仮面を脱いだ瞳と迫る魔力の兆し 1
ギルドの朝は、どこかぴりついた空気に包まれていた。
「おーい、みんな!昨日の報告まとめ終わったよー!」
ティナの明るい声が響くが、その声とは裏腹に、集まった冒険者たちの表情は険しい。
「ヴァルたち、また何かやらかしたのか⋯⋯?」
「てか、リールの魔力反応、あれマジでヤバくない?」
「カルドさん、マジで切れてたもんな⋯⋯」
フィリアは、その中心に立っていた。
もう、仮面をかぶっていない。
ギルドの仲間たちの視線が集まっても、俯かない。逃げない。――微笑んで、受け止める。
そこへ、ジークがやってきて、彼女の背中をぽんと叩く。
「見たぞ、あの“ただいま”のやり取り。⋯⋯昔のフィリアには、なかった顔だな」
「⋯⋯そっかな」
「そうだよ。今のほうが、ちゃんと“仲間”してる。俺は好きだ」
ジークの笑顔に、フィリアも自然と笑った。
その横では、レイが珍しく真剣な顔でカルドと話していた。
「⋯⋯遺跡の魔力反応。俺が感じた限りじゃ、ただの召喚痕じゃねぇ」
「“封印が解かれかけてる”可能性がある、ってことか」
「うん。しかも――あれ、リールの魔力と相性が良すぎる」
カルドは眉間に皺を寄せた。
「まだザレムにいる可能性がある。あいつら、“追放された”だけで、処理は終わってなかったってことか⋯⋯!」
ギルド全体に“警戒態勢”が敷かれる。
そんな中、エリオンは静かに屋上に立っていた。
遠くから見るザレムの空は曇り、風は湿り気を帯びている。
――何かが、近づいている。
その気配を、エリオンの尾の先がかすかに揺れながら感じ取っていた。
「巻き付きたい衝動が⋯⋯強くなってきてる」
あの夜から、フィリアと確かに“近づいた”。
彼女の本音も知った。今までよりずっと、触れたいと、繋がりたいと思ってしまう。
けれど――それが、“俺の本能”から来るものなのか、“俺の心”からなのか。
まだ、答えは出ない。
ふと、後ろから気配がして、フィリアが現れた。
「いたー。探したよ、エリオン」
いつもと変わらない調子で声をかけてくるフィリアに、エリオンは少しだけ表情を緩めた。
「⋯⋯風、強いな」
「うん。でも、今日は“ちゃんと見える”気がするよ。空も、街も、エリオンの顔も」
その言葉に、エリオンの瞳がかすかに揺れた。
「仮面、脱いだんだな」
「うん。⋯⋯エリオンも、そろそろ“自分の気持ち”、言葉にしてもいいと思うけど?」
挑むような、でも優しい笑顔だった。
エリオンは、言葉を返せないまま視線を逸らした。
「⋯⋯そのうち、な」
「そのうちね。⋯⋯待つよ」
ふわりと笑って、フィリアは彼の隣に腰を下ろした。
言葉のない静けさの中、ただ風と空の気配だけが流れていく。
けれど――その下では、着実に、“何か”が動き始めていた。
その夜、郊外の森の奥。
地面に、微かに赤黒い魔法陣が浮かび上がる。
「⋯⋯ようやく、ここまできた」
紫のロングヘアが闇に揺れる。
リールが、嗤っていた。
その後ろには、ヴァルの影。
「この力で、フィリアを“下”に戻す。アイツは、俺たちの中で一番“理想的な従者”だったんだ」
ヴァルの瞳が、狂気に濁っていた。
歪んだ愛と、支配の幻想――それが、かつての召喚失敗を繰り返そうとしていた。
「“繋げる”んだよ。あの娘を、この世界の下層に。魔と人の狭間にね」
赤い灯りが強くなる。
何かが、這い上がろうとしていた。




