もう離さない
春の風がザレムの街を撫でるように吹いていた。
冒険者ギルド《銀月の帳》の扉が、朝の光の中で軽やかに開かれる。
「おはよーございまーす!」
元気なフィリアの声が響く。
そのすぐ後ろを、ひときわ目立つ黒と紫の装いが静かに歩く。
エリオンだ。
ギルドの面々がちらりと目を向け、すぐに頷き合った。
“ああ、やっと⋯⋯落ち着いたのね”
受付のティナがカウンター越しに身を乗り出し、にやにやと笑う。
「はいはい、おふたりさ~ん。ギルドでは尾は巻きつけ禁止ですよ~?」
「巻いてないよっ!⋯⋯今日は」
フィリアが膨れっ面をし、後ろを振り向くと――
エリオンは無言で、尾の先をそっと自分の腰に巻き戻していた。
「巻いてたじゃん!」
「⋯⋯気づくな」
そのやり取りに、ジークが肩を揺らして笑い、
リリィは「⋯⋯無自覚って、怖いわね」とお茶をすする。
レイが近づいてきて、両手を頭の後ろに組みながら茶化すように言った。
「んで? どこまで進んだの~? もう同室? 同居? 同棲?」
「生きて帰れると思うなよ」
エリオンの低い声が落ちた瞬間、レイは即座に土下座。
「冗談ッス! ごめんなさいッス!!」
フィリアはくすくすと笑い、肩をすくめる。
「⋯⋯ふふ。みんな、変わらないね」
「⋯⋯変わったのは、俺たちだ」
エリオンがぽつりとつぶやいた。
彼の目は、確かに――あの日よりも、柔らかく、あたたかい。
その夜。ギルドの屋上。
星空の下、ふたりだけの時間。
フィリアは、エリオンの尾に腰を預けていた。
「ねぇ⋯⋯巻かれてると、なんか落ち着くよ」
「本能だからな」
「でも、ちゃんと“気持ち”も入ってるんでしょ?」
エリオンは、少し考えてから頷いた。
「⋯⋯お前の匂いがすると、落ち着く。
あたたかいし、柔らかい。⋯⋯離れたくない」
フィリアは小さく笑った。
「うん。⋯⋯あたしも、そう思う」
ふたりの影が重なり、鼓動が重なり、
長かった旅のような恋が、ようやく“帰る場所”を見つけた。
「なあ、フィリア」
「ん?」
「⋯⋯俺はお前を、二度と離さない」
「じゃあ、あたしも⋯⋯ずっと、巻かれててあげる」
その言葉に、エリオンの瞳がやわらかく細められた。
彼は静かに、尾をふわりと持ち上げ――
フィリアの指に、軽く、巻き付ける。
「契約成立だな」
「うん。“愛の契約”ってやつ」
ギルドの片隅で、それを見ていたティナがふっと笑った。
「⋯⋯あの子たち、もう完全に“巻きついてる”わね」
リリィはそっけなく返す。
「⋯⋯絡まれたら、最後なのよ」
Fin
――『蛇は1度噛んだら離さない』




