒られるから」


 教室が静かになる。


 榎本先生は続ける。


 「体調崩した」


 「電車止まった」


 「事故った」


 「理由なんて後でいい」


 「まず連絡」


 「それが出来ない人間は信用失う」


 淡々とした口調だった。


 怒鳴らない。


 説教もしない。


 でも言葉は重い。


 「座っていいよ」


 「ありがとうございます」


 蒼真は席へ向かった。


 隣では亜由美が苦笑している。


 「いきなり公開処刑じゃん」


 「別に怒られてないだろ」


 「そういうとこ」


 意味が分からない。


 蒼真は首を傾げた。



 授業終了後。


 帰ろうとしていた蒼真へ声が飛ぶ。


 「米倉」


 振り返る。


 榎本先生だった。


 「ちょっと残って」


 その一言で教室がざわつく。


 蒼真は眉をひそめた。


 「俺ですか?」


 「あなた以外誰がいるの」


 即答だった。


 そして榎本先生は資料を閉じる。


 「話あるから」


 「職員室」


 それだけ言って歩いていく。


 蒼真は心当たりを探した。


 だが何も思い浮かばない。


 「何かやらかした?」


 亜由美がニヤニヤしている。


 「知らん」


 「じゃあ頑張って」


 「何を」


 「生きて帰ってきて」


 「おい」


 蒼真はため息を吐いた。


 榎本先生の背中はすでに廊下の向こうへ消えている。


 ――嫌な予感しかしなかった。

読んでいただいてありがとうございます。


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