銀月の帳と噂の影 5
依頼報告を終え、街へと戻る帰り道。
ギルドへ寄らず、フィリアはひとりで広場を歩いていた。
仲間たちには「先に行ってて」と笑って手を振ったが――
それは、笑顔という名の“仮面”だった。
(リリィの言葉、刺さったなぁ⋯⋯)
空気が読めるからこそ、仮面を被った。
本音を出せば壊れる関係があると、知っていたから。
けれど、エリオンが自分を守ってくれたあの尾の感触が、
まだ心に巻き付いている。
「⋯⋯また会えたな。前はゆっくり話せなかったな⋯。久しぶりだな、フィリア」
背中越しに聞こえたその声で、胸の奥がきゅっと痛んだ。
振り返ると、そこにいたのは――
「ライザ⋯⋯」
深緑の短髪を風に揺らせ、旅塵をまとった軽装の男。
フィリアの“かつてのパーティーメンバー”であり、数少ない“本音を知る者”。
「⋯⋯無事で、良かったよ」
そう言う声は柔らかく、少しだけ寂しそうだった。
ふたりは人気のない路地裏のベンチに腰かけた。
かつて一緒に戦った時間が、懐かしさと共に蘇る。
「……ヴァルとリール、あの二人がザレムに来てるって聞いた時は、正直嫌な予感しかなかったよ」
「うん。……でも、もう追放されたよ。ギルマスがちゃんと見てくれた」
ライザが小さく頷く。
「お前⋯⋯変わったな。あの頃のフィリアじゃない」
「⋯⋯変わったって、いい意味?」
「どっちかっていうと、“無理してない顔”をするようになったって意味」
「それ、仮面かもしれないよ」
ライザが目を細めた。
「それでも、無理に明るく振る舞ってたあの頃より、ずっといい」
「⋯⋯⋯」
「俺さ、あの時、ヴァルにもリールにも何も言えなかった。フィリアが抜けたあと、すぐ俺も出たの、逃げたんだ」
言葉が喉で詰まりそうになる。
でも彼は、フィリアの手にそっと視線を落とした。
「今の仲間は⋯⋯信じられるか?」
「うん。⋯⋯怖いくらいに」
「そっか。なら、もう俺が何か言うことはないな」
ライザは立ち上がると、笑って片手を振る。
「変わったな、って思っただけだ。じゃあな、“今のフィリア”」
「うん。ありがと、“昔のフィリア”を知っててくれて」
その夜、ギルドの食堂。
フィリアが席につくと、隣に座っていたレイがニヤリと笑う。
「⋯⋯で? 誰、あの男?」
「えっ、見てたの?」
「見ない方が無理。街のど真ん中で“再会ドラマ”かましてくれちゃって~」
フィリアは顔を赤くしながら唇をとがらせた。
「元チームの仲間。⋯⋯名前は、ライザ」
「ふーん。で、“今の俺の方がカッコいい”って思った?」
「思ってないけど」
「おーいジーク、フィリアがツレないですー!」
ジークは面倒くさそうにレイを見る。
「⋯⋯レイ、働け。あと飯粒ついてる」
わいわい騒ぐ席から少し離れたテーブルに、エリオンは座っていた。
視線を落とし、黙々と食事をとっている。
けれど――さっきからずっと、フィリアとレイを見ていた。
自分では踏み込めない場所。
彼女の“過去”という名の領域。
(⋯⋯触れていいのか? 本当に、俺が)
静かに、尾が椅子の下で動く。
巻き付くことも、ほどくこともできずに。
その時。
「⋯⋯エリオン」
声をかけられて顔を上げると、フィリアが小皿を持って立っていた。
「⋯⋯これ、焼き菓子。ティナがくれたから、あげる」
「俺に?」
「うん。⋯⋯あの時の、お礼。助けてくれたでしょ」
「⋯⋯」
エリオンは、しばらく迷ったように視線を落とし――
そしてそっと、皿を受け取った。
「⋯⋯あの時は、助けたいと思った。ただ、それだけだ」
「それだけじゃなかったって、知ってるよ。⋯⋯“温かかった”から」
フィリアの言葉に、エリオンの瞳がゆらぐ。
「それに⋯⋯エリオンが冷たいと思ってるの、たぶん自分だけだよ?」
そう言って、フィリアは微笑んだ。
あの仮面のような笑顔じゃなく、心からの微笑みで。
エリオンの尾が、椅子の脚にそっと巻き付いた。
まだ、フィリアには触れない。
けれど、距離は――確かに、少しだけ近づいていた。




