無自覚な半神格者(1)
雲一つない青空を、渡り鳥達がくの字で飛んで行く。快適な環境を求めて移動しているのは、人も鳥も同じと言う事だろうか。船長は仕事中だというのに、船を停めて輝く島へ降りていった。その他にも数人ついて行ったが、もう30分以上が経過している。
「あー…しんどいわ〜…(最後尾)…は?しんどいわけないだろ!(先頭)これが下積みってやつ…なんだな…(最後尾)ちょっとちょっと!そろそろ代わってくれよ、何時間俺に先頭を飛ばさせるつもりだよ!(先頭)フ…まだまだ青いね君は!(先頭から見て左隣)そうだよ先頭、お前中間管理職の辛さもわからないで適当な事言ってるんじゃないよ!社長は先頭で楽したら良いんだよ(先頭から見て右隣)誰が社長だ!先頭が1番辛いに決まってるでしょ(先頭)それは誰が決めたんだい?確かに世間様の風は冷たいかもしれない…でもな、お前なら頑張れるはずだ!俺達はみんなお前を信じている。自信を持て!頑張れ!(左隣)いいから代われーーー!お前ら前を飛びたくないだけだろうが(先頭)…………」
青年は暇すぎて、渡り鳥にアフレコをつけていたが、ただ隊列を組んで遠くを飛んでいく鳥に、面白い掛け合いなど思いつくはずもなかった。見張り台の手すりに顎を乗せて、長く黒い前髪をかきあげる。その時…
「ジョナ、残り物持ってきたぞ」
急に背後から声をかけられ、青年は条件反射で立ち上がる。すぐに振り返り、この場所へ上がってくるために使う縄ばしごが、人の重さを支えて軋んでいるのを確認する。直後、眩しい光がジョナの目に襲いかかった。そこには太陽の光で輝く頭が、ガラスコーティングでもされたかのように、空の青さを映し出していた。
「な、なんだ…ニコルさんでしたか」
「なんだとはなんだよ。これ、ここに置いとくからな」
ニコルはジョナにとって、1番フレンドリーに接してくれる仕事仲間だ。歳も近くお互い下っ端という事もあり、同じ辛さを共有する仲間でもある。
「ニコルさん、今の聞いてました?」
「ん?何をだ?ジョナ」
「いえいえ、気にしないで下さい」
いい大人が渡り鳥にアフレコ付けて遊んでいたなんて、ニコルにバレるのだけは、少し恥ずかしいと思ったのだ。少し照れ笑いを浮かべながら、無理矢理苦しい誤魔化し方をする。
「何だかわからないけど…見張り頑張ってくれよな!俺まだ調理場の片付けがあるから、ここにゆっくりもしてられないの…よっと!」
「ああ、もちろんさ」
ニコルは縄ばしごを降りて行き、ジョナは何となくそれを見送った。甲板に降りたニコルが、ジョナに軽く手を振ってくる。
「頼りにしてるぜー、ジョナ社長」
「ニコルさん!やっぱり聞いてたんじゃないですか!」
あまり大きな声を出すと、お客さんの迷惑になってしまうかもしれない。ジョナはハッと我に返り、自分で自分の口を抑える。この船の一番良い部屋に、1人で貸切にした超VIPが乗っているのだ。
「あの子可愛かった〜…お近づきになりたいけど、お客さんだしなー」
この船は旅客船ではないので、乗り心地は良くないと思う。どうしてもと言うその人の依頼を受けて、聖光教会の本部がある港町に向かっているところだ。依頼主のお嬢様がとても綺麗で、ジョナはそれを思い出す度に、顔がにやけてしまっていた。
「でも…あの棺桶…」
誰か大切な人でも喪ったのだろう…お嬢様の顔に哀しみの色などは見てとれなかったが、想いを押し殺して気丈に振舞っているのかもしれない。ジョナは深い溜め息を吐く。
「あの子、無理してなきゃ良いんだけどな…棺桶の中に入ってる人は、あの子とどんな関係だった人なんだろう…親?兄妹?それとも…」
癖で頭を傾けながら考えてみた…しかし、聞かなきゃわからない事を考えていても仕方がない。背筋を伸ばし、気分を切り替える事にした。深呼吸をして、今日もこっそり鍛錬を始める。目を瞑り、ジョナは意識を自分の中へと集中させ始めた。
「おーいジョナ、サボってんじゃねーぞー!…ったくよー、ゲフ」
下品な声が聞こえ、ジョナの集中は一気に現実に引き戻される。甲板からそれを見ていた船員が、見張り台の上にいるジョナへ、いらぬ喝を入れてきたのだ。昼間から酒を煽り、その船員は虚ろな目でマストの根元を蹴飛ばした。
「さーせーん!ググ先輩!」
「これだから獣人のガキはよぉ…ヒック…つかえねぇったらありゃしねぇ」
ジョナは1番下っ端なのと、爪と尻尾と耳のある獣人なので、先輩のストレスの捌け口として、毎日絡まれているのだった。獣人は仕事がもらえるだけでも有り難いのだ…だから揉め事だけは起こさないように、先輩の嫌がらせを我慢している。それもあと数ヶ月の辛抱だ。もう少しお金を稼いだら、ジョナは冒険者になろうと心に決めていた。
「見張り台の俺を見張るなら、お前が見張り台に入れよ酔っ払いが…それに俺は18の大人だぜ?ガキじゃねーっつーの」
先輩に笑顔を返しながら、誰にも聞こえないボリュームで悪態をつく。無駄にイラついたせいで、ジョナの腹が悲鳴を上げた。
「ググのせいで鍛錬する気分でもなくなっちゃったな…ちょっと遅いけど昼ご飯にするか」
ジョナの唯一の楽しみが、見張り台で食べる昼食なのだ。さっきニコルが持ってきた布袋から、香ばしい匂いが漂ってくる。袋を開けると、中には残り物とは思えない美味しそうなパンが入っていた。
「ニコルさん、ありがとうございます」
チーズと茹でたエビを挟んだパンに、ジョナは豪快にかぶりつく。日持ちするように焼かれたパンがとても硬いので、咀嚼するのも飲み込むのも苦労してしまう。味は悪くないので、良く言えば食べ応えがあるのだが…
「うん、上手い」
レモネードで流し込み、ジョナはホッと息を吐き出した。遮るもののない視界に、空と海の青さが飛び込んでくる。吹き抜ける潮風を受けて、耳がパタパタと動いた。
「あの子、ご飯はいらないって言ってたけど、もう3日目だし…部屋からもほとんど出てこないみたいだし、お腹空いてないのかな?」
考え事をしながらも、硬いパンはどんどん胃袋へ消えていく。普段からこんなに気を使う性分でもないのだが、ジョナはその女の子に一目惚れしていたのだった。あの子の力になってあげたい…お金も無いし種族も違う、それでも何か…。
(俺に出来る事は戦闘ぐらい…それは少し自信あるけど、こんな獣人じゃ将来不安だろうし…あー…やっぱり相手にされないよなー)
亜人の中でも獣人は少し特殊なのだ。魔族やエルフは魔法に長け、大規模な結界で街を守っている。ドワーフは鍛治で重宝されて、人間社会に上手く溶け込んでいた。竜人は規格外の戦闘力をもち、人里に出てくる事はほとんどない。獣人は人間とそんなに変わらないのだが、戦闘能力は人間より少し高いのだ。力のある分妬まれて、つまらない迫害を受けている。働ける場所は極端に少なく、生きるために犯罪を犯す者のせいで、余計に獣人は肩身が狭くなっているのだった。
「あんまり良い事じゃないけど、ちょっと覗いてみようか。お腹空いてそうだったら、ニコルさんに何か作ってもらおう」
空になったパンの袋をクシャクシャに丸めると、足下に投げ捨てて、指の筋をギュッと伸ばし目を閉じる。ジョナには特殊な能力があり、それを見込まれてこの船で働く事を許されていた。魔力をソナーのように放ち、それを脳内で映像化する事が出来るのだ。これは魔法ではないのだが、魔法の1つと呼べる程に昇華された探知能力だったりする。魔道具を使わずに、遠視が出来てしまうのだ。しかし、そこまで遠くを見ることは出来ない…出来ても精々50メートルが限界だろう。魔力を感じ取る事自体は数百メートル先まで可能だ。居る場所はわかっているので、ジョナの遠視は、すぐに目的の人を見つけた。
「やっぱり可愛いなー。分厚い本を読んでるみたいだけど…ん?」
棺桶の中には何も入っていないようだ。それならばどうしてあんな大きな箱を運んでいるのだろうか?見てはいけないものを見てしまった気分になり、薄らと額に汗が流れる。獣人の直感とでも言うべきか…あの箱はかなりやばい物なのだろう。輝く島を見つけた時も、体中に寒気が走った。
(不吉な事が起こらなければ良いんだけどね)
船長の決定には誰も逆らう事が出来ないのだ。船長達の様子を見ようとして、ジョナは探索範囲を広げていく。輝く島は、少し変わった形をしているようだった。
(これ…ほんとに島なのか?)
ジョナの遠視は壁を素通り出来るのに、島の表層で弾かれてしまう。船長達はハンマーで採掘しようとしているようだが、物凄く苦戦しているようだ。
「早く戻ってくれないかなー…船長…あれ?」
船の真下に強い魔力の反応が現れた。これは魚ではない!魔物が敵意剥き出しでこの船を狙っている。
(なんか来た!ずっと下の方から…5…20…?50?まずい!)
ジョナは見張り台に備え付けてある鐘を、力の限りにぶっ叩く。敵襲の鐘が響き渡り、すぐに船内から人が飛び出してきた。この鐘は緊急時の時にしか使わない物で、飛び出してきた船員はみんな武器を片手に構えている。
「魔物の群れです!水中から!」
ジョナが状況を説明するよりも早く、海からサハギンが飛び出してきた。
「く!早い!」
「ジョナー!何があった?」
サハギンは砲弾のような勢いで、船の帆を切り裂いていく。明らかに戦闘慣れした動きで、船の足は奪われてしまった。ジョナの説明を聞くよりも早く、船員達にサハギンが襲いかかる。
「んあ?なんだってー?…ひっく…」
船上はいきなり修羅場になり、酔っ払いの約立たずは頭がついていかずに、ボケーっとそれを見上げていた。
(船に上がってきたサハギンは15体、水中にはまだ33体か…)
ジョナへサハギンが背後から襲いかかってきた。大振りしてきた曲刀を、ジョナは左の裏拳で剣の横腹を砕き折る。懇親の一撃だったのか、サハギンの顔が驚愕色に染まった。ジョナは少し息を吸い込むと、っは!っと吐き出しながら、右拳がサハギンの頭に命中した。一瞬の出来事に、サハギン達の視線がジョナへ集中する。
「ひぃぃー、た…たーすけてくれー!」
酔っ払いのググは2体のサハギンに挟まれて、やっと状況が理解出来たようだ。
「てぃやーー!」
ググを仕留めようとしたサハギンを、背後からニコルが大剣で横薙ぎにした。サハギンの上半身が宙を舞い、その鮮血を頭から被ったググに、ニコルは「アシストありがとうございました。ググ先輩」笑顔でそう言うと、表情を引き締めてからもう1体のサハギンに斬り掛かかる。仲間の死を見たサハギンは、悔しそうに歯を食いしばった。向こうも必死なのだろう。ニコルとサハギンの激しい剣戟が始まった。決して油断して良い相手ではない。ググは腰が抜けてへたり込んでいるようだ。
(残り46体)
「おーい!集まれ!」
船長も急いで船に戻り、甲板の中央で大きな声を上げた。ジョナは先程叩き折った剣の刃を拾うと、ニコルと激しく剣を交えているサハギンに、死角を狙って投げつける。結果は目視しなくてもわかるので、見張り台からすぐに飛び降りると、船長の背後に着地した。
「ジョナ、敵の数はどれくらいだ?」
「今見えてるだけで、残り46…いえ、45体です。船上に12体、水中にまだ33体サハギンが控えています」
ジョナは船長と背中合わせの状態で、今の状況を伝える。船長は舌打ちすると、引き裂かれた帆を見てから全体を見渡す。ニコルは死んだサハギンに手を合わせていた…
「どうもいけねぇなあ…団体行動するサハギンには、絶対に手を出しちゃいけねぇ…それは船乗りなら全員知っている事だ。しかし襲われて抵抗するなってのも無理な話よ。おいお前ら!」
船長は船員2人に指差し「帆を使える状態にしろ!急げ!」そう言うと、輝く島に繋いでいたロープを切断する。切断されたロープは勢いよく跳ね上がり、偶然にも1体のサハギンを巻き込んで、海に落ちていった。指示を受けた船員は、すぐにマストをよじ登った。
「っ!!船長!!」
マストの天辺によじ登ったサハギンが、何かの魔法を詠唱している。全員が目の前のサハギンに集中する中で、ジョナだけがそれに気付いていた。狙いはきっと船長だろう…サハギンは魔法まで使いこなすようだ。どんな魔法なのかはすぐにわかった。サハギンの頭上に大きな水弾が形成されていく。範囲魔法のウォーターインパクト…
「危ない!」
ジョナは船長を引き寄せて、横に飛びながら体を入れ替えた。やはり船長の立っていた場所に、ウォーターインパクトが打ち込まれる。甲板の1部が大きく破壊され、船が大きく傾いた。海に落とされれば、サハギンに殺られるのは確実だ。船員達は咄嗟に身を伏せて、身近な物に捕まった。
「おい!ジョナ!しっかりしろ!」
「ジョナー!」
ジョナは船長を庇い、飛び散った木片が背中に突き刺さっていた。船長とニコルはジョナの名前を叫んでいる。
「あはは…ちょっと深いですが大丈夫です。船ちょ…」
「無理をするな、大丈夫なわけがないだろ!」
ジョナの足がふらついた…船長はジョナが倒れないように、脇腹に手を支える。このまま戦闘が長引けば、ジョナは命を落としてしまうかもしれない。船長が指示を出すよりも早く、10人の船員が2人を守るように円陣を組んだ。
「ニコル!お前は客を護るんだ。船内に入られんとも限らん」
「しかし…船長」
ニコルはジョナを気にかけている。船長は指示を変える気がないようで、戸惑うニコルを睨んだ。少し怯むニコルの顔を見て、船長が「心配すんな、こっちは任せろ」と、言いながら少し顔を緩める。
(このままではまずい!大砲も使えん…)
船長は思っている事とは裏腹に、それを顔に出したりはしない。状況は良くないが、今は耐えるしか助かる道が無いのだ。
「お前達は何故海へ出た!故郷を離れ、愛する者を陸へ残してまで、海に出た理由は何だ!こんな所で死ぬためじゃ無いはずだ!思い出せ!お前達が戦う理由を!思い出せ!お前達が帰りたい場所を!」
船長に鼓舞されて、全員の心に炎が灯る。こんな所で死ぬ訳にはいかないのだ。ジョナは薄らと笑い、船員達は雄叫びを上げた。
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何かが軋むような音と、誰かの叫び声が遠くて響いている。
木製の円卓に、ロウソクが1本立てられていて、広くはないが狭くもない部屋を優しく照らしていた。
「何だか騒々しいですね…船も揺れましたし…落ち着いて本も読んでられません。これだから船旅は嫌いなんです」
可愛らしい少女の声が谺響する。少女は赤いドレスに身を包み、豪華な飾りのついた棺桶の上に腰掛けていた。見た目は16歳くらいで、透き通った赤い瞳をしている。今吐いた言葉は誰かに向けた物ではないのだろうが、寄せられた眉根が少女の不機嫌さを物語っていた。
「状況は大体わかりますが…高いお金を払った意味がありませんよね」
分厚い本をテーブルにおいて、つまらなそうに天井を見上げる。
「…10…20…30…結構多いね…どうしよう…」
どうもこうも今のままではよろしくないのだ…軽く溜め息を吐き出してから、棺桶から立ち上がった。当たり前のように棺桶を椅子替わりにしていたが、本来であれば罰当たり極まりないと思われる。汚れた訳では無いのだが、少女は癖でお尻の埃を軽く叩いた。
「まだ夕方前だけど仕方ない…かな」
少女は棺桶に向き直ると、そのまま床にアヒル座りをする。白銀の小さなベルを取り出すと、少女は呪文を唱え始めた。
「歳月は貴方に齎した。3000年を生きる潤なる人よ…無限に広がるこの世界に、貴方の御加護があります事を。霧は塵となり、塵は1つの生命となる。たぎけひゃ…噛んじゃった…」
少女は涙目でベルを鳴らした。涼やかな鐘の音が、部屋の中で反響する。
「入ってますかー?」
数秒待ったが返事が無いので、少女は少し頬を膨らませる。さっきより若干強めに再度蓋をノックする。
「入ってますかー?大きいほうですか?」
音もなく蓋が浮かび上がり、少女の居ない方へ降ろされた。
「大きいほうってなんだよ…」
「えへへ」
少女は少し照れ笑いをして、声の主に視線を向けた。右手で軽く口を抑えて、小さく欠伸をする。
「お前なぁ…ベル鳴らすだけで良いのに、変な呪文をつけないでくれよ」
棺桶の中から、20代前半くらいの男が、上半身を怠そうに起こす…少女はその男を見つめながら、少し嬉しそうな顔をした。男はやれやれというような顔を作ると、自分の胸ポケットから、金の懐中時計を取り出す。
「なんだよ、まだ15時じゃないか」
「おはようございます。メイフェオレ様」
メイフェオレは変な時間に起こされて、ちょっと不機嫌そうな顔になった。
「混戦だな…今のこの船の状況はわかるが…せっかく高い金を払ったのに、意味がない」
「それ、私がさっき言いました」
今は海のど真ん中で、護衛されながら目的地を目指していた。その途中で、魔物の大軍に包囲されているらしい…外からは騒がしい戦闘音が、室内まで響いてきている。
「これだから船旅は嫌いなんだよ」
「それもさっき私が言いました」
少し得意げな顔になった少女…メイフェオレは少女の腰に手を回し、自分の方へ引き寄せる。突然の事で、少女は少し頬を赤く染めた。
「もっと近くへ来い」
「はぃ」
ドレスの肩紐を解かれて、少女の上半身があらわになった。メイフェオレは少女を棺桶に引きずり込むと、そのまま中に押し倒す。腹部にキスをされて、少女は顔を更に染めた。メイフェオレの舌が、這うように上へ上へと進んでいく。
「恥ずかしがるな、綺麗な身体だ」
「む、むりですよぉ」
少女は両手で自分の胸を隠していた。顔は林檎のように赤くなり、緊張から身体を強ばらせていた。メイフェオレは少女のうなじに冷たい左手を添え、耳を舐めてから唇を奪う。
「手を退けるまで辞めないぞ」
少女から熱い吐息が漏れる…ドレスを全て脱がされて、今にも鼓動が聞こえてきそうだった。メイフェオレの攻めに、少女はだんだんと思考能力まで奪われて、両手から力が抜けていく。
「良い子だ」
少女の胸があらわになり、全身から力が抜けてしまったようだ。それを見て、メイフェオレは優しく頭を撫でた。
「優しくしてください」
メイフェオレは少女の髪を避け、その首筋に牙を立てた。これが毎日の日課であり、痛みの代わりに快楽が押し寄せる。
「大好きです。メイフェオレ様」
少女もメイフェオレを受け入れて、メイフェオレの背中に両手を回す。いつもなら最後まで…しかし、今日はそんなに余裕がないのだ。
「すぐに続きをするぞ、少し待っていろ」
「はい、待っています…早く戻ってきてね」
少女の潤んだ瞳を見て、メイフェオレはもう一度キスをした。そのまま続けたい気持ちを押し殺して、メイフェオレは立ち上がる。
(降りかかる火の粉を払うくらいなら仕方ないだろ?妖精王も竜王も後でうるさいだろうけどよ)
メイフェオレの完全覚醒で、船の外が暗闇に包まれる。心臓が止まりそうな程の、濃密な魔力が解き放たれた。海は荒れ始め、太陽が月に変わる。彼の正体はバンパイアの最上位、隠居したバンパイアロードであった。
(まだ船員に死者は出ていないようだ。戦力的には不利だろうに、中々頑張るじゃないか)
部屋を出て、甲板へと続く扉を開く。外に出ると、青ざめた顔で、頭がツルツルに禿げた船員を見つけた。
「す、すまない…こんなに怖がらせてしまって…髪の毛は抜けたら元には戻らない…こんなに若いのに、っく!本当にすまなかった。このメイフェオレ、深くそなたに謝罪をしよう」
メイフェオレは禿げ上がった青年に頭を下げた。常人にメイフェオレの魔力は、とんでもなくキツいものだと自覚している。そのせいで彼は禿げてしまったのだ。サハギンも萎縮しているようだが、それでも逃げ出さない事が腑に落ちない。
「え、いえ、これは元から…それよりも貴方は?」
「なんと!そなたはそんな歳で禿げてるのか!」
「頭の事から離れろよ!」
びっくりはしたが、メイフェオレは自分が原因でないとわかり、ホッと息を吐き出した。
「失礼した…メイフェオレだ。そなた名はなんという?」
「こちらもついつい…ニコルです。お嬢様を護るよう船長に言われ、この扉を死守していました」
ニコルはまだ表情が強ばっている。たどたどしい口調で、自分の役割を説明した。
「貴方は誰なんです?敵ですか?味方ですか?この船には、我々とお客様1人のはずです。それにこんな魔力…あと何故夜に?…んー…あーー!頭がこんがらがる!」
「大丈夫だ!しっかりしろニコルよ。こんがらがる髪はそなたには無い」
「そこから離れろよ!」
メイフェオレはニコルが気に入ったようで、10代に見えるような笑顔を作った。それを見たニコルは、この人が敵ではないと言う事が理解出来たようだ。疑問は沢山あるが、今のこの状況で、そんな事に構っている余裕は無い。
「この扉は護らなくて良い。中の者は、こいつらなんかに殺られたりせんよ。それよりも…だ。何故この船は水狩り族に襲われている?お前達は何をしたのだ?」
「水狩り族ですか?この船が狙われている理由はわかりません。そもそも魔物に理由なんてあるのでしょうか?」
メイフェオレは少し考える。もしかしたら、人間は水狩り族との交流が無いのかもしれない。水狩り族は、亜人の中でも海を拠点にしているのだ。陸に上がる事もほとんど無いので、知らないのも無理はないかもしれない。
(それでも、彼等が船を襲うなんてな…何か理由が無ければ、こんな事はしないだろう。人間は人間同士で奪い合ったりする事がある。盗賊や海賊、奴隷狩りが出ない国はほとんどないと言える。何が彼等をそうさせたのだ?話を聞いてみるしかないな)
「少し待て、ニコルよ。まずは彼等と話をしてこようじゃないか」
「話?ですか?メイフェオレさんはサハギンと話が出来ると?」
ニコルは目を見開いて驚いた。サハギンと話をしてくるなど、メイフェオレ以外が口にしたら、きっと正気を疑っただろう。その場から立ち去ろうとしたメイフェオレを見て、ニコルはジョナを思い出した。
「ま、待って下さい。メイフェオレさん!仲間が、ジョナが危ない状態なのです。貴方が何者なのかはわかりません…でも、ジョナを救えるのは貴方しかいない…」
振り向いたメイフェオレに、ニコルは戸惑う事なく土下座をした。
「お願いします!ジョナを助けて下さい!大切な仲間なんです」
土下座するニコルを、メイフェオレは止めようとして手を伸ばす…しかし、そこにはメイフェオレを圧倒するだけの思いが込められていた。ニコルの手が震えていたのだ…これ以上ない程の気持ちを込めて、大の大人が頭を下げている。これを止める事は、メイフェオレには出来なかった。
「ニコル…俺はお前が気に入った。お前の願い、叶えてやろう。人にもこれだけ純粋な気持ちを持つ者がいるとはな…」
「あ、ありがとうございます」
さっきまでのメイフェオレは、何となくこの場を乗り切ろうと考えていた。降りかかる火の粉を払う…その程度の考えだったが、今はニコルのために何とかしようと心に決める。
「対価は払ってもらうぞ」
「構いません!」
「即答かよ…対価も聞かずに、まったく」
メイフェオレは笑う。今日はとても気分が良い。船内の少女が見ていたら、きっとヤキモチを妬いたであろう。メイフェオレはニコルに右手を差し出した。ニコルは手を取り立ち上がる。
『くっつきすぎです!メイフェオレ様!』
(見られてたか…)
念話の口調から、少女が膨らませている頬を思い浮かべ、メイフェオレはもう一度顔がにやける。
『ヤキモチか?フィーニ、もう少し待ってろよ』
『…もう!もうもうもうもーう』
フィーニは拗ねながら、人間が毛布を被るような感覚で、メイフェオレの棺桶に蓋をした。棺桶の中で、フィーニは内壁をぽふぽふ殴る。
(私だけのメイフェオレ様なのに!あの禿げ許さないんだから!)




