海の異変
【コルロー視点】
(本当に…ベッドの下へ入っていきおったわ…)
この街で名前を聞かない日は無いと言うほど、花凜の噂は毎日聞こえてくる。
教会が手を尽くし、助けられないと諦めた命も、この花凜伯爵様なら救う事が出来ると…
孤児院の話も聞いた。
あのガッツと言う老人は、はっきり言ってしまえば遊び人だ…
しかし、子供達を守りたいと言う言葉に嘘わない。
ガッツにとんでもなく巨大な屋敷を与え、税を免除して、子供達の未来を守ってくれたのだ。
うなぎ討伐の話も聞いた。
その時、魔法で竹藪を召喚したそうなのだが、竹藪は今でも消えずに残っていると言う話だ…
別に邪魔になるわけじゃないが、その竹を使って、水筒を作ろうとした者がいた。
ノコギリの刃を竹に当て、いざ斬ろうとしたその時…「お前…寝癖ついてるぞ?」…竹がその様に喋ったのだという…
軽い会話をしているうちに、その者は竹を斬る事を諦めたそうじゃ…
子供が海で溺れそうになると、海藻のゴーレムが助けてくれるとも聞く…
挨拶をすれば返事を返すイバラの蔦に、水をやっている者もいた。
召喚魔法でもない、回復魔法でもない…
本当に不思議な少女じゃ…
うちのシスターが、花凜に憧れるのも無理は無い。
花凜がこの街に来てから、問題が次々解決されていく。
横暴な貴族が居なくなって、感謝している者も沢山いるのだ。
国の英雄になったかと思えば、年相応の子供に見えたり…とても大人びて見える事もある…
容姿は神秘的な雰囲気があり、金色の瞳はどこまでも純粋だ。
花凜に出会えば、まるで森林の中にいるような感覚が、体を満たす。
この街で1番の権力を持つ花凜が、誰もこのベッドの下に居るとは思うまい…
「まあ、とりあえず…ベッドに腰掛けよ」
儂は花凜の行動は考えても無駄だと諦め、火傷を負った女性患者に声をかけた。
ベッドの下に領主がいる…複雑な気分になるのは仕方ないだろう。
女性は恐る恐るベッドに近づいた。
「し、失礼します!」
「気にするなと言う方が難しいが…気にせんで良い…」
この患者は昔もここで治療をした事がある…
確か鍛冶屋の娘だっただろうか?
「どれ、見せてみよ」
顔の右半分の皮膚が溶けてしまっていた。
失明しなかっただけでも良しとするべきであろうか…
「いったい何があったのじゃ?」
「あはは…溶かした鉄を型に流そうと思ったのですが、転んでしまって」
「笑い事ではないわい…まったく!痕が残るぞこれは」
女性の見た目は10代後半だろう。
笑って出来事を説明するが、聞いているだけでも痛々しい…
鉱山が多いラグホームでは、良質な鉄を安く入手できるため、鍛冶屋が多いのだ。
同じような火傷は多々観てきたが、顔にここまでの火傷をした者などは初めてだった。
すぐに火傷に効く薬の調合を始める。
「しかし、大きくなったのう…儂も歳を取るはずじゃて」
「ふふふ…気づいちゃいましたか?グラケグの実を食べると、巨乳になれるんですよー」
――――ガタン――――
急にベッドが少し揺れて、ベッドの下から花凜が顔をだした。
(何をやっとるんじゃ…)
「胸の話などしておらん、身長の話じゃよ…」
「あ、あはは…そうでしたか…でもこっちも大きくなったんですよ?」
女性は両胸を寄せて突き出してくる。
(儂にどうしろとゆうのじゃ)
ベッドの下からは、花凜だけじゃなく、シスターのローザも顔を出しているようだ…
狭いベッドの下で、いったいどんな体制になっているのかが、とても気になる…
花凜とローザは興味深くこちらを伺っている。
儂は顔から冷や汗が流れてきた。
全員を無視する事にして、やっと薬の調合を終える事が出来た。
(ふむ…これで良いじゃろう)
ペースト状にすり潰した数種類の薬草が、火傷にとても良く効いてくれる。
『触ってあげて!』
『いきなり何じゃ?』
『おっぱいを…』
『な!何じゃと!儂はこれでも聖職者なんじゃぞ!』
『本物かどうか確かめて欲しいの…』
ベッドの下から覗く花凜の顔は、とても真剣だった。
時折見せる大人の顔が、このタイミングで出てくるとは…
わざわざ念話で話しかけてくるとは思わず、余計に動揺してしまった。
薬を掴みかけていた手を引き戻し、儂は少し考える…
(本物かどうか、か…深いな…)
歳のせいか思考が鈍くなっている気もするが、領主様の言葉とあっては無視出来ないのだ…
診察で胸を触る事はあるので、別にそこまでハードルが高いわけではなかった。
(よし、やるか…仕方あるまい)
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【花凜視点】
これは早急に、グラケグの実とやらを手に入れる必要がある。
コルローに真実を確かめて欲しいとお願いしたが、嘘だとしても本当だとしても、自分で確かめなければ、納得が出来ないであろう…
「ねえ、グラケグの実ってどんなのかわかる?」
「はい!私も食べてみたいと思ってました!」
「決まりね、聞きたい事は聞けたし、早速一緒に向かいましょう」
「いいのですか!」
「来てくれると助かります」
私1人ではグラケグの実が何なのかわからないので、シスターを連れて行く事にした。
シスターがとても嬉しそうにしているので、誘ってよかったと思う。
今すぐにでも出発できるであろう。
私はベッドの下から、見えていた女性患者さんの足に触れて、サッと魔力を通し、火傷を治してあげた。
私達は、ベッドに潜り込んだ時の反対側から、シスターと一緒にもぞもぞ脱出すると、そこはコルロー達のいる仕切りの外になっている。
その場所にもベッドとカーテンがあり、誰もいないようだったが、普段は使われているのかもしれない。
私は立ち上がると、シスターを正面から抱きしめ、シルフの魔法を発動した。
いつも通り魔法使ったはずなのだが、私は焦っていたようで、少し力の加減を間違えてしまったようだ。
――――ブワッ――――
「あ…」
突如室内から巻き起こる強風のせいで、教会中の仕切りのカーテンが飛ばされてしまった。
私は申し訳ない気持ちになり、周りを見渡したが、まだ私に気付いている者はいないようだ。
「皆!落ち着きなさい!すぐに集まって!」
誰もが戸惑いの表情を浮かべる中、神父が声を張り上げた。
普段の緊急時の対応だろうか?
突然の風で混乱していたシスター達が、神父の号令を聞き、すぐに落ち着きを取り戻すと、周りの状況を確認している。
(危ない…私のせいで怪我人出なくてよかったー)
私はホッとしたが、この場を荒してしまったのは事実なのだ…
怒られる前に退散しよう!失敗は誰にでもあるのだ…私は気を取り直して、誰にも気付かれないうちに、ローザを抱きしめたまま天井まで浮かび上がる。
「あん…コルロー様…もっとー」
「これ!離れるんじゃ」
コルローは女性を押し倒し、両胸を鷲掴みにしている。
それを見た他のシスター達が、石化したように固まってしまった。
女性はコルローが離れないように、首と腰に腕を絡ませている。
私に抱かれたシスターは、顔を真っ赤にして、私の事を見つめてきた。
シスターの事が凄く可愛く見えて、空中で頭を撫でてあげる。
「グラケグの実がある所まで飛ぶよ?高い所は怖くない?」
私はコルローの事を見ないようにした…
あれはきっと見てはいけないものなのだ。
「はい、だ、大丈夫です」
シスターと小声でやり取りをして、皆の視線がコルローに集まっている隙に、私達は天窓から外に脱出した。
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「とても気持ちいいです。私初めて空を飛んでいます!」
「風の魔法で飛べるみたいだよ?私の魔法はシルフの精霊魔法なんだけどね」
シスターが怖がらないように、低高度をゆっくり飛行している。
シスターは私の言葉を聞いて、少し苦笑いを浮かべた。
「風の魔法を使っても、空を飛べるのは数秒らしいですよ?私も魔法を使う職業ですから、花凜伯爵様の凄さはとても良くわかります。それに飛行出来る魔法を、詠唱も無しに使うなんて…」
「それは知らなかった…だから空を飛んでると、皆びっくりするんだね」
「花凜伯爵様は、私達の憧れなのです」
シスターからキラキラした目を向けられて、私はとても辛い気持ちになってしまう…
表情が見られないように、シスターの耳元の方へ顔を隠した。
シスターの顔は、真っ赤なリンゴみたいになっている。
「あなたの名前はなんて言うの?」
「わ、私の事はローザと呼んでください」
「わかったわ、私の事は花凜と呼んで、ローザ」
気を取り直し、私はローザに微笑みかけた。
「…花凜様ではどうでしょうか?」
「なら私もローザ様と呼びます」
「そ、そんな…では花凜さん」
「なんでしょうかローザさん」
(私は憧れられるような存在じゃないよ…いつもいつも、手遅れなんだよ…)
少し意地悪をしてしまったかもしれない…
ローザに悪気は無いはずだ。
私は優しく微笑み、ローザの頭を撫でてあげた。
「では…その、花凜ちゃんで…」
「ありがとう、私もローザちゃんって呼ぶからね」
「はい!花凜ちゃん」
名前の呼び方は、何とか折り合いがついた。
ローザは空を飛ぶのが余程気に入ったらしく、景色を見るのに夢中になっている。
私は翼を付けてあげようと思ったが、ローザは今ローブ姿なので、翼を付けたら下着が丸出しになってしまうだろう。
また時間がある時に、考える事にする。
「あ、あの店ですー」
ローザは私に抱きしめられていたので、手が使えずに首の向きだけで方向を教えてくれる。
グラケグの実を取り扱うお店は、立派な建物だった。
大きさで言えば、絆の宿の半分くらいだが、ピカピカの銅で出来た看板まである。
すぐにでも店に入ろうと思い、高度を下げていった。
「え?なんで?花凜ちゃん!あれは何でしょうか?」
「うん?あ、あれはお城だよ」
「朝は無かったのに…」
城を背にして飛んできたので、ローザは今まで気付かなかったようだ。
あの城の強度は、私が創造できる物の中でも最高クラスで、地下にソルの住人が避難出来るスペースがある。
何かあった時は、城の地下に全員が避難できるように、ミミックに協力を頼んでおいた方がいいだろう。
グラケグの実よりも、ローザは城が気になっているようだ。
「じゃああれは何でしょうか?」
ローザの興味がころころ変わるので、少し振り回され気味になっている。
私はすぐにローザの見る方向を確認する。
「あれはシャチだよ………え?なんでシャチが?」
私は見たままローザに説明したのだが、シャチが空を泳いでいた。
「数が凄いです…10数匹くらい飛んでいるでしょうか?まっすぐこの街に向かって来てますね」
海の方から現れたシャチの群は、凶悪な魔力を放ち、この街にまっすぐ向かってきた。
私は下げていた高度を再び上昇させる。
『リオン、ドクちゃんミーちゃん!海に魔物が出たみたい!』
『ほう…どんなだ?』
私の念話にすぐ返事を返すリオン…何と伝えたらいいのだろうか?
『グレて空のギャングになっちゃったみたい…』
こんな説明じゃわからないだろうが、シャチと言っても伝わらないだろう…
『こっちはもう戦闘に入れるー』(ドク)
『私とドクは丁度海にいたんだよ』(ミー)
『私も近いからすぐに行くね!』(花凜)
ドクとミーはすぐに戦える位置にいたらしい。
「ああ、どうしましょう…あんな大きな魔物が…」
ローザは私の腕の中で、少し震えている。
きっと怖いのだろう。
「大丈夫よローザちゃん、妖精王の2人が既に海岸にいるから」
「…こんな事…今までありませんでした…花凜ちゃん、海で何か問題が起きたのかもしれません」
魔物が街に向かって来る事は珍しいのだろうか?
私がこのソルの街に来てから、海からの魔物の襲撃は2回目なので、特別な事には感じなかった。
心配そうな顔で、ローザは私を見つめてくる。
「問題と言えばさ、狂人になっちゃった人の話は何か聞いてない?」
コルローに聞こうと思っていたが、ローザも教会の人間なので、何か知っているかもしれない。
「……狂人になったら、言葉も通じなくなり、目に付いた人々を襲ってしまうそうです…時間が経っても元に戻らずに…」
ローザは私の質問を聞いて、突如暗い顔になった。
狂人化する人はどんどん増えているそうなので、私はなるべく早く解決したいのだ。
ローザは少し戸惑いつつも、狂人化の症状について教えてくれる。
「私は狂人化を調べたいんだけど、コルローじいちゃんとミミックさんが、その事について何か知らないかと思ってね…ローザちゃんの知ってる事教えて欲しい」
「はい!狂人になるのは突然で、食事中になる事が多いそうです。この大陸だと漁師と森に住む人が多く狂人になりました」
ローザの話によると、狂人化はこの街だけでは無いそうだ…
私の予想では、5つの法則達の限界が近いせいで、狂気や憎悪が溢れ出しているのではないかと思っている。
時間が経っても戻らないのは、狂人になった瞬間に心まで破壊されているからだろう…
「狂人化した人達は何処にいるのかな?」
「残念ながら、1人もいません…狂人になると1日くらいで死んでしまうのです」
ローザは悔しい顔をした。
過去に何かあったのだろうか?
「ごめんね、辛い事聞いて…私も頑張ってみるから」
「ありがとうございます。花凜ちゃんならきっと…」
その時、海岸で戦闘モードになったドクとミーが、魔力を爆発的に上げる。
ローザはドクとミーの魔力を感じて、体が一瞬ビクっとなる。
「戦闘が始まるね」
「はい、凄い魔力ですね」
私は街に戦闘の被害が出ないように、カバー役に回る事にした。
砂浜に降り立ち、街を護るように陣取ると、背後にローザを下ろす。
「ドクちゃーん、ミーちゃーん、頑張ってーー」
ドクとミーは集中していて、こちらを振り返りはしなかったが、その背中は少し嬉しそうで、2人とも尻尾が左右に振られている。




