〜第六話〜
今回は、ブラッドの過去話(ブラッド視点)です。
異能の力を持つ一族――と一口に言っても、我らにはほとんど血縁関係はない。
何故なら、超能力は親から子へ脈々と受け継がれる類のものではないからだ。
……とは言うものの、父母が能力者の場合、その確率は幾分高くなる。
斯く言う私の妻も能力者で、産まれた二人の娘もそれぞれに異能の力を持っていた。
ただ……私自身の二親は只人で、未だ赤子の頃に力が目覚めた私は、その力を恐れる母に「こんな化け物は私の子じゃない!」と森の中にうち捨てられた。
狼に食い殺されそうになったところを、偶々通りかかった猟師に助けられたらしいが、それから自分がどうやって生き延びてきたのか、詳しく覚えてはいない。幼かったのもあるだろう。
けれど物心がついた頃には、既に己の能力を隠す術を心得ていた。
しかし一ヶ所に長く留まる事は出来なかった。
何か事が起きれば、その力を抑えておく事は不可能だったからだ。
転々と各地を放浪するうち私は、とある村で初めて同種の人間の存在を知る。
こんな異能を持つのは己一人だと思っていた。
その力の所為で人々から恐れられ、忌み嫌われるのは自分自身の犯した罪の所為だと。
きっと自分は遠い昔に(おそらく前世か何かで)多くの罪を犯してきたのだろう。
現世はその贖罪の生なのだと……そう自身に言い聞かせて生きてきた。
いや、そう思わなければ生きていけなかった。
だからこそ隠している力も、誰かが助けを乞えば使ってしまう。
それに因って、己が"化け物"と蔑まれ、その地を追わる事になろうとも……。
だが、そうではなかった。
異能の能力を持つ者は(偶に例外はあるが)皆一様に心優しく脆弱な者が多い。
己の能力をひた隠し、社会の片隅でひっそりと生きる事しか術はない。
けれど一旦その力を周囲に知られれば、その迫害は凄まじく、それでも彼等は黙ってその仕打ちに耐えるしかなかった。
もしそれに耐えかねて、少しでも力を使って反撃すれば「それ見た事か! これだから化け物は信用出来ない!」と、更にそれを上回る酷遇が待っていた。
虐殺された同胞も少なくはなかった。
ただ人と違う能力を持って生まれたというだけで、何故こんな仕打ちを受けなければならないのか?
これは己の犯した罪などではなく、謂れのない差別なのだと声高々に唱えても誰も耳を貸す者は居ない。
人は己と違うモノを決して受け入れる事は出来ないのだ。
私は能力者達に「共に来ないか?」と声を掛けた。
徒党を組んで、只人に復讐しよう等という大それた考えを持っていた訳ではない。
しかし心弱き者たちでも支え合えば、少しは人間らしく生きていけるのではないか……そう思った。
それは細やかな希望だったのだ――
が、現実はそう甘くはなかった。
諸国を巡るうち、異能の能力者は増え、我らは”異能の能力者の一族"と呼ばれ只人から一目置かれるようになっていた。
けれど定住する土地を持たぬ流浪の民の暮らしは想像以上に苛酷で、また集団となった事で人々の一族への恐怖は一層膨れ上がり、それが各地での人々の迫害に拍車をかけた。
不条理な理由で命を落とす者も少なくはなかった。
異能を持たずに生まれた子等は、人間らしい暮らしを求めて皆一族から去って行く。
そんな時、事件は起きた。
その頃、私は既に結婚し一児の父となっていたが、暫く滞在した村で幼い娘が独りで遊んでいたところを村人たちに暴行され、重傷を負った。
幼子が私の娘である事を知った村人達の見せしめだった。「こんな目に遭いたくなかったら、早く村から出て行け!」という警告も兼ねていたのだろう。
だが、これには争いを好まない一族の者たちも黙ってはいなかった。
――─何の罪もない幼子を……!
よくもイサドラ様を! 我らの姫を!――と。
長き迫害に彼等の忍耐が極限に達していた事もあり、村人への報復は国の軍隊をも出動させる大規模な戦闘へと発展し、我らは国外への逃亡を余儀なくされた。
我らが幾ら異能を持っていたとしても戦いには不慣れだったし(今まで、その力を人を傷つける為に使った事はない)数の論理には到底敵わなかった。
命からがら逃げ落ちて、気が付いた時には一族の半数以上を失い、生き残った者も満身創痍で、心には深い傷を負っていた。
そして私の心にも、今まで抱いた事のない感情が芽生えたのだ。
我らが一体何をした?
こんな異能、望んで持った訳じゃない!
それなのに、何故こんな目に遭わなければならないのか?
多くを望んでいる訳じゃない!
ただ"一人の人間"として、ひっそりと生きていければ……それで良かったのに!
憎い、憎い!
我らを蔑み、迫害した只人が!
我ら一族に安住の地を与えぬこの世界が――!
私は無念のうちに死んで逝った者たちと傷ついた同胞に、この世界への復讐を誓った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そんな時、その男は私の許を訪れた。
漆黒の髪に青い瞳、端正な顔立ち。
細身だが、鍛え抜かれた筋肉質な肢体。品位ある立ち居振る舞い。
どれを取ってみてもこの場(我々が仮住まいしている天幕)には不似合いで、私はただ男が「我が王が其方たちを迎え入れたいと仰っておられる」そう言っていた事しか覚えていない。
男の名はサンダー・フォル・レオニス。
世界に比類なき大国――サザン王国の右大臣にして、レオニス侯爵家当主。
現サザン王レグルス・ナスルの最も信頼する臣下であり、腹心の友である男。
――ああ、売名目的か――
そう思った。
――私は一族の者たちを、王の道楽の慰み者にする気はない!――
即座に断ろうとした。
……が、私の目的の為には権力は必要不可欠。
これは良い機会かもしれないと思い直した。
その日、私は一族の主だった者たちとレグルス陛下への謁見が許された。
まさか、陛下御自身に会える等とは夢にも思ってはいなかった。
それは正しくこの世の奇跡。
――この世界にこんな美しい存在が居るのか?――
涼風を纏ったような栗色の髪と澄んだセピア色の瞳。
春の陽射しのように柔らかで優しい笑顔。
たおやかで優雅な物腰。
平伏する私の前に歩み寄られたレグルス陛下は膝をつき「顔を上げて下さい」と。
そして私の手を握りしめ
「辛い目に遭われたのですね。その償いが出来る等というおこがましい事は思っておりません。けれど、この地でその傷ついた心の何分の一でも癒す事が出来るなら、その為のお手伝いを精一杯させて頂こうと思っています」
そう仰られた。
御眼には光るものがあった。
けれど私は、その御心を素直には受け入れる事は出来なかった。
否、受け入れようとはしなかった。
「これは偽善だ! 騙されてはいけない!」
……と頑なに自身に信じ込ませた。
そうしなければ、己の全てが崩れてしまう――それを恐れた。
と同時に、湧き上がる怒り。
地位と名誉と権力と、そして溢れる才能と美貌と……。
たった一人の人間に全てが与えられ、何故、我らは何も得られないのか?
私はこの世の不平等を呪った。
だが、陛下に謁見を許される度に、いや、陛下は何かと理由をつけては我らの居住地を訪ねられて「不自由はないか? 困った事はないか?」と気を配られる。
恐縮する我らを後目に、我らと共に額に汗してお働き下さる。
重病の者を見舞って、お励まし下さる。
この方は本当に偽善者なのか?
これが売名の為だけに出来る事か?
いいや違う。
この方は心の底から我らの事を愛し、慈しんで下さっているのだ!
そう気づくのに時間はかからなかった。
いや多分、私が認めようとしなかっただけで、初めてお会いした時から既に解っていたのだと思う。
我ら一族がサザンを訪れて一年半が過ぎた頃、私は二人の娘と心穏やかな日々を過ごせるようになっていた。
元々身体が丈夫ではなかった妻は、次女を出産後間もなく他界したが、その折も陛下は我が事の様に哀しんで、妻を丁重に弔って下さった。
そのお姿を拝するだけで、誰もが心に平穏を得られる――その麗しきお姿と全てを包み込むような優しい笑顔。
誰よりも高貴な御方の我らに対する心からの献身に、一族の皆が感謝し、誰もが陛下を愛した。
――ああ、此処が……
この方のいらっしゃるこの場所が、我らの安住の地なのだ!――
不思議な事もあるものだ……と私は改めて思った。
我らを虐げた只人に対する憎しみを……
我らを受け入れなかった世界への復讐心を……
決して忘れた訳ではない!
けれど、たった一人の存在が……
この世界にレグルス陛下がいらっしゃるというだけで……
暗灰色だった世界が輝いて見える。
何時か必ず壊してやろうと誓った世界を、私は護りたいと想い始めている。
ただ一人の御方を誰よりも大切だと思うが故に……!
私はこれから、この御方のお傍で、二人の娘と一族の者たちと平穏に幸福に暮らして行けるのだと――そう信じた。
だがそれは、束の間の幻影にすぎなかったのだ!
内乱の前後から書こうと思ったのですが、ブラッドの生い立ちもある程度知っておいて頂いた方が分かりやすかろうと前半部を付け足しました。
予定よりも長くなりましたので、次回に続きます。




