~第五話~
「ほぉ〜、ロト王子殿下を狙えば、必ず閣下が身を挺して庇われるだろうと思うておりましたが……案の定、でしたな。こうも思い通りに事が運ぶと些か面白みに欠けるというものです」
薄ら笑いを浮かべながらそう言うと、男は右手に超能力を蓄え始める。
俺はその時、初めて男の顔を見た。
亜麻色の髪と橙色の瞳、イサドラによく似た面差し。
俺は一目でその男が"ブラッド"だと確信した。
だが、彼に構っている暇はない。
間髪を入れず、二射目、三射目の光の矢が放たれる。
俺はそれを防御壁で防ぎながら、サンダーの背に刺さった光の矢を能力で消滅させ、そのまま心霊治療に移った。
「俺の所為だ。俺が父上やハロルドさんの想いを伝える事ばかりに気を取られて、周囲の警戒を怠ったばかりに、こんな……」
謁見の間は優に数百人が入る事が出来るであろう大空間。
周囲にはその大空間を支える為の大理石で出来た太い柱が何本もあり、死角は多い。入口も俺が入って来た正面の大きな扉一つだけという訳ではない。
サンダーが一人で俺を待っていたという事実も、俺の油断を招いた理由の一つだった。
ブラッドとの決着は既についていると思っていたからだ。
だがよく考えれば、いくら相手の虚をついたとしても、サンダーが一級の剣士だとしても、力を持たない彼がブラッドに勝てる道理はない。
「ロト王子殿下、私の事は捨て置いて下さい……ませ。どうせ、この傷では助かりません。それよりも、ブラッドを……」
「黙ってろ!」
「……申し訳ございません。ブラッドの息の根を……止めたものと思っておりましたのに、何故生き、て……」
「いいから黙ってろ、それ以上喋ると傷に障る!」
もう助からない傷である事は見れば分かる。
けれど何もしないで諦めるなんて、出来る筈がない!
父が、そしてハロルドが救いたいと願った生命。
その想いを伝えて、ようやくサンダーに生きる気力が戻ったと、彼の心は救われたんだと確信出来たばかりなのに。
全てはこれからの筈だったのにっ!
俺はまた失うのか――!?
その時、サンダーの手が心霊治療の為にかざしていた俺の手を握りしめた。
そして、真っ直ぐに俺を見つめる瞳が「もう治療は必要ない」と語っている。
「ロト王子殿下、最期に貴方をお護り出来て本当に良かった。……これで、少しは私の罪も許されるでしょうか?」
「何を言ってる? あんたの罪の償いはこれから、だろう!」
「そう、ですね。許されるならば、貴方のお傍で罪の償いを……と思いましたが、どうやらそれ、も……」
「何を弱気になってる! あんたは……」
「あちらには、ハロルドが居りますので……」
「っ!!」
「……それに……何より、レグルス陛下……が…………」
そう言うと、ゆっくり瞼を閉じてサンダーは事切れた。
「サンダー……っ!」
彼の命を助けられなかった悔しさで、握りしめた拳に血が滲む。
苦悩の日々を体現した白い髪と深い皺。
頬を伝わる涙……。
けれど、死に顔はまるで眠っているかのように安らかだった。
彼の心は救われたのだろうか?
俺は父とハロルドの願いを叶える事が出来たのか?
だが、俺にはサンダーの死を悼んでいる時間はなかった。
そう叫びながら周囲に張り巡らせていた防御壁を左手に収束させる。
その左手でブラッドから放たれる"光の矢"を弾き飛ばしながら、俺は腰の剣を抜いてブラッドに肉薄する。
突然の接近戦に彼も腰に差していた短剣を抜いて応戦した。
ブラッドは人の心を操る能力に特化した能力者――そう聞いていた。
けれど、その能力がずば抜けているというだけで、彼は他にも複数の能力を使えるようだった。
その上、剣術もなかなかのものだ。
流石は異能の能力者を束ねる族長だけはある。
「もう使い道がないからですよ、ロト王子殿下。不必要なモノを処分するのは当然の事でしょう?」
「っ!!」
然もあらんと言わんばかりに平然と答えたブラッドの言葉に、俺の怒りは頂点に達した。
サンダーなら解る。
ハロルドの言葉を聞いていた事もあるが、彼には初めから俺に対する殺意が感じられなかった。
だから父レグルス・ナスルの言葉を早く伝えたいと思った。
けれど目の前の男からは悪意しか感じられない。
父は何故、この男にあんな言葉を遺したのか?
「父上やサンダーがあんたに何をした? あんたの一族を迎え入れて手厚く保護した。感謝されこそすれ、あんたにこんな事をされる云われはない筈だ!?」
俺は自身の疑問を単刀直入にブラッドにぶつける。
「だからこそですよ、ロト王子殿下。貴方には一生理解出来ぬ感情でしょうが、ね」
だから、こそ……?
手厚く保護したから、裏切った?
善意を悪意で返すのが当然だと、この男は言うのか?
だから父は弑逆され、国を奪われ、俺は大切な者を失ったのか?
そんな事が……! そんな不条理があって良いのか!?
理解の範疇を超えたブラッドの答えに、俺は頭の中が混乱する。
どうして父はこんな男を最期の最期まで信じていたのか――?
「だからこそ? あんたに手を差し伸べたから、父上を殺したって言うのか?」
「売名行為の為に我ら一族を理由するなら、こちらも利用してやろうと、ね」
「"サザン王レグルス・ナスルは、こんなにも寛容で慈悲深い王なのだ"と世界中に知らしめる為に我らを利用した。そうでなければ、人々から蔑まれ、化け物と恐れられた我が一族を手放しで迎え入れる筈がない。それとも兵器として利用する為、ですかな?」
俺はブラッドの言葉が信じられなかった。
「本当にそう思ってるのか? 父上が売名や兵器として利用する為にあんたたちを迎え入れたんだと、本気で?」
「ええ。ならばこちらも利用してやろうとね。我ら一族を虐げた只人たちに復讐する為に!」
「嘘だ! あんたがそんな人間なら、父上は最期まで信じたりしない!」
ブラッドの為人は分からない。
今の言葉が本心なら、救いの手を差し伸べる必要などないのではないかとさえ思う。
けれど、父の他人の本質を見抜く力は本物だと信じたい。
だからこそ、父は名君だったのだと!
「陛下が私を最期まで信じ、た?」
その時、鉄面皮を貫いていたブラッドに僅かに動揺が走った。
「ああ、父上は最期の最期まであんたを信じてた。誰も恨むなと、罪は全て自分が背負って逝くからと。そしてあんたに……」
「そ、そんな筈は……ない!」
「ブラッド?」
「陛下は私を恨んでいる筈……私を憎まれて、逝かれた筈だ! 私自身がそう仕向けたのだか、ら……」
ブラッドの動きがピタリと止まった。全身が小刻みに震えている。
明らかに彼は狼狽していた。
そして、手に持っていた短剣が鈍い金属音と共に床に落ちた瞬間……
ブラッドの心の遮蔽が外れた。
それまで彼の深層心理の奥底に追いやられていた感情が濁流のように流れ出る。
その強烈な想いは俺の遮蔽をも容易に突破した(思念波能力を持つ俺は、他人の心を覘かないように、常に思念波を遮断している)
「こ、これは……!?」
その怒涛の如き奔流に流されないように踏み止まりながら、俺はその時、初めて父の言葉の意味を理解した。
ブラッドがこれまで味わってきた辛酸と惨痛と。
その為に荒み、凍てついてしまった彼の心の奥に封じ込められた、深い深い愛と哀しみの心を――父は救いたかったのだ、と!
次回は、内乱そしてレグルス・ナスルの死――いよいよ明かされるブラッドの真実(ブラッド視点)です。




