6 カテリナの目的 5.16
カテリナが目を覚ましたとき、窓の外は明るかった。まるで悪夢を見ていたような気分だ。さらにはベッドも部屋も見慣れないものである。何があったのか、記憶を辿った。
「……ここは、ボッター様から紹介された宿ね。荷物を置いたのは覚えている。そして、迷宮に行って帰る間際に天井から魔物に襲われた……。うん、覚えてるわ。ムカデは……本当にやめて欲しかったわ……。不意打ちにしてもあれはサイアク……」
彼女は虫全般が苦手だが、特に足の多いのはダメだった。それを超至近で見てしまい、あまつさえ殺されかけたのだ。意識が飛ぶのも無理はなかった。
「それからが思い出せない。何がどうして宿にいるのかしら。今日は何日なのか……」
頭がまだよく働かない。
「ああ、そうだわ。便利な見張り番がいたわね。メモリ」
カテリナは頭に住みつく悪霊を呼んだ。しかし、彼女は応えなかった。
「メモリ、出てきなさい。こんなときくらい役に立ちなさい」
返事はない。
「いなくなったの? そうなのね? それなら、まぁ、いいけれど……」
カテリナは半分だけそれを期待していたが、半分はなぜか気が沈んだ。あの謝罪以降、メモリはしゃべらなかった。それだけ反省しているのだとわかる。だからといって主張が正しいものである以上、カテリナは言葉を撤回するつもりも譲歩するつもりもない。ないが、姿も見えない存在が黙り込んでいるのは卑怯ではないかとも思う。なにせ一方的に見られている不愉快さがずっと付きまとうのだから。
カテリナはキレた。
「あー、もー、出てきなさい、メモリ! あやまるつもりがあるならちゃんと言葉にしなさい! あなたが言ったのよ? 言葉にしろって!」
長い沈黙がおき、カテリナが辛抱たまらずまた口を開きかけたとき、ポツッと聞こえた。
『……ごめんなさい』
「何に対しての謝罪なの?」
カテリナはなぜかホッとしたが、癇癪は治まっていなかった。
『あなたをゲームのキャラ扱いしていたこと。この世界も、現実ではなくゲームだって思って自分が何でも知ってる気になってたこと。生きてる人たちを軽く見ていた気がすること』
「ちゃんと理解したようね」
『うん、理解した。だからわたしはもう、頭の隅っこに引っ込んで干渉しないって決めたの』
「ちょっと!?」
『そのほうがいいでしょ? あなたのすることに、わたしは邪魔にしかならないし』
「待ちなさい! 反省して謝罪したのなら、私は許してもいいのよ!?」
『許してもいいというのは、まだ許せないんでしょ? だからいいよ。わたしを消す方法がわかったら呼んで。いや、呼ばなくていいや。勝手に抹消してよ』
「いつまでも子供みたいにいじけるのはやめなさい!」
『……』
「……ああ、そう、どうしても引っ込むというのなら、二つ言っておくわ」
カテリナは自分の性格にイラっとした。
「一つ。感謝するわ。あなたがちゃんと話せというからレナード様に話せたわ。言えないこともあったけれど、話せないと伝えられたのはあなたが指摘してくれたからよ。二つ。これも感謝してるわ。あのムカデから助けてくれたのはあなたでしょう? あのときは本当に怖くて動けなかったのよ。どうせそれも『ゲームの設定』とやらで知っていたんでしょうけど。それでもあなたは命の恩人よ」
カテリナは顔を真っ赤して拳を震わせた。素直に感謝するのが、これほどの勇気が必要だとは思いもしなかった。
『カテリナ……』
「カティーでいいわ」
見えない相手に顔を背ける仕草をするカテリナに、メモリはカワイイと思った。
『カティー、カティー、カティーカワイイ!』
「連呼しないで! 急にうるさくされると頭痛がするわ!」
『あー、ごめん……。また調子に乗っちゃうとこだった』
「そう、反省は常にしなさい」
澄まして言うカテリナに、メモリは笑いそうになった。が、怒らせそうなので耐えた。
カテリナはベッドに座り直した。
「で、気になる点がいくつかあるの」
『あの後の話なら単純だよ。レッド――レナードがここまで運んでくれただけ。あの人、残るかどうか悩んでて、結局は宿の人にカティーを頼むってお金を渡して王都に帰った。ドッグは刑務所に戻って、今朝、手下に様子を訊きに来させてたよ。ちなみに倒れたのはきのうの夕方で、今はお昼前』
「心配かけたわね。まさかドッグにまでとは」
『あとで刑務所に行けばいいんじゃない?』
「そうね。それと、もっとも大事な点があるわ。あなた、私の体を使ったわよね?」
ムカデが落ちて来たとき、カテリナはとっさに反応ができなかった。剣を抜くなど考えもしなかったし、そもそも剣の技量を彼女は持ち合わせていない。
メモリは『……うん』と認めた。
「私の意識が緩んでいるときは体を使うことができるのね。知ってたのかしら?」
『うん、知ってた。牢で寝てるとき試してみたから』
「黙ってたのね」
『言えば是が非でもわたしを消そうとするでしょ』
「当然ね。気味が悪いもの」
『うん、わかる。わたしがカティーの立場でもそう思うから』
「理解が早くて助かるわ」
『……』
「次からは許可なくやらないように。緊急事態のときは、まぁ、仕方ないわね」
『いいの? わたしを放置して』
「現状どうしようもないでしょう? 実際、助けられたのだし。妥協点よ」
『ありがとー。危ないときはわたしが守るからね!』
メモリは鼻息荒く応えた。
「それはそうと、あなた、剣術の心得があったのね」
『そうみたい。なんかあのとき、体がとっさに動いたんだよ。もしかすると剣道でもやってたのかも。覚えてないけど』
と、メモリは自分の手を見た。鏡に映らないので顔はわからないが、視界に映る自分の体は見えている。両の掌にはマメができた痕が盛り上がっていた。今さら気付いたのは、触覚がないからだ。
「ケンドー?」
『剣術と言ったほうがわかるかな? わたしのいた国にも剣を扱う技があるの。でも人や獣を殺すためじゃなくて、護身用とか体を鍛えるためとか、自分を高めるためにやるんだけどね』
「平和な国なのね。それならあなたに合わせた剣を持ったほうがいいかしら」
『緊急手段の護身用なんだからカティーの負担にならない物でいいよ』
この会話を受けて、カテリナはメモリが異世界人であるのを改めて感じた。そんな彼女が自分に憑りついているのも、きっと意味があるのだろうとそんな気がした。
「……メモリ、これからは私の目的のために、あなたという存在を利用させてもらうわ」
『そんな悪役ぶって言わなくてもフツーに手伝うって。そもそもわたしに選択権ないし』
「それもそうね」
カテリナは立ち上がって着替えを始めた。かなりお腹が空いていた。
宿の1階は食堂であり、酒場である。階下に降りたカテリナは、まずは朝食を頼むべくカウンターにいるマスターに近づいた。
と、そのカウンター席で顔見知りが食事をしていた。
「お、起きてきたか。よかったよかった」
「レナード様!? なぜいるのですか!?」
「心配だったからに決まってるだろ? 学院をサボって来た」
彼は笑顔で硬いパンを噛みちぎった。
「お父君に叱られますよ。悪くすればブレイズ家名物油風呂刑です」
「あれはもう慣れた。それより、おまえが無事でよかったよ」
「あ、ありがとう……ございます……」
カテリナは申し訳なく縮こまった。
その姿にレナードはニヤリとした。
「それにしてもムカデを見て気絶するとは、おまえもカワイイところがあるな。あっはっはっはっ……!」
「……っ」
カテリナは真っ赤になって頬を膨らませたが、反論はなかった。
「さて、おまえの元気な姿も見たし、帰るとするか。無茶はするなよ」
「わざわざありがとうございました」
レナードはうなずくと目の前の食事を30秒で片付け、銀貨を置いて立ち上がった。
「ああ、そうだ。殿下にはどこまで話していい?」
「ご随意に。私はただの囚人ですから」
「……そうか」
レナードは宿を出た。外に待たせていた馬車に乗り、去っていく。
『宿の人にお金を渡していたのに、自分で見に来ちゃうなんて』
「それが三日兄様よ」
カテリナの眼差しは優しかった。
食事を終えたカテリナは、迷宮探索用の装備に着替えて本来の居住地である刑務所に向かった。
まっすぐ所長室へ行き、彼のデスクに金貨を5枚叩きつける。
「半年分の税金よ。では失礼」
唖然としている所長にかまわず、入室から7秒で退出。その足でドッグバリーの独房へと進む。
「きのうは世話になったわ」
挨拶もなく格子ごしに話す元公爵令嬢に、寝ていたドッグバリーは「なんだァ!?」とベッドから落ちた。
「いきなり声をかけてくんなっ。ビックリすんだろっ」
「それは失礼。こんな見晴らしの良い場所でプライベートを気にする方がいるとは思わなかったわ」
「……いいけどよ。もう大丈夫なのかよ」
「おかげさまでね。迷宮を舐めていたのがわかったわ。もうあんな油断はしない」
「そうしろ。ありゃあ、迷宮初心者でもなかなかない無様っぷりだったからな」
「……死にたいのかしら。オープン」
カテリナは魔術カードを呼び出した。
「冗談だ、じょうだん! 死ぬ前に学べてよかったじゃねーか。あれがもっと深いところだったら本当に死んでたぜ」
「でしょうね。クローズ」
「で、今日も行くのか? オレは行かねーぞ。金には困ってねぇ」
ニヤリとするドッグバリーに、カテリナは侮蔑の目を向けたが、その意味は口にしなかった。
「今日来たのは別件よ。はい」
カテリナは腰の小さな革袋をドッグバリーに投げた。彼は受けとると中身をベッドに落とす。いくつかの核石だった。
「きのうのあなたの取り分よ」
「くれるならもらっとくが、護衛の金はすでにもらってんぞ?」
ダイヤの売却金額160金貨の15%、金貨24枚がそれにあたる。
「それはそれよ。迷宮内で手に入れた物はパーティーで公平に分けるべきでしょう。さっきレナード様には渡しそびれたけれど」
ドッグバリーは感心するどころか呆れた。
「……ホントに貴族かおまえら? おまえやあの脳筋を見てると心配になってくるぜ」
「勝手に心配してなさい。では、行くわ。稼ぎたくなったら声をかけて。格安で雇ってあげるわ」
「高く買ってくれよ!」
「都合のいいときだけ来るようなカスには相応の金額しか出さないわよ。こういうのは普段の積み重ねが大切だと知っておきなさい」
背後で文句を並べ立てる犬を無視し、カテリナは本命の迷宮へと歩を進めた。
メモリは刑務所を出てからの、カテリナの鼓動の強さと速さを感じていた。
『きのうの今日だもんね。そりゃ怖いと思わなきゃウソだよ』
「虚勢すらはれないなんて惨めなものね」
カテリナは悔しかったが、それすらもメモリにはわかってしまうのだろう。余計に惨めな気分だった。
『あのね、カティー。強がる必要があるときは強がんなよ。でもここにはわたししかいないんだからグチったっていいんだよ? それこそカティーの中の「もう一人の私」だと思えば恥ずかしくないでしょ』
「あなたはどう考えても他人でしょうが!」
『「相棒」と呼びたまえ』
「あなたに実体があったら本気で関節の三、四か所外してるところよ」
『怖いこわい。その日が来るといいねー』
「あなたが消える前に絶対に果たしてあげるわ」
カテリナの拳は震えていた。恐怖ではなく、怒りによって。それにふと気付いて、彼女は一度深呼吸した。全幅の信頼はおけないが、赤の他人よりは信じられる存在がすぐそばにいる。17歳になったばかりの小娘にとって、それは救いであった。
「メモリ、迷宮でのあなたの仕事は私の目になることよ。私を俯瞰して、死角を埋めるように索敵する。できるわよね?」
『もちろん。最初からそのつもりだよ。不意打ちだけは喰らわないようにしなきゃ』
「それでいいわ。迷宮初心者の私たちにも強みがあるとすれば、死角を失くすことができる点よ。正面の敵だけに集中できれば、そう後れを取るとは思わないわ」
『でもやっぱり単独は無茶だよ。罠についてはどうにもできないし』
「あなた、壁抜けができたのではなくて? 窓のない馬車の外を見たでしょう?」
『あ、そうだった。壁や床の奥を見ればいいのか。それならできそう。そしたら部屋の中も偵察できるね』
「いいわ。これで迷宮攻略のメドもつく。今日はそのあたりを検証しましょう」
『地下1だけだよ? それ以下は一人ではダメだかんね』
「あなたに心配されるほど愚かではないわ」
『どうだか。カティーって完璧そうで、そうじゃない空気が漂ってるんだよね』
「どういう空気よ」
『ほら、今だってずっと声にしてるの気付いてないじゃん。まわりが変な目で見てるよ』
「……!」
カテリナは指摘されて視線を飛ばし、注目を浴びているのにようやく気付いた。
『さっさと言いなさい、バカ!』
『ごめーん』
反省の欠片もない声でメモリは謝った。
『絶対、反省してないでしょう!』
カテリナはその場を足早に離れていった。
迷宮に跳びこむように入ったカテリナは、まず一呼吸とった。きのうと違い、昼も過ぎているためか地下1階への階段前には誰もいなかった。が、もとより一人で降りるつもりであったカテリナにはどうでもよい。むしろ勧誘を断る手間が省けたというものだ。
それに、降りる前の予定もあった。
カテリナは階段には向かわず、後ろを振り返った。左右に伸びる壁を見渡す。そこには迷宮の情報が書かれた貼り紙が所狭しと並んでいた。古いものの上に重なるように新しいものが、破れた紙を補うように筆跡の異なるメモが紡がれている。その隙間には迷宮に来た探索者たちの名前が彫られていた。30年の歴史だった。
『カティーも名前彫っちゃう?』
「冗談でしょう? 自分で墓碑銘を刻んでどうするのよ」
『墓碑銘って……』
「未だ迷宮が攻略されていないということは、この名前の方たちは死んだか、諦めたがほとんどよ。現役なんてどれほど残っているか。私が名を刻むとしたら攻略後ね。ついでに銅像も建ててやるわ」
『そっか。それもそうだね――て、カティー、攻略する気でいるの!?』
メモリはいつもの三倍はある声量で叫んだ。カテリナは耳を塞ぐが効果はない。
「何をいまさら。攻略しなければ釈放されないでしょう?」
『いまさらって、そもそも聞いてないよ! 迷宮に潜って稼ぐんだと思ってたよ!』
「言ったでしょう、『実質、終身刑』と。宝箱を1000個開けたって64000金貨なんて無理よ。そうしたら選択肢は一つしかないでしょう」
『狂魔術師を倒して「青水晶の護符」を奪還する……』
「わかってるじゃない」
カテリナは鼻を鳴らした。
『そこまで本気で挑む気でいたんだ……』
「私が迷宮懲役刑を受けたのは目的があったからよ。メモリ、私に憑りついたことを後悔しても遅いわよ」
『……わたしが望んで憑りついたわけじゃないんだけど』
「いいえ、きっとあなたは導かれたのよ。私の下僕となるためにね」
『そんな導きイヤだー!』
絶叫するメモリをカテリナは笑った。慣れてくるとこのような会話もなかなかに楽しかった。公爵令嬢から降りたからこその経験だった。
「そういうわけで、迷宮の予習をはじめるわ」
カテリナは手近な貼り紙から目を通しはじめた。メモリも『情報は大事だもんね』といっしょに目で追っていく。もっとも彼女は文字が読めないので、魔物の絵を見るしかなかった。
「あなた、字は読めるの?」
『ううん。会話はできるけど、字はわからない』
「早く言いなさいよ。読んであげるわ」
『え、いいよ。時間かかるでしょ? カティーが覚えるなら大丈夫だろうし』
「情報は大事なんでしょ? 運命共同体なんだから、しっかり覚えなさい」
『うん、わかった』メモリはそう返事をしたあと、少しためらって言葉を続けた。
『カティーって真面目で勤勉だよね。いいとこのお嬢だってよくわかる』
カテリナはピクっとした。
「あなたまた、私をゲーム目線で見ているわね?」
『ごめん、それはなかなか抜けないよ。でもね、今のは素直な感想だよ。ゲームなんかじゃわからない、人間としてのカティーの凄さを感じたんだよ。いっぱい努力してきたんだなって、わかるんだよ』
「……す、数日ていどでわかるわけないでしょう!?」
カテリナは赤面して怒鳴った。直球で褒められたことなど、幼少期以来なかった。
『そうそう、そーゆー照れるとこがまたいいんだ。おぢさんに沁みるんだよ』
「意味がわかんないわ! それこそ真面目に取り組みなさい!」
『はーい』
「まったく」とこぼした後、カテリナは一枚ずつ貼り紙を読み上げていった。壁を一周するだけで三時間を消費していた。
「……さすがに疲れたわ。休憩して、それから地下に降りるわよ」
『うん、ゆっくり休んで。宿で買っといたお弁当でも食べたほうがいいよ』
「オベントー……? テイクアウトね。パンとハムだけよ」
『カティーって食細いよね。もっと食べないとこの先もたないよ』
「普段からこんなものよ? 夕食は品数も多くて良いものを食べていた自覚はあるけれど、量は多くなかったわ」
逮捕から裁判を待つ間も、この街に来てからも、もっとも驚いたのが食事だった。あまりの味と粗末さに、最初は嫌悪したほどである。だが空腹はプライドでは治まらない。自分がどれだけ恵まれていたかを痛感し、食べられることに感謝した。今も味覚には合わないが、だからといって食べられる以上は無駄にはしないつもりであった。
『プロポーション維持もあるし?』
「それもあるわね。あなたが思う以上に大変なのよ。ゲームと違ってね」
『ゴメンてばぁ。でもね、この先は体力勝負だと思うよ? 緊張とかストレスに負けない体を作っていかないとダメだよ』
「一理あるわね。一度にはたくさん食べられないから、回数で補おうかしら。保存のきく食事を持ち歩いたほうがよさそうね」
『そもそもカティーは持ち物なさすぎじゃない? とても迷宮攻略に行く装備じゃないよ。今だってそのカバンにお弁当とお金しか入ってないでしょ』
「そうかしら? 最長で12時間しかいられないし、強制的に1階に戻されるのだから、どうしようもなくなったら安全な場所を見つけて時間切れを待てばいいだけでしょう?」
『道中の心配もしようよ。迷宮で迷ったときの対処とか、デバフ……毒とか麻痺とか喰らったときの薬とか、光源や火の確保とか、罠を見つけたり、鍵開けする道具なんかもいるでしょ?』
「そういうもの? あなた、他の迷宮に潜ったことがあるの?」
『ゲームだったら100は超えるね!』
「……真面目に聞いて損したわ」
『わたしも真面目に言ってるよ! たしかにゲームだけど、知識は知識じゃん。試しに他の冒険者にも訊いてみなよ。どっちが正しいかわかるはずだよ』
「冒険者? 探索者のことね。ええ、そうしましょう」
もとより経験者から広く情報収集をするつもりであったので、カテリナは素直に提案をのんだ。
『ところで今ヒマだから訊くけど、さっき言ってた目的ってなに? 迷宮をクリアして終わりじゃないんでしょ?』
「それ、いま訊くこと?」
カテリナは驚いて喉を詰まらせかけた。
『やっぱ話す気ない?』
メモリははじめから期待はしていなかった。カテリナに仲間意識が芽生えていたにしても、深い信頼関係が結べたわけではない。時期尚早と言って流されるであろうとわかってはいたが、興味が先に走っていた。
「別にいいわよ」
『え、え、ええ! いいの!? そんなあっさり言っていいの!? 伏線じゃないの!?』
「なんの伏線よ? おかしなコね。言ったでしょうに、一蓮托生って。口だけにするつもりはないわ」
『カティーって男前だねー』
「それって褒めてないわよ!?」
『まぁまぁ。それで、目的って?』
「いくつかあるのよ。でも、目下としてはこれね」
カテリナはリュックから一冊のノートを出した。そこから挟まっていた紙片を抜き取る。姿絵だった。
『なんか渋くてカッコいいおじさんだね。ずいぶん古い絵みたいだけど』
「そうね、40年ほど前の肖像画よ。描いたのは私の祖母」
『これカティーのお爺ちゃん? なんか目が似てる』
「少し違うわ。この方は祖父の弟、大叔父にあたる方よ。次男だったので公爵家は継げなかったけれど、別の才能に恵まれた方だったわ」
『へぇ。ていうか、カティーの家系なんて、一般人に比べたらみんなどっか才能あふれてそうだけど』
「否定はしないわ。でも、この方は桁が違ったの。この国の歴史さえも変えてしまった人よ」
『そーゆー引っぱり方やめて。気になって夜も眠れなくなるから』
「あなた寝ないでしょう」カテリナは律義にツッコみ、その先は頭の中で続けた。周囲に誰もいないとはわかっていたが、聞かれたくはなかったからだ。
『彼の才能は魔術。王国に仕える最高位の魔術師にまでなった人。そして今は狂魔術師と呼ばれる迷宮の主となった人よ』
『な、なんだってー!!』
メモリは反射的にその言葉を出していた。
『私は彼に会いに来たのよ。答えを得るために』
カテリナはじっと手元の姿絵を見つめた。
おまけ
その後――
『あー、無理。ダメっぽい』
「もう少しがんばりなさい。ほら、全速力でぶち当たるの!」
『痛ー……くはないけど、やっぱり弾かれるよ!』
「気合とか根性とかでどうにかなさい」
『レッドじゃないんだから。わたし、脳筋じゃないし』
「……しかたないわね。結論、壁抜けはできない、と」
『厚い壁はダメっぽいけど、扉ならいけそうだよ。薄いし隙間もあるから……うん、いけた。でも壁や床の照明は反応しないから、構造とかどこまでわかるかな』
「魔法の光を飛ばすことはできるわよ。送るわ」
『ううん、いらない。どうやら床照明についても発見があったよ。人だったら死んでいても反応するっぽい』
「え、何を言っているの!?」
『部屋の真ん中が光ってるんだよね。で、その床の上に死体が一つあるの』
「魔物ではなくて?」
『そんなわけないじゃん。迷宮の魔物って斃すと消えるんでしょ? だからあれ、たぶんやられちゃった人だよ』
「こんな入り口近くで? 誰も見つけてないなんてありえるのかしら」
『近すぎるからじゃないの? とっくに荒らされてると思って入らないとか』
「考えられるわね。ところであなた、人が死んでいて、なぜそんなに冷静なの?」
『わたしが幽霊みたいなものだし、死への感覚が壊れてるんじゃないかな? そもそも、わたしがわたしを知らないから、実は死体なんか見慣れているような人生を送っていたのかも』
「……イヤな人生ね。ともかく放置しておくのも可哀想だし、部屋から出すわ。あまり触りたくはないけど、死者に対する敬意は失いたくないわ」
『地上に連れていかないの?』
「人を担いで階段を上がれるわけないでしょう? 廊下ならきっと誰かがやってくれるわ」
『そうだね。……魔物の姿はないよ。相打ちだったのかな』
「それじゃ、開けるわね」
『うわ! 扉を開けた瞬間、死体が動き出したぁ! ゾンビぃ!?』
「バカメモリ! 死体かどうかちゃんと確認しないから! オープン!」
『だってだって、この距離じゃわかんないよ! カティーからそんなに離れられないもん!』
「もう黙ってなさい! セット、ゴ……!?」
「……やべ、寝ちゃってたか。ちょっと休憩のつもりだったのにな。……ん? ああ、驚かせた? 悪い、すぐに出てくよ。もう一稼ぎしてレベル上げないと。じゃ」
『……』
「……」
『……こ、こんな……』
「『こんなところで昼寝するなぁ!」』




