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1人かくれんぼ




 子供の泣き声が聞こえる…


 消毒液の匂い、等間隔に設置されたベッドに、申し訳程度の仕切りがある。


 天井は高く、そこだけを見れば、日本人が想像するような教会だ。


 ステンドグラスは無いが、綺麗な白銀の像が祀られていた。


(コルローじいちゃんは今日も忙しそう)


 私はコルローの頭上に転移すると、音を立てないように、空中を漂っていた。


 コルローの仕事しているところは初めて見る。


 協会の扉は、開いた状態で固定されていて、建物の外にも、体調の悪そうな人が順番待ちをしている姿が見えた。


 神父やシスター達が、右往左往歩き回り、忙しそうにしているが、誰も走ったりはしないみたいだ。


 治療=魔法と言うわけではないらしく、棚には様々な色の薬が並んでいた。


 私はコルローに視線を戻し、背後を漂いながら治療を観察する。


「これは酷いのう…少し痛むが我慢してくれよ」

「ああ、わかった…頼んます」


 コルローは、見た目40代後半の男性の怪我の手当てをしているようだ。


 男性は白いベッドに腰掛け、コルローは木の椅子に座っている。


 男性の左腕は、大きく長い牙が3本貫いた状態になっていて、そのまま教会に治療を頼みに来たのだろう。


 止血のために、腕を根元から黒い紐で強く縛ってあるようだ。


 私はこの牙の形を見たことがあった。


 きっと普通サイズのサンドワームに、腕をガブっと噛まれたのだろう。


 鉄の胸当てや、少し長めの両手剣を装備しているので、きっと冒険者かもしれない。


「あ!痛い!ちょ、ちょっとまって!」


 コルローが男性の腕を引き寄せ、刺さり具合を観察していたら、男性が泣きそうな声を出した。


「たく、情けないのう…この牙を抜かないと、そのうち腕が腐ってしまうぞ?」

「いや…それはわかっているんだがな…」


 サンドワームの牙には、細かい返しがある…きっと自力で抜く事が出来ずに、ここまで来たのだろう。


 男性は涙目になっているが、意外と元気そうだ。


(痛そう…)


 私がコルローの背後に浮かびながら、男性患者を見ていたので、自然と目が合い、男性は私に気付いてしまった。


 私は急いで、右手の人差し指を真っ直ぐ立てて、口にあてがい、しーーっとやると、男性は小さく2回頷いた。


 男性の頬に冷や汗が流れる。


(このジェスチャーはこっちの世界でも通じるんだね…あはは)


 私はコルローの邪魔をするわけにはいかないが、男性が凄く痛そうにしているので、少し作戦を考える事にした。


(痛くないようにしてあげたいな)


 私はコルローの左肩を、指でちょんちょん突っつく。


 条件反射を利用して、左を向かせようと思ったのだ。


 小さな頃、肩をとんとんされて、待ち構えていた人差し指に、頬を突っつかれる経験を何度もしたので、私は良く覚えている…


 悔しいのか恥ずかしいのか良くわからず、ただ…やられたなーと思うだけなのだが、左を向かせたいだけなので、今日は人差し指トラップはおあずけだ。


「お?誰じゃ?」


 コルローが左に体を捻った瞬間、私は右から前に滑り込む。


(創造生命魔法)


 素早く創造生命魔法を発動して、麻酔の染み出す棘を造り上げた。


 麻酔棘は約5センチ、漆黒の縫い針のように見えなくもない。


 目にも止まらぬ速さで、男性の腕を数ヶ所突き刺した。


(これで楽になるはず)


 患者の男性が私を凝視していたので、笑顔でにっこりしてあげた。


「おかしいのう…誰も居ないではないか…何だったのだ…いや、待たせてすまんの」

「だ、大丈夫さ」


 コルローが前を向き直ったので、私は素早くコルローの背後に戻る。


 男性は苦笑いしながら、私の意図を読み取り合わせてくれた。


 痛みが消えて、腕の感覚も無くなったのであろう…牙の刺さった周辺を、男性は指で突っついたりしている。


「よ、よーし!やってくれ!もう大丈夫だ!」

「おぅ…いきなり強気じゃな…痛いが我慢してくれ」


 男性の変わりように、コルローは不思議がっていたが、これでスムーズに仕事をする事が出来るだろう。


 刺さってる牙に布を巻き、コルローが一気に引き抜く。


 1本ずつ処置するのでは無く、続けて残り2本も引き抜いた。


 牙を抜いたので、傷口から血が流れ出している。


 コルローは消毒液のようなものを腕にかけ、汚れた血を清め洗い流した。


「骨折もしているだろうから、完治にはしばらくかかるぞ?」

「わかった」


 男性はコルローの言葉に頷くと、額に汗をかいていた。


 今は痛みを感じていないはずだが、やはり勇気が必要だったのだろう。


 コルローは、金の刺繍が施された黒い手袋を両手にはめる。


 その刺繍は魔法陣のようになっているらしく、コルローが詠唱を始めると、魔法陣がそれに合わせて輝きを放つ。


「…………光の精霊よ、どうか力をお貸し下さい。全てを浄化し、傷を癒せ…ライトヒール」


 コルローの詠唱が終わると、男性の頭上に魔法陣が現れた。


 そこから優しい金色の光が、オーロラのように帯を引いて、男性の傷口に照射されている。


 すぐに血が止まり、みるみるうちに傷口が塞がったのだ。


(おお〜…直接触らなくても良いなら便利かも)


「ありがとう!これでまた狩りに行けるよ!あっはっはっは…いたたたたた…」

「バカモンが…時間がかかると言っているだろうが…」


 もう麻酔がきれてきたのかもしれない…


 男性は微笑み、腕を振ったら、痛みが襲ってきたようだ。


 コルローが呆れ顔で、やれやれと溜息を吐き出す。


「骨は折れてるし、まだ表面が塞がっただけじゃ…今当て布を持ってきてやるから、暫くは首から腕を吊るしておくんじゃな…」

「はぁぁ〜」


(まずい!)


 コルローが急に立ち上がったので、私は咄嗟に椅子の後ろに隠れた。


 今は仕事の邪魔をしないという理由ではなく、コルローから隠れるのが楽しくなっていたのだ。


(ふー…危ない危ない…)


 コルローが薄いカーテンを広げ、仕切りの外へ姿を消す。


 私は立ち上がると、ホッと息を吐いた。


「こ、こんにちは!花凜伯爵様…本当に助かりました」


 コルローの姿が見えなくなったのを確認して、男性は私に話しかけてきた。


 冒険者は私に対して、理由もなく跪いたりはしない。


 前にミミックが言っていたのだが、冒険者は自由な集まりだそうだ。


 助け合う家族のようなもので、お互い同じ冒険者なら、初対面でも仲間内になるのだろう。


「こんにちは」


 私は笑顔で言葉を返した。


 人見知りな私だが、徐々に人付き合いに慣れてきたようだ。


 神樹の体になり、今は人の姿をとっているが、心臓などは再現していないため、動揺が少ないのかもしれない。


 それでも強引に迫られたり、声が大きい人が苦手なのは変わらず、無い心臓がドキドキする感覚がたまにあるのだ。


「いやーお恥ずかしい所を…」


 男性はガリガリ頭をかくと、苦笑いを浮かべる。


「うちのパーティーに入った新人がね、焦って転んじまって…初めての戦闘にビビってたんだろうなー…庇ったらこの有り様ですよ。私は冒険者チーム、酔いどれ兎のリーダーをやってます、バタージャガと言います」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 バタージャガは笑顔で自己紹介した。


(美味しそうな名前…)


 私は左手を前に出して、握手を求める。


 まだ骨が折れていて、痛いだろうが、バタージャガも左手を出してくる。


 私は握手のついでに、怪我を治してあげたのだ。


「持ってきたぞい」


 急に声が聞こえ焦ったが、コルローはまだ仕切りの外にいるようだ。


 私は見つかる前に、急いでベッドの下に潜り込む。


 コルローが椅子に座り、私からは2人の足首だけ見えている状態だ。


 この状況に、私はワクワクしている。


「今誰かと話をしていなかったか?」

「え?あ…あはは、嫌だなー、ここには私しかいませんよ」

「何じゃ気持ち悪い…いつもは自分の事を俺って言っておるのに」

「あ、俺だよ俺、俺俺」


(詐欺の犯人見つけました♪)


 私はベッドの下が気に入りつつあった。


 こっそりと会話を聞いているのは、実に楽しいと思う。


「まあ良いわい…固定するから腕を出してくれ」

「よろしくお願いします」

「…怪我をしたのは左腕だろう?何故右腕を出すのだ」

「え?ああ、痛みが無かったから間違えちまったよ…て、あれ?痛みが無い…傷跡も…」


 バタージャガはコルローに右腕を差し出したが、怪我した腕は逆だったのだ。


 コルローに指摘されて左腕を動かした事で、自分の腕に痛みが無くなっている事に、今やっと気付いたらしい。


「そんな馬鹿な…いったい何があったのじゃ…」


 コルローは目を見開き、バタージャガの腕を訝しげに眺めた。


「さ、さあね…きっと何処かの妖精さんの仕業じゃないかな?」

「儂は、お前に冗談の才能があるとは思わなかったよ」


(バタージャガさん…それじゃぁ誤魔化せてない!下手すぎー!)


 私は苦笑いを浮かべ、小さく溜め息を吐く。


「コルローさんには今日も世話になったな!あっはっはっは!俺は召喚士だから、魔法に頼ってばかりで、直接戦闘は苦手なんだよ」

「そんな言い訳しても、魔獣は待ってくれないと思うがのぅ…まあそれはさておき、儂も忙しいのだ。はよ帰れ帰れ」

「はいはい、じゃあまた頼むよ」


 バタージャガは仕切りの外に出ていったようだ。


 私は少しだけベッドの下から顔を出し、コルローを見ると、少し寂しそうな顔をしていた。


「死ぬなよ…もう長い付き合いなんだからな」


 コルローは誰にも聞こえないくらい小さな声で、姿が消えたカーテンの向こうに声をかける。


 コルローが外側を向いていたので、私はベッドの下からコルローの背後に移動した。


「いらっしゃるんですか?花凜伯爵様」


 私の魔力遮断は完璧のはずだ…音も風の流れも注意していたのに、コルローに急に名前を呼ばれてびっくりする。


 コルローはまだ私を見つけていないはずなのに…


「あんな完璧な治療をするのは、儂は花凜伯爵様しか知りません」

「ごめんなさい…仕事の邪魔をしちゃいけないと思って」

「邪魔などありません。今日はどのようなご用件でしょうか?」


 コルローがとても丁寧な言葉使いをするので、私は違和感を覚えてしまう。


 前と同じように接してくれるのは、一緒に住んでる人達と、ミミックくらいだろう。


 悪意が無いのはわかっているが、なんだか少し寂しく感じた。


「前と同じように話して下さい。コルローじいちゃん」

「ふー、わかった…忙しくしててすまんのう」


 コルローは少し悩んだ顔をしたが、私が少し寂しそうな顔をしたら、いつも通り振る舞う事を了承してくれた。


「外にまで並んでるもんね」

「普段は他の者に任せるんじゃが、酷い怪我の時は儂が見るのだ。あともう1人請け負うから、座って待っててくれんか?」

「うん!わかった!」


 仕切りの外に足音が近づいてきたので、もしかしたらここに入って来るのかもしれない。


 バタージャガが出て行ったので、次の患者さんが案内されてきたのだろう。


 予想通り、シスターに連れられた女性が中に入ってくる。


 カーテンを開けて入ってきた2人は、私を見て固まってしまった。


 まさかこの狭い空間に、私が居るとは思わなかったのだろう…


「中へどうぞ〜」

「「はい!」」


 私はコルローの治療を受ける患者さんに声をかけたのだが、シスターまで一緒に返事をして、中に入ってきてしまった。


 シスターは私と同い年くらいに見えて、とても動揺しているのが伝わってくる。


 ソルの街では珍しい黒髪だが、普段ドクとミーの黒髪を見ているので、違和感は感じなかった。


 シスターは、私の事をキラキラした目で見つめてくる…


 女性の患者さんは、顔に酷い火傷をしてしまっているようで、とても痛々しい。


 もしも火傷が残ってしまうと、色々と大変だろうと思う。


「もの凄く狭いな…」


 コルローがボソッと、皆が思っていた事を口にする。


「あ、ごめんね…私この下に入ってるから!」


 私はベッドの下に戻るべきであろう…しゃがみこみ、ベッドの下に半身を滑り込ませ、もぞもぞ動いていたら、シスターが私の腕を掴んだ。


「花凜伯爵様、それは私の役目です!私に潜らせて下さい!」

「で、でも…」


 シスターはとても真剣な目で、私を止めた…


 私は、シスターにそんな事はさせられないと思う。


「お願いします!花凜伯爵様、私にその役目をやらせて下さい」


 私が這いつくばる体制だったので、シスターは土下座で頭を下げる。


 ここまでされたら、私も引き下がるしかないだろう…


「わかったわ、ここはお願いします」

「はい!」


 私はベッドから抜け出し、シスターがベッドの下に入っていった。


「コルロー様…これはどんな状況なのですか?」

「儂が知りたいわい…」


 女性の患者さんが初めて口を開き、コルローが言葉を返す。


 私はハッとした…気付いてしまったのだ。


(どうしよう…まだ狭いよね?)


「シスターさん…やっぱり私も一緒に入ってもいい?」

「ど!どうぞ!狭い所ですが!」

「ありがとう」

「「…」」


 邪魔者が2人ベッドの下に入り、診察するスペースに余裕が出来た。


 これでゆっくり診察する事が出来るはずだ。


 私はシスターと、ベッドの下でぴったりくっついている。






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