縛られた過去と解けない尾 2
霧がかかる《灰の尾根》。
地表は黒灰色の岩で覆われ、枯れた木々が不気味に手を伸ばしている。
チームは二手に分かれて進行していた。
エリオン、フィリア、ジークが前衛。
リリィとレイが後方支援。
「⋯⋯見えにくいね、この霧」
フィリアがクロスボウを構えながら呟く。
「音も吸われてる。⋯⋯何か、いる」
エリオンの声に緊張が走る。
ジークが斧を抜き、フィリアが前へ出ようとした、その瞬間――
「っ!」
足元から突如現れた黒い触手のような魔物が、フィリアの足を掴もうとする。
だが、瞬時に巻き付いたのは――エリオンの尾だった。
ぐるり、と。
地を這うそれは、鋭く敵を打ち据え、弾き飛ばす。
「⋯⋯無理するなって言っただろ」
声は静かだったが、怒りにも似た熱を含んでいた。
フィリアが目を見開く。
(今⋯⋯完全に“守られた”。あの尾で)
「⋯⋯でも、エリオンだって」
「俺は、巻き付いてしまえば、もう離せない」
呟くような言葉に、フィリアの胸が波打つ。
けれど、言葉は返さなかった。
一方、後衛では。
「なあリリィ、お前これ⋯⋯感じるか?」
レイが立ち止まり、地面に落ちた何かを拾い上げた。
黒く焦げた“ギルドバッジ”――それは、《ファルナ街ギルド》の旧式のものだった。
「これって⋯⋯ヴァルの?」
「あるいは、リールの。⋯⋯どっちにしろ、彼らの痕跡ね」
「わざと落としたって感じでもないな。⋯⋯急いでた?」
その瞬間、リリィの眉がぴくりと動いた。
「気配。魔物じゃない、⋯⋯人」
「フィリアの方じゃね?」
「先に行くわよ。合流を」
合流地点の岩陰――
チームが集結した直後だった。
ひときわ鋭い金属音と共に、頭上から影が降る。
紺の髪。茶色の瞳は歪んでいた。赤いマントに大剣を担いだ男――ヴァルだった。
「⋯⋯いたな。やっぱり、いた」
その視線の先、フィリアの顔が引きつる。
「⋯⋯何のつもり」
「何って⋯⋯お前が俺に未練ありそうだったからさぁ」
にやりと歪む笑み。狂気と自己愛が混ざったような目。
だが、すぐ後ろから現れたもう1人の女が声を重ねた。
「――へぇ。“またアイツに媚びてる”ってわけ?」
氷のような声。
紫のウェーブロングの髪に紫の瞳。真っ赤なリップの女、リールだった。
リールの瞳は、完全にフィリアを敵として見据えていた。
「お前のせいで、全部壊れたのよ」
「違う⋯⋯あんたたちが勝手に壊したんだ」
フィリアが睨み返す。
その肩にそっと触れたのは、エリオンの手――ではなく、尾だった。
「⋯⋯下がれ、フィリア。今の君は、優しすぎる」
「⋯⋯っ」
エリオンの目が、細く、鋭く光る。
瞳孔はすでに縦に裂け、蛇のそれだった。
「貴様ら――フィリアに近づくな」
ヴァルとリールが、一瞬だけたじろぐ。
(あの視線⋯⋯! 本能的な威圧感!?)
次の瞬間、エリオンの尾が唸りを上げるように伸び――
ヴァルの剣の軌道を絡め取り、封じた。
「なんだこいつ、動きが⋯⋯!」
「ヴァル、退いて! 魔法で⋯⋯!」
だが、その時。
後方からレイの声が飛んだ。
「《紅蓮乱爆》!!」
炸裂する炎。魔法陣から生まれた業火が、リールの詠唱を打ち消す。
「へっ。やっぱ、俺がいないとバランス崩れるなぁ」
軽口を叩くその声の下で、フィリアがそっと目を伏せた。
(もう、逃げない⋯⋯)
立ち上がったその姿に、リールが声をあげる。
「どうせあんた、“空気読むだけの傀儡”だったじゃない!」
フィリアが静かに言い返した。
「今はね、“私の意志で”ここにいるよ」
尾の音が、空気を切る。
エリオンとフィリア。
その間に、もう“仮面”はなかった。




