〜第三話~
「ロト、今のうちに船室に戻ろう」
アレクは小声で俺にそう言った。
「えっ? でも……」
セイリオス海賊団は、船の四方を取り囲み、右舷と左舷の両方を接舷。
いよいよ、この船に乗り込もうとしていた。
俺には“賊”と呼ばれる者達には苦い思い出しかない。
かつて、セレナと二人でアル・サドマリクを目指した際、国境の山で山賊に襲われた記憶が生々しく蘇る。
もし、海賊たちが船の乗組員や乗客たちに危害を加えるようなら放ってはおけない。
たとえ俺の正体がバレたとしても!
たとえ能力を行使する事になったとしても!
そう思っていると……
「大丈夫だ。この船、白旗を掲げたから」
そう言いながらアレクは上方を指差した。
見ると、確かに帆柱の先端に白旗が棚引いている。
「あれは全面降伏の合図だ。あの旗を掲げたら『抵抗はしないから命だけは助けて下さい。積み荷は全て差し上げます』って意味なんだよ」
「でも相手は海賊だろ? そんな事、通用するのか?」
「う〜ん……相手にも因るだろうけど、十中八九無理だろうな」
「じゃあ、何で?」
「セイリオス海賊団だからだよ。あの海賊は所謂“義賊”って奴だ。だから殺されるなんて心配はない」
「義賊?」
「ああ。兎に角、船室に戻ろう。話はそれからだ」
そう言いながらアレクは、渋る俺の手を引っ張って半ば強引に甲板を後にした。
…───…───…───…───…───…───…───…
「セイリオスって言うのは首領の名前らしいけど、何でもそいつは貴族の息子なのに、貴族連中の横暴が許せなくて家を飛び出して海賊になった変わり種なんだって。威張り腐った貴族や金持ち連中の荷だけを狙って、それを貧しい人たちに分け与えるから、ちょっとした英雄扱いさ。その首領に惚れこんで手下になった奴も多いって聞いたぜ」
てっきり自分の船室に戻るのかと思いきや、アレクは俺の船室に入ると早速話の続きを始めた。
何時もなら有無を言わさず追い出すところだが、俺も話が聞きたいし緊急事態なので無下に追い返したりはしない。
「だから、此処に居る方が安全なんだ。此処は二等船室だからな。一等船室の乗客の金目の物は持ってかれるだろうけど」
「…………」
「まあ、それを知ってて、こっちに逃げ込んでくる一等の乗客も居るだろうから、点検くらいはされるかもしれないけどな」
そのアレクの言葉を裏付けるように、海賊の手下らしい複数の男たちの声と船室の扉を一つずつ開けては閉める音が聞こえてきた。
「やっぱり、な。ロト、お前はベッドに寝て頭から布団被って病気で寝てるフリしてろ」
「えっ、何で?」
……と聞き返す間もなく、俺はアレクに布団の中に押し込まれた。
「俺はどう見たって一般庶民だけど、ロトは良いところのお嬢様だからな。まさか、セイリオス海賊団が人身売買に手を染めるとは思わないけど、ロト程の美人さんは滅多に居ないから用心しないと」
「誰が、お嬢様だ……」
「しっ!」
反論しようとする俺の言葉をアレクが遮った直後、船室の扉が勢いよく開かれた。
俺は咄嗟に布団を頭まで被って寝たフリをする。
「おっ! 坊主、邪魔するぜぇ!」
そう言いながら、体格の良い二人組の男が部屋に入って来た。
彼らは室内を見渡しながら
「ここには一等の乗客は居ないみたいだな」
「ん、誰かベッドに寝てるのか?」
「あ、はい。俺の妹です。ちょっと風邪気味で」
少し緊張したアレクの声が聞こえた。
俺はアレクの答えに合わせて、ワザとらしく「コンコン」と咳込むフリをする。
「おっ、大分声が変わってるな」
まあ、男の声だからな。
そうツッコミたいのを必死で堪える。
「そうか、そりゃあ大変だ。妹、大事にしてやれよ」
そう言って、男たちは部屋を出て行った。
本当に点検だけだな、アレクの言った通りだ――って……
「誰が妹だ! せめて弟って言えよ!」
俺はベッドから跳ね起きて、そうアレクに抗議した。
俺は呆れすぎて反論する気力も失せた。
こいつには、緊張感はないのか?
アレクはある意味、大物(?)なのかもしれない――何となく、そう思った。
…───…───…───…───…───…───…───…
「それにしても世界中を旅してるだけあって、アレクは何でもよく知ってるな。俺も前に一度だけ船旅をした事があるけど、海賊が横行してるなんて全然知らなかった」
「前の船旅? 海賊の心配がないって事は、ひょっとして、ティール⇔シュンガ間かな?」
「あ、ああ」
「やっぱり! あそこは特別なんだよ。キアヴェンナとキュプロス・ティバイトを結ぶ海の交通の要所だからな。運行距離が短いから警備しやすいっていうのもあるけど、それぞれの水軍が常に監視の目を光らせてる。積み荷も高価だから、船によっちゃあ〜私設の護衛船が付いてたりするしな」
「へえ〜」
俺はアレクの知識に感心一頻りだった。
「ところで、俺たちこれからどうなるんだろう?」
「う〜ん……多分、積み荷を移し替えたら解放されるだろうけど、積み荷も乗客の金目の物も持ってかれたら、このまま航行する訳にはいかないし、一旦近くの港に寄港して其処で役人の事情聴取だろうなあ〜」
「…………」
「俺たちが足留めされるのは2〜3日だろうけど、多分この船は運航を中止してアルヘナに引き返すだろうし、次のシャウラ行きの船を待つか、陸路に変更するか?」
「次のシャウラ行きの船が来るのって……」
「一ヶ月後、だわな」
「……っ!」
俺は顔から血の気が引くのを感じた。
俺の旅には、そんな回り道をしている余裕はない。
船旅を選んだ時から、天候の悪化等を考慮して多少の余裕は持たせていた。
それでも陸路を選ぶよりは遥かに早い。だからこその選択だった。
けれど、一ヶ月も待っていたら戴冠式には到底間に合わない。
陸路に変更したとしても同じ事だ!
――どうする?――
途方に暮れている俺の耳に、その時廊下から海賊の手下共の会話が聞こえてきた。
「この仕事が終わったら、一旦根城に帰るんだよなあ〜」
「ああ、久しぶりに女房と子供の顔が見られるぜ!」
俺はアレクに
「セイリオス海賊団の本拠地が何処にあるのか知ってるか?」
「あ、ああ。確か……イータ・カリーナ諸島の何処かの島だって聞いたけど」
イータ・カリーナ諸島――
それはスィーの隣国ウェズン(アレクの故郷ドゥーベとは反対側で国境を接する)の沖合に点在する大小50余りの島々の総称だった。
――海賊船に乗れば、ウェズンまで行ける!――
そう思った瞬間、俺は部屋を飛び出していた。
背後から「何処に行くんだ?」というアレクの声が聞こえたが、「お前は此処に居ろ!」とだけ告げて甲板目指して無我夢中で階段を駆け上がる。
その為に"ロトを一人には出来ない"と、アレクが後を追って来ている事に俺は気づかなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「何で付いて来たんだよ? 部屋に居ろって言っただろ!」
「馬鹿っ! 何言ってんだ! ロトを一人に出来る訳ないだろ?」
「俺は大丈夫だ。今からでも遅くない、帰ってろ!」
「嫌だ!」
場所柄も弁えずに、暢気に俺たちが口喧嘩していると「ヴォッホン!」というワザとらしい咳払いが聞こえた。
見ると、海賊の手下が苦い顔をして「一応、お頭が会って下さるそうだから付いて来な」と親指を立てて、俺たちの進むべき方向を指差した。
俺が船に接舷している海賊船に乗り込んで「海賊船に乗せてくれ」と騒いだ為に起きた事態だった。
最初は頭ごなしに「乗せられる訳ないだろ! 早く自分の船に帰れ!」と言って、俺を力ずくで船に戻そうとしていた海賊達だったが、俺の被っていたフードが捲れ上がった途端、何故か態度が一変した。
「俺、お頭にお伺いを立てて来る!」
そう言って、手下の一人が走って行った。
その間に俺を追って来たアレクが合流して、さっきの口喧嘩になったという経緯だった。
その男の姿を見た刹那、俺は我が目を疑った。
「ほぉ〜。お前たちが海賊船に乗せろと騒いでいた乗客か?」
身体が硬直し、息をするのも忘れて凝視する。
セイリオス海賊団の首領――セイリオス・アヴィオール。
漆黒の髪に青い瞳。
左目の下の傷さえなければ見分けがつかない。
声のトーンも良く似ている。
彼は正しく、ハロルド・コル・レオニスそのものだった――
今年の連載は、この第三話で一先ず終了致します。
年末の諸々の行事(大掃除、年賀状、学校行事)などがスムーズに終わりましたら、後一〜二話は更新出来るかもしれませんが……。
ではでは今年一年、色々とありがとうございました。
来年も宜しくお願い致します。




