魔法のある世界
言葉で言い表せない微睡みを掻き分けて、少しずつ意識が覚醒し始める。
(夢じゃなかったんだね…んーー…よく寝たな〜…)
周りの木とは一線を画す程大きな大樹に生まれ変わって、早数日が経過した。
今日も元気に陽の光を浴びていると、小鳥が枝に止まっているのがなんとなくわかる。
実際にあくびも背中を伸ばす事も出来ないのだが、私は思いっきり伸びをした。
(陽の光が暖かくて気持ちいい〜…)
もう一度眠りにつくか悩む…
(安心して寝れるのって、幸せだよね)
普通木に生まれ変わったりすれば、動けずに何も出来ない事に絶望するかもしれない。
私は木に生まれ変わった今の状況と、生まれ変わる前の病弱な自分の身体と比べてみる…今は昔より遥かに強い生命力が、身のうちに駆け巡っているのだ。
(生きていけるだけでもありがたいよね)
命は大切だ…無駄にしていいものじゃないのだ。
(健康な体に生まれ変わらせてくれて、ありがとう神様)
たっぷりある時間の中で、お父さんとお母さんの事を思い出す…
優しい両親は今何をしているのだろうか?
(今私が元気で生きてる事を伝えたいけど…それは無理なんだろうね…お父さん、お母さん…今どうしてるの?)
日が落ち満天の星空が浮かぶと、ずっと昼間から枝で休んでいる小鳥が気になった。
目があるわけじゃないのに、どうしてわかるのだろうか…
『ねぇねぇ小鳥さん、今日も星が綺麗だね』
小鳥はびっくりして飛び起き、辺りをキョロキョロしている…その小鳥の反応に私もびっくりした。
(まさか声が届いたの?)
『びっくりさせてごめんね小鳥さん、まさか声が届くと思わなかったから…』
小鳥は警戒の姿勢を崩さない、辺りを睨み唸り声をあげているようだ…
(え?怒らせた?)
雰囲気から察する事しか出来ないが、私は小鳥さんを怒らせてしまったらしい…
しかし小鳥にしては、何だか様子がおかしいと思う…
『誰が小鳥だ!いったい何処から念話を飛ばしている!』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!もう話しかけないから!許して〜』
(怖い〜…泣ける…あ、でも…体調は平気っぽい?)
私は木なので、目で周りを見れているわけではなく、ただなんとなくわかるのだ。
不思議な感覚だが、薄ぼんやり周りの状況がわかるだけで、説明しろと言われたら首を横に振っただろう…首ないけど…
話ができた事を嬉しく思うが、小鳥さんをいきなり怒らせてしまったみたいだ…
わからない事が多いけど、ここに来てから毎日平和だったので、深く考える事を放棄してしまっていた。
『もういい…何をされても、今の私が抗う事は出来そうにない…それに…悪意は感じぬからな…』
どうやら小鳥さんに許してもらえたみたいで、心の底からほっとした。
木になって初めて誰かと会話できた事が嬉しかったのと、木なので不整脈になる事は無いようで安心した。
私は少しためらったが、もう一度話しかける事にした。
『小鳥さんだなんて言ってごめんなさい、私目が無いから…なんとなく感じる事しか出来なくて…』
相手が何なのかわからないので、今はとりあえず頭の中での呼び名は小鳥さんだ。
小鳥さんは少し間を開けてから、小さく頷いた…ような気がした。
『…姿を見せよ、何もせぬし何も出来ない…』
(そんな事言われても…まあ正直に言うしかないかなー)
『私は目の前の木だよ』
『…』
『あなたの今乗ってる枝は、私の腕のような物かな?』
『…』
小鳥さんは黙り込み、唖然としているように感じる。
(ですよねー…普通に木から話しかけられてるとは思わないよね…)
小鳥さんは、何かを考えているようだ…
しばらくの沈黙…私は小鳥さんと見つめ合っているような気分になる。
『嘘は…ないようだな…まさか世界樹から話しかけられていたとは…通りで小鳥だなどと…』
少し気になる単語が出てきた…世界樹とはなんだろうか?
(ちょっと聞いてみようかな)
『世界樹?私は世界樹っていうの?』
『……そうだ、世界に数本しかない、膨大な魔力を蓄える大樹を世界樹という…神樹とも言うな』
(またわからない単語…魔力って…もしかして魔法?)
『魔力?』
『何も知らんのだな…教えてやりたいのは山々だが、私にはもう時間がない…血を流しすぎて、今日を乗り越える事も難しいだろう』
『え!大丈夫なの?』
『昔はこの当たりには神樹などなかったはずだが、逃げのびて彷徨っていたら偶然見つけてな…近くにいれば、魔力も回復力も上がるのだ。
だから休ませてもらっていたのだが、どうやらこの身体は限界らしい』
(う…わからない事ばっかりで混乱するよ…そんな事より、小鳥さん死んじゃうの?
膨大な魔力…か、でもなんだろう…生まれ変わってから、体の中を血液のように流れる生命力?みたいな、溢れる力があるのは、わかってるんだけど。
もしかしたらこれが魔力なのかな?)
私は意識を集中してみると、魔力の流れが手に取るようにわかった。
(この人を死なせたくない…どうにか助けたいよ…神様…)
私が意識を集中していくと、魔力が集まってくるのがわかった。
そうしたら漠然と、どうしたら助ける事が出来るのかが理解出来てしまう。
(いける…私!この人助けられる!)
『何とか出来るような気がするの…死なせないからね!』
『何を言っているのだ…私の体は私が良くわかっている…もう無理なのだ』
(お願いします神様、この人を助けたい…力を貸して下さい)
更に意識を集中すると、急速に魔力が集まりだす…
私はその魔力を凝縮して、吸い上げた水に溶かして混ぜる。それを相手の身体に落としてみた。
私が絞り出したその魔力は、スポンジに落とした雫のように、小鳥さんの身体に染み込んでいく。
初めてやる事だったが、私はそれが成功した事を確信した。明らかに小鳥さんの生命力が回復したのだ。
何故か感覚的に?本能的にやり方がわかる。不思議な感覚だが、何処か懐かしいような…
『どうかな?なんとなくだけど、上手くいったと思う』
『はっ!…凄い………これは驚いたぞ…瞬く間に全てが元通りになった…痛みも消えた!それに魔力まで回復してしまったようだ』
小鳥さんが元気になったみたいで、私は嬉しい気持ちになる。
(初めて誰かの役に立てました)
『よかった〜…死んだらダメだよ!絶対!』
『すごいな…まさか命を助けられるとは…本当に感謝する。』
(とりあえずひと安心かな?誰かを助けるって、こんなにも嬉しいんだね…)
私は心の中が、優しい気持ちでいっぱいになった。
『名前なんていうの?私は花凜だよ〜』
『私はリオンだ、世界樹にも名前があるんだな』
私が名前を尋ねると、小鳥が名前を教えてくれた。
私に名前がある事が、このリオンには不思議らしい。
何も状況はわからないが、私は自分の境遇を教える事にした。
『うん!生まれ変わる前の名前なんだ…』
『ん?生まれ変わりなのか?信じ難いが…まず喋る世界樹って時点で、色々あるのだろうな…しかし記憶も存在しているとは…前は何処で生まれたのだ?』
『日本だよ!ここはどこ?』
『聞いたことない国だな…ニホン…まあ、私も地名などは詳しくないからな』
そこで私は、リオンに今まで経験した人生と、生まれ変わってからの数日間の出来事を話した。
リオンは私が喋り終わるまで、静かに聞いてくれて、全ての情報を繋ぎ合わせてくれている。
『なるほどな…どうやらここは花凜が住んでいた世界とは違うのだろう』
『そう…なんだね、少しづつこの世界の事を分かっていけたらいいなって思うよ…魔力とか今まで知らなかったから』
世界が違う…しかし薄々気付いていた事だったが、お父さんやお母さんに会えないと思うと、とても寂しくなった。
『命を助けられたのだ…私に出来ることなら何でもしよう、何かして欲しい事はないか?花凜』
私はお父さんとお母さんの事をリオンに聞いてもらえたので、少しだけ気分が楽になった。
その後リオンの態度が、少し柔らかくなった気がする。
未知の世界に生まれて、初めて話相手が出来た事が、私は凄く嬉しかった。
(お礼かー…私としては欲しい物とかないからね…うーん…)
『たまにここに来て話相手になってくれたら嬉しいな♪』
『無理だな』
『即答!え?何で何で〜』
(まさか断られるとか…残念だよリオン!残念リオン)
少し心の中で喚いてしまったが、リオンがここに来るのもきっと大変なんだろう…
気を取り直して、無理なら無理で諦めようとした。
その時リオンが口を開く
『このままここにいたら、近いうちに花凜は人間に見つかるからだ』
何故?…人間に見つかるから?リオンは人間ではないのだろうか…
リオンは普通に言葉を話し、名前も人間みたいなので、勝手に人だと想像していた。
気になる事はいくつかあるが、理由を聞かなければならないだろう。
『人に見つかったらまずいの?』
『魔法の材料や回復薬など、世界樹からは貴重な材料が山ほど手に入る…だから人間からすれば、花凜は宝の山のようなものなのだ』
どうやら私は、この世界に来て早々色んな人から狙われるらしい…
(折角生まれ変わる事が出来たのに…お父さん、お母さん、ごめんなさい…)
『う〜…次生まれ変わったら、普通の木に生まれ変わりますように』
『そこは木じゃなくていいだろ!』
私はまた短命に終わってしまう事に、酷く凹んだ…
不安で胸がいっぱいになる…
(怖いよ…どうしよう…)
『切られると痛いかな?怖い…このまま見つからないでくれたらいいのに』
『それも無理だな…花凜は今の自分の大きさが分かっているか?
人里からは大分離れているが、花凜の大きさは既に2000メートルを超えている…
魔力も探知されているだろうし、見つかるのは時間の問題だ。
それこそ国をあげて回収に来るだろう…残された時間はそんなに多くない…近くのグラシアン王国が動けば、約1ヶ月くらいで辿り着くだろうな』
1ヶ月…それが私に残された時間…
諦めたくない…でも、リオンの言う事が嘘だとは思えない。
『そっか…リオンさん色々ありがとう!
何も知らないままだったら、斬られる事が理解出来なくて、もっと辛かったかも知れないから』
『そう諦める事は無い、私が来る人間を全て滅ぼしてやるか(遠慮します)って、なぜだ?』
リオンの言葉に食い気味に断りを入れておく…
人間を滅ぼす?そんな怖い事は言わないで欲しい…
『私には、向かってくる人間を滅ぼすくらいなら造作もないぞ?』
『そうじゃないの…私だって生きたいよ?
でもね、私は生まれ変わってもお父さんとお母さんの事を忘れなかった…
それは大切な事だからだと思うの。
今はまだ答えが出せないけど、自分が助かるためってだけじゃ、私は人を殺せない』
『そうか、なら逃げるとするか』
『うん!リオンさんはそうして、私はあと1ヶ月を大事に生きるから』
もしかしたら、神様は私に少し時間をくれたのかもしれない…
前の体と違い、今の私は健康体だ…体…木だけど…
リオンは軽く伸びをして起き上がった。
『では時間も無いからな、すぐに魔法の練習を始めるぞ』
リオンは戦う気なのだろうか?
私はそんな事は望んではいない…どういう事なのだろうと思いながら、リオンの次の言葉を待った。
『まずは魔力の制御からだ』
『え?ちょっと待って?私戦わないよ?』
『逃げるのだろう?』
『え?私も?』
『当たり前だろう?もともと人だったなら、人化の魔法くらい使えるようになるはずだ。
それに花凜だけを置いて逃げたりはしない…間に合わぬようなら人間を滅ぼして(それは遠慮します!)…なら間に合うように練習するしかないな』
リオンはちょっと好戦的で、人間嫌いな性格なのかもしれない…
怖い言葉も多いけど、私を大事にしてくれようとするリオンに、とても嬉しくなる。
魔法で人になって逃げると言う言葉に、私は凄く希望が湧いてきた。
また桃が食べれるかもしれないのだ!
『リオンさん!私頑張るよ!』
『さんはいらない、リオンと呼ぶがいい』
『…わかった!ありがとうリオン』
『少し寝ることにする、起きたら…練習を始め…る…』
リオンは相当疲れていたのだろうか?
言葉を絞り出すように話した後で、リオンはすぐに寝てしまった。
切羽詰まった状況であるのは理解しているが、明日からの事を考えると、私はとても楽しみになった。
『リオン、おやすみなさい』
リオンはすぐに深い眠りについたようだ。私もリオンを追いかけるように眠りについた。
『か…、りん、かりん、花凜!』
『ふぇ?』
『やっと起きたか…』
『おっはよーー』
『おっはよーじゃないわ!』
何故かリオンのご機嫌が宜しくないみたい…日は天高く、真上まで太陽が昇っていた。
私は目が見えなくても、大体の状況を把握する事が出来るのだ。
『ちょっと寝すぎたかな?』
『ちょっとだと?……今度からは少し気をつけなければダメだな…生まれ変わってから数日だというのも疑わしい…』
『?』
『花凜…2週間寝てたぞ…』
衝撃の事実を聞かされ、リオンが怒っていた理由も頷ける…
もう時間がどれくらい残されてるのかわからないのだ…
『ご、ごめんなさい』
『間に合うか怪しい所だがやるしかあるまい』
リオンは深い溜め息を吐くと、早速魔力の集め方を実践してくれた。
普段目の変わりに見ていた景色は、周囲の魔力だったのだろう。
リオンが魔力を操作すると、その流れが手に取るようにわかった。
リオンの身体を魔力が満たし、輪郭がくっきり見えてくる。
『猫?』
『誰が猫だ』
魔力が完全にリオンの身体を満たし、朧げだった姿が私にもくっきり見える。
確かに猫と言うにはスマートで、少し凛々しいような気がする。
ちなみに猫はぽっちゃりな方が好きだ。
『姿がくっきり見えてきたよ』
『花凜も真似してくれ』
私は魔力を集めた…理想の猫型に…
『違うわ!』
リオンの額に青筋が浮いてる…ような気がする?…
『身体全体に行き渡らせるのだ』
『…こんな感じかなー?』
葉の1枚1枚まで、全て魔力を行き渡らせる…
思ったより簡単で、少し拍子抜けだ。
私が集中すると、数秒で完璧に制御する事が出来た。
魔力を動かすという事は、頭の中でイメージする事かもしれない…
想像力なら任せて欲しいのだ!体が不自由だったので、想像の中で遊ぶ事も少なくなかったのである。
『驚いた…今の一瞬でよくここまで…魔力の制御が出来るようになるのには、1週間はかかると思っていたぞ!次は人化の魔法だな』
『はい、リオン先生!』
魔力の制御は初歩の技術らしいが、それでも普通は訓練が必要らしい…
魔力だけで周りの景色が風景としてわかるほどに、その存在を感じてきた私には、今更習う程の事ではなかったようだ。
『次は少し難しいかも知れない…満たした魔力を一気に人型に変えながら、強く人をイメージするように圧縮する!こんな感じで…』
リオンが実践すると、みるみる姿が縮んでいく…そして人型になった。
人化したリオンが小さ過ぎるんじゃないかとも思ったが、人としてはそのサイズが平均なのかも知れない…
リオンがやったように、私も実践してみることにした。
リオンは平然と空を飛び、人化の魔法を練習するように促してくる。
『そ、それじゃあやってみるね!』
『まあすぐには出来ないだろうがな』
――――ズバン!!
何かが断ち切れるような音と衝撃、私は陥没した地面の中にいるようだ…
ここは多分私が生えていた場所だろう…
その中心には、底の見えない程深い穴が開いているようだ。
「く!なんだと!」
リオンは上空で私を探しているみたいだ。
人型の魔力が、空中で右往左往しているのがわかる。
リオンは穴の底に私の魔力を感じて、慌てて飛び込んできた。
私はリオンより少し小さい人型になっている。
『大丈夫か?花凜』
リオンは私に話しかけてくるが、声がでない…
『 …っっ…ん、ダメだ〜、口が動かないよ〜』
『一発でその大きさの人型になれただけでも凄いことなのだぞ?それにな、初めから口や肺や声帯など再現できるわけないだろう?』
リオンは私が無事だった事に安心したようだ。
しかも、私の魔法センスに再度驚いている。
『ねぇリオン…私の見た目さ、呪いの藁人形みたいな形じゃない?』
『藁人形は分からないが、とりあえずこれでひと安心だ、このまま運ぶとするぞ』
『…想像したらなんだかシュールね…呪いの藁人形を背負ったにゃんこ』
こうしてリオンは私を抱きかかえ穴から脱出するのだった。




