センテヴィーグ
少し過去編です。
海に生まれた生き物は、物心つく頃には1人である。
例外が無い訳では無いが、私は1人だった。
初めて目にした光景は、とても幻想的で、今でも時折思い出す事がある。
暗闇に仄かな光がいくつも灯り、360度全てが夜空の星々に囲まれているようであった。
ただ星は動いたりしない…光を放つそれらは、右へ左へとゆらゆら揺れていた。
この時の私には、まだ考える力というものが無く、本能にのみ従って動いていたのだと思う。
数千もの半透明な卵が、整列させられたように並んでいて、私もその中の一つから生まれたのだ。
右往左往している光は、何をするでもなくただ動き回っている。
体は細長く透き通っていて、関節の無い足が沢山生えていた。
足の数は全部で24本あり、その中に大きく立派な足が2本あった。
私もきっと同じ見た目をしているのだろう。
この場所はとても広いが、どうやら広さも無限では無いらしい…真っ直ぐ星の海を横切って行くと、必ず壁にぶつかってしまうのだ。
どのくらいの時間そこにいたのかはわからないが、私達の住んでいたこの世界は、急に崩壊する事になってしまった。
兄弟達の動きが急に忙しなくなり、何事かを理解するまで、そんなに時間はかからなかった。
見た事も無い奴がいる…あれには近ずいてはいけない!
私達の20倍くらい大きな生物が、どこからともなく侵入してきて、兄弟達を串刺しにする。
その生物は真っ黒で丸く、大きな口があるが目は無いみたいで、沢山の鋭い触手が、偶然近くにいた兄弟に突き刺さった。
刺しては食べ、刺しては食べ…その生物の胃袋は、底がないように思えた。
生まれてすぐに、大半の兄弟達は、その生物の餌になってしまったのだ…だからと言っても、何も感じる事が出来なかった。
何もと言うのは嘘になるかもしれないが、迫り来る触手を避けるのに手一杯で、隣の者に気を配る余裕なんて無かったのだ。
この変な生き物は、いったいどこから現れたのだろうか?
触手を掻い潜りながら、私は急いで逃げ出した。
少し泳ぐと、他にも見た事の無い生き物が現れている。
ビリビリ痺れる光を出す八本足のやつ、ぬるぬるした体で兄弟を丸呑みしていくやつもいる。
もう生き残っている兄弟は、かなり少なくなってしまっただろう。
生きる…生きる、生きたい!諦める訳にはいかない!
強い本能に後押しされて、私は小さな希望を見つけ出す。
私達の出口の無い世界に、大きな穴が空いているのを発見した。
この場所にいて死を待つだけなら、この穴に飛び込むしかないだろう。
穴から出ると、そこはとてつもなく広い場所だった。
出たは良いが、私より何100倍も体の大きな生物を見つけたので、すぐに岩場の影に隠れる。
急に今までの日常が崩されて、パニックになりそうだったが、バレずに逃げ込めたので安心した。
穴から外に出なければ、そのまま食い尽くされていただろう…この時初めて、恐怖というものを感じていたのかもしれない。
外の世界はもっと大きな化け物だらけだったが、生存本能に背中を押され、生きるために何をしなければいけないのかを、何となく察する事が出来る。
強者だらけのこの場所で、私は生きていかなければならない。
身の安全が確保出来た事で、心に少し余裕が出てくると、私は自分が来た方角を振り返る。
そこには山のように大きな生き物が朽ち果てていて、身体中がボロボロで、痛々しく穴ボコだらけになっていた。
何かの中では無く、私達が生まれたのは、巨大な生き物の胎内だったのだ。
もしかしたら、あの巨大な生き物は親だったのかもしれない…
知らず知らずのうちに守られていた…しかし、感傷に浸る暇もなく、私は前に進まなければならない。
逃げて逃げて、とにかく必死で逃げた。
生まれて初めて空腹というものを感じる…
空腹は耐え難いが、まだ獲物を狩る事は出来ない。
私が最初に食べたご飯は何だったのだろうか…覚えていないが、兄弟を食べてなきゃいいなと思う。
弱肉強食の世界が、私を急速に成長させた。
生きるために食べ、食べるために殺す。
毎日毎日それを繰り返し、身を潜め眠りにつく。
何度も死にそうになった事で、自己再生能力と、何よりも堅い皮膚を手に入れる事が出来た。
硬質化した皮膚は、魚の鱗のように透明だが、岩のようにゴツゴツしていて、分厚く頑丈だ。
自分の気配を消すために、魔力を隠す術も獲得する。
それから約3年…私はすくすくと成長して、体長が5メートルを超えた。
生き残る事に少し余裕が出てくると、違う欲求も生まれてくるものなのだろう。
好奇心なのか本能なのかはわからないが、私は狩場を変える事を決意した。
この海の世界はとても広く、見る物全てが新しい。
体長100メートルを超える魔物も沢山いて、自分はまだまだ非力なのだ。
もちろんいつかは食べたいと思うが、無理な戦いをしようとは思わない…でもやっぱり食べたい…むぅ…
もっともっと強くなったら、そのうち挑戦するだろう。
強大な魔力を発する敵からは、出来る限り距離を置いて、海底に身を隠しながら進んでいく。
光を放つイソギンチャクや、カラフルなクラゲ…光るプランクトンや、変な建物…色々な物を見る事が出来て、私は楽しかった。
どうやら海の中には、近づいちゃいけない場所があるみたいだ。
生き残るためには、強くならなきゃならない…それが間違っていたとは思わないが、強さには色々あるらしい…
個の力は強くないのに、数の力で圧倒する者達がいた。
協力し合い、助け合い、そんな集まりをいくつか発見する。
水狩り族とかいう者達が住む国、海底大都市センテヴィーグ。
とても大きな建物で、光を放つ球体が、その都市を照らしていた…いったい何万体の水狩り族が、暮らしているのだろうか?
海底にそそり立つ巨大な岩山を、丸ごと住処として加工しているようだが、そんな面影は一切なく、天辺には大きな城があった。
大きな魔物が近ずいてもすぐ分かるように、辺りを監視をするための見張り塔があり、50人規模の軍隊が、狩りと街の守りを兼ねて巡回していた。
次に、少し味が…いや、見た目が似ているが、人魚達の住む国パコッカディナ。
人魚はとても美しく、キラキラと輝いているように見えた。
都市の大きは、センテヴィーグの半分くらいで、女型の個体が多いようだ。
中には水狩り族も混ざっていて、2つの種族は仲が良いのだろう。
最後にもう1つ、前の2つより規模はかなり小さいが、竜人族の住む国ナシナシ。
街が魔法の巨大な泡に包まれていて、その中は空気で満たされている。
どの集まりも、もし今襲いに行けば、囲まれて食べられてしまうだろう…
その他にも、危ない場所がいくつかあった。
凶悪な魔力を放つヒュドラの縄張りや、海面を進む船にも近づいてはならない。
船には人間という生き物が乗っていて、危うく黒焦げにされるところだった…それに船は美味しくなかったのだ。
それから長い歳月が流れ、私の体はすくすくと成長を続けていく。
命のやり取りを、数億回くぐり抜けていくうちに、遂には私を脅かす生物が居なくなった。
私がちゃんとした自我に目覚めたのは、まさにその頃だったのだろう。
自我とはいったい何だろうか?
考える力に目覚めた事で、やっと辿りついた境地なのかもしれない…
ここは良い所だ…何もかもが、私の思い通りになる。
今では身を隠す必要もなく、この海の頂点と言っても良いだろう。
この海の全てが私の物、私に出来ない事は無い。でも何だろう…何かが物足りないのだ。
私はいったい何を求めているのだろうか?わからない…わからない…わからない…
センテヴィーグや、他の海底都市に近づいても、今では囲まれないどころか、拝まれてすらいる。この前近くを通った時なんか貢ぎ物まで用意されていたのだ。
攻撃してこないなら、わざわざ食べたりはしない。
彼等は小さいから食べごたえが無くて、捕まえるだけでも面倒なのだ。
自分が何をしたいのかがわからない…頭の中がモヤモヤする。
考える力がついたせいで、ただ生きる事が退屈になってしまったらしい…
やりたい事が見つかるまで、海流に任せて世界一周でもしてみよう。
ゆっくり…ゆっくり…ただ漂う…時間はたっぷりある。
海面に浮上して、降り注ぐ日光を浴びると、私の皮膚で乱反射した光が、半透明の体の中を突き抜けていく。
どうでもいい事に目を向けてみたら、新しい発見もあるのかもしれない…
海面でうとうとしていたら、少し大きな船が近づいて来た。
船には嫌な思い出があるが、今の私には問題にはならない。
船はぴったりと私に寄り添い、人間達が私を見下ろすように顔を出した。
その人間達は、みな驚愕したような顔をしている。
「な、何だこの小さな島は!この輝き…氷塊ではないぞ」
「私にもわかりません。こんな所に島なんてありましたっけ?」
島?島とは、海から飛び出した陸地の事を言うのではないだろうか…まぁ確かに人間から見れば、私の胴体は小さな島に見えるのだろう。
面倒だ…海に潜ってしまおうかな?
「ハシゴを降ろせ、上陸するぞー!」
「アイアイサー」
時すでに遅し…悩んでいた時間は数秒だったが、船から人が4人降りてきた。
人間達の動きは迅速で、碇を降ろして船を固定する。
踏みつけられるのは嫌だ!全員を食い殺してくれよう。
「なんて美しいんだ…」
「本当ですね…信じられないくらい…美しい」
……許そう…しょうがない!私は寛大なのだ。
「ツルハシは無いんだよなー」
「そうですね、海に行くのにツルハシなんて用意しませんから」
「確かにな、はっはっは」
「こんな島があるなんて知ってたら、今度からはツルハシも用意しなきゃいけませんね」
少し腰の低い男が、目を輝かせている。
「俺達は今日、海の鉱夫になるぜ」
人間達はとても嬉しそうに笑った。
ツルハシとはなんだろう?
「ミスリルの短剣が1本だけあっただろ?あれとハンマー持ってこい」
「了解です船長」
アイアイサーじゃないのかよ!
早く人間には帰ってもらいたい…帰るのを待つのも面倒なので、やっぱり食ってしまおうか…
「あぁ…それにしてもなんて綺麗なんだ…」
や、やっぱりもう少し待とうかな!時間はたっぷりあるのだから、存分に愛でると良いさ。
「これダイヤモンドですよね?これだけの量があれば、全員毎日豪遊しても使い切れません」
「こんなの見ちゃったら、傭兵やって地道に稼ぐなんて阿呆らしくなるな…」
「毎日女抱いて酒飲んで、美味い飯食ってよ」
「俺は故郷に大きな家建てたいな」
長い年月も生きていれば、人間や他の種族の日常会話くらいは理解出来るようになった…しかし、専門的な単語はまだよくわからない。
「ここら辺はとても強力な魔物が出るので、地元の人間は絶対に近寄りません。サハギンの住処も近くにあり、昔は戦闘が絶えなかったようです」
強力な魔物ねー…そんなの居たかな?私の事を島と勘違いなんてしてさ、まったく失礼しちゃうよね!お前達は私の気分次第で死ぬ事になるんだけど…まあ確かに水狩り族の城は近いな。
「そうか…まあ俺達も依頼が無きゃ通らなかったもんな」
「あれ?この島、今揺れませんでしたか?」
「気のせいだろ?」
細身の男が大きな鋼鉄のハンマーと、ナイフを持って船から降りてきた。
何をするつもりなんだろう?
細身の男がナイフを抜いて、私の体に突き立てると、ガタイのいい男に、おい!っと声をかける。
「いっちょやるかね」
「俺の手を叩くんじゃねーぞ?」
「わーってるって」
ナイフを釘のように使って、ハンマーで叩こうというのだろう。
振り上げたハンマーを、躊躇なくナイフに叩きつけた。
派手な金属音と共に、体の中を心地よい衝撃が伝わっていく。
何度も何度もハンマーが振り下ろされ、気持ち良さのあまり、私はまた眠くなってきてしまった。
ハンマーを振る男の顔が、笑顔から険しい顔に変わっていく。
「せ、せんちょー…」
「…」
大きな金属のハンマーを、力いっぱい正確な位置に振り下ろすのは、きっと物凄く大変なのだろう。
だんだん勢いが弱くなり、顔にびっしょりと汗をかいて、ハンマー男が船長に助けを求める。
そのまま続けてくれたら気持ちよく寝れたのに…ほら!もっと頑張って!今の50倍の力で頑張って!
「全然刺さらないし砕けないじゃないか…ミスリルナイフなのによ」(ハンマーの男)
「泣き言は仕事してから…とはいえ、この強度はおかしいよな?」(船長)
まあ確かに、人間程度の力では、私に傷1つ付ける事は出来ないと思うけどね。
海底から小さな魔力の反応が、50体くらい近づいてきた。
体の上の人間は、その事に全く気づいていない様子だが、その近づいてくる魔力の反応は、既に戦闘態勢である。
なんだか更に面倒な事になってきた…
海底から近づいてくるのは、水狩り族の国を護る者達だ。
数的にはかなり小規模なので、巡回をしていた小隊だろう。
こんな事に巻き込まれるなら、さっさと海に潜れば良かったなー…私は関係ない!もう寝よう!そうしよう。
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クラーケンが人間から攻撃を受けている。我らが守り神を襲うなど絶対に許す事は出来ない。
水狩り族第32小隊には、国が安全に保たれるように、獲物探しとパトロールを任されている。
「急いで王に報告と増援要請を!我々はクラーケン様を救出する」
「はっ!ただちに」
部隊の隊長、兵士達の脳裏にあの時の事が思い出される。
丁度1年前、50メートル級の海龍がセンテヴィーグを襲って、沢山の仲間が食い殺されてしまった。
平穏な正午に、突然現れた災悪…今日もいつも通りの1日が来るはずだったのに、センテヴィーグに悲鳴が響き渡った。
とても堅いウロコと牙に、水狩り族の軍隊は次々と蹴散らされて、住民を避難させる時間も作れない。
センテヴィーグには、巨大な魔物から国を守るために、雷槍と呼ばれる魔道兵器が、120門設置されている。
雷槍の見た目は、装飾の多いバリスタのように見えるが、連射が可能で、しかも威力が高い。
水狩り族は鍛冶が出来ないので、ドワーフに頼んで作ってもらった水中戦用の兵器だ。
その雷槍のお陰で、どんな魔物も追い払う事が出来ていたのだが、海龍は水狩り族に化けて国の中に侵入したのだ。
国の中に現れた海龍に、高威力の雷槍を向ける訳にはいかず、近接戦闘を余儀なくされる。
王自らが指揮をとるが、天災としか言いようのない程の力の差に、時間を稼ぐので精一杯…追い詰められているのは事実だが、何とか大きな広場まで誘い込む事に成功する。
「子供らだけでも人魚の国へ逃がすのだ」
王の言葉を聞いて、国を守る兵士達が半分諦めたような顔をした。
「国王様…逃げてはくれないんですよね?」
「よくわかってるじゃないか、はっはっは!」
諦めたのは絶望的な状況の事ではなく、王が誰よりも今の状況がわかっているからだろう。
今の前線は、王が居るから何とか食い止めていられている。しかし、王が居なくなれば、避難させる時間すら作れそうにないのだ。
現在センテヴィーグには、2000の兵士がいる。しかし、主だった隊長格は巡回に出て行っているので、状況は最悪と言ってもいいだろう。
王の指揮能力は非常に高いが、代わりが居ない訳では無い。それでも王が必要な理由は、単純に戦闘力がずば抜けて高いからだ。
王が深海結晶の薄青い魔剣を抜き、海龍の顎へ向けた。
「何故こんな手の込んだ事をしてまで此処へ来たのだ?お前程の力があれば、何処でだって生きていけよう」
海龍が牙を剥き出しにして、鋭い眼光で王を睨んだ。その迫力は凄まじく、海龍の魔力が跳ね上がる。
「驕り高ぶった小さき奴等よ、徒党を組むしか出来ぬ分際で虫唾が走る!」
「なるほどな…では今日限りで解散しよう。それでお引き取り願えぬだろうか」
海龍が本気になれば、直ぐにでも王は食い殺されるだろう…それでも物怖じすること無く、王は王としての振る舞いを貫き通す。海龍の瞳孔が引き絞られ、威圧感が更に大きくなった。海龍の声は体の芯まで響くように重く、威厳すら感じさせる。
「それで我が大人しく帰ると思っているのか?解散したとて、食い殺す事には変わりは無い」
王は海龍へ向けた剣を引き戻すと、それで自分の肩をとんとんと軽く叩く。
「まあ、言ってみただけだ。元より解散するつもりなんか無いしな」
威圧を強める海龍に、王は小馬鹿にした態度を取る。とても浅はかな挑発だが、見下した相手に見下され、海龍はプライドを傷つけられたようだ。
「そのクソ生意気な口を今すぐ叩けなくしてやる!この海を統べるのは我だと知れ!」
放たれた矢の様に、海龍は王へ目掛けて飛び出した。槍を構える兵士など意に介さずに、蹴散らしながら突進してくる。
迫る危機は本物だ。王は一瞬驚いた顔を見せるが、直ぐに口角を吊り上げた。
「国王様!!」
海龍の予想外のスピードに、寸前で左に避けるも右腕を食い千切られる。
「国王様!止血を!」
「いらぬ!」
溢れ出た青い血が海水を染め、早く手当をしなければ手遅れになるだろう。しかし、王は気にもとめず、海龍から目を離さない。
「直ぐにでも黙らせるんじゃなかったのか?海龍よ、お前の本気は右腕1本食い千切るので精一杯だったのか?笑わせる」
「どこまで囀るつもりだ!まずはお前を食い殺し、一族全て腹に収めてやる!」
「さっきから口だけはよく回るな。聞き飽きて欠伸が出る」
海龍の中で何かがキレたのだろう。ここまで苔にされては、もう海龍の瞳には王しか映っていなかった。
再度突進して来た海龍は、王を確実に仕留めるために、さっきの倍近い速度で迫ってきた。
「今だ!やれ!」
いつの間にか、王の周りに大砲を持った兵士が展開されていた。その数は10人程度なので、慢心と怒りに支配された海龍が、気に止める事は無い。
「それがどうしたー!」
一斉に砲弾が放たれるが、海龍は気にせず加速する。
ーーーーババババーーーー
砲弾は海龍に当たる前に弾けた…これには海龍も何が起こったのかわからない様子。
王と海龍の間に、キラキラと光る何かが見える。今更止まる事は出来ないし、プライドがそれを許さない。
キラキラと光る何かが、海龍の体にまとわりつくと、直ぐに身動き1つ取れなくなった。
「なんだこれはー!」
受け入れ難い事実に、海龍は更に怒り狂う。
「何をした!」
「それはミスリルで作ったドワーフ製の網だ。驕り高ぶってたのはどっちだかやっとわかっただろ?」
「許さん!絶対に許さん!こんな網!直ぐに引きちぎって…」
ミスリルの網は強力だが、この海龍を長い時間拘束出来る物では無い。海龍は身を捩り、力一杯抵抗する。
「なんだ…思うように力が入らぬ…魔法も使えん!何をした!」
「…」
王は側近から腕を止血されながら、海龍を睨んだ。海龍の問いかけに答えてやる気は無いようで、無視して近くにいた兵士に視線を向ける。
「準備は良いか?」
「直ぐにでもいけます」
まだ戦いが終わった訳では無い。次の作戦で全てが決まる。
「右腕は美味かったか?腕ごと食わせてやるつもりは無かったんだがな…まあ仕方ない、毒を盛らせてもらったというわけだ…力、入らないだろ?」
王の言葉を聞いて、海龍は体の力を抜く…怒りを通り越して、少し冷静さを取り戻したようだ。
「なん…だと……我が、こんな…」
海龍と水狩り族には、蟻と像程の力の差がある。水狩り族の戦い方が、どんなものか知っていたつもりだったが、圧倒的な力の差で蹂躙出来ると思っていたのだ。
「海龍よ、観念したか?」
王が左手を掲げると、いつの間にか用意されていたガトリング砲が、海龍に向いている。
「放て!」
掛け声と共に左手を振り下ろした。
「グオオオアアアアー!」
激しい衝撃が海龍を襲い、約2分間砲撃が続く。
「撃ち方止め!槍部隊用意」
これで仕留められれば良いが、念には念を入れる必要がある。
「それで終わりか?こんな攻撃で…我を倒せると思うな!」
海龍の体がしなり、尾が鞭のように襲ってきた。王は間一髪で回避するが、避けられなかった兵士が、胴体を両断されてしまう。
海龍の体には、ほとんど外傷は見られない…
「ちっ!距離をとれー!毒はもう数分しかもたないだろう。逃げる準備をするのだ」
海龍が網を外そうとして暴れるので、段々拘束が緩んでいく。王の言葉を聞いた海龍が、兵士全員を睨む。
「逃げるだと?逃がす訳があるまい!この網が解けた時、その時が最後だと思え!」
「上だ!上に逃げるぞ!」
まだ自由に動けない海龍を睨み、王の命令で浮上し始める兵士達。
「逃がすかーー!!」
センテヴィーグを離れ、上へ上へと急ぐ。ミスリルの網はかなり緩んでしまったようで、既に海龍の動きを抑える事が出来ないようだ。
「馬鹿共が!もうしまいだ!藻屑となって消えるがいい」
王は上昇するのを止めて、海龍に向き直った。
「くはは…はっはっはっは!馬鹿はどっちだ!」
「なんだと?」
王はある方向を指さすと、海龍がその方角にある物を凝視した。
「し、しまった!」
「街から離れたのが運の尽きだったな」
海龍は忘れていたのだ…センテヴィーグには強力な雷槍と呼ばれる魔道兵器がある事に。
焦りの声を上げた海龍だったが、直ぐに冷静さを取り戻す。
「しかしこの距離でどうやって当てるつもりだ。全て避けて、お前らを食い殺せば何も問題はない」
「避けれるものならな。くらえ!」
四方八方から雷槍が放たれた。国中の人々がその光景を見守っている。
海龍の動きはやはりとても速い…雷槍の尽くを避け、海龍は笑みを浮かべる。
「我の勝ちだ」
勝ち誇る海龍、しかしその時…
ーーーーババババーーーー
突然雷槍の軌道が変わったのだ。内から焼かれるような衝撃が走り、海龍は痛みに悶絶する。
「何故…だ…」
「教えてやる義理はないな」
王の作戦勝ちと言ってもいいだろう…先程のガトリング砲で打ち出したのは、雷槍の命中率を上げるための避雷針弾だったのだ。
「本来なら、丸呑みにされた我が同胞達を救出したかったのだ…しかし、この方法しか取れなかった私を許してくれ…」
勝つには勝った…しかし、この方法では、もし海龍の中で仲間が生きていたとしても、一緒に焼き殺されてしまう。
「国王様…みんなわかってくれますよ」
「…力の足りない王ですまない」
1度雷槍が命中してしまえば、体が麻痺して次々に被弾していく。
「グアアアアアー!」
海龍の鱗が無残に焼きただれた、尾びれはボロボロになり、あと1発命中すれば勝利だろう。
雷槍の魔力は燃費が悪いので、勝つには勝ったがギリギリだった。
「このままじゃ…終わらせぬぞ!」
海龍の目が不気味に輝く…出来る事はほとんど無いはずだが、その瞳は誰にも何も言えなくする程に不気味なものであった。
「ガアアアアー!」
「これは?」
地響きのような海龍の断末魔…遠くの方から強力な魔力が近づいて来る。それも1つや2つじゃない!
「海龍!何をした!」
「…」
王が問いかけるが、海龍は既に息絶えているようだ。
「まずい…してやられた…雷槍の魔力供給を急げ!」
「国王様!もう雷槍も限界です。これ以上はもちません」
「壊れても良い。皆にそう伝えろ」
海龍の断末魔には、大量の魔力が込められていた。自分の身を生贄に、自分より強い魔物を呼び寄せる類のものだろう。
「住民の避難はどうなっている?」
「東地区、西地区は完了していたのですが…」
歯切れの悪い言葉に、王は眼下を見渡した。避難していた筈の国民達が、次々街に戻ってきているのだ。
「何故だ!早く避難させるのだ!」
「みんな状況は理解しております。その上で、国王様と一緒に戦うと言って聞かないのです」
「……今から説得する時間も無いか…」
攻めてくる魔物の数は、凡そ15体…どれも先程の海龍より手強いと思われる。
「雷槍が万全でも凌ぎきれぬな」
今からでも逃げて欲しい…今日でこの国は無くなるだろう。
「今までありがとうございました。国王様、貴方に仕える事が出来て、私達は幸せでした」
「馬鹿な事を言うな…言わないでくれ!」
遠くで雷槍の砲撃音が聞こえる…戦闘が開始されたようだ。
(どうする?どうしたらいい?どうしたらみなを守れる?考えろ!考えるんだ!)
考えうる全ての作戦が、どれも実現困難なものであった…見たことも無いヒトデ型の魔物、巨大な山のような蟹、動きの速いシーサーペント…どの魔物も、1体でも手を焼くような強者ばかり。
「こ、国王様!逃げて下さい!」
側近の兵が叫んだ。突如、自分の体が影に覆われる。
「なんだこれは!」
その影を作り出したのは、見たことも無い程の巨大なクラーケンだった。そのクラーケンは魔力を発しておらず、殺気も無ければこちらに関心も無いようだ。
「こいつはやばい!これにだけは絶対に手を出してはならぬ!」
背筋が凍るような感覚を覚え、手出しどころか身動きすら出来なかった。
クラーケンの触手が動き、王に向かって伸ばされる。
「こ!国王様ーー!」
全員が死を覚悟した…しかし、触手は国王を素通りして、その先にいた海龍へと伸ばされた。
クラーケンは海龍を丸め込むと、何だか少し嬉しそうである。
「これはいったい…」
クラーケンはあっという間に、ミスリルの網ごと海龍を食べてしまった…食べながら、次の獲物を探している。
「動くでないぞ…」
「は…はい…」
クラーケンの目が1人1人を観察していたが、水狩り族には興味が無いようだった。下ではこちらの状況に、まだ気付いていないのであろう…雷槍もいくつかが破壊されて、街に魔物が侵入してきている。
「このままでは街が…皆が…どうしたらいい」
クラーケンがゆっくり動き出して、今度は巨大な蟹の所へ向かう。
ーーーーババババーーーー
「はっ!しまった!」
雷槍の砲撃がクラーケンに直撃した。まだ下には指示が届いていなかったのだ。クラーケンは雷槍をまともに受けてしまったが、気にとめた様子すらない。
「下の兵に伝えよ!クラーケンには手を出してはならぬ!」
「はい!」
クラーケンがとてつもない魔力を解放する…景色が一変したと錯覚するような感覚に襲われた。
「桁が違う…何なのだこいつは…」
凍りついたように固まったのは兵士達だけではない…全ての魔物が動きを止めて、クラーケンに視線が注がれた。
一瞬の沈黙の後、最初に動いたのはシーサーペントだった。
シーサーペントが急に方向転換して、クラーケンの反対方向へ真っ先に逃げ出す…しかし、いくら逃げようとしても前に進めないようで、のたうち回るかのように水をかいている。
ーーーーズズズズ…ゴゴゴゴゴゴーーーー
クラーケンが触手をシーサーペントへ向けると、シーサーペントの周囲から海水が消え、空中から落下させられたかのように地面に叩き付けられた。身悶えるシーサーペントに、追い討ちの如く海水が針のように突き刺さる。一瞬の痙攣の後、シーサーペントは叫び声をあげたように見えたが、こちらには声が聞こえ無かったのだ…
「なんて事だ…シーサーペントを瞬殺するとは…」
「海水を操る魔法でしょうか?練り込まれた魔力量が凄すぎです…シーサーペントの周囲は真空になっているようですね」
水を操る魔物は少なくないが、こんな使い方は見た事がない。海底に真空を作り出すなど、圧倒的な魔力がなきゃ無理な話である。
「今のうちにみなを集めるのだ」
その言葉を言い終わる前に、蟹が真っ2つ両断される。海水の刃だと思うが、目に見えない一瞬の出来事であった。
クラーケンがヒトデ型の魔物へ触手を伸ばすが、ヒトデは恐怖で身動きがとれない。ヒトデは絡め取られて、飛び道具のように海の彼方へ投げ飛ばされる。
「ヒトデは好みじゃないのかな?」
「そのようですね」
住民を避難させようと動き出したのは良いが、クラーケンが魔物を排除するのにかかった時間は約1分…全員が呆然と見つめる先で、蟹は殻ごと捕食されていた。
「我々はどうなるのでしょうか?雷槍も効果がありませんし」
「…戦っても無駄だろうな。話をしてこようと思う」
「危険ではないですか?」
「ふむ…もしクラーケンがその気なら、誰一人として助かる事はないだろう…」
きっとクラーケンには知性がある筈だ。武装を全て外し、無害である事を伝えに行く。
王がクラーケンの下へ行くと、クラーケンは蟹を庇った。食べ物を取られると思ったのだろうか?
「クラーケン様、私は水狩り族の長、センテヴィーグの国王をしておりますフラルーウ・ウルサックです。此度は助けていただき感謝の言葉もございません」
獲物を狙っている訳じゃないとわかると、クラーケンは再び蟹を食べ始めた。返事をしないだけか言葉が通じていないのか…
「蟹、美味しそうですね」
「…美味しい」
言葉は通じるらしく、フラルーウは安堵する。
「クラーケン様は何処からいらしたのですか?」
「…」
何気なく質問してしまったが、気を悪くさせてはまずい…
「今日は本当に助かりました」
「…」
クラーケンは黙々と蟹を食べ進める。
「何か御礼をさせていただきたいのですが…」
「…」
どうしたものだろうか…言葉は理解しているようだが、あまり喋るのは好きじゃないらしい。
「気にせず食べてて下さい」
「…」
危険は無いと思うが、フラルーウはクラーケンの対処に困っている。
もしもクラーケンがセンテヴィーグを襲った場合、どんな作戦を立てようと意味がないだろう。
「今日は本当にありがとうございました」
「…」
「クラーケン様はこの国の救世主です。もし何かあれば、出来る限りの事をさせていただきます」
「…」
感謝の気持ちは伝えたので、食事の邪魔をするのは良くないだろう。最後にもう一度だけ…
「蟹、美味しそうですね!」
「美味しい♪」
…




