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僕の転生じゃ、ない  作者: のっぴきララバイ
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第百六十六話 あたらしい家

トゥガァランは僕がこの世界で初めて目にする城砦都市だった。

王国もあちらこちらが高い壁で囲われていたけれど、それはどちらかと言えば中の存在を閉じ込める為のもので、こちらは敵を攻め込ませない為のものという印象だ。


与えられた部屋の窓から見下ろすと、市街は活気に溢れていた。様々な市が立ち並ぶ商業区画、練兵が行われているのだろう訓練所や、それに隣接する鍛冶場、ずっと先には、川から引かれた用水路が整備された農場らしき地帯も見える。


「……本当に、掃いても掃いてもどこからか砂が入り込んできますのね」


部屋の隅に積もった砂を見てがっくりと項垂れているデボゥの肩を叩くと、アデレが笑う。


「カリシュアット閣下も、こればかりは慣れるしかないと仰っていたではありませんの。そういうものとして受け入れることが肝要ですわよ」


ここはひとまず仮の住処として与えられた部屋だし、僕もそんなにきっちり掃除しなくて良いと言ったのだけど、綺麗好きのデボゥは気になって仕方がないようだ。

そう言えば、王国よりは高炉の整備が進んでいるこの国ではガラス製らしき装飾品もよく見かけるが、ガラス窓という概念はまだないらしい。

王国の硬くて変な木は板状に割いて高温で熱すると向こうが透けて見えるほど透明度が増すらしいが、サヴァランはどういう活用法を想定しているのだろう。


「それにしても……グァラガラ=シンは本当に行ってしまわれましたわね……

せめてサヴァラン市まではご一緒して頂けるものと思っておりましたのに………」

「シンがご不在の間はサヴァラン市よりもトゥガァランに居を構えるのが安全だと大議長が判断されたのですもの。シンはシゼル様の身の安全を何より優先して下さったのですわ」


それはどうだかなぁと思いつつ、侍女たちが納得してくれているならそれで良いかとも思う。

そんな女性陣のやり取りを尻目に、砂っぽい絨毯の上でごろごろ寝転んでいたイェンが声を上げる。


「それよりボク、お腹空いちゃったなぁ……」

「ええ、もうじきにお使者の方がみえますよ」

「これ脱いで良い?」

「トゥガァランで初めてのご招待なのですから、今日ばかりは羽織っていらして下さいまし。これでもかなり妥協して略式に整えさせて頂いたんですわよ」

「むぅ〜〜」


この都市での生活に必要な家財道具一式はサヴァランが準備してくれたので、今イェンが着ている衣は砂の都市らしい風を通す素材で出来ている。

とは言え、通気性の上でも僕の編んだ黒衣ほどではないようなので、重ね着が嫌いなイェンは不服そうだ。


「ごめん下さい!」


と、玄関ホールから思いの外高い声が掛かって、会話が中断する。

侍女二人で出迎え、デボゥだけが困惑気味に僕らを呼びに来た。


「お使者というより、小間使いのようですわ……奴隷ではないようですけれど……」

「まぁまぁ。案内してもらえれば良いですよ僕は」


僕の召し上げを国家間の調停に関わる輿入れだと考えているデボゥとしては、僕が帝国に軽んじられていないかということがとにかく気になるようだ。

けど僕としては、王国でサヴァランたちが受けていたような連日連夜の歓待が用意されていなくて良かったと胸を撫で下ろすばかりだった。

デボゥと共に玄関を出ると、そこにいたのは僕とそう背格好の変わらない砂の民の少年だった。

向こうもしげしげと僕の背丈を検分している。


「……ちっせ」

「はい?」

「いえ、えっと、サヴァラン大議長のトゥガァラン別邸へご案内します」

「お願いします」


思わず漏れたのだろう言葉にイェンとデボゥがぴくりと眉根を寄せたのが気配で分かったが、ひとまずスルーして彼の案内に従った。

砂の都市群の主要な都市はたいていそうらしいが、長い歴史の中で改増築を繰り返された街は複雑に入り組んでいる。

どんなに豪華な宮殿も平屋建て構造だった王国の都と違い、トゥガァランは二階建て、三階建ては当たり前で、時には塔と呼んで差し支えないような高さの建造物も見られるところが新鮮だった。


「あの背の高い建物は何をするところなんですか?」

「物見台です。鐘撞塔にもなってて、砂嵐が来た時とかには鐘を鳴らして知らせてくれます」

「なるほど……」

「あのひと際敷地の広いお屋敷が大議長の別邸ですの?」

「あれは赤の家です。養兵所に入る前の子供が集まって生活する場です。オレも普段はあそこで寝泊まりしてます」

「子供をひとところに集めるんですの……?なんの為に……?」

「なんの……ため……?えっと……戦で死んだ兵士の子供や妻も食いっぱぐれないようにする為……とか?」

「まぁ……では、あの施設では王から日々の糧が施されるんですの?」

「えーと……難しいことはよく分かんねぇけど、予算は都市群の議会が話し合って決めてるとか、聞いたことあります」

「議会……民会が戦争孤児を養っているのですか……?」

「いやだから、孤児だけじゃなくて、街の子供みんなです」

「親がいる子供を孤児と一緒に育てるんですの……?なんの為に……?」

「う―……」


戦で父を失って、国元にはまだ未成年の弟たちがいるというデボゥは赤の家に興味津々のようだが、質問責めを受ける少年は辟易した様子だ。

話を聞いている限り、赤の家は都議会が出資し、子供の母親たちで運営する自治的な保育コミュニティといったところだろうか。

案内してくれている少年も、礼儀作法という点では王国の貴人には及ばないものの、随分と高い社会性が育まれているように思える。

そんな感じで少年の観光ガイドに頷きつつ、階段を下りたり登ったり迷路のような道順を辿って、僕らはなんとかサヴァランの別邸だという家屋に到着した。


「ここが……そうですの……?」

「なんというか………随分と……」

「小さいね!」

「こ、こらイェン!」


慌ててイェンの袖を引っ張ったが、確かにサヴァラン邸はこじんまりとしていた。それにどうやら建物すべてがサヴァランの屋敷というわけでもなく、集合住宅の一室という感じだ。


「大議長も奥方様も普段はほとんどこの家にはいねぇんだよ。誰もいないのに広い家を持ってたってしょうがねぇだろ」


道すがらのやり取りですっかり敬語を取り払ってしまった少年が肩をすくめて言う。

その言い分はもっともだが、確かサヴァランには養子も含めて複数人の子供がいるという話ではなかったろうか。

この家にはいないということは、サヴァランの子供たちも赤の家や養兵所で生活しているのかもしれない。


「おーい旦那!お姫サンたちを連れてきたぜ!!」

「………うーぃ」


少年が木製の扉をドンドンと叩いて大声を張り上げると、聞き覚えのある声が中から返ってきた。ギィと軋みを上げながら扉が開かれると、そこに居たのは家主であるサヴァラン……ではなく、カリシュアットだった。

しかも、一糸纏わぬ裸で。


「きゃああああっ!!」


アデレとデボゥが目を覆って悲鳴を上げる中、カリシュアットは平然とした様子で少年に木札のようなものを渡している。


「うい、ごくろーさん。エラい早かったじゃねーの」

「疲れた……なんかすげー喋らされたんだけど……もうめんどいから近道して来た」

「ナハハ!かわいこチャンのお喋りに笑って付き合えねぇよーじゃぁ、まだまだ半人前だぜぇ?」

「半人前でいーから、追加料金」

「へーへー。ほらよ、ハマナでも買って帰ってやんな。独り占めすンなよォ?」

「へへへ!わぁーってるよ!あんがと!またごひいきに!」


編み込みがまとめられた髪の房の中から、金属製に見える棒のようなものを取り出すと、カリシュアットはそれをひょいと少年に投げて寄越す。

少年は見事に棒をキャッチしたかと思うと、軽やかに手を振って走り去っていった。


「か、閣下!!下!下に何か穿いて下さいませ!!」

「ンン……?あ~こりゃシツレイ。王国のお姫様タチは家でも服にこだわるンだっけか」

「こだわるこだわらないの問題ではありません!!」


きゃあきゃあと騒ぐ侍女たちに急かされたカリシュアットが、腰布を探してか部屋の中を見渡している。

その間も常に下半身は露出したままだ。

と、奥の部屋からパタパタと裸足の足音を立てて、寝乱れた様子の妙齢の女性が飛び出してきた。


「カリーさん!ほら!腰布ここですよ!」

「おっ!さっすが奥サン!あんがとチャン!」

「ああ、バタバタしちゃってごめんなさいね皆さん。すぐにハーヴァーを淹れますからね。どうぞ上がって下さいな」

「あ、えと、はい……」


女性は年齢といい、ふくよかな体型といい、どことなくサヴァランに似ていた。

出てきた時のカリシュアットの格好や、衣服の乱れを整えていた彼女の様子から言って、ただならぬ関係であることは間違いないように思える。

いやそれにしたって、どうしてサヴァランの家でカリシュアットが女性と関係を持っているのだろうか。


「さー織女チャンたちよく来たねぇ!上がって上がって!ドーンとくつろいじゃってちょーだいよォ!」

「あ、ありがとうございます……あの、サヴァラン大議長は?」

「やぁ~それがさぁ、大将は朝イチ議会の招集がかかっちまってェ、あとよろしくってもンで俺っちがオモテナシに駆り出されたワケぇ」

「そうなんですか………それで、先ほどのご婦人は?」

「あのおヒトは大将の奥方サマでェ、ヘーァラフマさんっつうの。頼りになるおヒトだからァ、トゥガァランにいる間のコトはなンでもあのヒトに聞きゃあイイぜぇ~」

「へぇー……サヴァラン大議長の……奥…………?」


そこで僕の頭に大量の疑問符が浮かび、思考が停止した。

助けを求めて侍女たちを見るが、彼女たちもフリーズしている。イェンは……お腹が空いてそれどころじゃないようだ。


「あの………サヴァラン大議長の、奥様、ですか?ご姉妹とかじゃなく?」

「ンなハハハ!思った!?似てるよなァ!?夫婦は似るとか言うけど、あの二人はマぁジ似すぎててウケるよねェ~!」

「いや………そうじゃなくて……なんで大議長の留守中に……大議長の奥さんと………その………」

「シッ……!シゼル様………!それ以上は……!」


アデレにぐっと肩を抑えられて、僕は口を噤んだ。

そうか。これが踏み込んではいけない大人の男女の痴情のもつれというやつなのか。

カリシュアットはサヴァランを誰より敬愛しているように見えていただけに、ショックが大きい。


「すみませんねぇ、あの方はどうにも仕事の虫で。一日でものんびりと家で過ごした試しがないんですよぉ」


ほやほやと笑いながら再び登場したヘーァラフマの手の上の盆には、ハーヴァーの香りが立つ椀と蜂蜜のお菓子が乗せられていた。

微笑みながら椀を配るその姿は、見れば見るほどただのおばさんという感じで、夫の部下とただならぬ関係にあるというのが信じられない。


「まぁ、あたくしもあたくしで仕事が忙しくてなかなかこの家には帰れてないんで、ちょうど良いと言えばちょうど良いんですけどね。

ああ、どうぞどうぞ、お好きにお食べんなって下さいな」

「わーい!お菓子!」

「い、頂きます………」

「そちらのお嬢さんたちもほら」

「あ、いえ、わたくしどもは侍従の身で……」

「まぁまぁ、あったかいうちにほら」

「アデレさん、デボゥさん、お言葉に甘えましょう」

「は、はい……」


郷に入っては郷に従えということで、僕らは促されるまま例のぼそぼそした甘いだけのお菓子を口に含んで、ハーヴァーで流し込んだ。

相変わらず独特な風味だが、スパイスの調合加減なのか、温度管理のお陰なのか、王国で振る舞われたものよりもずっと飲みやすい。

どうやらハーヴァーにも上手な淹れ方というものがあるらしい。


「えっと……ヘーァラフマ様のお仕事というのは?」

「どうぞヘッラと呼んで下さいな。あたしは赤の家の運営を任せて頂いておりますよ」

「赤の家の運営、ですの?失礼ですけれど、その……女人にそのようなお仕事が?」

「うふふ。あそこは女ばかりですからね。その方が何かと都合が良いんですよ」

「そう……なのですか……」

「ご興味がおありなら、このあと見に行ってみますか?」

「よ、よろしいので?その……シゼル様……」

「ああ、僕もちょっと、興味あります」

「ではご一緒致しましょう」


自身の身の上から赤の家が気になるらしいデボゥの食いつきに、ヘッラ夫人は柔らかく微笑んで受け入れを示してくれた。

主に母親たちで運営される女ばかりの職場と聞いて、僕も俄然足を運んでみたくなる。いや別に、邪な意図があるわけではないのだが。


「サヴァラン大議長にはお子様がいらっしゃるんですよね?大議長のお子様も赤の家でお育ちなんですか?」

「ええ、六……いえ、この秋には五人になったのでしたっけ……とにかく、そのうち二人が今も赤の家におりますよ。けれど来年にはどちらも養兵所に上がってしまいますから、新しく養子を取るか子を産んでくれるとありがたいなんて言われて……まぁこの老体に無茶をおっしゃいますよねぇ」

「いーやいや!ヘッラさんはまだまだそこいらの娘っ子にゃあ負けねぇ名器でいらっしゃる!あと三人は産めると見たねェ!」

「また……おやめなさいなカリーさん、若い娘さんの前ではしたない。ほら、皆さん困ってらっしゃるじゃないですか」


ヘッラ夫人とカリシュアットのやり取りにただただ困惑する僕らに、夫人が説明してくれる。


「赤の家を出たあと、男の子は養兵所に上がって、そこで指導者と師弟の契りを交わすんですよ。それがその後の仕事先に繋がるんですけどね。

あたしには政治のアレコレはよく分かりませんけれど、大議長の子の在籍のあるなしで、議会から赤の家への予算の通りが随分と違ってくるんですって。

今までは戦災未亡人を娶ってその子供を養子にしていたりして、多い時には二十人ほど赤の家にあの人の子供が在籍していたんですけれど……徒弟になるといずれ養子に貰われていくもんですし、最近は大きな戦争は落ち着いて来ていますでしょう?

しまいには、とにかく誰の子でも良いので孕んでくれたら実子として受け入れるなんて言って……ねぇカリーさん?」

「そぉ~、まぁ~あのヒトの子の何人かはぁ?俺っちも心当たりがあるっつうかぁ?」


なんだか凄い話を聞いてしまって、カルチャーショックに頭が追い付かない。

つまりなんだ。サヴァランは、自分の奥さんたちに、よその男との子作りを推奨していると、そういうことなのだろうか。

これが文化の違いというものなのか。意味が分からない。


「あ、あの………それじゃ、サヴァラン大議長自ら、カリシュアット閣下に頼んで、奥様と関係を持ってくれと……?」

「まぁ~そぉよ。けど俺っちとしてはぁ?ホント~は大将の血ぃ引いた丸顔のガキをかいぐりかいぐりしてぇワケでぇ?」

「失礼な話でしょう?あたくしとあの人が似てるから、あたくしの子ならあの人にも似るんじゃないかなんて言うんですよこの人は。

もっと他に若くてよく孕む娘がいくらでもいますのに、まったく身が持ちませんよこちらは………」


そう言うヘッラ夫人は若干ぐったりとした様子だった。彼女やカリシュアットに浮気癖があるわけでも、サヴァランに寝取られ属性があるわけでもないことは分かったが、ひとつ腑に落ちないことがある。


「あの……サヴァラン大議長ご自身は、なにかその……お体に問題が……?」


恐る恐るの僕の問いに、二人は顔を見合わせ、苦い表情を作った。


「……あのお人は、ねぇ……ご自分のお血筋というものに、あまり良い思い出がないようで………」

「大将はサ、てめぇの血を引いた子供が権力ちからを持つのも、持たねぇのも、どっちもおンなじぐれぇ気に食わねぇンだと」

「怖がっておいでなんですよ。情によってご自身を制御できないことが、何より嫌いなお方ですからねぇ……」

「…………そう、ですか」


他になんと言ったらいいか分からなくて、僕はひとまず頷くしかなかった。

血を分けた実子を可愛がるのは怖くて養子なら良いというのもよく分からないし、それで娶った女性に浮気を推奨するというのは、やはり歪ではあると思う。

具体的に何かが悪いのかと言われるとよく分からないが……


都市の名を付けられ、生まれた瞬間からあらゆる富と権力を約束されたことで人生を狂わされた彼のトラウマから言って、結婚というのは単にスムーズな都市運営の為の手段でしかなく、多くの妻子を持つ事も、ただの慈善事業の一環なのかもしれない。

未だ権力者の一夫多妻が社会システムの一部として深く根差すこの世界で、サヴァランの持つ家族観に口を出す権利など、僕にあるわけもないだろう。


なんだか変な気分になりつつ、僕は喉につっかえる甘い蜂蜜菓子をハーヴァーで流し込んだのだった。

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