風の前兆と溶けゆく仮面 4
銀月の帳――ギルド本部の一室。
カルドが書類の束を机に叩きつけた。
「やっぱりあの遺跡、ヴァルとリールの残滓か⋯⋯!」
昔の報告書。召喚魔法未遂の件。それがなぜか、上層に握り潰されていた。
だが、その痕跡が今、ザレムのギルドの眼前に現れたということは――
「まだ“引きずってる”ってわけか、あの女と男⋯⋯」
カルドの額には、普段の温厚な表情では見せない皺が深く刻まれていた。
そこに、ノックが一つ。
「失礼しまーす。⋯⋯やあ、マスター。久しぶり」
入ってきたのは、一人の青年。
深緑の短髪に青緑の瞳は目元は穏やかで、でもどこか鋭さを感じさせる。
「⋯⋯おお。お前、帰ってきたのか。ライザ」
カルドが立ち上がり、彼を迎える。
「前にも寄ったんだけど挨拶どころじゃなくてな⋯それに報告を受けてね。リールとヴァルがまた暴れてたって。⋯⋯今度こそケリつけないと、と思って」
ライザ――かつて、フィリアのパーティーメンバーだった男。
あの頃、ヴァルとリールの振る舞いを止めようとして無視され、結局パーティーを抜けた。
カルドは腕を組み、静かに問う。
「⋯⋯お前、奴らが“召喚魔法”に手を出そうとしてたこと、知ってたか?」
ライザの目が、一瞬曇った。
「⋯⋯ああ。正直、見て見ぬふりをした。怖かったんだ。⋯⋯俺、何もできなかった」
彼の声には、悔しさと、少しの覚悟が混じっていた。
「でも今度は違う。あいつらが、フィリアを巻き込むようなことをするなら――俺が止める」
カルドはふっと笑った。
「おう、頼むぜ。⋯⋯“今度こそ”、後ろからじゃなく、正面でな」
一方その頃、ギルドの屋上。
夕暮れを見つめながら、フィリアはエリオンの隣に座っていた。
風が優しく吹く。
エリオンの尾が、地面をゆっくりすべっていた。
「⋯⋯ねぇ、エリオン。昔のあたしって、今よりもっと“仮面”かぶってたんだよ」
「想像はつく。⋯⋯今も、少しだけかぶってるしな」
「う⋯⋯図星」
フィリアは笑った後、ふっと空を見上げる。
「でもさ。⋯⋯嫌だったんだよ。誰かが傷つく顔、見るの。だから空気を読むようになったし、仮面で誤魔化した」
その声に、エリオンはただ黙って耳を傾けていた。
「リールも、ヴァルも、自分が正しいって思ってたんだと思う。“私を守ってる”って。⋯⋯勝手に」
「⋯⋯フィリアのせいじゃない」
「そうかもしれない。⋯⋯でも、言わなかったのは、私。怖かったから」
ほんの一瞬、風が止まる。
その沈黙の中で、エリオンがゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯怖くてもいい。俺も、そうだから」
フィリアが、目を見開いた。
「巻き付いてしまったら、離れられなくなる。⋯⋯俺の本能は、そうできてる」
彼は、自嘲のように微笑んだ。
「でも、それでも“離れたくない”って思えるなら――それはきっと、本当の気持ちだ」
フィリアはそっと、彼の尾に手を伸ばす。
そして、優しく抱きしめた。
「⋯⋯あたしも、たぶん同じ。本気になるのが、怖いだけなんだよ」
彼女の言葉に、エリオンは目を伏せ、静かに頷いた。
もう仮面の下の“本音”が、少しだけ見えていた。
その夜、ギルドのホールでざわつきが起きた。
「え、あの人⋯⋯」「まさか⋯⋯」
入り口に立っていたのは、ライザ。
かつての仲間を守れなかった、男。
フィリアは、その姿を見て――
ゆっくりと歩み寄った。
「⋯⋯おかえり、ライザ」
ライザは目を見開き、そして微笑んだ。
「⋯⋯ただいま、フィリア」




