9 レクチャー&カルチャー 5.18
『青水晶の欠片』を手に入れた翌日、迷宮懲役囚カテリナ・アーモニア元公爵令嬢はふたたび迷宮にいた。今日は休むつもりでいたのだが、頭に住みつく蠅の悪霊がうるさかったのだ。
『ねーねー、迷宮行こうよ! 地下5階いこー? ゼッタイ楽しいって! いやマジで楽しいから! ねーねー!』
寝られたものではなかった。
「だから何が楽しいのか教えなさい。それしだいで考えてあげるわ」
『むーん。答えるのはつまらないんだよなー。初見の反応を観る楽しみってあるじゃん』
「ふざけてるの? あなたが楽しむためなら尚更いかないわ」
布団をかぶるカテリナに、メモリは『ふーん』と目を細めた。
『それならそれでいいや。寝たら勝手に行くから。おやすみー』
カテリナは勢いよく起きた。
「わかったわよ! 行くわよ!」
『わーい』
「でも、一人じゃ行けないわよ? それにまた雇うのはさすがに無理だから」
『同行者を募集しようよ。きのういっしょしたメンバーも地下5階に興味はあるでしょ?』
「たしかに……。でも罠師は捕まるものかしらね。それが一番難しそうよ」
『あー、そうだね。けどこの先を考えるなら、その問題は解決しないわけにいかないでしょ。いい機会だと思って酒場に行ってみよ』
「そうね」
カテリナは神妙な顔で着替えをはじめた。
『……何か気になることでもあるの?』
「今すぐの話ではないけれど、さらに先を考えてみたの。例えば今日、地下5階に同行するメンバーがトラマス込みで見つかったとするわ」
『うん、いいね』
「でも、その人たちはそこで満足するかもしれない」
『……どゆこと?』
「あなた、私の目的は覚えているのでしょうね?」
カテリナは見えないメモリを睨んだ。
『最下層にいるカテリナの大叔父さんに会うんでしょ――て、そっか、そこまで付き合う人がいるかってことだね』
「最下層ともなれば死ぬ確率だって跳ね上がる。そこまでして行きたがる人がいるのか、迷宮攻略を本気で考えている人なんているのかと」
『だよね。腕試しで下層を目指す人はいても、完全攻略を掲げる人は難しいかも』
「私は一人でも行く覚悟があるわ。あるけれど、おそらく今は無理。あんな簡単に死にかける人間が、単独で何ができるものかって……」
カテリナは震えた。
『大丈夫だよ!って気休めでも言えないけどさ、どうにかなるかもしれないと思っていよ? 少なくともわたしがいるから一人じゃなくて、一人と半分だよ。それにわたしにはゲームで培った知識がある! 使い方しだいで大活躍するかもよ。もしかするとこの先、実体化して「オラァ!」とか時間をとめたりできるかもしれないし!』
必死に励まそうとするメモリに、カテリナの震えは止まり、可笑しくなった。
「なによそれ? あなたの世界ではそんなことできる人がいるの?」
『マンガならね!』
「マンガ……?」
『絵のついた小説みたいなもの』
「創作じゃないの!」
『うん、そうだよ』
「はぁ~……」カテリナはため息をついて着替えを続けた。
『期待が膨らみ元気出たでしょ?』
「考えるのが馬鹿らしくなってきたわ」
腰に魔剣を帯びて、カテリナは気合を入れた。行くからには遊び気分は捨てていく。
『まずは朝ご飯だ!』
カテリナの気合は抜けていった。
エンキドゥの酒場は朝から賑わっている。そろそろ迷宮が開く時間なので、席を立つ姿も多かった。その中に、昨日のベテラン・パーティー、アスタルの五人組もいた。
「お、カテリナ。早速、5階でも行くのか?」
アスタルが彼女に気付き、話しかけた。カテリナにとっては渡りに船である。
「ええ。例のコインが気になったので。メンバー集めに来ましたの」
期待のこもる目に、アスタルは察した。
「連れていってもいい。いいが、雇うのか、同行者か、どっちだ?」
「同行者でお願いするわ。守られるだけでは成長できないでしょう?」
「ん……」アスタルは少し考え、仲間たちに向き返った。
「多数決だ。オレはかまわない」
「オレも許可」もう一人の戦士が言った。
「オレも」ロッドを持った術師。
「あたしはどちらでも」広いつばの帽子を被った女性術師。
「反対だな」中年のトラマスはカテリナを値踏みしている。
「理由は?」
「単純に経験が足りない。いきなり5階は危険すぎる。結局、オレたちが守る前提になってしまうだろ。そのぶん負荷がかかってパーティーが機能しなくなる。おたがいに死にたくはないだろ」
「トゥランが言うと、カテリナと歳の差があるだけに保護者目線に聞こえるな。だが多数決で決まった。同行を許可する。自分の仕事に徹し、好き勝手に動くなよ」
「ええ、わかっているわ。指示には従う」
「では行こう。迷宮に着くまでに扱える魔術を聞いておきたい」
「あ、待って。朝がまだなの。テイクアウトを頼むから少し時間をちょうだい」
「わかった。開門の時間が近いから、食べるなら歩きながらだ」
カテリナは了解し、軽食を包んでもらった。歩きながら食べるというのは、彼女の人生において二度か三度目ではないだろうか。エンキドゥ酒場の特製サンドイッチは具材が多いので食べるのに苦労する。『もっと大口開けてジョーズみたいにグワァっと食べるんだよ!』とメモリがうるさい。ジョーズってなに?と思ったがツッコまない。そんな余裕もない。
道すがら、カテリナは自分の魔術を話した。特定の術だけではなく術式がわかれば再現できる万能性と、半面、発動までの手順が多い点。魔術協会三級会員であること。さらに魔術だけではなく地と光の魔法もいくつか使えると付け加えた。
「つまり攻撃も治癒もこなせると。うちの術者――エリンとオーブルもバランス型で突出した分野はないが、いろいろとできる。カテリナもそのつもりでいいか?」
アスタルはカテリナをあだ名や敬称付きでは呼ばなかった。今回は対等の仲間だからだ。
「オールラウンドなのは確かだけど、得意分野は治癒系よ。『聖女』認定を受けてからは重点的に磨いてきたから」
「アーモニア公爵令嬢は魔術の天才と聞いたことがあるがな」
その噂はカテリナ自身も知っている。今までは面倒なので否定も肯定もしてこなかった。
「天才ではないわね。魔術に関しては座学や実験、自由研究などの総合成績がよかっただけよ。魔術素養は高めだけれど、術師としては10段評価で6か、よくて7あたりね」
「謙遜なら参考にならないからやめてくれよ。こっちは命を預けるんだからな」
「言いかえるわ。実戦で攻撃魔術を使ったこともない術師の自己評価を参考にしないで」
「たしかにそうだ」
アスタルは苦笑した。
「参考になりそうなことをあげるとすれば、私は『聖女』止まりで、『大聖女』にはなれなかったのよ」
「ああ」
アスタルたちはカテリナの現状をよく知っている。『大聖女』ではなかったゆえに、迷宮懲役囚まで転落したと。だがここでは関係がない。だから何も言わない。
「今日は治癒術師として働いてもらう。自動回復もあることだし、トゥランの懸念もマシにはなるだろう」
「ええ、わかったわ」
カテリナはどんな役割でもこなすつもりであったが、やはり治癒師のポジションは嬉しかった。
「ね、魔術カードっていうの、見せてもらっていい?」
若い女性術師が帽子のつばを揺らせて、興味津々な顔をカテリナに寄せた。
「ええ、もちろん」
同じ術師として、聞いたことのない術式に惹かれる気持ちはわかる。カテリナは「オープン」した。六色のカードが彼女の前に並ぶ。
「なるほど、精霊属性の最少魔力をカードにしてあらかじめ並べておくのか……。カードに触れる順番が呪文のかわりなのね」
「さすが術師は理解が早いわ」
「きのうは使わなかったよね?」
「ええ。私の場合、治癒系は魔法のほうが早いし効果も高いからよ。戦闘には参加しない方針だったので敢えて出さなかったわ」
「『聖女』だもんね。……でも、これ、発動に手間かからない? 呪文を詠唱するのと変わらないでしょ? 刻印式のが断然楽だと思うけど」
「単純に発動までの早さを競うなら刻印式のほうが圧倒的ね。でも刻印式には欠点もあるでしょう? 例えば、刻印していない魔術は使えない、刻印した部位に大きな傷ができると発動しないとかね。それに刻印式よりは遅いけれど、詠唱よりは早く失敗も少なく、応用が効くのが利点よ」
「いろいろできるのは便利そう。魔術協会ではこんなの教えてくれなかったからなぁ」
「それはそうよ。なんとなく閃いて自作してみたものだもの。私の魔術の家庭教師も、協会推奨の魔術しか教えてくれなかったわよ」
「だから天才なんじゃないの?」
「環境よ。私は恵まれていたというだけ。幼少から教育を受けられたことで、思考の幅が……多少、広いというだけで、私が特別ではないと思うわ」
「平民より、でしょ? いいよいいよ、僻んだりしないから。それいったら、あたしだって魔術を教わるくらいのお金はあったんだよ? だから両親には感謝してる」
「そうね。感謝できるご両親がいるのは幸せなことだわ」
ニッコリとするカテリナに、エリンは一瞬呆けた。
「……カテリナってなんかおもしろいね」
「褒められているのかしら……?」
似たようなことを背後霊もよく言うので、あまりいい印象を抱けない。その背後霊はエリンの言葉に同意のうなずきをウザイほど繰り返している。
「褒めてるって。そのまま囚人でいてよ。そしたら友人でいられるから」
「囚人はやめるつもりよ。でも、友人は身分で作ったりしないわ」
「貴族に戻ったとき、ホントかどうか確かめさせてもらうよ」
エリンが冗談めかして言うと、カテリナは「どうぞご自分の眼でお確かめください」と一礼してみせた。
迷宮に着くと、魔術転送機の前はすでに列ができていた。何度か目にしているベテラン勢が数人単位で部屋に入っていく。
「転送機が使えるのは『青水晶の欠片』の所持者だけだ。身につけていればいい」
カテリナたちの番となり、アスタルが先頭に立って小部屋に入る。最後に入室したトゥランが扉を閉めた。
アスタルは正面にある石板に触れた。5から9の数字が浮かび上がるので、5を選択。
床の魔術陣が輝き、体が浮くような感覚が襲う。その光も感覚もすぐに薄れた。
「到着だ。今回は5階だから全員出られるが、例えば6階を指定した場合、カテリナだけは部屋から出られない。10秒ほどでまた地上エリアに戻される」
六人は地下5階のエリアに踏み出した。3×3ブロックの部屋で、扉が一枚ある。
「入れるフロアに制限がかかっているのね」
「知っていると思うが、制限を解除するには実際にそのフロアに行かねばならない。つまり5階で階段を探し、地下6階に降りるんだ」
「わかったわ。運よく階段があれば下に行って制限解除するけれど、探すのをお願いするつもりはないのでリーダーの意向に従うわ」
「こっちもそれを目的にされると困るところだが、すでに四組の探索者が地下5階以下に降りている。場合によっては6階までは足を延ばすぞ」
「了解よ」
「まずは井戸を探す。そこがカテリナの目的地でもあるからな」
「そうなの? 井戸を探すのは、自分たちの位置を把握するためなのはわかるのだけどれど……」
「それは行けばわかる。中層初心者にまずはレクチャーだ。転送機を降りたら最初にやるべきことは?」
「方角の確認ね」
「勉強しているな。まずは固定スポットである井戸へ行くにも、方角がわからないとな。だからあるアイテムが必須となる」
「これね」とカテリナはコンパスを出した。
「そうだ。必ず身につけとけ。さて、井戸は必ず西の壁沿いN14E1地点にある。まずはここを目指す。その途中も地図は描いていくが、正確な地図を作るには井戸を基点にするしかない。魔術転送機の転送先座標はメチャクチャだからな」
アスタルは北側の扉を開けた。幸先がいいのか、東西に道が伸びている。
「ま、何も考えず、まずは西だな。各自、戦闘態勢。先のパーティーが敵をすべて倒した保証はないぞ」
カテリナがいなければ、彼はこんな発言をしなかった。カテリナが本当に優秀だとしても、経験の差は数日程度では埋まらない。彼女はまだ迷宮初心者なのだ。
罠師トゥランが先行する。目の前の床と天井をまず一目見て、それから専用の照明棒で床を叩く。照明棒は50センチの金属棒を三つ連結させた物で、先端に光を放つ魔具がついている。核石で発光させており、使用時間は20時間ほどである。
トゥランが罠探査をしている間は、仲間たちは静かに周囲警戒している。
「トラマスって凄いわよね。あんな平坦な壁や床からどうやって罠を見抜くのかしら」
カテリナが囁くようにエリンに言った。
「それができるからトラマスなんだよ。あたしらにはぜんぜんわかんないもの」
エリンも小声で返すが、トゥランが「うるさい」と二人を睨むと、女性陣はバツが悪そうに黙った。
しばらくしてトゥランが背筋を伸ばした。
「このブロックは異常なしだ。……カテリナ、ちょっと来い」
「は、はいっ」
鋭い声で呼ばれ、カテリナは前に進み出た。先の件の説教だろうと思った。
「ここにしゃがんで、棒の先を見ろ」
疑問はあったがカテリナは従った。光る棒の先は次のブロックに伸びており、そこにかすかな違和感を覚えた。
「……線? 20センチ四方くらいの四角が見えるわ」
「よくわかったな。そうだ、この迷宮のトラップのほとんどは物理的なスイッチで起動する。つまり踏んだり押したりだな。となれば、当然スイッチは壁や床とは隙間ができる」
「それがこの線なのね。こんなあるかないかもわからないような……」
「わかりにくいものでも時間さえかければ誰でも見つけることが可能だろう。しかし迷宮でそんな時間はない。これを短時間で見つけられる者がトラマスと呼ばれるんだ」
「これは本当に凄い才能です」
カテリナは感動していた。あのふてぶてしいドッグバリーがトラマスを高く評価しているのも納得である。
「これしか能がなかっただけだ」
トゥランは娘ほどの年齢のカテリナに尊敬の目で見られ、年甲斐もなく照れた。彼はもとは田舎の猟師で、罠を仕掛けて獣を狩っていた。冬の期間が長い山村のため生活は安定せず、冬のあいまの出稼ぎのつもりで迷宮に挑んでみたら、トラマスとしての適正に気付いたのだ。家族もないのでそのまま根を張ってしまい、もう10年以上が経つ。
「おじさんの回顧録はいいよ。カテリナの指導が終わったなら先に進もう?」
エリンの不平に「もうちょっと待て」とトラマスが咳払いした。
「トラップには魔術的なものも存在する。その場合、起動スイッチも魔術によることが多い。つまりはいくら目視しても見つからないタイプだ」
「それではどのようにして見つければよいのでしょうか?」
カテリナは興味津々である。気が付けばカテリナの中でトゥランは師匠となっていた。
「無理だ」
「……は?」
師匠の即答に自称弟子は困惑した。
「こればかりは30年の迷宮の歴史でも対処しようがないとされている」
「ですが、魔術である以上、魔力の痕跡があるはずです」
「では、術師であるおまえに、それが見つけられるか?」
カテリナは魔力感知を試みた。そして納得した。
「……迷宮のすべてが魔力を帯びている……」
「そうだ。この迷宮じたいが狂魔術師の術で作られていることを忘れるな。ゆえにその結果は当然なんだ」
「だとしても、トラップのスイッチならば部分的に他と違う反応があるのでは」
「考えられるが、それを証明できた者はいない。おまえがそれを看破する術を産みだすしかないだろう」
「私が……!」
なぜかカテリナは使命感に目覚めた。
「……このやりとり、あたしも昔やったわぁ」
エリンが懐かしくなさげにため息をついた。カテリナほどではないが、もし魔術的罠発見術が開発できたなら、歴史に名を残せるだろうと意気込んだものだ。
「オレも」
もう一人の術師オーブルも同様だった。なお、当然ながら結果は伴っていない。
トゥランは指導を終えると、カバンから筆とインクを出した。トラップの個所を囲むように黄色のラインを描いていく。きのうも同じようにトラップにマーキングをしていたのを覚えている。
「ライバルの足止めに、発見したトラップを敢えてそのままにしていくヤツも多い。先を行く足跡もあるから、そういうパーティーなんだろう」
「責めることはできませんわね」
「ああ、そうだ。仲間ではないからな。だが、無駄に死なせていいともオレは思わない」「素敵ですわ」
カテリナの率直な感想に、古株のトラマスは床にラインを描きながら笑みを浮かべていた。
それから数ブロック進む。トゥランがまたカテリナを呼んだ。
「その先に十字路があるだろう? おそらくあそこに魔術的トラップがある」
「なぜわかるのですか?」
「経験さ」
師匠はこともなげに言った。カテリナはさすがに「かァっこいい!」とは叫ばなかったが、興奮したように拳を震わせた。
「このフロアの名物トラップだからね。もう十字路を見たらトラップを疑えって言われるレベルだよ」
エリンが頭を振る。
「でも、あそこを通過しなければ先には進めないわよね? 解除できないのであればどうすれば……?」
「ああ、あれは大丈夫。実害ないから。ちょっと行ってごらん」
「え? ええ!?」
「いやホントに大丈夫だって。……じゃ、あたしといっしょに行こ? ほら、手ェ出して」
カテリナが恐るおそる伸ばした手をエリンはがっちり掴んで引っぱり、十字路に乗った。すると、目の前にアスタルたちがいた。
「……なぜ?」
キョトンとするカテリナに、エリンたちは噴きださないように堪えている。
「ターンテーブルだよ。乗ると向きが変わるの。長い通路だとわけわかんなくなるんだ」
「なるほど……。これは物理的には作れないわ。すぐにバレる」
「うん。まぁ、魔術的トラップってだいたいこんなものなの。だからみんなあまり真面目に研究しないんだよね」
「はぁ……」
カテリナはアスタルたちのブロックに戻った。
「ちなみに再度乗るとまた回転するから」
「めんどくさいですわ!」
トラップの次に面倒くさいのが魔物である。
「このフロアの魔物の傾向は?」
アスタルに問われ、カテリナは即答した。
「獣系が主ね。熊、オオカミ、巨大ネズミの貼り紙を見たわ。あとはゴブリン系も多少出るようね」
「そうだ。比率としては獣系が多い。ゴブリンは地下6階がメインだな」
「狭い通路だと熊が厄介かしら。攻撃を避けようがないわ。受けられるとは思えないし」
「基本戦術は足止めして遠距離だ。対処法は確立している。だが、対処しようのない厄介なやつがいる」
「ゴブリンの呪術師?」
「いや、そんなものじゃない。単体の魔物だが、地下5階から稀に遭遇するんだ。こいつとの戦闘は絶対に避けろ」
「悪魔系?」
「近いが、違う……のかどうかもわからん。なにせ斃したパーティーがいない。逃げのびるか死ぬかだ」
「もしかして名前の部分だけ残して破られていた貼り紙の……?」
「そうだ。クラウン。冠を被った仮面の人間だ。さまざまな魔術を使い、壁から壁を跳び回り、一瞬で首を狩るらしい」
「そんなのが地下5階から出てくるの?」
カテリナはゾッとした。
「オレも見たことはない。地下5階で出たという話を探索者になったばかりのころに聞かいただけだ。ほとんどの目撃情報は地下8階だ。それすら稀らしいが」
「ただの噂話ではなくて?」
「オレも思わないでもない。戒めみたいなものかとな」
「気を引き締めなおすにはいい話だったわ」
「そうだろう? ちょうど右の扉から、いい具合に唸り声が聞こえるしな」
「魔生物も唸るのね」
「気配もないくらい静かなのは人型くらいだな。人の意思や思考を模倣するのは難しいからゾンビみたいにしちまうんだろう。動物なんかは本能のままでないと本領発揮できないしな」
「納得したわ。それで?」
カテリナのうながしに、アスタルは手で合図してパーティーと円陣を組んだ。
「声からして狂赤熊だろう。体長3メートルはある熊だ。基本力任せだが、咆哮で委縮させて戦意を奪うこともある。気をしっかり持て。単体ならそう苦労はしない。が、複数いたら手こずるぞ」
『カティー、偵察してみたけど、1体ぽい。でも、暗くて見えないから、奥にはいるかも。部屋の大きさは見える範囲で2×3ブロックかな』
メモリが囁いてくる。
「……質問なのだけど、扉の前でこんな相談をしてて中の魔物は気付かないの?」
「ああ、迷宮の魔物の特性なんだろうな。扉を開けるまでは襲ってこない。開けてしまえば地の果てまで追って来るがな」
「例えば、部屋の中に明かりなり松明なりを隙間から入れたらどうなるかしら?」
「扉が開けばという条件だから、多分、襲ってはこないと思うが……。なんだ、煙でも焚いて燻すのか? 窒息死はしないと思うが」
「いえ、照明さえあれば内部偵察ができるから聞いてみたのよ」
「中を!? 扉を開けずに?」
エリンが驚いて大声を出した。慌てて小声に戻る。
「試してもいいかしら? 予測と外れたら熊が襲ってくるけど」
「どのみち複数いるようなら出口で支えて魔術で斃すしかないからな。準備を整えたら試してみよう」
「わかったわ。スタンバイ・オフ」
カテリナはスタンバイモードを解除。それから「ロード9」を実行し、彼女の持つ雷系の最大魔術【雷蛇】を準備した。
エリンもオーブルも最初の魔術を決めて報告した。
「あたしはいつもどおり顔に【水球】を飛ばして咆哮を防ぐ」
「オレも定番の両足に【拘束】だ」
「オーケーだ。カテリナ、頼む」
「【光】」カテリナは光の球を作りだすと、「メモリ」と扉を指した。光が扉を通過していく。メモリが後を追った。
『うん、熊1、他なし。部屋の大きさ2×3。扉なし。箱なし』
メモリの脳内連絡を、カテリナは音声化して伝えた。
「ホントにわかるんだ? 凄いね、その魔術。透視ってやつでしょ? 中級魔術だったっけ?」
「え、ええ……。でもオリジナルが入ってるから、協会では教えてもらえないと思うわよ?」
カテリナはごまかした。
「よーし、敵がわかればこっちの有利だ。カテリナ、部屋のどのへんにいるか教えてくれ。扉を開けたらエリンとオーブルが先制。オレとウォルターで腹を一気に貫く。剣は捨ててすぐ離脱だ。とどめはカテリナに任せる」
アスタルの声は弾んでいた。敵の情報が得られたことで余裕が生まれていた。
「了解よ。……熊は真正面。飛ばした光を攻撃しているわ」
「行くぞ!」
アスタルがドアを蹴破った。同時にエリンとオーブルの魔術が狂赤熊の頭部と脚部を不自由にした。超重量の音を立てて転倒。
二人の戦士アスタルとウォルターは、狙うはずの敵の腹部が床と激突してしまい、どうしたものか視線を交わした。アスタルが首を親指で示すと、ウォルターは了解した。
二人の剣が熊の首、左右に突き刺さる。
「カテリナ!」
剣を放棄し、バックステップする戦士たち。
カテリナは落ち着いて一言口にした。「ゴー」と。それだけで彼女のカードが連鎖的に輝き、雷を発生させ巨大熊を襲った。エリンの水球が弾け、口内を焼き、体毛を逆立て、肉を焦がし、手足を痙攣させる。それは一瞬ではなく、何秒も、何十秒も蛇のようにのたくり、絡みつき、焼き尽くしていく。
「エグくない……?」
エリンは顔をしかめた。アスタルたちもしかめていた。
「半端な攻撃は反撃を招くわ」
カテリナは自分の選択を正しいと思っている。拘束と攻撃を同時に行う魔術は相手に何もさせない。狂赤熊は最後の悪あがきすら許されず核石を残して消えていった。
「部屋の確認よし。次に行くぞ」
アスタルは扉を開けたまま通路を進んでいった。これも後続への配慮であるが、義務ではない。
それから通路でのゴブリン8匹との遭遇戦があったが、オーブルが左腕を薄く切られただけで殲滅。カテリナの治癒で怪我はすぐに塞がった。
井戸に着いた。
「井戸のあるところはなぜか部屋になっていて、敵も入ってこない。理由は知らんがな」
「それより、噴水口の横にある四角い鉄の塊は何?」
カテリナが物珍し気に眺めまわしている。
『やっぱりこのパターンかぁ! コイン・コレクターかどっちかだと思ってたんだよねぇ!』
メモリがテンション高く騒いだ。
『うるさい! だからこれ、なんなの!?』
『これ? もちろん――』
「カシャーンだ」『ガチャだよ』
アスタルとメモリの声がかぶった。しかし、名前が違う。
『こっちの世界だとカシャーンなんだね。登録商標の問題って、あるよね!』
『もう黙ってなさい!』
「魔術協会がソーサリー・スペルカード・カシャーンと名付けたが、長いんでカシャーンと呼んでる。正面に細い穴が二つと、ハンドルがついているだろ? 上にきのうのコインを入れてハンドルを回すんだ。そうすると下の穴からカードが出てくる。そのカードには刻印魔術が書かれていて、額に当てると習得できる。もちろん、魔術素養が条件を満たさないと使えないがな」
「そんな凄いものがなんで迷宮に……?」
「さぁな。狂魔術師の遊びではないかとの説もあるが、何を根拠にだ」
「それでその、カシャーンってなんなの?」
「ハンドルを回してカードが出てくるときの音だ。ちなみにカードは完全ランダムらしいぞ。だからすでに覚えている初級魔術とかも出る……というかレアリティがあるらしく、ほとんどが初級カードらしい。最近聞いた珍しいのだと、【飛行】魔術だな。そいつ、魔力があまりないから1分飛ぶのが限度らしいがな」
「あたしも三回くらいやったことあるけど、ぜんぶ初級だったよ。いらないから魔術協会に売っちゃった」
「売れるの?」
「使用前ならね。使用したら消えちゃうし。誰でも使用はできるから、魔術協会に行けばレア・カードが売ってるよ。買値の10倍以上でね。ボッター商会よりボッタクリだよ」
エリンは思い出して腹を立てた。
「期待しないで回してみろよ。どうせタダでもらった副賞だ」
「それもそうね」
「あ、でも、なんか強く祈れば希望の魔術が手に入ったりするらしいよ。運命の引きとか言うんだって」
「どう考えても偶然だろう。それで引けるなら全員レアを引いてる」
トゥランが肩をすくめる。「おじさんは夢がない」とエリンが冷たく言い放つと、彼は少し傷ついた。
「私に必要な魔術……」
カテリナは考えてみた。今、一番必要としているのはなんであろうかと。決まっている。もっとも身近で、もっとも遠い者との交流だ。その力をもっと引き出してあげたかった。
「でも、それは私自身が叶えること――」
頭を振り、カテリナはコインを入れてハンドルを回す。その手に、メモリの温もりを感じた気がした。温もりではなく、気のせいでもなく、メモリが回したくて仕方なくて手を伸ばしていたのだ。
『わーたーしーもーひーきーたーいーっ』
『卑しいコねぇ!』
カシャーン
『あ、ほんとにカシャーンなんだ』
カード排出口が金色に輝いていた。
「え、まさか!」
「ディスティニー・ドロー!?」
カテリナはそんなものを信じていないので、無言であっさり引き抜く。
顔を寄せてくるアスタルたちを押し返し、カード名を読み上げた。
「【クレイマン】……?」
術師たちは顔を見合わせた。誰も意味がわからなかった。
おまけ
アスタル・パーティー
アスタル……戦士。22歳。探索歴3年。元放浪者。
ウォルター……戦士。25歳。探索歴3年。元兵士。
エリン……術師。19歳。探索歴1年半。魔術協会4級会員。精霊加護:水。
オーブル……術師。24歳。探索歴3年。魔術協会3級会員。精霊加護:地。
トゥラン……罠師。36歳。探索歴11年。元猟師。
アスタルとウォルターが立ち上げたパーティー。オーブルは術者募集で加入。トゥランはフリーだったが気が合ったためほぼ専属になった。エリンは魔術を実戦で使ってみたいと迷宮街に来て、ちょうど欠員が出たアスタルのパーティーに拾われた。その欠員者イアンも術者で、結婚を機に魔術協会事務員として安定・安全の生活をしている。活動場所は主に地下4階から6階。混雑しているときは地下7階へも行くが、効率が悪いので不評だ。




