ハンバーガー、友達
空が狭い…
私は今どの辺りを歩いているのだろうか?
距離はそんなに歩いていないんだけど、日中なのに路地が暗い。
家と家の隙間を縫うように、この狭い路地は続いている。
この子はいつもこんな道を、選んで歩いているのだろうか?
「着いてきてるか?」
「うん、居るよ」
小さな少年は、不安そうにこちらを振り返る。
私は直ぐに少年の言葉に返事を返えした。
目が見えていないので、私が急に居なくなってしまうような、そんな気がしたのだろうか…少年の顔に安堵が浮かんだ。
「何処に向かってるの?」
「俺の家だ」
私の質問に、少年もすぐに答える。
まだ出会ったばかりなのに、家に人を招待するとは、不用心ではないだろうか?
その後も何度か私に振り返り、声をかける少年。
そのまま約300メートルくらい、私達は壁伝いに直進した。
「ここだ」
少年が案内してくれた家は、ソルの街では普通の大きさと言えるだろう。
周りの家に合わせたクリーム色の石壁で、2階建てになっている。
「お、お邪魔しまーす」
どんな人が出てくるかわからないので、私は少し緊張している。
家の中は、きちんと整理されていた。
掃除洗濯はもちろんだが、物が散らかっていないので、歩きやすい。
「ここに座ってくれ」
「はーい」
勝手知ったる家の中、少年は外よりも動きが速くなる。
少年は台所へ向かうと、何かを作り出したようだ…
釜に火を入れ、何かが焼ける匂いがする。
(これは、パンの焼ける匂いだ)
パンの焼ける匂いは、家全体に広がっていく。
(とても良い香り…私この匂い好きだな)
生地を発酵させていて、後は焼くだけだったのだろう。
少年の仕事は早かった。
しかし、それでも1時間くらいは待ったかもしれない。
少年は焼きたてのパンを運んできた。
「これが最高の料理だ!料理とは、パンに始まりパンに終わるのだ!さあ食ってくれ」
「美味しそう~」
(あれ?さっきは、食べたらそこで、おしまいなんだよ!とか言ってなかったっけ?)
「食べて良いの?」
「もちろんだ」
私はパンをまず目で楽しんだ。
見た目はフランスパンのように細長く、パリパリとしてそうだ。
パンを手に取りちぎってみると、やはり外はパリパリで、中はしっとりした白い生地が現れる。
焼きたてなので、白い湯気と、小麦の香りが溢れてきた。
「火傷するなよ?熱いからな」
「ふふ、ありがとう」
パンを小さく千切り、まずは1口食べてみよう。
やはりフランスパンのようだ。
小麦の味や香りが、口いっぱいに広がった。
きっと発酵させた酵母も、こだわっているに違いない。
「うん、美味しいよ」
「だろ?俺はこのパンを、世界に広めたいんだ…今これを売り出すために、屋台作ってるんだぜ?」
「え?凄いじゃん!」
少年は夢を持って、頑張っているようだ。
確かにこのフランスパンは、とても美味しいので売れるかもしれない。
「これ屋台で売るつもりなの?」
「店を作るような金は無いからな…まずは屋台で稼がなきゃならないだろう」
「なるほどねー」
しかし、このままでは弱い気がするのだ。
屋台に並ぶ串焼き屋の匂いは強烈だ…
さっき私が寄った屋台は、甘い香りで客を呼んでいた。
ロナウドの出していた暖かいスープなどは、近くを通るだけでも美味しいとわかる。
このパンも1度食べてもらえれば、美味しい物だとわかるだろう。
パンの焼き上がる匂いだって、凄く食欲をそそるのだ。
しかしこのパンは、買い食いするような物だろうか?
フランスパンが欲しいタイミングは、道端ではなく、家庭ではないだろうか?
私はしばらく考えてから、口を開いた。
「でも、このままじゃダメだよ…もうひと工夫必要」
「なんだと!」
「ちょっと待っててね」
「あ、おい!」
私は転移で自宅に戻り、パンに合いそうな物を見繕う。
(これと、これと…後これも!)
すぐに転移で、少年の元へ帰った。
「ただいま」
「おわ!何処へ行ってたんだよ?10秒やそこらで、行けるとこなんて…」
「このパンにひと工夫します」
「このパンが、これより上手くなるわけないだろ?」
「いいから、任せて」
私は、フランスパンを斜めにスライスして、テーブルに並べると、持ってきた物もテーブルに出した。
まずこのパンを売るには、周りの屋台と同じように、その場で食べたい物にしなければならない。
私はハンバーガーを作ろうと思う。
少年から調理場を借りて、私は野菜を切り揚げ物を作る。
油がそんなに無かったので、揚げ焼きのように調理した。
「はい、まずはこれ」
「たく!しょうがねぇな」
最初に作ったのは、白身魚フライに、タルタルソースをかけた単純なハンバーガーである。
「な、なんだ!美味い…なんて美味いんだよ…」
少年は、バクバク食べていく。
(やっぱり、フィレオフィッシュバーガー美味しいよね♪)
「次はこれ」
「ああ、さっきは、あんな事言ってごめんな…食べるよ」
私が次に作ったのは、ハンバーグ、レタス、トマト、玉ねぎ、チーズを挟んだ普通のハンバーガーだ。
自家製ケチャップも持ってきたので、たっぷり入れてある。
うちのケチャップは、少し甘さ控えめなのだ。
「な、なんて美味さだよ…天才か!」
少年は、2個目も全部食べてしまった。
「味見だから、全部食べなくてもいいよ?お腹一杯になったら、味見出来なくなるから」
「大丈夫だぜ!まだまだいける!」
私は次に、照り焼きハンバーグを作った。
ハンバーガー用にニンニクを入れて、目玉焼きも挟む。
「これは、照り焼きバーガーね」
「もちろんいただくよ、楽しみだ」
「どう?」
「これも美味い…美味すぎる」
少年は照り焼きバーガーに食いつくと、それもすぐに食べてしまった。
私は次のバーガーを作る。
チキンタツタに、ピリ辛マヨネーズをかけた。
トマト、チーズ、千切りキャベツも挟み、照り焼きソースも少し混ぜる。
「はい、次はこれね」
「今日はなんて日だ…驚かされっぱなしだ…これも良い香りがする」
少年はタツタバーガーに食いつくと、それも一気に食べてしまった。
「このパンは美味しいけど、周りの屋台も手強いのよ?道行く人の足を止められるくらい、その場で食べたくなる物を作らなきゃだめ」
「うん、俺が間違ってたよ…」
私は次のバーガーを作る。
鶏肉、じゃがいも、アスパラを小さく切って炒め、小麦粉多めのホワイトソースに絡めた。
チーズも溶かしてパンに乗せて、炒めた具材を挟みこむ。
少しはちみつと黒胡椒もかけた。
「どうぞ」
少年はすぐにそれを頬張り、勢い良く食べきった。
「え?泣いてるの?大丈夫?」
「うぅ…」
いつの間にか、その少年は泣いていたようで、私はびっくりしてしまう。
「ありがとう…これがあれば、きっと母ちゃんを探す事が出来る…ありがとう…」
「君は、お母さん居ないの?」
「去年母ちゃんと、街を歩いていたんだ…
夜で暗かったから、知らない人に、後ろから襲われたんだよ」
少年は顔を悔しそうにして、涙を流した。
言葉が詰まり、なかなか上手く話せないようだ。
私は、少年の頭を撫でてあげる。
(寂しいよね…よしよし)
この少年のお母さんは、知らない人に連れ去られてしまったのだろうか?
目立つ特徴があれば、私も探す事に協力出来るかもしれない。
話の後で、色々聞かせてもらおうと思う。
「買い物帰りだったんだ…俺は殴られて、目が見えなくなっちまった…母ちゃんの悲鳴が、聞こえてたんだ。
でも気付いたら俺は教会にいたらしい…姉ちゃんが隣で泣いてたよ。
早く助けに行かないと…でも俺には、パンを作る事しか出来ないから…母ちゃんから教えてもらったパンで、俺は母ちゃんを探しに行くんだ!」
私は少年の話を聞いて、何とかしたいと思った。
助けたい、何とか助けてあげたい…
まずは少年の状態を把握するべく、手に魔力を集めてみる。
(創造生命魔法…)
「ちょっと待っててね」
「え?何を?」
少年の頬に触れ、ゆっくりと魔力を流してみた。
(悪い所が無い?なんで?)
少年は健康そのものだった…
(どういう事なのかな)
――――ガチャ――――
玄関のドアが開き、誰かが帰ってくる音がした。
私が入口の方をみると、1人の少女が立っていた。
「ただいまー」
「あれ?ミラちゃん?」
家に帰って来たのはミラだった。
昨日料理店で、この子と間違われ、私とリオンは手伝いをさせられる事になった。
ミラは私の姿を見つけると、頭の上にハテナが浮かび、目を擦り再びこちらを見て、また首を傾げる。
私は調理場にあったエプロンを借りていたので、少年にご飯を食べさせているように見えるだろう。
「あわわわ…なんで?え?嘘ですよね?」(ミラ)
ミラは相当テンパり、状況が飲み込めないようだ。
「おかえりなさい、ミラちゃん」(花凜)
「………」(ミラ)
「なんだ?姉ちゃんの知り合いだったのか?」(少年)
少年は泣きやむと、袖で自分の顔を拭った。
「もっと何かあったら作ってくれ」(少年)
「うん、ちょっと待っててね」(花凜)
「………」(ミラ)
私は次の調理をしようと思い、ゴボウと人参を千切りにする。
きんぴらバーガーを試しに作りたかったのだ。
ミラがまだ私の事を、立ったまま見つめてくる。
調理中ずっと見られていて、私は落ち着かなかった。
(ライスバーガーの方がいいんだけどね)
きんぴらバーガーと、フライドポテトを用意する。
「これは、きんぴらバーガー」
「これも美味いな…」
「これはフライドポテトなんだけど、バーガーとセットにすると良いかも!」
「なるほど!勉強になる!ありがとな」
「ちょっと待っててね」
ずっとフリーズしていたミラを担ぎ、家の外に出る。
少し聞きたい事があるのだ。
「ミラちゃん」
「…」
「ミラちゃん?おーい」
「…」
「てい!」
「いたーい!」
私はミラにデコピンする。
「ミラちゃん?」
「あ!はいーー!」
ミラは私に土下座の体制になり、冷や汗を流している。
「妖精王、花凜伯爵ひゃま!な、何故うちにいらっしゃるるので、しょ、しょうか?」
「お、落ち着いて」
「はいいい!」
ミラの焦りが私にも伝染して来るようだ。
「弟が、も、も、申し訳ございませんでしたーー!」
「良いの!大丈夫よ!」
「あ、あと、この前に依頼で、仕事を押し付けてしまい、誠に申し訳ございません」
ミラの見事な土下座は、お金が取れそうなくらい洗練されていた。
ミラ流土下座教室を開けば、もしかしたら儲かるかもしれない。
「なんであの子の目は見えないの?」
私は直球で聞く事にした。
ミラの顔が険しい物になる…辛い事を聞いているのは、わかっているのだが、このままという訳にはいかないのだ。
少し悩んでから、ミラは口を開いた。
「去年の今頃…カイトとお母さんは、気の狂った男に襲われました。
たまたま兵士さんが通りかかり、男を撃退してくれたのですが…」
「狂った男?」
「そうです…」
ミラが、とても辛そうな表情になる…
少年の名前はカイトと言うらしい。
「私はその時、家でご飯を作っていました。夜中になっても誰も帰って来なくて…私がその事を知ったのは、事件から3日目の事でした。
目を覚ました弟が、私達の名前を教会の人に教えてくれたので、迎えの人が家に来たのです。
カイトの体はしっかりと治っていたのですが、その時のショックが大きくて、目が見えなくなってしまったのだと教会の人から言われました」
「ごめんね…ミラちゃん」
「い、いえ」
ミラは、話の途中から泣いていた。
お母さんも居なくなり、弟も目が見えなくなって…
私も話を聞いて、ミラに感情移入してしまう。
「カイトはお母さんの死を、受け入れられていません…まだお母さんが生きていると信じてるのです」
「ミラちゃん、ごめんね…ありがとう」
なんでカイトの目が見えないのか…その理由はわかった。
しかし、私に何が出来るだろうか?
体が健康なら、私の魔法じゃ意味が無いかもしれない。
「狂った男は言っていたそうです…水、水、と」
「水?」
「はい!狂ってしまう人は、毎年少しずつ増えています…昨日まで優しかった人が、次の日には鬼のような形相で、家族を殺したりしてしまった事件もあります。
何が原因なのか調べたくて、私は冒険者を始めました。
私のお母さんを殺した犯人も、前の日まではとても優しい人だったそうです…」
優しい人が、次の日突然狂ってしまう…
それが少しずつ増えているなんて、大問題だろう。
「狂う人…水…私も調べてみる!」
「絆の宿も、かなり昔から調査しています。
ですが、まだ何が原因なのかわかっていません…」
(凄く嫌な予感がするわ…)
この事は、リオンにも報告するべきかもしれない。
カイトの事も気になるが、カイトにはミラがいるのだ。
「何か困った事があれば、私にいつでも言ってね」
「はい、ありがとうございます」
「さあ、中に入ろ!」
「はい」
私はミラと家の中に戻った。
ミラは私に笑顔を作ってみせる…しかし体が少し震えていた。
(まだまだ辛いよね…もし私とミラちゃんが逆だったら?)
私は振り返り、ミラを抱き寄せた。
「絶対に原因を突き止めて、私がミラちゃんを、少しでも楽にしてあげるからね…約束する」
「花凜伯爵様?」
「大丈夫…大丈夫だよ」
「…」
ミラは、涙が止まらなくなったようだ。
隣の部屋にいるカイトに気付かれないように、声を押し殺して泣いている。
「大丈夫、私がいるよ…よしよし」
背中を優しく撫でてあげた…絆の宿も調査してくれているとはいえ、ミラは1人でカイトを守っているのだ。
きっと毎日が辛いはずだと思う。
「良く頑張ったね…安心して、私は諦めないから」
何度も何度もミラを力強く励ます。
この世界に来てから、同い年くらいの女の子は、ミラが初めてだったのだ。
それにこの問題は、早急に片付ける必要がある。
「す、すいません、すぐ離れます」
ミラは、少し冷静さを取り戻し、私から離れようとした。
「このままで良いの!友達になりましょう。ミラちゃん」
「私は平民です…友達になんてなれません」
「なら貴族は辞めるわ」
「え?」
ミラを少し体から離すと、ミラの目を見て、気持ちが伝わるように、もう1度口を開く。
「ミラちゃんが、友達になってくれないなら、私は貴族を辞めるからね!それなら何も問題無い」
「え?あわわ、問題あり過ぎですよ!」
「無いったら無いの!元々リグルートさんが、花凜、そなたに爵位を与える。なんて、勝手に言い出したのよ?」
私は王様の口真似をして、ミラに説明する。
ミラは呆気にとられた顔をしたが、また慌てて口を開いた。
「私なんかのために、そんな事しないでください」
「私にはね、爵位なんて必要ない。領地は目的のために、少し欲しかったけど、絶対に必要なものではない。
冒険者の身分だっていらない、ナンバーなんて意味が無い!
ミラちゃんが友達になってくれるなら、全部捨てたって構わないよ」
本心から言ったのだ…大切な物は、間違えてはいけない。
私はミラを守りたい、今はそれ以外に優先すべき物はないだろう。
私の言葉を聞いて、またミラは涙が出て来たようだ。
気持ちは伝わっただろうか?
ミラは暫く泣いていたが、ゆっくり涙を拭い、私に笑顔を向けてくれた。
いつの間にか、体の震えも治まっている。
(良かった…ミラ)
「みんな花凜伯爵様が、ソルの領主になってくれて喜んでいます。私で良ければ、友達になって下さい」
「良かったー…様とか付けないでね!ミラ」
「は、はい!花凜さん」
「ん?」
「…花凜ちゃん…」
「んん?」
「か、花凜」
「うん…ふふ」
「あはは」
私達は見つめ合うと、お互い笑いが込み上げてきて、2人でたくさん笑うのだった。




