〜第二話~
王城を出た俺は、駅馬車を乗り継いで南に向かった。
サザン最南端の港町アルヘナからスィーのシャウラに向かう南回り航路の貨客船に乗船する為だ。
現在でこそ惑星間の大跳躍も造作ないが、この頃の俺は数キロ跳ぶのがやっとだった。瞬間移動は戦闘は兎も角、長距離移動には不向きだ。
セレナから貰ったフード付きのマントを深く被っていれば、俺の青銀の髪が人目につく事も上手く避けられた。
流石はセレナだなあ〜と感心しながら、今頃はアルギエバたちのお小言を聞いている頃か……と思うと申し訳なさが込み上げて来る。
セレナの厚意に報いる為にも、俺が“サザンの王子だ”と気づかれる訳にはいかない。
せめて船に乗るまでは、このフードを活用しようと思っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねぇねぇ〜君、何て名前? 何処から来たの?」
そう言いながら、一人の少年が俺の顔を覘き込もうとした。
咄嗟に“不味い!”と思った俺は
「済みません、急いでるので」
そう言って、逃げるように船に乗り込んだ。
アルヘナの港に着いた俺が、スィー行きの船を見つけて乗船しようとした刹那の出来事だった。
船が出港してしまえば、俺はもう海の上。
そんな事はないとは思うが、アルギエバたちが追って来たとしても後の祭りだ。
だからこそ、ここで正体を知られる訳にはいかなかった。
「悪い事したかなあ〜」
一旦、船室に荷物を置いて甲板に上がった俺は、徐々に小さくなるアルヘナの港を見つめながらそう呟いた。
船が港を出港してホッとしたのも重なって、さっき話しかけてきた少年の事を思い出したのだ。
焦っていたとはいえ、あまりにも素っ気ない態度をとってしまった事に申し訳なさを感じながら、もし同じ船に乗ってるんだったら何時か謝る機会もあるだろうと思い直した。
だがその直後、俺はその少年の顔を見る余裕すらなかった事に気が付いた。
「しまった〜俺、まともに顔も見てないや」
「えっ、誰の顔を見てないの? ……って、“俺”?」
――この声!?――
背後から聞こえた“声”に俺は思わず振り返る。
其処には癖の強い黄褐色の巻き毛と竜胆色の瞳の少年が立っていた。
歳は俺より一つ二つ上か?
少年は人懐っこそうな笑みを浮かべて俺に近づいた来た。
その時、一際強い風が吹いて俺の被っていたフードを捲り上がらせる。
「……って、さっき“俺”って言ったよね? 君、ひょっとして男の子?」
「はぁ? 見れば分かるだろ? 何で俺が女に見えるんだよ!?」
予想もしなかった少年の言葉に、青銀の髪を見られてサザンの王子だと気づかれたら……という危機感も、少年に抱いていた罪悪感も、全てが吹っ飛んだ。
いや、久しぶりに自分と歳の近い同性、しかも自分を王子様扱いしない人物(相手は俺の正体を知らないのだから当たり前だが)と話して、素の自分に戻れたのかもしれない。
無事にアルヘナを出港したという開放感もあったのだろう。
「なんだぁ〜男かよ! さっき声を聞いた時、女の子にしては低い声だなあ〜とは思ったんだけど、それはそれでギャップ萌えって言うの?」
「なんだよ、それ? ……って、何で顔も見えないのに女だって思ったんだよ?」
「いや、フード付きのマントなんか着てるから体型は分からなかったけど、ちらっと見えた肌がすげぇ色白で綺麗だったから、きっと美少女だろうなあ〜って。だから顔が見たかったんだよ」
「…………」
「あ〜あ、でも勿体ないよなあ〜。女に生まれてれば良かったのに。そしたら絶対、俺の彼女にする!」
「はっ? 何勝手に決めてんだよ。俺にも選ぶ権利はある」
「つれないなあ〜。でも、ほんと綺麗だよな。男とか女とか関係なく綺麗な奴って居るんだなあ〜。その髪の色なんて初めて見た。青みがかった銀色? 瞳もまるでエメラルドの宝石みたいだ」
「…………」
物珍しいものでも見るように俺の顔を覘き込みながら、歯の浮くような褒め言葉を連発する少年に
良かったぁ〜。こいつ、アル・サドマリクの青銀の髪を知らないみたいだ。
と安堵する一方で
「そんな台詞、男に言っても仕方ないだろ? 綺麗だ〜なんて言われて喜ぶ男は居ない!」
呆れと苛立ちが入り混じった俺の言葉に
「ま、そりゃあ〜そうだわな。じゃあ、これでお相子な?」
「はぁ? 何が?」
「俺に素っ気ない態度とって悪かったと思ってくれてたんだろ? だからだよ」
「お前、ひょっとして“悪い事したかなあ〜”からずっと聞いてた?」
「ああ!」
然も当然という顔をしながら少年は力強く頷いた。
こいつ、まさか……ずっと俺の後をつけてた?
俺は軽い眩暈を覚えた。
…───…───…───…───…───…───…───…
少年は“アレク”と名乗った。
アレク・ベネトナシュ、16歳。
スィーの隣国ドゥーベの出身で、見聞を広める為に世界を旅して回っているらしい。
今回の船旅は、その旅の帰路に当たる。
「良いご身分だなあ〜。ひょっとしてお金持ちのお坊ちゃん?」
という俺の問いに
「違うよ。親に迷惑は掛けられないからな。行った先々で働いて、そのお金で旅してるんだ。まあ、それを許してくれてる両親には感謝だけどな」
そう言って懐かしそうな目をした。
俺も名を聞かれたが、本名は名乗れない。
偽名を使うと咄嗟の時にボロが出る危険性があると、悩んだ末に“ロト・フライハイト”と名乗る事にした。
まあ、これなら口から出まかせという訳でもない。
だが、アレクに「ロトって、確かサザンの王子様と同じ名前だよな?」と言われた時は流石に“しまった!”と思った。
しかし続く「サザンの王子様もかなりの美形だって聞いたけど、きっとロトの方が美人さんだと思うぞ」というアレクの言葉に、俺は思わず脱力した。
「この船はスィーでUターンするからな。俺もスィーで降りて其処からは馬車で帰ろうと思ってたんだ。ロトはアルクト村に行くんだよな? アルクトはドゥーベの国境に近いし、俺もアルクト経由で帰ろうかな。そしたら、その分ロトと長く一緒に居られるし……」
「はぁあ? 真っ直ぐ帰れよ。早く両親に会いたいだろ?」
俺は真剣にアレクの将来が心配になった。
――気儘な一人旅だと思っていたのに、何でこうなった?――
四六時中、俺にくっついて来るアレクを煩わしく思っていたが、一週間もすると自然に慣れた。
アレクはちょっと……いや、かなり変わっている(?)が悪い奴じゃない。
賑やかな旅もいいかなあ〜と俺は思い始めていた。
天候も安定していて、船はシャウラに向けて順調に帆を進めている(アルヘナからシャウラへの直行便は存在しない。この船も途中、幾つかの港町に寄港する)
「前途洋々というのはこういう事を言うんだろうなあ〜」
そう思っていた矢先、事態は一変する。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日、俺は何時ものようにアレクに誘われて甲板に出、海を眺めながら他愛ない話に花を咲かせていた。
その時、頭上から
「あれは、何だ!?」
という切羽詰まった声が聞こえてきた。
慌てて見上げると、帆柱に登って船の進路を確認していた船員が何かを指差している。
その方向に目を向けると、船の進路を遮るように数隻の船が急速力で此方に向かって来るのが見えた。
「あれは、セイリオス海賊団だ!」
アレクが叫んだ。
「海賊っ!?」
「ああ、噂で聞いた事がある。旗に狼と鷲の絵が描いてあるだろう? あれが目印らしい」
見ると確かに海賊旗と思しき旗に、正面を向いた狼の顔と羽ばたく鷲が描かれている。
――これはマズい事になったかもしれない――
そう思う間もなく、俺たちの乗った船は海賊船に取り囲まれた。
アレクは決してアブナイ子ではありません。綺麗なものを綺麗だと言う素直な子なだけです。普通に女の子が好きですよ。
彼女、随時募集中!




