孤児院(前編)
「ねえリオン…私って子供だよね?本当に、目の前の事しか見えてなくて…」
「私は花凜の純粋な心が好きだ…どこまでも人間らしく、素直に感情を表す事が出来る。
些細な事にも真剣に向き合うからこそ、色々な物にぶつかるのだ…」
リオンは私を慰めてくれる…
しかし私は、ただの世間知らずなのだ。
思慮に浅く、物事が見えていない…領主の仕事なんてわからなくても、仕方ないとすら思っていたのである。
そんな甘えていた部分に、現実が突き刺さってきた。
私が笑っている影で、必死に耐え忍んでいる人がいる…
「花凜は何も悪くないのだぞ?」
「でも、もっと早くに行動出来たかもしれないのに」
「昨日の帰って来たばかりだ。問題無い」
リオンはいつも余裕がある。
孤児院に向かいながら、私が涙ぐんでいると、頭をぽんぽんして励ましてくれた。
きっと肉串を持っていなければ、もっと格好いい筈だ!
「見えてきたぞ、あれではないか?」
リオンが肉串で指した方角には、1件の建物が見える。
孤児院と聞いていたが、大きさは普通の一軒屋だった。
しかし、庭で沢山の子供達が遊んでいたので、まず間違いないだろう。
私は子供達が鬼ごっこでもしているのかと思ったが、そうでは無いらしい。
何と言うか…想像以上に実践的だった。
言葉で言い表すなら、戦闘ごっこだろうか?
木刀を持った子供と、先の尖ってない弓で、塀を跨いで戦っている。
「ほぅ、楽しそうだな」
「あわわ…見てる方は怖いよ…」
リオンは微笑み、私は恐る恐るそれを見ている。
子供の1人が、こちらに気付いた。
「悪魔が来たぞー!」
「な、なんだってー!」
何故か他の子供達に、私達の警戒を呼びかけているようだ。
「この悪魔!ミルドの手下か!」
木刀を持った少年が、リオンに切っ先を向ける。
リオンは不敵に笑うと、その子供に近付いた。
「よく見破ったな!ミルドは知らんが…」
「ちょっと!リオン!」
リオンは肉串を食べながら、少年に食べ終わった串を構えた。
「ほれ、どうした?早く来いよ」
私は少し呆れていた…しかしリオンにも考えがあるのだろうと思い、私は観戦する事にしたのだ。
「ぅあああ!」
リオンに殴りかかる少年!それを合図に、他の子供も石やら棒やらをリオンに投げてくる。
リオンの咀嚼は止まらない…
避けるでもなく、薄い結界を張った。
(あらま…大人げない…)
それを見て焦る子供達…皆必死な顔をしているようだ。
私はそろそろ止めるべきかと思い、前に出ようとしたが、子供達が先に動いた。
「いーんーちょーー!たーすーけーてーー!」
「何事だ!」
子供が大声で叫ぶと、中から院長先生が出てきた…
院長先生は紺色のローブを着たおじいちゃんで、杖を片手に戦闘体制だった。
「ぐぅぅ、またしても…子供達は私が守る!」(院長先生)
「ふ、面白い!やれるもんならやってみな!」(リオン)
(リオーーーーン!!!それ!悪役のセリフだよ!)
まさかの院長先生の参戦に、私はおろおろしている…
私は止めたらいいのか、リオンに任せたらいいのかわからない…
「大地の精霊よ、私に力を貸してくれ、サンドジャベリン!」
院長先生は、思ったよりも強力な魔法を使うようだ。
強烈な魔力の波動が伝わってくる。
大地にヒビが入り、長さ約4メートルの槍が地面から生えてきた。
院長先生の意思を受けるかのように、その槍は空中へと飛び出していく。
かなりの魔力が練り込まれているようで、砂と言うより岩石のように硬そうだ。
その槍は単体では無く、10本も地面から飛び出してきた。
「食らうがいい!悪魔め!」
「来い」
リオンの薄い結界を破り、リオン目掛けて突き刺さる。
リオンは食べ終わった串を使い、砂の槍を弾いたり避けたりしている。
「なんだと!儂の槍が…くそ!大地の精霊よ、風と共に、その身を数多の剣と化せ!サンドストーム!」
院長先生の最大の魔法だろうか?
なかなかの力強さを感じる…摩擦で、放電までしている砂の竜巻が、瞬く間にリオンに迫っていく!
地面が抉れる程の威力で、もし直撃すれば、リオンも少なからずダメージを受けるかもしれない…
串焼きを食べ終わったリオンは、とても悪そうな顔をしているようだ。
子供達は怯えているようにも見えた…
(リオン…大丈夫なの?)
「こんなもの…こうだ!」(リオン)
リオンが即興で氷の竜巻を発生させる。
魔力のぶつかり合いで、地面にヒビが入っていく。
そのリオンの無茶苦茶ぶりに、院長先生の顔色が悪くなった。
竜巻同士の力は拮抗しているが、破られるのは時間の問題なのだ…
「フラッツ!すぐに子供達を、避難させるのじゃ!儂が時間を稼ぐ!」
「でも!院長先生!」
「早くするんじゃ!」
「やだ!やだやだやだ!」
「フラッツ…最後の頼みじゃて」
子供達は泣いていた…
院長先生が負けるかもしれないからだろう。
もしも院長先生の身に何かあれば、それはこの家が無くなるかもしれないという事…
行く場所も無く、頼る場所も無く…
子供達の目を見れば、院長先生がどれだけ大切なのかは一目瞭然だ。
(もうダメ…これ以上は…)
私は決めた!これ以上はもうダメなのだ!
「私が助太刀します!」
そう…私参戦である!
「誰じゃ!」
急に現れた私に、院長先生が驚愕の顔をしている。
しかしそこで、院長先生の放ったサンドストームは、リオンに跡形もなく消し飛ばされてしまった。
このままでは危ない!
(創造生命魔法!)
私の右手が青白く発光する。
魔力を人差し指に集めて、私は地面に突き刺した。
「妖精王の森!(超縮小版)」
家の周り約30メートルの範囲を、私の妖精王の森が支配する。
孤児院の周りに何も無かったので、使う事が出来たのだ。
もし民家があった場合は、家を吹き飛ばすように大樹が貫いたであろう…
凶悪な気配を放つ妖精王の森からは、笑い声や叫び声が聞こえてきた。
妖精王の森は、すぐに濃い霧で視界を奪った。
(リオンに油断は出来ないよね?まずは…)
この魔法の1番の強みは、フィールド全体から魔力を感じるので、何処から攻撃が来るのかわからないところだ。
霧に紛れ込ませて、痺れ毒を散布する。
これが1:1の戦いであれば、私は気配を消して一方的に攻撃する事が可能なのだ。
しかし今は、院長先生と子供達を守っているので、この場所を動く事が出来ない。
(よし、次はイバラね)
妖精王の森から、急に笑い声が消える…
前後左右、地面や空からもイバラの蔦がリオンを襲う。
リオンはこの蔦の厄介さがわかっているので、大幅に距離を取り、回避出来ないものは凍らせて凌いでいた。
(やっぱり凄い!リオン)
――――ズガアーン――――
リオンは試しに、思いっきり妖精王の森の大樹を、素手で殴ったようだ…
「無茶しないでよー」
しかし大樹は丈夫さが取り柄なので、木には小さなクレーターが出来るにとどまった。
リオンは木を破壊するのを諦めて、眼に魔力をためていく。
物理的に無理なら、魔法で凍らせてしまえと言う事なのだろうか?
「何者なんじゃお嬢さんは…」
院長先生は私の魔法を見て、何度も何度も驚愕の表情を浮かべているようだ。
私の妖精王の森は、どの大樹も高さ50メートルを超え、様々な顔を持ち、腕のようにイバラの蔦を動かしている。
魔獣1万匹と、鬼を即座に無力化した魔法なのだ。
最小版だが、院長先生が驚くのも無理はないだろう。
「私の名前はか…」
私が喋ろうとした所で、リオンの氷の魔眼が襲ってきた。
眼に魔力をためていたのは知っていたが、院長先生の言葉に、私が返答しようとしていた隙を、リオンは見逃さなかったのだ…
私は瞬時に全身氷漬けになり、声も出す事が出来ない…
(ちょっと!何処までやるのよ!)
院長先生は、私が氷漬けにされたので、殺されたと思ったのだろう。
リオンに向けて悔しい顔をした…
「た、頼む!子供達だけでも、生かしてくれ!まだこの子達は、世界を知らないのだ」
院長先生の必死の言葉に、リオンの顔が困惑の色に染まった。
それもその筈…これはリオンにとって、ただの遊びなのだ。
降参すれば終わるのだが、私も院長先生に説明する暇がなかった。
(こうなったら…あれを試すしか)
私は右手が少し動くようになったので、リオンに向けて、新魔法を使う事にした。
「ちょ………せい………魔……ほ」
妖精王から与えられた魔方陣を、誰かに向けるのは初めてだ。
(まさかリオンに使う事になるとはね)
場所と規模をイメージしながら魔力を流すだけなので、詠唱は必要ない。
リオンの体の周りを、小さく複雑な魔法陣が、約40個出現した。
私は最小限の超高密度魔力結晶の波状爆破で、リオンを遠くまで吹き飛ばしす。
リオンは空中で風の魔法を使い、大勢を立て直そうとしたが、私の蔦がリオンの足を掴んだ。
(おしまーい)
私の目的は、爆破で注意を逸らして、蔦を絡ませる隙を作る事だったのだ。
本来ならば、これでドレインすれば私の勝ちである。
しかし本来ならばと言うのであれば、リオンは私を氷漬けにした後に、すぐさま蹴り砕きに来ただろう。
もちろんそれを、妖精王の森が黙って見ているはずはないし、蹴り砕けたかどうかもわからない。
私が本気の魔眼を食らっていれば、数時間はピクリとも動けなかった筈である。
リオンはあっさり勝負を諦めたようで、私に向かって手を上げる。
私はリオンの足からイバラを解いた。
「参った参った…ははは、その新魔法使い易そうだな!」
すぐにリオンが近寄ってきて、半氷の彫像になっていた私に話しかける。
「リオ…解い…て」
そこで私は、やっとリオンの氷の魔眼から解放されたのだ。
「なかなか楽しかったぞ?」
リオンが院長先生に、笑顔を向ける。
院長先生は意味がわからない様子で、腰を抜かし呆然としている。
「…どういう事じゃ?」(院長先生)
リオンが半端に解放した魔力を近くで感じて、院長先生は頭から滝のような汗が流れてくる。
私はすぐにここまでの流れを説明する事にした。
「あ、えーっとね…リオンは、ここの子供から勝負を挑まれたので、遊んでいただけだよ?」(花凜)
「な!なんじゃと!それはどういう事じゃ!」(院長先生)
私の言葉を聞いて、院長先生は子供達に顔を向けると、この状況を問いただした。
今までの緊張感が、嘘のように消えていく。
「だって…良く見破ったなって言ったよ!」(フラッツ)
「あ…悪魔は正解かも?私達は人間じゃないから」(花凜)
院長先生は、やっと状況を理解したようだ。
「はは…そうか…」(院長先生)
「ごめんなさい」(花凜)
子供の遊びが、通りがかった冒険者に喧嘩を売り、ただ遊ばれていた事に…
院長先生はその場で仰向けになり、子供の危機では無いと思うと、心底ホッとしているようだ。
「院長先生…ごめんなさい」(フラッツ)
「…良いんじゃよ…ただなフラッツ、儂が逃げろと言ったら逃げろ!お前が1番大きいんじゃから、儂に何かあった時は、みんなを連れて教会に避難する約束だったじゃろ?」(院長先生)
「だって…だってー…」(フラッツ)
フラッツは泣き出してしまった…
院長先生の言う事を、頭では理解しているはずだが、気持ちまでは難しい。
極限の状態になって、それしか手段が無いとしても、親同然の人を置いて逃げられるだろうか?
私なら一生引きずってしまうだろう…
院長先生は上体を起こし、フラッツを優しく抱きしめる。
「本当に申し訳ない!儂が早とちりしてしまった!儂はただ必死で…本当にすまなかった」(院長先生)
院長先生は、私達に深々と頭を下げる。
(この人は、本当に子供達の事を考えているんだね…)
自分の身を呈して、子供達を逃がそうとしてくれた。
「気にしないで、そうだ!皆でおやつ食べよ!」
私はシルフすら従えた…いや、ちょろかったけど…コクヨウのお菓子詰め合わせを、魔法鞄の中から皆の前に取り出した。
「何だか一気に気が抜けてしまったわい…家は狭いが、中に入ってくれ」
院長先生が笑顔を向けてくれて、私もひと安心だ。
家の中は確かに狭かった…
子供のベッドなんかは、4段ベッドになっていて、カプセルホテルも真っ青な狭さだ。
トイレはあるが風呂は無く、テーブルの周りには、小さい椅子が沢山並んでいた。
院長先生の案内で、私達は小さな椅子に腰掛ける。
「これは美味そうだの…本当にいいのか?」(院長先生)
「どんどん食べていいよ」(花凜)
私の鞄には、お菓子が沢山入っているのだ。
寝てるうちにお菓子がどんどん増えている…
コクヨウには本当に感謝である。
「さっきはごめんなさい」(フラッツ)
「ん?悪魔は事実だぞ?さっきお前達が言っていた、ミルドは知らんがな」(リオン)
フラッツは、リオンに素直に謝った。
しかし私には、ミルドと言う名前に聞き覚えがある…
でもまさかと思い、その考えを捨てる事にする。
「本当にすまなかった…家に税金を払えと言ってくる者がいてな…儂らは確かに1年分払ったのだ。
しかし貴族は、そんな金は受け取ってないと言う…金を払えなければ、家を追い出される状況なのだ」
私のまさか!は、ほぼ確信に変わった。
ミルドとは、ミルド・カウネルの事だろう…
昔私の魔法を狙い、ミミック、リオンと一緒に話し合いに応じた貴族だ。
あまりにも小汚い事をやっているみたいで、私はため息が出た…
(弱い人を上からいたぶるのは嫌いだな)
リオンもミルドについて思い出した様子…目を細め、顔を思い出しているようだ。
私はすぐに、ロナウドと連絡をとる事にする。
『パパ!この街の税金の帳簿見れる?』
『花凜、いきなりだな…しかし帳簿も何も、旧王城は倒壊しているだろう?』
盲点でした…それ私がやりました…
『そうだった!ごめん、パパ、ありがとう!』
『何があったか知らないが、出来る事があれば、また連絡してきなさい』
しかし、ミルド達のやり方はわかった…
帳簿が無い事を良い事に、自分達で好き勝手に徴収しているのだろう…
これは、放っておくわけにはいかない。
「それは許せないね!税金っていくらなの?」(花凜)
「1年で金貨60枚じゃ…そんな大金、孤児院で払うにはどれだけ苦労するか…毎日のパンだけでも、儂らは必死なのだ」(院長先生)
子供達は、テーブルに出されたお菓子に手を付けていない…
リオンも流石に、お菓子を食べないで、いてあげているようだ…少ししか。
きっと院長先生が、食べて良いと言うまで、子供達は食べないのだろう。
私は院長先生に目配せして、子供達に食べさせるように訴える。
院長先生はハッとして、頷いた。
「さあ、お菓子を食べるのだ。味わって食べなさい」
子供達は焼き菓子を食べると、美味しさに感動しているようだ。
美味しいと言いながら、無邪気な笑顔がとてもかわいい。
様々な種類のクッキー、パウンドケーキや、マドレーヌが、沢山入っている。
子供達が食べ始めると、リオンも加速していく…
そこは競わなくていいはずだ…
私は追加でお菓子を沢山出した。
私が出したお菓子の量に、院長先生もびっくりしているが、院長先生は食べようとしない。
「院長先生も食べて?」(花凜)
「儂は良いんじゃよ…嘗ては大魔道士と呼ばれた儂も、歳には勝てぬ…先の短い儂よりは、この子達に良い物を食べさせてやりたいじゃろ?普段こんなご馳走は、滅多に食べさせてやれないのだ…」(院長先生)
私は院長先生の胸に手を当てた。
「何じゃ?儂はそんなに魅力的かの?」
ボケは治せないのでもちろんスルーだ。
確かにこの老体の生命力は、ミミックやロナウドよりも小さいかもしれない…
苦労を重ねて、すり減ったのかも?
私は魔力を使い、院長先生の生命力をどんどん回復させていく。
「な、何じゃ!体の底から力が漲る!まさか!ここも?」
そこはどこだかわからないが、これで暫く大丈夫だろう…
あと100年は大丈夫な筈だ。
「これで大丈夫だね!さあお菓子食べて」(花凜)
「寿命まで延ばせるのか?何と…神のような力じゃ…お嬢ちゃんは誰なのだ?」(院長先生)
私は名前を言っていなかったのだ…さっき名乗ろうとした時は、リオンに氷漬けにされていた。
そして院長先生の名前も、私はまだ知らない。
こんな頼りなさそうな領主で、ガッカリされないだろうか?
私は少し不安になる。
「私の名前は花凜だよ」(花凜)
「ほぅ…何処かで聞いた名じゃな…ん〜…思い出せん…」(院長先生)
それならそれで大丈夫である。
私はホッとして、お菓子を1つ手に取った。
「花凜様!武装した者が近付いてきます!」(妖精王の大樹)
「あー、何か来たね…」(花凜)
妖精王の森が、接近する不審者を検知!私も森を使って、状況を映像として把握した。




