パンメイラ
金属が弾かれる甲高い音が鳴り響いている。
ミミックの頭上数メートルの位置に、私達は転移で現れた。
下では冒険者達が激しい戦いを始めているようだ。
私は左腕でローザを抱いたまま、周辺全てが見渡せる高さまで、高度を上げていく。
すぐにでもパンメイラの村を見渡して、今の状況を確認したかったのだ。
ソルの街と比べると、パンメイラはとても小さい村だった。
村の規模から考えると、人口は500人も居ないだろうが、頑丈そうな魔獣対策の塀がある。
緊急時で無ければ、ゆっくり観光してみたいものだ。
木造の家屋が多いが、貧乏そうな印象は受けなかった。
さっきクリフが言っていたサハギンと言う魔物が、既に街の入り口まで侵入してきている。
岸からはどんどん新手のサハギンが湧き出していて、村の入り口から海岸までの数百メートルが、全て覆い尽くされている。
サハギンの数は多く、2000匹以上は居るかもしれない。
ローザは迫り来るサハギンの大軍勢を見て、恐怖と焦りが顔に出ていた…
海岸は既に、サハギンの青一色に染まっている。
私はローザを安心させようとして、少し笑顔で頷いてみせた。
「ローザちゃんはおじいちゃんを探しに行っていいよ」
「で、でも…」
ローザは恐怖に囚われ、身が竦んでしまっているようだ…
震えているのが体を通して伝わってくる。
「大丈夫だよ?ここは任せてね」
「…」
サハギンの大軍勢には、身動きが取れなくなるほどの迫力があるので、仕方ないとは思う…
「ローザちゃん」
「…あぁ」
ローザの目はサハギンの群れに固定されていた。
(怖いんだね…どうしよ)
私の声は今のローザに届いてないのかもしれない。
下では激しい戦いが続いているので、私はすぐに戦場に行きたいと思っている。
余っていた右手をローザの頬に添えて、こちらへ顔を向けさせた。
「ローザちゃんなら大丈夫よ、それに私は誰?」
「え?花凜ちゃん?」
――――パチン――――
「痛い」
ローザは目に涙を溜める。
私はローザに優しくデコピンをしたのだ。
「私は誰?」
今度は真剣な表情に変え、ローザにもう一度同じ質問をする。
ローザがハッとして私の顔を見てきた。
「妖精王花凜伯爵様です」
「良くできました」
私は笑顔に戻ると、ローザの頭を撫でてあげた。
ローザの気持ちは良くわかるのだ…
大切な人を失うかもしれない恐怖に、何をしたらいいかわからなくなっている。
見てもいない物に対して固めた覚悟なんて、容易に崩れ去ってしまう…それは足元が崩れ去るような、目の前が暗闇に閉ざされるような…
今のローザに必要な言葉を、私は必死に考える。
大丈夫だよ!ではダメなのだ…
今のローザに甘い言葉なんていらない、私はまた真剣な表情に切り替え、ゆっくり言葉を選びながら口を開いた。
「ローザちゃんが心配しているのと一緒で、おじいちゃんもきっと同じ気持ちだよ。誰かを残して先に逝く気持ちは、この世で1番辛い事だから…」
「花凜ちゃん…」
「今は結果なんて関係ないでしょ?生きるも死ぬも関係ないの!最後になるかもしれないのなら、大切な人と一緒に居なさい」
「……はぃ…」
私の気持ちは、言葉は、確かにローザに届いたようだ。
ローザは両目から涙が止まらなくなり、顔をくしゃくしゃにしている。
大切な事を思い出してくれたみたいだ。
私はなんのためにローザがここまで来たのかを、思い出させてあげたかったのだ。
ローザは歯を食いしばり、何とか体に力を取り戻した。
「……ありがとう…ありがとう、花凜ちゃん…私、この事は一生忘れません…だから、だから…」
ローザは私の心配もしてくれている…
「行きなさい、翼の使い方はわかるでしょ?」
「はい」
私が腕の力を緩めると、ローザは翼の力を操りその場で浮遊した。
それを見届けてから、完全にローザを解放して、パンメイラの東方向を指差した。
「向こうに沢山の気配を感じるから、皆きっとそこに居るはずだよ」
「わかりました」
ローザは頷き、私も頷き返すと、ローザはすぐに飛び立っていった。
(私も後で必ず行くからね!死なないで…ローザちゃん…)
私も辛かったが、ローザが行くまで我慢していたのだ…
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかないので、もう一度周りを見渡した。
海岸から1番近い村の入り口に、サハギンの群れが集中している。
他にも入り口があるみたいだが、今は完全に塞いでしまっているようだ。
サハギンは槍や剣で武装していて、革鎧も装備していた。
人より少し小さい体躯をしているが、身体能力はとても高そうに見える。
素早い動き、頑丈そうな青く光る鱗、鋭い牙、そして何故か怯えた目をしているようにも見えた。
言葉はわからないが、会話する知能があるみたいで、何かを訴えかけようとしている。
(ただの魔物じゃないのかしら?)
しかしサハギンは殺気立ち、攻撃の手を緩めてはくれない。
「時間を稼げぐんだ!絆の宿に救援を要請した!後2時間待てば助けが来る!諦めるな!」
ミミックが声を張り上げた。
こちらの戦力は全員で30人は居るだろう…皆が戦っているこの場所は、パンメイラと海岸を結ぶスロープの一本道になっていて、1番近い村への入り口だ。
きっと海岸で戦えば、四方を囲まれてしまうので、少し村の中まで引き込んだのかもしれない。
バリケードを作り、自分達に有利な陣形を作っているみたいだ。
「ミミックさんよ、2時間なんて無理だぜ…もたねぇよ」
矢傷を負い、冒険者の1人が弱音をこぼした…全員同じ事を思っていたみたいで、顔色は良くないように見える。
弱音を吐いた事を咎める者はいないだろう。
しかし増援ならもう来ているのだ!
私は声をかけるために、ミミックの後ろに降り立った。
「じゃあ考え方を変えようぜ?」(ミミック)
「考え方なんかで現状が変わったりしねえよ」(冒険者A)
「お前、リオンさんに踏まれたいって言ってたよな?俺が依頼出してやるよ」(ミミック)
「!!!!!!!!」(冒険者A)
「俺は、この戦いが終わったら花凜さんを抱きたい!」(ミミック)
(え?)
いきなり名前を呼ばれ、私はミミックの背中を見た。
あとは声をかけるだけだったのに、話しの流れのせいで、出て行きずらい雰囲気になってしまう。
それに、ミミックのそれは死亡フラグになっていると思う。
(死んじゃダメだよ?)
気を取り直して、もう一度声をかけようとした。
「俺…花凜様にお兄ちゃんって呼ばれたい…」(冒険者B)
(えぇー)
「俺はリオンさんとエールが飲みたい!」(冒険者C)
「リオン様とデートがしたい」(女冒険者A)
「まじかよ…俺…花凜様に膝枕だ!」(冒険者D)
「俺は頬にキスを!」(冒険者E)
「仕方ないな、良いだろう!依頼出してやるぜ!」(ミミック)
「ああ、花凜様とリオン様に裸エプロンしてもらいたい!」(冒険者F)
「「「「それはダメだろ!」」」」(全員)
私が戸惑っているうちに、ミミック達の話し合いは終わったらしく、全員の目に力が宿っていた。
体はボロボロなのに、気持ちの切り替えだけで、剣や魔法のキレが良くなったかもしれない。
戦闘しながらだというのに、気の抜けた会話をしつつも、誰1人として油断などしていなかった。
「ごほん」(花凜)
「か、花凜さん!」(ミミック)
「え?花凜様?」(女冒険者A)
「ぉぉおー!花凜様が来てくれたぞー!」(冒険者D)
私のわざとらしい咳払いを聞いて、ミミックは狼狽えると、頬に冷や汗を流し、必死に言葉を考えているようだった。
私の登場で、冒険者達は歓声をあげる。
折角ミミックが上げた指揮を下げたりはしたくないので、今のミミック達の話は後回しにする事にした。
「クリフさんに言われて来ました」(花凜)
「ああ…助かったよ…」(ミミック)
「サハギンは何で攻めて来てるの?」(花凜)
「魔物の考えなんてわからないさ」(ミミック)
サハギン達は言葉を話せる知能があるのに、交渉などはされなかったのだろうか?
何か理由があるのかも知れない…
「少しサハギンさんと話してみるよ」
私がそう言うと、ミミックは顔を顰めた。
「おいおい、何を言ってるんだ?魔物は言葉を理解出来ないぞ?」
確かに今まで私が見てきた魔物は、理由も無く攻撃してきたのだ。
ミミックの言いたい事はわかるが、それでも試す価値があると私は思った。
「でも何か会話しているよ?」
「そんなのは人間の真似事だろう?サハギンが喋ってるように見えなくもないが、何も聞こえないじゃないか」
ミミック達には、サハギンの言葉が聞こえないらしい。
私はサハギンに注意を向けると、やはり何か喋ってるのがわかるのだ。
もしかしたら、私なら意思の疎通が出来るかもしれない…
「真似事じゃないみたいだよ?私には言葉が聞こえてるんだけど…まずはサハギンさんを全員動けなくするね」
「は?この数全部をか?無理だろ?」
「無理じゃないよ?すぐ終わるから…」
私は魔力を解放した。
ローザの所へ早く行きたかったので、時間をかけたくなかったのだ。
「これが…花凜…さんの…魔力…なのか…」
ミミックは無防備に座り込んでしまったが、何も問題ないはずだ。
その場にいる者全ての視線が私に注がれて、全員が身動きを止める。
まず私と戦おうと思ったら、この圧倒的な量の魔力を感じても、平然としていられる者にしか無理であろう。
この世界で私は、生後2ヶ月未満の赤ちゃんのようなものだ…
まだまだこれから成長していくのだと思うが、それでも世界樹なので、今でも人から見たら化け物にしか見えないと思う。
元ナンバー冒険者のドクとミーでも、翼を付ける前までは、立っているだけでギリギリだったのだ。
「皆ごめんね…怖いよね?ちょっと我慢しててね」
(鬼にも化け物って言われたもんね…)
冒険者達が、みんな私を見て青い顔をしている…
私は寂しい気持ちを押し殺し、サハギンに向かって歩き出した。
やはりサハギン達も、身動き出来ないくらい恐怖で固まっている。
(大丈夫…私にはリオンやパパ達がいるから…)
戦闘が止まったので、私は冒険者達とサハギン達の中間に立つと、創造生命魔法を使おうと思った。
話し合いが出来るかどうかは、サハギンに聞いてみなければわからないと思う…
(さて、どうしよっかな?)
人間の言葉を理解してもらえなければ、話し合いになる事はないだろう。
私はサハギンの言葉がわからないので、人間の言葉がわかる個体を探す事にした。
(創造生命魔法)
右手に魔力をためていくと、手が青白い輝きを放つ。
刻まれた魔法陣も反応しているが、使うつもりがないので輝いているだけである。
しゃがみこんで地面に魔力を流し込むと、すぐにもくちゃんの芽が生えてきた。
「なんだよ…あれは…」(冒険者A)
「あんな魔法見た事ないわよ」(女冒険者B)
もくちゃんはみるみる成長していき、8メートルくらいの高さまで伸びた。
すぐに枝や幹が変形を始めて、私の想像した姿を形どっていく。
私は巨大なユーフォニウムに見えるもくちゃんを造ったのだ。
形にあまり意味は無いが、このもくちゃんは拡声器を使った時のように、声を大きくしてくれる。
聞き取りマイクの変わりに、マウスピースから声を吹き込めば大丈夫だ。
「サハギンさん、30分待ちます。人間の言葉がわかる方がいるなら、前に出てきて下さい」
きっとサハギン全体に私の声は届いたであろう。
近くにいた冒険者達が、あまりの大音響にびっくりしていた。
次に私は傷付いているサハギン達を、創造生命魔法で癒してあげる事にした。
冒険者達も傷付いているが、それは後回しで大丈夫だろう。
1匹のサハギンに近づくと、この世の終わりのような顔になる。
「大丈夫…治すだけだよ」
言葉はわからないと思う…私の気持ちが伝わるように、なるべく優しく話しかけた。
死にそうな程の傷を負っている者はいないが、それでも辛そうだと思った。
「はいおしまい!次は貴方ね!」
治療を受けたサハギンは、傷が無くなっている事にとても驚いている。
それを見ていた他のサハギンも、とても驚いているようだ。
一部始終を見ていた筈だが、私が近づくとやはり緊張しているみたいで、体が強ばっている。
傷付いたサハギンの治療が終わり、もくちゃん拡声器の隣に、キノコソファーを2つ作った。
話し合いが出来るサハギンが居るならば、対談の場が必要になるはずだ。
全ての作業を数分で完了して、私は魔力を遮断する。
(これでよし!さて、サハギンさんはどうするのかな…)




