番外編 その想い読めちゃうからこそ 1
ザレムの喧騒を離れ、小さな村に足を踏み入れた瞬間、柔らかな風が頬を撫でた。
土の匂い、熟れた果実の甘さ、そしてのんびりした鶏の鳴き声が耳に届く。
「⋯⋯静か、だね」
フィリアがぽつりと呟いた声に、隣を歩く長身の男――エリオンがゆっくりと頷く。
「こういう空気は、嫌いじゃない」
「うん、あたしも。⋯⋯なんか、気が抜けるね」
リリィは一歩前を歩きながら、小さく鼻を鳴らした。
「まったく。任務でなければ、日向ぼっこしていたい村ね」
魔物出没の依頼で訪れたのは、ザレムから馬車で半日の田舎村。
ジークとレイは後続で到着予定。今は先発組の3人だけが村に入っていた。
村の中心に向かう途中、ひとりの少女が興味深げにこちらを見ていた。
「――あっ⋯⋯!」
驚き混じりの小さな声。そのまま目を見開いた少女は、フィリアたちに近づいてくる。
薄水色のショートボブが揺れ、紺色の瞳がまっすぐエリオンを見つめていた。
「もしかして⋯⋯ラミアの方、ですよね?」
「⋯⋯ああ、そうだ」
いつも通りの落ち着いた声。エリオンは礼儀正しく一礼した。
少女は頬を染めながら、そっと手を握り合わせる。
「わぁ⋯初めて、見ました。本当に綺麗⋯⋯」
「⋯⋯ありがとう。俺はエリオン。君は?」
「あっ⋯⋯ヒ、ヒルダですっ。この村で、薬草を育てていて⋯⋯!」
緊張と感動が混ざったような声音。
その瞬間、フィリアの脳内に“ざわっ”と波紋が広がった。
――あ、やば。完全に恋の気配じゃん。
ヒルダの感情は純粋だった。好奇心、尊敬、そして芽生えたばかりの恋情。
それが、フィリアの感覚にはっきりと伝わってくる。
(あちゃー⋯⋯これは厄介なやつだ)
ヒルダはエリオンの尾をちらちら見て、可愛らしく笑う。
「この模様⋯⋯触ってみても⋯⋯いい、ですか?」
「⋯⋯構わないが、噛みはしない」
「えっ⋯⋯ふふ、冗談も言うんですね⋯⋯!」
ぱぁっと笑うヒルダ。フィリアは咄嗟に言葉を挟んだ。
「ヒルダちゃん。エリオン、結構びっくりしやすいからね? 触るときはそっとね?」
「あっ、はいっ!ごめんなさい!」
笑顔を崩さず、フィリアはにっこり。だが心の中では軽くため息をつく。
(頼むからその恋、3秒で終わってくれ)
村の宿に案内されると、ヒルダはちゃっかり手伝いを名乗り出て、荷物運びやらお茶出しやらに奔走し始めた。
もちろん、ターゲットはエリオン一点集中。
エリオンは鈍感というより、好意を恋として捉えない主義なので、終始真面目に対応しているだけなのがまた腹立たしい。
(⋯⋯いや、腹は立ってない。うん。
⋯⋯たぶん)
「ねぇ、エリオン。あたしのクロスボウ見てくれる?」
唐突に声をかけたフィリアに、エリオンは少し驚きながらも頷く。
「構わないが⋯⋯何か不具合でも?」
「ううん、別に。ただ、見てほしかっただけ」
「⋯⋯そうか」
尾がゆっくりと地面に沿って動く。
わずかに、フィリアの足首に触れたその感触に、鼓動が跳ねた。
それだけで、少しだけ安心する。
(うん、やっぱり“あたしのラミア”だ)
ヒルダの気持ちが読めるからこそ、エリオンの態度の方を信じたくなる。
でも、彼が無意識に優しくするたび、
また心の中がざわっと揺れてしまう自分が、少しだけ嫌だった。
──さて、夕暮れが近づいた頃。
ジークとレイが無事合流し、いよいよ夜の防衛任務に備えることになる。
だがその裏で、誰にも気づかれないように、小さな恋心が魔物よりもやっかいな混乱を巻き起こしていく──
(次回へ続く!)




