オスカー・グラパなんだっけさん!(1)
私は館の2階のリビングに、全員を集める事にした。
今後の話をしなきゃいけないので、コバとヘイリにも館の中に入ってきてもらったのだ。
超もくちゃん館に頼んで、長いテーブルと椅子を出してもらい、それぞれが好きな位置に座っている。
新しく用意されたテーブルに、シスターズが人数分の紅茶を用意し始めた。
私が何も言わなくても、コクヨウ達は常に最前の行動を考えて動いてくれているので、みんなとても助かっている。
「花凜、今日はもう休もう」(ロナウド)
「んー…」(花凜)
そういうわけにもいかないと思ったが、ロナウドが心配そうな表情をしていた。
他のみんなの顔を見てみると、流石に少し疲れているのがわかる。
私は1人で焦りすぎていたのだろうか?
再びロナウドの顔を見てみると、ロナウドの力強い視線が私に注がれている。
「明日の朝に話し合えばいいだろう。大丈夫だ!みんながいるからな」(ロナウド)
「そうだよね!ありがとう」(花凜)
ロナウドがいつも通りの笑みを浮かべるので、私は少しホッとした。
変に強ばっていた肩の力が抜けて、いつもの調子を取り戻す事ができた。
ロナウドの言う通り、きっとみんなが居れば何とかなるだろう。
「エルさんが居ないけど…」(ミー)
「…」(全員)
夜も遅く、全員疲れていたので、今日話し合ってもまともに頭が動かないだろう…
ミーの言葉を聞いて、ロナウドの視線が泳いでいた。
やらなきゃいけない事は沢山あるが、明日本格的に動けば問題無いと思う。
「そうだね!明日の朝にしよっかー。ローザちゃんうちに泊まっていくでしょ?」(花凜)
「いえ…みんな心配していると思いますので、1度教会に帰りたいと思います」(ローザ)
「そっかー…わかった。転移でコルローじいちゃんのいる所に送るね」(花凜)
「大丈夫ですよ」(ローザ)
ローザはニコッとして、自分の背中についた翼をパタパタさせる。
「花凜ちゃんに付けてもらったこの翼があります。花凜ちゃんはゆっくり休んで下さい。明日コルロー様を連れて館に伺いますね」(ローザ)
転移するくらいなら何も問題は無いが、ローザは私がゆっくり休めるように、気を使ってくれたのだ。
ここはローザの言葉に甘える事にしよう。
「なら送っていこっか」(ドク)
ドクは立ち上がり、軽く伸びをする。
当然のようにミーも立ち上がった。
「3人で飛んでいこう」(ミー)
「だ、大丈夫ですよー」(ローザ)
「いいからいいからー」(ドク)
「ありがとー。ローザちゃんをよろしくね」(花凜)
「はーい」(ミー)
ドクは出口の扉ではなく、何もない壁際まで歩み寄ると、館に頼んで大きな窓を作ってもらっていた。
「飛んでいくなら玄関通らなくても良いからね」(ドク)
「気をつけてねー」(花凜)
「また明日です!みなさまおやすみなさい」(ローザ)
ローザは窓の近くに立つと、私達の方を見て深く頭を下げる。
私はローザに手を振ってお見送りをした。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
お風呂も終わり、みんな各々の部屋に戻っていく。
私は風呂上がりに、手触りの良いパジャマに着替えていた。
パジャマの上下は水色で、半袖短パンだがモコモコした素材になっている。
背中にはフードが付いていて、被ると猫耳の様になるのだ。
突然5つの法則と戦う事になり、リオンは今何を考えているのだろうか?
リオンは言っていた…もう100年も彼等を苦しませてしまったと…私はリオンに、どんな言葉をかけてあげれば良いのだろう…
リオンの部屋の前に立っているが、1人で考える時間も必要だと思い、中に入るかどうか悩んでいた。
しかし扉の前にいつまで立っていても仕方がない…リオンなら扉の外に私がいる事くらい承知しているだろう。
『花凜、外に出てきておくれ』
『え?』
急な念話にびっくりしてしまったが、この声は妖精王レイブ・チム・ユメライに間違いない。
この前は勝手にリビングまで入ってきてたのに、外に出て来いとは何事だろうか…
私はすぐに窓を作ってもらうと、館の外を見渡してみた。
綺麗な星空が広がっていて、ついついそれに魅入ってしまう。
『こっちこっち』
声の主は屋根の上にいるようだ。
仕方がないので、シルフの魔法で体を浮かばせると、ゆっくり屋根へ移動した。
「何しに来たの?」
「援軍を呼んできたよー」
「援軍?」
どうやらレイブが誰かを連れてきたみたいで、屋根の上には男が1人立っていた。
魔力を遮断しているみたいなので、私はその男の存在に気付くのが遅れてしまったらしい…
いきなり初対面の人が現れると、人に慣れてきたとはいえ少し緊張する。
「こいつが本当にねぇ…まあいいさ、手伝ってやるよ…ていうかな、元々来るつもりだったんだ」(謎の男)
喋り方はとても優しいが、遠くまで響きそうな良く通る声をしている。
「ちょっとちょっと…優しくしてあげてよね」(レイブ)
「近い近い…来んなし」(謎の男)
レイブが急接近してきたので、謎の男は面倒そうにレイブの体を押しのけた。
「優しく出来るかどうかはこいつ次第だな」(謎の男)
謎の男は細身で無駄の無い体つきをしていた。
少し微笑むと、両腕を頭の後ろで組んだ。
ダークグレーの髪に褐色の肌、エメラルドグリーンのような瞳が発光している。
見た目は30代前半に見えるが、きっと見た目通りの年齢では無いと思った。
きっと彼は人間ではないのであろう…一言では言い表す事が出来ないけど、存在感が違うのだ。
腕に装着されたガントレットが、月明かりを浴びて金色に輝いている。
私の使っているドンキーと同じ材質だと思うが、使い込まれていて細かい傷がある。
(この人…強そう…)
上半身は前開きの白いシャツを羽織っていて、体に入れ墨が彫ってあった。
1部しか見えないので良くわからないが、絵と言うよりは文字のように見える。
流石に初対面で脱いでもらうわけにはいかないので、今日のところは我慢する事にしよう!
「彼の名前はオスカー・グラパ…なんだっけ?さんだよ」(レイブ)
「あんたはいつも適当すぎるんだよ…やれやれ、オスカーって呼んでくれればいいさ。よろしくな花凜」(オスカー)
「助っ人ありがとうございます。え〜っと、オスカーさん」(花凜)
オスカーが右手を差し出してきたので、私も右手を差し出した。
軽く握手するのかと思ったが、私はオスカーに手を引っ張られて引き寄せられる。
急にそんな風にされるとびっくりするので、前もって言ってほしいものだ。
「見た事ない魔法陣だな…ふむ」(オスカー)
「えーっと」(花凜)
「魔力を圧縮して、何か情報を書きたせるような物か?かなり複雑だから、他にもまだ意味がありそうだな…」(オスカー)
「それは僕の自信作さ」(レイブ)
私の右手の甲には、レイブに刻まれた変な魔法陣があるのだ。
超超高密度の魔力結晶を作る事が出来る魔法陣で、使い勝手も良く気に入っていた。
私は今のところ、この魔法陣を単純な爆弾代わりに使っているだけだったりするのだが、オスカーは見ただけで、私以上にこの魔法陣を理解してしまったようだ。
「よし、時間も無いからな…そろそろ行くか」(オスカー)
行くか、とは何処にだろうか?
レイブはただ援軍を連れてきただけではないようで、私は意味がわからずにオスカーとレイブを交互に見つめる。
「どこ行くの?」(花凜)
「まずは俺んちだな…暴れても大丈夫な場所が必要だろう」(オスカー)
「え?何するつもり?」(花凜)
「あっはっは!かるーい特訓だよ。今のままじゃ使い物にならなそうだからな」(オスカー)
「…」(レイブ)
オスカーは私の首根っこを掴んで、自分の顔の高さまで私の顔を持ち上げた。
なんか飼い猫にでもなった気分だ…体の力を抜いて手足をぶらぶらさせる。
「うぅ…私今からクラーケンさんを見に行こうかと思ってたのに…」(花凜)
「は?」(オスカー)
「自分で見てもいないのに、対策なんて立てられないでしょ?自分の目で見てから、攻撃してみようと思ってたの」(花凜)
「……馬鹿では無いらしいが、顔に似合わず随分と思い切った事を考えていたんだな…戦い方も知らない奴がクラーケンの前に出て、無事で済む訳が無いだろう!間に合って良かったよ。あ!それよりもな、フェニックスは来なかったか?」(オスカー)
「フェニックス?火の鳥?」(花凜)
「ああそうだ。中に居るのか?」(オスカー)
「ううん、来てないよ」(花凜)
「「はぁ〜」」(オスカー、レイブ)
オスカーは私を掴んでいない右手で目を覆い、レイブは腕を組んで眉を八の字にした。
「仕方ないよ…方向音痴だもの」(レイブ)
「仕方ないじゃないだろう!しかし、今は時間が無いから後回しだ。よしレイブ!俺達を飛ばせ」(オスカー)
「はいはい…」(レイブ)
「これパジャマなんだけど…」(花凜)
「問題無い」(オスカー)
私が再度抗議しようと頭を巡らせていたら、目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。
雑な扱いをされるのは久しぶりだが、そっちの方が気を使わなくて楽だと思う。
自分で転移するのとは違い、誰かに連れて行かれるのは変な感覚だった。
(リオン、ちょっと行ってきます)
ーーーーーーーーーーーーーーーー
転移先はとても広い空間で、室内と言うよりは、巨大なドームの中にいるようだと思った。
天井には、太陽の光を受けるステンドグラスの様に、カラフルにクリスタルが輝いていていた。
「気に入ったか?ここならいくら暴れても問題は無い。ここは普段俺の仲間が訓練する場所でな、魔法を全て吸収するように作ってある」
「凄く綺麗な所だね!あれ?レイブさんがいないよ?」
「フェニックスを探しに行ったんだろう。任せておけば大丈夫だ」
壁と床は鍾乳洞のような質感をしていて、とても滑りやすそうだ。
そこら中が穴ぼこだらけになっているが、多分訓練で破壊されたのだと思う。
オスカーは私を地面に降ろすと、どこを見るでもなく宙を見つめる。
――――ズザザ…ズザザ…――――
何かが這いずるように、私達の方へ近ずいてくる音が聞こえた。
シューシューと音を立てながら、不気味な魔力が大きくなっていく。
「お久しぶりです!オスカー様」
オスカーの名前を呼ぶ声が聞こえたので、そちらへ振り向くと、壁の穴から巨大な蛇が顔を出した。
ゴツゴツした迫力のある頭、頑丈そうに見える赤と黒の鱗、全長はわからないが、頭の横幅だけでも2メートルはあると思う。
しゅーしゅーと音を立てながら、話す言葉は女性のように聞こえてくる。
「お呼び〜?」
別の壁の穴からもう1匹姿を現した…今度は大蛇ではなく、6本足の狼のような姿をしていた。
手足には水掻きが付いていて、体の体毛はアザラシのように艶っぽい。
きっと水中で活動する事に、長けているのではないだろうか。
「花凜、クイーンバジリスクのアーテンと、ウォーターハウンドのロウだ」(オスカー)
「初めまして、花凜です」(花凜)
「私達にビビらないって事は、貴方普通の人間じゃないね」(アーテン)
急に物凄く大きな蛇が現れて、怖くない訳が無い…ただ怖がったら失礼だと思ったので、今は我慢しているだけだったりする。
「女の子だ!女の子がいるよー」(ロウ)
「まあまあ落ち着けロウ、クラーケンの監視お疲れ様。まずは状況を教えてくれないか?」(オスカー)
「うん、わかった…やっぱりクラーケンは暴走させられてるみたいだったよ…このタイミングで暴走するなんて、流石に早すぎると思ったんだよね」(ロウ)
「え!どういう事なの?」(花凜)
「とりあえず花凜は後で説明してやる、少し黙っていてくれ」(オスカー)
オスカーの表情は険しく悲しげだった…私は何も言えなくなってしまったのだ。
「私達がついていながら…すいません」(アーテン)
「仕方ないだろう…相手が相手なんだからな!無事で良かった」(オスカー)
「やはり魔力は感じませんでした。ガードランの気配を掴むのは至難かもしれません…熱も感知出来ずに、ロウの鼻も意味は無かったです」(アーテン)
「本当にさっぱりだったよ…参っちゃうよねー」(ロウ)
ガードラン…どこかでこの名前は聞いたような気がする。
「まあ奴にも一度に複数体の暴走は出来ないはずだ。他の監視メンバーには、くれぐれも注意するように言っておきたい…アーテン、すまないが全員に直接伝えてきてくれないか?」(オスカー)
「かしこまりました。すぐに行ってまいります」(アーテン)
「アーテンだけ?自分は?」(ロウ)
アーテンは転移を使ったようで、音もなく姿が掻き消えた。
次にロウの体が魔力に包まれて、それが人型へと変形する。
人の姿になったロウの見た目は、18歳前後で薄い水色の髪をしている。
左耳に何かの牙のピアスをしていて、身長は170センチくらいだ。
格好は、長袖の麻で作られた様なゆったりとしたシャツに、カエルの絵が刺繍されている…ズボンは紫色で独特なセンスを感じさせた。
(カエル…可愛い!)
ロウは丈夫そうで黒い革靴と、明らかに普通じゃない剣を腰に装備している。
剣の刃には鞘が無く、漆黒で炎を模した様な形をしているようだった。
「ロウは待機だな…今はやる事ないし」(オスカー)
「じゃあ少し眠ってくるよ!またね花凜ちゃん」(ロウ)
「おやすみなさい!私もちょっと寝てくるね」(花凜)
「お前には睡眠なんていらないだろうが…魔力の使い方を基礎から教えてやる」(オスカー)
オスカーは魔力を解放した。
こんな魔力は今まで感じた事がない!
私も魔力は桁外れな方だと思っていたが、上には上がいるようだ。
魔力の量に頼って戦ってきた私には、オスカーの魔力を感じた瞬間…勝てない事を直感した。
(どうしよう)
「まずは模擬戦だな…全力でかかって来いよ!」(オスカー)
「凄い魔力…」(花凜)
体から汗のような物が溢れてくる。
私が小さなうさぎだとすれば、彼は戦車か何かであろう。
今ならドクやミーの気持ちがわかる…とりあえず離れなきゃどうにかなりそうだ。
全力の身体強化で、オスカーを見ながらバックステップをする。
一瞬でオスカーから百メートルの距離を置いた。
「かかって来いって言ったんだぞ?離れてどうするんだ…やれやれ…」
オスカーが目を瞑り首を振る…
隙だらけに見えるのに、勝てるイメージが浮かばないのだ。
「やだやだやだよ!怖いもん…」
「あはは、正直で良いな…でもそんなんじゃ強くなれないぜ?」
なんと言おうが私から近づく気は無い。
私も魔力を解放させて、シルフの魔法を使い、身を守る様に半径5メートルの竜巻を発生させた。
「なかなか強力な魔法じゃないか!でもな…」
オスカーが地面に魔力を流すと、直径2メートル位の岩が生成された。
その岩に指を突き刺して、私目掛けて大砲の砲弾の様に投げ付けてきた。
(それくらい大丈夫!)
「…避けなくて良いのか?」
「え?」
投げ付けられた岩は、私の風の守りを素通りした。
一瞬の出来事に虚をつかれ、咄嗟に左腕でガードする…まさにコンマ何秒の世界だった。
――――ベギ…ミシミシ――――
腕が嫌な音を立てて、私の体は耐えきれずに弾き飛ばされた。
岩ともつれ合いながら、数百メートルも転がされてしまう。
「い、痛い…痛いよ」
この世界に来てから、初めて感じる痛みかもしれない。
左腕は折れ曲がっていて、このままでは戦う事が出来ないだろう。
「ここに来て最初に言っただろ?この部屋は魔法を全て吸収するってよ…」
確かにそんな事を言っていた…オスカーの魔力の解放に同様して、すっかり頭の中から抜け落ちていた。
魔法による防御が出来ない以上、このまま投石され続けるとまずい…どうしたらいいだろうか。
私がやれる選択肢は少ない…右手の魔法陣に魔力を集めていく。
左腕の痛みを我慢しながら、オスカーを中心に魔力結晶の爆破を試してみよう。
「余所見はいけないぜ?」
余所見などはしていない。
私はオスカーをしっかり目でとらえているのだ。
――――ガラ…――――
背後から音が聞こえてきた。
何だかわからないが、逃げるには少し遅かった…背後には4メートル位のゴーレムが立っていて、私の体は大きな手に握られてしまった。
「痛い…」
突如襲ってきた激痛!折れた左腕も一緒に締め上げられている。
今まで背後に魔力の反応なんて感じなかったのだ…さっき投げ付けられた岩が、このゴーレムに変形したのだろう。
「まあこんなもんか…模擬戦とも言えないが、まぁ仕方ないよな」
オスカーが私の方へゆっくり歩き出す。
私はなんて無力なんだろうか…こんなに弱いのに、クラーケンと戦ったらどうなっていたのだろう…
悔しさに歯をかみ締める…
「もっとやれると思ったんだがな…お前は何のために強くなりたいんだ?」
「…」
何のために?そんな簡単な事…
私は身近な人を笑顔にしたかった…リオン、ドク、ミー、ロナウド、エル…
私に幸せをくれた人達…私はそれを守りたい…
オスカーの魔力に萎縮してしまい、腕の痛みに注意散漫になる…こんな事では誰も守れないかもしれない。
悔しい…悔しい…そんなの絶対に嫌だ!
私は私が情けない…
ただの模擬戦なのかもしれないけど、せめて1発入れたい!
「まだ…まだやれ…ぃた」
ゴーレムの締め付けが強くなった。
ギリギリと締め付けるゴーレムの手は、私が弱っていても手加減が無い。
「そいつは離さねーよ?」
このゴーレムに魔法はきっと通じない…こうなったら!
「おい!何をするつもりだ?やめろ!」
私は私を中心に、超超高密度の魔力結晶を作り出した。
虹色に輝く魔法陣を見て、きっとオスカーは私がやる事に気付いたのかもしれない。
ゴーレムに魔法が効かないなら、私の体を魔法で弾け飛ばせば抜け出せるだろう。
「バカ者が…」
目の眩むような閃光と、尋常じゃない大爆発で、私はゴーレムから抜け出す事に成功した。
「まだ…これから…だよ…」




