夜を這うもの兄弟の罠 2
夜明け前の空は、まだ深い藍に染まっていた。
だが、空気は確実に“変わって”いる。
ザレム市街の北端。かつて廃倉庫として放棄された石造りの建物――
そこが、“兄弟”ギリウとメロウの根城だった。
「⋯⋯ここの地下。瘴気の根、たぶんそこ」
リリィが薄く目を閉じ、指を鳴らす。
瞬間、足元に描かれた見えない結界の存在が明らかになる。
「やっぱり結界魔術で守られてる。下手に踏み込んだら、全員爆発四散ね」
「怖っ。やっぱあいつら、マジで殺す気じゃん⋯⋯」
レイが肩をすくめた。その横で、ジークが盾を下ろすことなく前を睨む。
「突入は、俺とエリオンが先行。リリィが結界解除、レイは後方から魔力援護。
フィリア、お前は⋯⋯」
「⋯⋯あたしも、前に出るよ」
フィリアは静かに言った。
「“見える”から。あいつらの“嫌な気配”。⋯⋯向こうも、あたしを狙ってる」
エリオンが、その肩に手を置いた。
「……無理はするな。俺が、守る」
「知ってる。あんた、絶対“巻き付いたら離さない”もんね」
ニヤリと笑う彼女に、エリオンは少しだけ頬を緩めた。
「⋯⋯約束だ」
ギリウは、地下室で座標魔術陣の仕上げをしていた。
「あいつら、来る。もう間もなく、だな」
「兄ちゃん、全部仕込んだよ。毒気と爆弾と、精神揺らしの幻術もな!」
メロウが楽しげに笑う。手には変形した刃――血を吸えば魔力を奪うという闇道具。
「本当に、エリオンの“本能”を引き出せるかな?」
「⋯⋯できるさ。奴の“渇き”は、あの女でようやく満たされつつある。
逆に言えば、“奪えば壊れる”ってことだ」
「ま、楽しみにしてるよ」
地下の結界が破られる音がした瞬間、戦いは始まった。
爆音とともに飛び出す毒気、飛来する魔弾。
「リリィ、後方支援頼む!」
ジークが盾で突撃、爆風を受け止める。
レイの雷が空を裂き、フィリアがその隙間を抜ける!
「ギリウッ!! あんた、いつまで陰に隠れてんのよ!」
「来たな、“仮面の女”」
ギリウの術式が起動する。足元から地面が逆巻くように浮かび上がる魔法陣。
「“感情抉り(シックル・メンタ)”――心の奥を“暴く”呪いだ」
「っ⋯⋯!」
フィリアの表情が歪む。
心の奥に封じてきた“後悔”と“恐れ”が、頭をよぎった。
――本当に、エリオンを信じていいの?
――また仲間を壊すんじゃないの?
――また、誰かを傷つけるかもしれないのに――
「フィリア!!」
その声が、フィリアの胸を貫いた。
蛇の尾が伸び、彼女の体を包む。
「⋯⋯仮面なんて、もういらない。お前は、俺が守る」
熱をもって巻き付いたエリオンの尾。
ぴくりとギリウの目が揺れる。
「⋯⋯なんで“暴走”しねぇんだよ。お前、本能に逆らえるわけねぇだろ⋯⋯!」
「違う」
エリオンの目が、蛇のように細くなる。
「“渇き”を満たしたんだ。俺の本能は――この女を、守るためにある」
そして、彼の尾がギリウに向かって疾走する。
次回――決着の一撃。




