②外崎透は脱出したい
どうすれば部屋に戻れるだろうか。
考えられる方法はいくつかある。
窓ガラスを割る。これなら部屋に戻れる。そして私は窓ガラス代を弁償し、深夜に自室の窓ガラスを破壊した異常者として近隣住民やアパート入居者に笑われるだろう。
それは避けたい。
左右どちらかの隔壁板を破るのはどうか。元々、隔壁板とは非常時に破るために脆く作られた仕切りの板である。隔壁板を破って隣の住民に助けを求める。それはアリだろう。
いや、助けを求めたところで、結局私の部屋には入れない。隣人に助けてもらいアパートの廊下へは出られても、表の玄関にも鍵がかかっているのだから私の部屋は閉ざされたままだ。結局管理会社に連絡しないといけないのでは…そこで思い出した。
エントランスのメールボックスに、スペアキーが隠してあるはずだ。
鍵を持たずに外出してしまった時でも、メールボックスのスペアキーを使って入れるように。ここに越してきた直後、オートロックの建物に住むのは初めてだから、念の為にと予防線を張っておいたのである。危険なようでも、メールボックス自体にダイヤル式の鍵がかかっているからそれほど不用心ではない。もっとも、使用した経験は一度もないのだが。
さて、隔壁板である。エントランスへ戻りさえすれば鍵を入手出来るのだから、隔壁板を破って隣人に助けを求めれば解決する…しかし、本当に隣人は助けてくれるだろうか。隣人の立場からすると…深夜に自室のベランダ側からいきなり声をかけられるのである。中々のホラーである。私でも怖い。
もし隣の住民が女性だったら私の話を聞く前に警察に通報するのではなかろうか。いやそもそも、隔壁板を破っていいのは「非常時」であり、ここで想定される「非常時」とは火災や地震を指すのだ。自分のベランダから閉め出されたから隔壁板を破りました…これでは、非難されてもおかしくはない。
大声を出すという手もある。今は深夜だから、大声を出せば誰かしら助けてくれる可能性はある。そして助けてもらい、やはり私は近隣住民やアパート入居者に笑われながら残りの大学生活を送ることになるだろう。
助かる方法はある。もし仮に、ベランダから脱出しなければ死ぬとしたら、これらの方法を選択するのも吝かではない。背に腹は代えられないからだ。
しかし今、私は別に死にそうなわけではない。確かにこのまま一生ベランダに取り残されたら死ぬかもしれないけれど、今すぐそんな状況になるわけではない。
大切なのは何事も穏便に済ませることである。
最も現実的な方法は、朝まで我慢することだ。今はこのまま我慢して、朝になったら駐車場に出てきた誰かしらに声をかけ、管理会社に連絡して助けてもらう。これが一番現実的だろう。
…それでいいのか。私は疑問に思った。今から数時間、暗闇の中たった一人で、朝まで待機しなければならないのか。今夜は肌寒い。体調を崩す可能性だってある。
…何とかなるんじゃないか?アパートとはいえ、ここは私の家だ。自分の家のベランダから脱出するくらい、出来ないものか。
ベランダを眺める。ここにあるものは、室外機、その上のトレー。トレーに置いてある箸や食器、ビールの空き缶。他には、全長2mもない物干し竿。
およそ役に立ちそうな物はないが…果たして私はベランダを脱出できるだろうか?




