縛られた過去と解けない尾 1
翌日。
ギルド《銀月の帳》の掲示板前には、ざわついた空気が流れていた。
「チーム再編⋯⋯って、マジかよ」
「上が勝手に決めたらしい。なんか不穏な空気ってやつ?」
「いや、魔法火力が足りないって理由らしいぜ。ほら、最近の依頼、敵の魔力耐性高くて苦戦してたからな」
そんな噂話の中心に貼られた、1枚の紙。
《【任務強化対策】に基づき、一部チームに人員調整を行う》
その中に記された――“レイのチーム加入”の文字。
ジーク、フィリア、リリィ、エリオン――
そして、新たに魔導士レイ。
静かな読点のように並ぶ5人の名前。
「⋯⋯ふっ、やっぱ来たか。俺ってば需要の塊!」
肩をすくめながら掲示板を指差すレイの横で、リリィが冷めた声を漏らす。
「問題児追加でチーム爆発。面白そうじゃない」
「冗談だろ?」という視線をよそに、エリオンは何も言わず、ただその紙を見ていた。
尾の先が、床に軽く触れている。
(⋯⋯チームが、変わる)
嫌な予感が、微かに喉元をくすぐる。
フィリアとの“安定しかけた距離”に、何かが入り込んでくる――そんな直感だった。
休憩室のテーブル。
カルドが、いつもより真剣な顔つきで紙束をめくっている。
「エリオン、お前に任せたいことがある」
「⋯⋯内容による」
カルドが差し出したのは、新たな探索任務だった。
「都市外れの《灰の尾根》。最近あそこ、低級の魔物に混じって高位個体が目撃された」
「⋯⋯調査か?」
「いや、ついでに“ある情報”を拾ってきてほしい」
カルドの視線が、真剣に変わる。
「⋯⋯ヴァルとリール。あいつらの名を使って新しい依頼が動いてる。個人名義でな」
「⋯⋯追放されたはずだ」
「ああ、だが“正規ルート”を外れりゃ、どこだって潜れる」
カルドの指先が地図をトントンと叩いた。
「《灰の尾根》に、情報屋がいる。そこに、あの2人が接触した形跡がある」
「なるほど⋯⋯尾を引いていたのか」
「そういうことだ。“過去”は終わらせねぇと、何度でも足元をすくう」
その言葉に、エリオンの目がわずかに揺れた。
“過去”。
それは、フィリアにとっても、まだ鎖のように絡みつくもの。
「フィリアを連れて行くのか?」
カルドは答えなかった。
代わりに、後ろから声が飛んでくる。
「連れてってもらうよ、もちろん」
振り返ると、そこにはフィリアの笑顔。
「私、まだちゃんと“終わらせてない”から」
その日の夕方、チーム全員が集まった。
任務の簡易説明のあと、カルドは言った。
「今回は、5人で行く。エリオンが先導、レイとリリィは後衛。ジークは中央、フィリアは偵察兼前衛支援」
その指示に、エリオンが少し口を開いた。
「フィリアを後ろに回した方がいい。危険が多い」
「⋯⋯私、前に出るよ」
エリオンの言葉を遮って、フィリアはまっすぐに言った。
「もう、隠れてるだけの私じゃいられないから」
ジークがそれを見て、静かに頷く。
レイはというと――
「よし、じゃあ俺は前で可愛い子守る係な!」
「じゃあ死んで」
「まだ生きたい!!」
ギルドの空気に、笑い声が少しだけ戻っていた。
けれどエリオンだけは、少しだけ複雑な顔で、フィリアを見ていた。
(お前が前に出るというなら――俺は)
巻き付くことも、止めることもできない。
でも、守るだけならできる。
「⋯⋯あの尾根、俺が先に動く。無理はするな、フィリア」
「うん。⋯⋯でも、逃げないでね」
その一言に、エリオンの尾がぴくりと動いた。
彼女は、知っている。
自分が何に怯えて、何を“隠そうとしているのか”。
フィリアが歩き出すと、リリィがぽつりと呟いた。
「⋯⋯仮面、割れてきたわね。やっと」
次回、灰の尾根で巻き起こる“未解決の過去”。
誰が、誰を“縛っているのか”。
そして、エリオンの尾は、いま――何に巻き付きたいのか。




