風の前兆と溶けゆく仮面 5
ギルドホールの空気が静まり返る中、ライザはゆっくりと歩を進めてきた。
深緑の短髪は後ろを刈り上げ、涼しげな青緑の瞳がフィリアを見据える。
彼の雰囲気は、かつてよりも落ち着いていて、どこか責任感が増しているように見えた。
「⋯⋯久しぶり、フィリア」
「うん⋯⋯ライザ」
互いの距離は、もう手を伸ばせば触れ合えるほど近い。
だけど、その間にあるのは、長い沈黙と、痛みの記憶。
フィリアは、軽く笑った。
「変わったね。髪、そんなに刈ってたっけ?」
「はは、そっちも随分落ち着いたじゃん。⋯⋯仮面、外しかけてる?」
「⋯⋯バレた?」
二人が笑い合った瞬間、空気がすっと和らいだ。
だが、次の言葉は――重く、真剣だった。
「話がある。⋯⋯ヴァルたちのこと。あの時、何があったのか、全部」
場所を移し、ギルド内の応接室。
エリオン、カルド、ジーク、リリィ、レイも同席する中で、ライザは語り始めた。
「あの頃⋯⋯フィリアがパーティーにいた頃、ヴァルは“自分が特別だ”って思ってた。剣の腕も魔力もそこそこ。でも一番は、“人を導くカリスマがある”って、勘違いしてた」
その横で、フィリアは黙って頷く。
「リールは、そんなヴァルに夢中だった。⋯⋯いや、執着してた。フィリアが“ヴァルに好かれてる”って妄想してから、リールの態度は一変した」
「それで、あんな嫌がらせを?」
リリィが眉をひそめると、ライザはうなずく。
「嫉妬が暴走した。しかも、ヴァルはそれを“自分に夢中だから仕方ない”って受け入れてた。⋯⋯最低だった」
ジークが拳をぎゅっと握り、レイは「うわぁ⋯⋯」と顔をしかめた。
「でも、一番やばかったのは――あいつら、召喚魔法に手を出そうとしたんだ。“理想の仲間を呼び出す”っていう、勝手な理由で」
「無茶苦茶だな」
エリオンの低い声に、ライザは深く頷いた。
「フィリアが気づいて、止めようとした。でも⋯⋯リールが暴れて、フィリアを川に突き落として――」
その時の記憶が、部屋の空気を凍らせた。
フィリアは、静かに言葉を継ぐ。
「⋯⋯あの時、ライザが庇ってくれなかったら、あたしはギルドを辞めてた」
ライザは俯き、声を絞り出した。
「⋯⋯助けきれなかった。だから俺、パーティーを抜けて、報告をカルドさんに上げた。あいつらは追放されたけど、記録は全部“曖昧”に処理された」
「上層が揉み消したってことか」
「そう。“ギルドの面子”ってやつでな」
カルドが苦々しく吐き捨てる。
「でも、あいつらはまた動いてる。⋯⋯遺跡の魔力反応。あれ、ヴァルが再び何か呼び出そうとしてた痕跡だろ?」
リリィが警告のように呟いた。
「つまり、奴らはまだ――終わっていない」
夜、エリオンとフィリアはギルドの外に出ていた。
風が少し冷たく、街灯の明かりが石畳に長い影を落としていた。
「⋯⋯後悔してる?」
不意に、エリオンが問いかけた。
フィリアは立ち止まり、首を振った。
「⋯⋯ううん。後悔はしてない。⋯⋯怖かったけど、今は言える」
エリオンの視線が、彼女の横顔を見つめる。
いつかの仮面は、もう剥がれ始めていた。
「――あたし、もう逃げない」
その言葉に、エリオンは小さく笑い、そっとフィリアの手に自分の尾の先を触れさせた。
温かく、優しく。
「じゃあ⋯⋯護るよ、俺が」
その言葉は、誓いのように静かに響いた。




