古遺跡の罠と解けない距離 2
遺跡の崩落によって閉じ込められた、薄暗い部屋。
床も壁も冷たい石造りで、唯一の出口だった通路は完全に塞がれている。
「⋯⋯どこかに隠し扉か、空気の通り道があるはず」
フィリアは松明の代わりに、レイの魔導具から借りた発光石を掲げて調べていた。
だが、ひと通り調べ終えても、抜け道らしきものは見つからない。
「くっ⋯⋯あたし、こんなに探索下手だったっけ⋯⋯」
腰を下ろし、石に背を預ける。
そっとエリオンが隣に座った。
「焦るな。外でジークたちが探索してるはずだ。俺たちは体力を温存すべきだ」
「⋯⋯うん」
どちらからともなく、沈黙。
静かな空間に、ふたりの息遣いだけが溶けていく。
しばらくして、エリオンがぽつりと口を開いた。
「⋯⋯お前の匂い、心を落ち着かせる」
「へっ!?」
「⋯⋯今のは、忘れろ」
「無理だよ! それ、ものすごい不意打ちだったんですけど!!」
頬が熱い。顔まで火照ってしまう。
だけど、どこか嬉しくて――心がふわりと浮かぶ。
「じゃあ、こっちも言うからね」
「⋯⋯あ?」
「⋯⋯あんたの尾、安心する」
「⋯⋯」
「なんかこう、ぎゅってされると⋯⋯あ、もう何言ってるかわかんないけど!」
ぼやきながらも、フィリアは笑った。
照れくさいけれど、心の中がぽっと灯るような、そんな温かさが広がっていた。
その時――。
ごろっ⋯⋯。
「⋯⋯あ、あの⋯⋯今の音、なんか嫌な予感しない?」
天井から石がひとつ、転がり落ちる。
「――っ!」
次の瞬間、石材の裂け目から黒い煙のような魔力が吹き出した。
遺跡の“魔導罠”――それも、精神に作用するタイプ。
「フィリア、目を閉じろ!」
「やばっ――!」
間一髪、エリオンが尾でフィリアを抱き寄せ、彼女の頭を覆った。
自分は全ての魔力を真正面から受け止める形になった。
「あんた、バカ⋯⋯! なんであたしじゃなくて、あんたが――」
「本能だ。⋯⋯お前を守るのは、俺の役目だから」
「そんな、勝手に⋯⋯!」
じわりと滲む涙をこらえながら、フィリアはエリオンの手を強く握った。
時間がどれほど過ぎたのかはわからない。
だが、魔力の霧が薄れ、冷たい空気が再び部屋に満ちたとき、
ようやくエリオンがゆっくりと目を開けた。
「⋯⋯気づいた!?」
フィリアの声が震えている。
「⋯⋯ああ。お前は⋯⋯無事か?」
「無事なわけないでしょ。心臓が爆発するかと思った⋯⋯!」
ぶんぶんと腕を振って怒る彼女に、エリオンは申し訳なさそうに微笑んだ。
「⋯⋯すまない。だが、俺にはそれしかできなかった」
「ほんと、あんたってば⋯⋯」
フィリアはふっとため息をつき、そして静かに、エリオンの肩に自分の額を預けた。
「⋯⋯ありがと。助けてくれて」
「⋯⋯」
「でも、もうひとりで背負わないで。あたしも、ちゃんと隣にいるんだから」
彼の尾が、再びそっとフィリアの腰に巻きつく。
この巻き付きは――もう“拘束”なんかじゃない。
ただただ、互いを確かめ合う温度だった。
その頃、ジークたちはようやく隠し通路を見つけ、ふたりのもとへと急いでいた。
だが、再会までのわずかな時間。
この夜は――ふたりだけの、秘密の夜になった。




