夜を這うもの兄弟の罠 5
陽だまりのような午後。
ギルドの倉庫室にて、フィリアは台帳と睨めっこしていた。
「えーっと、短剣のオイルは⋯⋯補充があと二つ。ロープは三巻きで、ポーションは⋯⋯あれ?」
後ろに気配を感じて振り返ると、静かに立っていたのは――エリオン。
「あ、あんたか。びっくりした⋯⋯っていうか、無言で近づくのやめてよ、心臓に悪い!」
「声をかける前に振り返られた。⋯⋯本能、か?」
「ちがっ⋯⋯いや、そうかも? あんたの“気配”って分かりやすいんだよね。ぬるっとするっていうか、じっとりっていうか」
「それは⋯⋯褒め言葉か?」
「⋯⋯、一応?」
ふたりの間に、静かな空気が流れる。
この数日で、だいぶ“距離”は縮んだ。
だけど――
(⋯⋯なんで、こんなに緊張してるんだろ)
フィリアは棚の影に顔を向けて、そっと息を吐く。
(ギルドで話すのも、任務中も、普通にできるのに――ふたりきりだと、どうしてこんなに⋯⋯ )
「⋯⋯フィリア」
「ひゃっ!? な、なに?」
いきなり名前を呼ばれて、声が裏返る。
エリオンは、倉庫の隅にある椅子を指差した。
「お前、今朝からずっと動いてるだろ。少し、座れ」
「あ、ありがと⋯⋯」
ぎこちなく腰を下ろすと、エリオンはその隣に静かに座った。
距離は、思ったより近かった。
「⋯⋯お前がここにいてくれて、よかった」
その言葉に、フィリアの指先がぴくりと震える。
「⋯⋯あたしも、あんたが来てくれてよかった。
いろんなこと、あったけどさ⋯⋯もうひとりじゃないって、思えるようになった」
「⋯⋯同じだ」
エリオンの尾が、ほんの少しだけ動いて――
フィリアの足元を、優しく撫でた。
巻き付こうとはしない。ただ、そこに“いる”と知らせるように。
「⋯⋯あたしさ」
ぽつり、とフィリアが呟いた。
「昔、“誰かの気持ちを先回りして読んじゃう癖”があってさ。
それで⋯⋯いろいろ、うまくいかなくなったこともあるんだ」
エリオンは、黙って耳を傾けていた。
「でも、あんたのことは⋯⋯よく、わかんない」
「⋯⋯そうか」
「でもね、それが⋯⋯嬉しいんだよ。
“わからない”ってことは、“知りたい”って思えるってことだから」
エリオンが、ゆっくりと視線を落とした。
金色の瞳が、柔らかく揺れている。
「俺も⋯お前を、知りたいと思ってる。
けど⋯⋯どこまで近づいていいか、まだ分からない」
「ふふっ、あんたでもそんなふうに迷うんだ」
「⋯⋯俺は、怖いんだ。巻き付きすぎたら、壊してしまいそうで」
「大丈夫。あたし、そんなにヤワじゃないよ?」
ふと、ふたりの目が合った。
まるで言葉では足りなくて。
だから、目で伝えるしかなくて。
だけど――
「⋯⋯な、なに真面目な顔してんの。びっくりするじゃん」
「⋯⋯お前が、綺麗だったから」
「――~~っ!!」
ばたん。
思わずフィリアが椅子から立ち上がり、真っ赤な顔で棚の影に逃げ込む。
「そ、そっちのほうがよっぽど怖いわ!!」
「⋯⋯褒めただけなんだが」
静かに笑うエリオン。
そして――
そんなふたりを、ドアの隙間から見ていたリリィがぼそりと呟いた。
「⋯⋯あれ、あの調子じゃ“本当の一言”はまだまだ先ね」




