銀月の帳と噂の影 4
ザレム郊外。
雪解けの湿気が残る森を抜けた先に、古い遺跡があった。
「なんか⋯⋯湿っぽいね」
「足場も悪い。滑るなよ、フィー」
ジークの注意に、フィリアは笑顔で頷いた。
けれど横にいるエリオンは、どこかまだ“冷えた空気”を纏っていた。
フィリアも、触れようとはしなかった。
あの夜――巻き付いてくれた尾の温度を、忘れていないから。
でもそれを、エリオンが“無かったこと”のように扱うのが、少しだけ苦しかった。
任務内容は、探索と浄化。
小規模な結界が乱れて魔物が出入りしている。リリィの魔法で封じ、エリオンとジークで戦力を固め、レイとフィリアがサポートに回る。
「⋯⋯レイ、ちゃんと役に立ってよね」
「ええっ? 俺、いつだって本気だけど~?」
レイの軽口に、フィリアが小さく笑う。
エリオンの視線が、それをじっと見ていた。
「⋯⋯エリオン、なんか言いたそう?」
「いや。⋯⋯気を抜くな」
口数の少なさは、あいかわらず。
でも、レイと楽しそうに話すフィリアに、エリオンの尾がほんの少し、地をなぞっていた。
魔物との戦闘は、思った以上に激しかった。
群れで襲いかかる魔物。数は少ないが、集団で襲ってくる。
「っ、くそ、数多いな!」
「まとめて焼くぞ――!」
レイの火球が爆発し、フィリアが側面から矢を撃ち抜く。
ジークが盾を構え、前線を守る。
エリオンは滑るように尾を伸ばし、魔物の脚をからめ取っては地に叩きつけた。
だが、背後――
フィリアが気づくより早く、1体の魔物が回り込んできていた。
「⋯⋯!」
その瞬間、巻き付いたのは――エリオンの尾だった。
背後からしなるように絡まり、フィリアの身体を抱き寄せるように引き寄せ、守った。
「っ⋯⋯!」
呼吸が止まりそうになった。
柔らかく、でも絶対に逃がさない力。
あの夜と、同じ温度だった。
「無理をするな。お前が崩れたら、誰が俺を止める」
「⋯⋯エリオン⋯⋯」
その時、魔物がすべて倒れたのを見て、リリィが近づいてきた。
「終わったわよ。――で、いつまで巻き付いてるの?」
エリオンがハッとして尾を緩めた。
フィリアの顔が赤く染まり、彼は背を向ける。
「すまない⋯⋯」
「別にいいけど⋯⋯」
そう言ってフィリアが口を開こうとした、そのとき。
「⋯⋯へぇー。見たわ、今の。なかなかの“巻き具合”だったね」
リリィの声が刺さる。
「ってことは、仮面取る準備できたってこと? フィリア」
「え⋯⋯」
「あなたさ、“空気読めないフリ”するの、もう限界でしょ?」
「⋯⋯!」
フィリアが何かを言いかけた瞬間、レイが間に割って入るように笑った。
「よっ、そこまで! 深追いするとキレるタイプだよ? 女の子って」
リリィはふっと肩をすくめた。
「私じゃなくても、いずれ誰かが言ったわよ」
フィリアは、黙っていた。
でも胸の奥で、リリィの言葉が残響していた。
“仮面取る準備できたってこと?”
それは、エリオンの巻き付きと共鳴している問いだった。
その夜。
焚き火を囲んだ小さな野営地で。
エリオンは、離れた木陰からフィリアを見ていた。
リリィと何か話していて、時折、笑っている。
その笑顔が――仮面なのか、本音なのか、わからない。
エリオンは、そっと尾を地面に添わせた。
(⋯⋯俺は、“巻き付いていい相手”なんだろうか)
そして、誰にも聞こえない声で、ぽつりと呟いた。
「⋯⋯お前の仮面が外れるまで、待つ。……けど、たぶん――」
その先は、火にかき消された。




