8 地下4階攻略! 5.17
午前9時。迷宮1階フロアには予想以上の迷宮探索者が集まっていた。
ほぼ時間どおりに到着したカテリナは、圧倒されながらも堂々と階段前まで歩いていった。
「よく集まってくださいました! この人数は想像していませんでしたが、昨夜の告知どおり地下4階『青水晶の欠片』獲得経由エンキドゥの酒場行き作戦を開催いたします!」
お祭り気分で拍手や口笛が飛び交う。
「改めて条件をお知らせします。1、私に『青水晶の欠片』を獲らせること。2、五体満足でエンキドゥの酒場に帰らせること。3、報酬を得るのは道中の評価点上位20名のみ。4、私以外が怪我及び死亡しても一切責任はとらない。5、道中の宝は酒場でオークションにかけ、売上は参加者で分配。6、魔物討伐で得た核石は一括換金して全員で分配。7、ピース持ちおよび罠師への報酬は別途金貨1枚追加する。以上、質問は?」
「迷宮の各フロアはすべて探索するのか?」
「いいえ、階段が見つかった時点で下に降ります」
「途中離脱は?」
「かまいません。ちなみに私、記憶力はよいほうなので、こっそり一時離脱して後に合流してもわかりますからね。その場合も失格にはなりませんが、評価点は下がります。この場にいる34名の顔はもう覚えました」
ニッコリと笑うカテリナに、一同は鳥肌が立った。律義なのか疑い深いのか、人数を数える者もおり、その数が34だったときの顔は真っ青だった。
「では、戦術の話に入りましょう。この中でピース持ちの方か、トラマスの方は前へお願いします。申告は現時点でしか認めません」
カテリナの前に七人が並んだ。なるほど、面構えが違うとカテリナは思った。
「先達の探索者方々に深く感謝を申し上げます」
カテリナは優雅に一礼した。次にカテリナが頭を上げたときには、令嬢ではなく雇い主の顔になっていた。
「ですが、確認はさせていただきます。ピースを見せてください。トラマスの方は申告を」
六人がピースを出し、うち二人はトラマスを名乗った。残った一人はトラマス申告だけだ。
「失礼ながら私はトラマスの方を存じ上げません。ですので、この場にいる他の探索者にトラマスであるかどうかの見極めをしていただきます。知っている方がいれば教えてください」
三人のトラマスは、全員がこの場の誰かと迷宮に潜った経験があったようで、身元が保証された。
「ありがとうございます。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
カテリナは謝罪してから財布を取りだした。金貨を七枚取り出し、一人ずつ手渡した。
「約束の追加報酬を前金でお渡しします。プロ意識を持って仕事を完遂していただけるものと期待しています」
「気前がいいな」
ピース持ちの戦士が、金貨を手で弄びながら笑みを浮かべた。
「当然です。これから命を預けるのですから。もちろん通常の報酬もお出しますよ。評価順位20位以内でしたらね」
「やる気にさせるじゃないか」
ベテラン勢にも気合が入ったようだった。メモリは『やっぱりカティーってちょっと悪役っぽい』と妙な感心をしている。
「迷宮での進行は、トラマスの方が先頭でよろしいでしょうか?」
「かまわないが、三人が並んでいくべきではないな。トラップにまとめてかかるかもしれない。そうなればミッションは終わりだ」
トラマスの一人が言った。
「一人が先行し、大がかりな罠、例えば落とし穴や吊り天井などがなければもう一人が合流して同ブロックの分担調査でいいだろ。一人は予備だ。フロア単位で交代とするか」
二人目の年配トラマスが提案すると、一人目は「オレはそれでいい」と賛同し、最後の一人――ピースを持っていなかった黒髪赤目のトラマスが「かまわない」と答えた。
「この人数では隊列がどうしても長くなるが、姫さんはどうする? 真ん中か?」
ベテラン組の戦士が訊いた。彼らはもともとパーティーらしく、年配のトラマスも彼らの仲間だった。
「いえ、トラマス組、ベテラン組に次ぐ三列目に入ります。前方が見えないと不安になりますから」
「わかった。中堅の奴らといっしょに三列目だ。後続の四、五列目も陣容を厚くして、残りは後方警戒だ」
「おい、それじゃ活躍の場がないじゃないか!」
「なら、地下3階からはおまえたちがオレたちのポジションに入れ。どんな敵にも先陣をきれよ?」
睨みつけられ、後方組は竦んだ。
「4階へ行くなら必ず出番は来るさ。楽しみにしてろ。それと10時までは時間がある。壁の情報をよく見ておけよ。これは忠告だ」
ベテランの凄みに委縮した探索者は、それ以上の醜態をさらすのをやめて黙り込んだ。
その後、数人ずつの小隊が組まれ、全8隊の陣容が決まった。回復・サポート術師が少ないのがネックだが、被保護者が『聖女』であるのが救いであった。実際、幾人かは最近受けた負傷が癒えていくのを体感していた。カテリナが意識せずとも回復魔法が発動しているのである。
「『聖女』さまさまだな」
「傷くらいは治るでしょうけど、毒などには効果ないわよ? いえ、多少はあるらしいけれど、遅延効果くらいしかないわ。もし毒を受けたら【解毒】術を使うから言って」
カテリナは『聖女』として一通りの治療術は心得ていた。今回は治療専門でいいだろうと考えている。出しゃばって怪我でもしたら雇った意味がない。
ベテランからのレクチャーを受けている間に、イベントに参加しなかった探索者たちが集まって来ていた。ほとんどはピース持ちのメンバーだった。彼らが参加しなかったのは、後日のライバルが増えるのを嫌ってである。中級者以上の特権と思われていた地下5階が、ヒヨコどもに荒らされるのが面白くないのだ。もっとも、大人数で便乗しなければピースも手にできないヒヨコが、地下5階でやっていけるとも思えないのだが。
結局、彼らはヒヨコたちを横目で見ながら、魔術転送機のある小部屋へと向かった。嘲笑うもの、睨みつける者、鼻を鳴らす者、一吼えして脅す者と、反応はそれぞれだが、手は出さなかった。イベントに参加している唯一のベテランチームへの敬意と、そして三人のトラマスが参加していたからだ。トラマスは迷宮探索に必須である。ケチをつけて禍根でも残せば、後日困ることになるのは自分たちなのだ。それにカテリナ・アーモニアがブルー・ピースを手に入れれば、次はベテランのみに護衛依頼が来るかもしれない。そうなれば迷宮深度と報酬の比例関係で大いに稼げる可能性があった。
「10時よ」
迷宮街に鐘が鳴る。
「進軍!」
階段を覆っていた不可思議な幕が解かれ、階段が姿を見せる。新しい迷宮の扉が開いたのだ。
地下1階はおおざっぱだった。罠には注意するが、せいぜいダブルチェックで進んでいく。手当たり次第に扉を開け、中の魔物を数で蹂躙する。階段を見つけるまでに一時間もかからなかった。
地下2階もほぼ同じである。通路上と無人部屋の数ヶ所に罠があったが、罠師のおかげで発動前に解除できた。珍事といえば、天井にいた巨大ムカデを見てカテリナの顔が真っ蒼になったくらいだろうか。数人がそれを目撃しており、「意外とかわいいな」とベテランの戦士が仲間に言った。メモリがウンウンとうなずいた。
地下3階になると迷宮が本性を見せはじめた。それまで魔物との遭遇は主に部屋であったが、通路での不意打ちが増えていた。これは魔物の種類が大きく関わっている。このフロアの魔物は主に虫であった。ムカデは当然として、クモやらカマキリ、アリの大軍も湧いて出てくる。おかげで通路上のトラップのことごとくが魔物の自爆によって無効化されてはいるが、生理的嫌悪感と物量に、ストレスと疲労は否応なく溜まっていった。
「そら、出番が増えてきただろ? 気を付けろ。上かもバンバンくるぞ!」
ベテラン戦士が疲弊する便乗組に笑いながらクモを両断していく。
カテリナに至っては地下3階初戦で意識が吹っ飛び、メモリが剣を振って落ちて来るクモを払っている始末だった。
「なんだお姫様、意外と平気そうじゃないか」
「クモはカワイイですわ。蛾はキライですの」
メモリは自分が喋れることに驚いていたが、表には出さなかった。それだけカテリナの意識が深いところに逃げているのだろうと思った。
「階段発見!」
罠師のその声に、一同は感涙した。
なだれ込むように地下4階に降りると、虫たちの攻勢はピタリとやんだ。階段から降りてこようとはせず、むしろ遠ざかっていく。
「地下4階、死霊の住処だ」
カッコよく決めたいベテラン戦士だが、後ろから30名近くが押し寄せて来るので余裕がない。トラマスも全員の4層集結を急ぐために三人でトラップ探しをがんばっていた。
全員が降りきると、前衛に戦士たちを置いて休憩に入った。カテリナも、メモリに起こされて正気を取り戻し、照明光をなるべく遠くまで飛ばして警戒しやすい環境を作った。
『いやぁ、虫の大軍は強敵でしたね』
などと、メモリがニヤニヤするのを、カテリナは肩を震わせ耐えた。
「この人数だったから凌げたけどよ、少数であの虫をどうやって突破するんだ?」
探索者の一人に問われたベテランはこともなげに言う。
「普通の虫とかわらんよ。火を焚いて追いやるだけだ。今回は人数が多いから斃したほうが早いと思っただけさ。追いやっても数は減らんしな」
「……おい」
「睨むなよ。核石と活躍を手にできただろ?」
「このフロアの魔物は『人間』が多いのよね?」
カテリナが割り込むように訊いた。突破したフロアになど興味はなかった。けして虫の話が嫌だったわけではない。
「『人間』の形に限りなく近いが、『人間』ではない。いわゆる不死生物の類でもなく、今まで見てきたコボルドや虫たちのような魔造生物だ。武器戦闘は当たり前、魔術も使うし特殊技も使う。意思も意識もなくただ殺しに来る人形だ。怖いぞ」
「人型というだけで対処の仕方がわかるわ。人数もいるのだし。そうなると問題は、『青水晶の欠片』を守る死霊かしら?」
「そうでもない。死霊だけあって、魔術か魔力付武器でしか斃せないが、わかっていれば問題にはならない。実際、オレたちは初戦で斃している。光魔法なら楽勝だ」
「それはいいわ。私も役に立てそうね」
「いや、あんたは引っ込んでてもらうよ。最後でコケたくないんでね。ここであんたが脱落したら、報酬はもちろん、魔剣のオークションもなくなっちまう。34人の殺し合いがはじまるぞ」
地下3階で虫の大軍に追われながら階段探しに躍起になっていたさなか、宝箱が発見された。全員が必死になってベテラン罠師を守り、彼が記録的速度で罠と鍵を解除して手に入れた魔剣である。鑑定師がいないため能力は不明だが、魔力付与は確実の長剣とあって戦士たちの目の色が違う。今はカテリナが背負って保管中である。
「そ、そうね。大将はかまえていたほうがいいわね」
「それでいい」
ベテラン戦士はカテリナを雇い主としては悪くないと思いはじめていた。立場を知り、気前が良く、道理をわきまえ、意見を受け入れる度量もある。
「では目下の問題は、その死霊の部屋がどこかということだけね」
「それもわかっている」
「え?」と漏らすカテリナに、戦士は和んだ。反応が素直で新鮮なのがおもしろかった。
「迷宮にはいくつかの固定ポイントがある。おまえさんでも知ってるのが、地上フロアの地下1階への階段、魔術転送機室、それから枯れてしまった魔物像の井戸だ」
「ええ、あの三つは位置が不変と聞いてるわ。迷宮内で迷ったら井戸を探せ、と言われるのも、あの井戸はどのフロアでも同じ位置にあるからと」
「迷宮の形が単純だからこその格言だな。で、探索者はその単純な構造に座標をつけて位置を把握するわけだ。迷宮の北西の端をN1E1として、南に1ブロック移動するとN2E1、東に1ブロックならN1E2といったふうに」
「地図作成の基礎として習ったわ。階段がN14E14、井戸がN14E1、転送機がN12E30」
「そんなふうに特定のフロアで不変の場所がいくつかあるのさ。そのうちの一つが死霊の部屋だ」
「近いの?」
「地図を貸してくれ。描いてただろ」
カテリナは描きはじめたばかりの地下4階の地図を渡した。現在地はN8E21だった。
戦士はペンも借り、地図の上のほうに3ブロック四方の部屋を描き足した。
「場所はここだ。だが、そこまでの通路は変化するからわからない。とりあえずは最短で北西を進むかんじだな」
「わかったわ。……全員、30分後に最後の仕事に向かうわよ。最前列と最後列は三交代で見張りを続けて」
カテリナが号令を出すと、休憩組は本格的に力を抜いた。ベテラン勢はともかく、普段、地下1階や2階で稼いでいた者たちには、地下3階ですら大冒険であった。もしこの人数でなかったら、とゾッとする者もいる。そしてこの先を思うと、自分がどこまで行けるのか不安に駆られるのだった。
三分もせず、その不安を煽る足音が近づいてくる。
「……来るぞ」
黒髪のトラマスが立ち上がった。小型の円盾をかまえ、通路の先を凝視する。
「数は?」
戦闘職の先陣、ベテラン・パーティーも呼応した。他も波のように動き出し、周囲警戒をはじめる。
「鉄の音が2、衣擦れが混じっている。多いか? 6はいないと思うが」
「上出来だ。うちのトラマスより耳はいいらしい」
「年はとりたくないね」
ベテランのトラマスがおどけてみせた。
「どうする、大将?」
戦士がカテリナに問いかけた。
「こうなったら一気に行くわ。全員戦闘態勢。進軍!」
「正解だ!」
戦士が応えるころには敵が目前に迫っていた。先行していた照明光がその姿を照らす。
金属の全身鎧を纏った重戦士が二人、杖持ちが二人、短剣持ちが一人である。
「! 違う、もう一人!」
黒髪トラマスが盾を横に伸ばす。次の瞬間には盾が何かに弾かれ、トラマスの右手に痺れを残した。
金属の小さな矢が円盾に刺さっていた。それが防がなければ、ベテラン組の術師が右目を貫かれていただろう。
「助かった!」
「礼はいい、あとは任せる!」
黒髪は床に落ちた盾を拾い、戦士たちの背後に隠れた。
「任せろ」
ベテラン戦士二人が並んで盾をかまえる。
同時に、術師が右掌の魔術刻印を敵に向けた。魔術発動手順を唱える。魔光の矢が五本、迷宮を疾風る。
うち三本は敵重戦士の盾に防がれ、一本は向かって右の敵術師の左肩を抉り、残った一本は闇の奥へと消えた。
何かが倒れる音がした。以降、矢は飛んでこなくなった。
「第三、第四隊の術師、左右の壁に着け! 第二隊を避けて敵杖持ちを狙え!」
カテリナは自分の直接守護を預かる二部隊に命令する。
「一射だけでいい! それ以上は邪魔だ!」
幅3メートルの通路上である。近接戦闘中に後ろから撃たれても気付けないし、避けられない。援護のつもりだろうが、このさいは余計だった。
「ごめんなさい! ということで、一射、放て!」
術師たちは戸惑いながらも命令を実行し、敵杖持ちの一人を核石に変えた。
仲間が減ったにも関わらず、敵重戦士の歩みは止まらない。一歩ずつ確実に前線の第二隊に近づいていた。
「トラップはないようだな。オレたちも出る」
戦士たちが迎え撃つ。重い金属音が響いた。
『カティー』
メモリが低めの声で囁いた。
『どうしたの?』
『短剣の姿が見えない。ゲームによってはそういう影に隠れる暗殺技とかあるんだけど、こっちもあるかな?』
『そんなのわからないわ』
カテリナも視線を巡らせる。確かに、短剣持ちの姿が見えない。しかしそれは、戦士たちの背後だからかもしれない。そう考えるのが妥当だった。しかし――
『都合がよすぎるときは疑う!』
カテリナは胸に刻んでいた。
「短剣持ちが見えない! 油断しないで! 影に潜んで襲ってくるわよ!」
「ハハ、お嬢、すげェな!」
戦闘はシロウトだと思っていたら、的確な判断も行う。ベテラン戦士は高揚した。
「姫さん、左上!」
ベテランのトラマスが叫んだ。天井に張り付く短剣持ちがいた。
声は遅かった。敵はすでに壁を蹴り、カテリナへと飛んでいた。
『カティー!』
メモリはカテリナの体を使った。背中の魔剣を抜き、敵を払う――つもりだった。しかし、メモリが柄を掴んだときには、敵の短剣が迫っていた。
「やらせない」
耳元に声を聴いた。
ついで、何かを叩きつけるような音。
目の前に迫っていた短剣の光が消えていた。
かわりに、黒髪のトラマスが立っていた。彼が敵を盾で殴りつけたのだ。
床に落ちた魔造生物を、第三隊がとどめをさす。大きめの核石がそこに残った。
「あ、ありがとう……」
鼓動が激しい。迷宮ですでに二度も死にかけたのである。これは慣れないと思った。
「仕事だ、といいたいところだが怠慢だった。こういうのを逃さないのもトラマスの役目だ。すまない」
「だとしても、助かったのだから感謝しているわ」
「そうか。なら素直に受けておこう」
トラマスは前線に戻っていった。
そのころには前線の戦士たちの戦いも終わりかけていた。鎧の継ぎ目に剣が刺さっているのが見えた。鎧が崩れ、黒い石が転がる。
「……とまぁ、このフロアからは厄介な敵が増える。前後だけじゃなくて、上下左右、油断すんなよ」
ベテランの教訓を受け、一同は胃が痛くなるような緊張感に包まれながら進んでいった。
それから三度目の戦闘で、後背を守っていた一人が大怪我を負った。幸いなことに、即死ではなかったのでカテリナと他の治癒者の力で傷だけは塞がった。
「出血は止まったわ。死にはしないでしょう。でも、治癒魔法の代償で消耗した体力はすぐには戻らないわ。しばらく安静が必要よ」
「動かすのは無理だな。放置していくか?」
「冗談でもやめなさい。生きているうちは生きてもらうわ。……外套と鞘で担架を作りましょう」
「鞘じゃ短くて支えにならない。槍を使おう」
「……あ、いえ、ちょっと待って」
カテリナがベテラン戦士の行動をとめた。
『なに、なんですってメモリ?』
『だからぁ、床は平らなんだからさ、マントに寝かせて引っぱっていけばいいんじゃないの? デコボコだったら痛いだろうけどさ』
『……担ぐよりは楽かしらね』
カテリナは外套を二枚とロープを用意して、重傷者を包んでロープで結んだ。その端を六人で引くのだ。
「……怪我人を運ぶスタイルじゃねェな」
全員が呆れながらも、担ぐよりはいいかと納得した。患者も文句は言えない。
その30分後、死霊の部屋の前に到着した。
「跳びこんで、目の前の敵を問答無用で先制攻撃。それだけだ。怪我人と、見張りに二隊を残して、あとは突入する。術師たちが三射して残った敵がいれば戦士の出番だ。大将は最後に入って来い」
作戦は単純明快で間違えようがない。カテリナの「突入!」の合図で作戦は決行された。
そして、あっさりと終わった。カテリナに至っては、中に何がいたのかすら見ることもなかったほどだ。
「数は力ね」
よく言ったものだと、全員が思った。
「さて大将、あれがお目当ての物だ」
戦士が指さす先に、石の台座があった。
「ピースはどこ?」
「掌を上にして、台座に」
言葉に従い、台座に手をかざす。すると、掌のすぐ上に青い結晶体が現れた。
「仕組みはわからんが、『青水晶の欠片』は個人登録されるらしい。他人が持っても使えないぜ」
『血に導かれし者よ、我は待つ』
「なに? 今、声が聞こえたわ」
「ああ、そういうものだ。人によって違うらしいな。オレのときは『覇気溢れる者』とか言われたぜ」
「そう……」
カテリナは気になったが、通過儀礼はまだ終わっていなかった。
チャリーンという音がして、掌にもう一つの物体が降ってきた。
「……コイン?」
手を収まる大きさの銀色のコインである。両面ともに刻印はない。重さからして金属ぽくはないが、光沢は金属そのものだった。
「宝箱から稀に見つかるコインだ。なぜかピースを手に入れたときにも1枚だけ出てくる。副賞みたいなもんだと思っている」
「何に使うの?」
「地下5階に行けばわかる。魔術素養のないヤツは魔術協会か術師に高値で売りさばくがな」
「魔術道具というわけね。でも、売却するということは探索に支障はないのね?」
「今のところない。必要と聞いたこともない。さっきも言ったとおり、宝箱からも見つかるときがあるからな」
「答えは教えてくれないのかしら?」
「依頼は地下4階までだからな。これ以上は情報料しだいだ」
ベテラン戦士はニヤリとした。
「そうね。楽しみができたと思っておくわ」
カテリナも笑みを浮かべた。その脳内で、メモリはう~んと唸っていた。
『これってあれだよねぇ。コテコテのあれ。絶対そうだよ。うわ、もう、だからゲームって言いたくなるんじゃん!』
『うるさいわよ、メモリ。なんなの?』
『そのコインの使い道知ってるけど、黙ってるよ』
『教えなさい!』
『ダ~メ、少しは楽しんでもいいと思うから』
『なんなの、もう……』
カテリナは呆れたが、それ以上の追及はしなかった。
カテリナが台座から離れると、残りの探索者たちが列をなして『青水晶の欠片』と不思議なコインを受けとっていった。重傷者もがんばって手を伸ばした。
「全員もらったか? なら休憩を挟んで地上に戻るぞ。また虫と戯れる時間だ」
ベテラン戦士が楽しそうに言うと、周囲は喜び半分、嫌悪半分な顔になった。
「地下5階に降りて魔術転送機で戻るってのはダメなのか?」
「転送機が階段のそばにあるとは限らないぞ。それに地下5階での護衛は依頼にない。だいたいにして、まだ迷宮を甘く見てるのか、おまえらは」
「階段で上がります」
その会話を耳にして、カテリナは宣言した。
帰路の途中で戦闘が二度あったが、軽傷者が出ただけで済んだ。二時間後には地上エリアへ戻り、ボッター商会経由でエンキドゥの酒場に到着していた。結果を述べれば全員が『青水晶の欠片』を手に入れ、帰ってこれたのである。
貸切にした酒場に全員が着席すると、カテリナが前に立った。
「お疲れ様でした。おかげさまで一人も欠けることなく成功で終わりました。皆様には深く感謝いたします。……さて、あいさつはこれくらいにしまして、報酬の受け渡しに移ります。通常報酬をお渡しする方の名前を呼びますので、その場で起立をお願いします」
一同の多くから唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「お呼びする順番は評価順位を無視していますので、先に呼ばれたほうが優秀というわけではありません。ご了承を。なお、最前線で活躍なさいました第1、第2隊の七名は確定事項なのでご着席のままでかまいません」
「つまり残り13名ってことか。まぁ、わかってたけどよ」
そんな声が聞こえた。
カテリナは無視して「では人数が多いので一気に申し上げます。一度しか言いませんのでついてきてくださいね」と一息吸い込んだ。
「アルマ、ライネ、バルサーク、オット、ライブリ、ガランガラン、リクーム、バータ、グルド、ジース、ジム、サムス、アドン、リーマイヤ、サウス、ディオーネ、ファルゲン、ドラッゲン、アキラ、ホージガー、ジークハイド、ロロン、ノア、トンヌラ、アドル、ボロネー、ラフィニア、以上」
一気にまくしたてたカテリナの声がやむと、一同は立ったままポカーンとした。
「え? これって……」
「34名全員が同評価、同率一位になりました」
「大損害です」疲れたようにカテリナはため息をついた。
たがいに顔を見あわせる探索者たちに、カテリナは麻袋を抱えて歩み寄った。
「あなたのアドバイスと指示は常にベストでした。ひいき目に褒賞を上乗せしたい気分ですが、契約は契約ということで。ありがとうございました、戦士アスタル殿」
ベテラン戦士に礼と笑みを向けた。アスタルは彼に似合わず照れ気味に金貨を受け取った。
「あなたには直接命を救っていただいたわ。もう一度感謝を述べさせてください。ありがとうございました、罠師『黒の左手』殿。名を知れず残念ですわ」
黒髪赤目のトラマスも、らしくなく引き気味になった。「……名を明かせるような仕事じゃないんでな」と、そんな余計なことを言うほどだった。
そうしてカテリナは一人ずつに言葉と金貨を渡していった。
最後の一人は重傷者だった。
「人のことは言えませんが、油断でしたね。ですが、助かってくれてよかったと心から思います。そして、体を張って戦ってくださったことに感謝します。しばらくは安静に。もし痛みが酷いようなら、声をかけてください」
「あんた、オレたちが死のうが責任はとらないって――」
「責任はとりません。ですが義務なら果たします。保障は雇用する側の当然の義務でしょう?」
一巡を終えると、カテリナは颯爽とカウンター前に戻った。
「さて、次は――」と魔剣を取り出したとき、彼女はふと気づいた。なぜか酒場が静まり返っている。
「なに、なんなの? 私、何かしましたか……?」
臆するカテリナに、一同の目が一斉に突き刺さる。そして喝采。
「なに? 本当になんなの!? なんで拍手されているのですの!?」
『お嬢言葉が出てるよ。……みんな、カティーの器量に感激してるんだよ。結局全員に報酬配るし、一人ひとりの活躍も覚えてるし、労わるし、偉いなーって』
『と、当然でしょう? 評価すると言った以上、全員を公正に判断しなければダメに決まってるわ! それに助けられたら感謝する。これも当然です』
『それができない人がたくさんいるんだよ。こーゆー界隈だと特にね』
『だからといって、これは逆に気持ち悪いわ!』
『カティーは褒められ慣れてないからだよ。偉いよ、カティー。わたしも褒めてあげる。ぱちぱちぱち』
『あなたはからかってるだけでしょう!?』
『てへっ』
メモリは舌を出した。
「とにかく拍手はやめなさいっ。まだ話は終わっていませんっ。魔剣と核石の件が――」
「いや、もう十分だ。オレはどっちもいらねぇ」
カテリナの言葉をアスタルは遮った。
「え、いえ、あなたはそうでも――」
反論に被さるように声が続く。「オレも」「わたしもいいよ」「ここまでしてもらったらなぁ」と、34の声が。
「これは契約よ!? 条件を提示し、たがいに了承したうえで仕事をこなしたの! 不履行は後の禍根になるわ!」
「アッタマ固いな。それじゃオークションしろよ。誰も落札しなかったら、その剣はあんたの物だからな」
「な……!」
「それと核石。さっきボッター商会で換金したな? あんたの取り分を抜いた残りは全部、今日の飲み代にあてさせてもらう。だからマスターに渡してくれ」
「……どうかしてますわ、あなたたち」
「気持ちのいい仕事をした後は、気持ちよく飲もうぜ」
アスタルがジョッキを掲げた。
「カテリナに!」
「乾杯!」
「人をサカナに乾杯しないでちょうだい!」
カテリナは真っ赤になって反論したが、もはや誰も聞いてはいなかった。
おまけ
宿に戻ったカテリナ――
『で、今日の作戦でいくら使ったの?』
「34人の基本報酬に、7名の追加報酬で41金貨。エンキドゥのマスターに謝礼と店の貸切代金で5金貨。備品代で1枚くらいかしら」
『だいぶ使ったね。ホントにこれから大丈夫? ここの宿代だってあるでしょ?』
「余裕よ。なんならあと三年は暮らせるわ。そこまでいるつもりはないけど」
『どんだけ切り詰めたらそんな生活できるの!?』
「切り詰める? おかしなことを言うわね。普通に暮らしてって意味よ」
『え、だって、ゼッタイ無理でしょ? 換金したお金だって残りは多くないはず』
「一体いつから、ダイヤがあれだけだと錯覚していたの?」
『!?』




