夜を這うもの兄弟の罠 1
月明かりが雲に隠れた夜。
ザレムの路地裏に、静かに異臭が漂っていた。
「⋯⋯瘴気、だよな」
レイが手のひらに魔力を灯しながら、鼻をつまむ。
「この街、まだ残ってたんだな。こんな“地下モノ”」
ジークが盾を構えつつ低くうなる。
「報告じゃ、周辺で小動物の変死が続いてるらしい。腐敗の魔石が使われてるかもしれん」
「⋯⋯悪趣味」
そうぼそりと呟いたのは、リリィだった。
彼女の額に浮かぶ魔力紋様が、かすかに脈打つ。
「警告よ。この瘴気、ただの毒じゃない。“意志”がある」
「罠、ってこと?」
フィリアが短剣を握り直す。
その背後――エリオンの尾が静かに地を這う。
「いや、“誘導”だ。⋯⋯俺たちをここに、引きずり込むための」
ギリウとメロウの影が、確かに動いていた。
一方その頃、ギルド裏の地下通路。
ギリウは壁に刻まれた魔符の前で、指を鳴らす。
「さて⋯⋯始めようか」
術式が起動する。
瘴気とともに、かつて《封魔の谷》から摘出された魔獣の核が揺れた。
「エリオン。お前は強い。⋯⋯でもな、理性で“抑えてる”ってのは、
裏を返せば、抑えが外れたら終わりってことだ」
ギリウの目が静かに細められる。
「“お前の本能”を暴れさせてやるよ。見せてみろよ、ラミアの正体を」
「それで⋯⋯フィリアとかいう女、引き剥がしてやる」
メロウが、くくっと喉を鳴らすように笑った。
「やっぱ“愛”とか言ってる奴って、壊したときが面白いよなあ」
その頃、路地の魔力が急に膨張した。
「くる⋯⋯!」
リリィの声に反応するように、地面が爆ぜる!
瘴気をまとった異形の魔獣――かつて封魔されていた“片鱗”だけを継ぎ接ぎされた獣が、牙を剥いた。
「なんて形してやがる⋯⋯っ!」
ジークが前に出て、斧で受け止める。
衝撃が全身に響く。
「――っ、でかいだけじゃねぇぞ! 魔力が妙に⋯⋯不安定だ!」
「それ、誰かが外から“制御”してる。絶対」
レイの言葉に、エリオンの瞳が細まる。
黄色の蛇眼が、空気の歪みを読む。
「⋯⋯いた。“監視してる”視線がある」
「兄弟、か」
フィリアの声は冷えていた。
「また、あいつら⋯⋯!」
次の瞬間――
魔獣が暴走を始める。リリィの結界を押し破ろうと暴れだす。
「⋯⋯させるかよッ!」
エリオンの尾が疾風のように走り、魔獣の胴を締め上げる!
バキバキ、と骨が軋む音。だが魔獣はなお暴れる。
「エリオン、抑えてる! いまだ、レイ!」
「オッケー! ぶっ放すぜ――雷陣ッ!」
轟音が夜を裂く。魔力の奔流が魔獣を貫き――消し飛ばした。
――静寂。
瓦礫の中、エリオンが肩で息をしている。
「⋯⋯見えた。“仕掛けてきた”奴らの気配。完全に、こっちを狙ってる」
「なら、次はこっちから仕掛ける番だね」
フィリアの瞳に、怒りと覚悟が揺れていた。
“仮面”はもういらない。
“本能”に巻き込まれるのも、もう恐くない。
だから――逃げない。
「いこ。今度こそ、あの兄弟に決着つけよ?」
エリオンが無言で頷いた。
その尾が、フィリアの腰にすっと触れる。
巻き付くのは、束縛ではない。
誓いだ。




