5 迷宮・地下1階 5.15
迷宮・地上フロア。入口を入ると、反対の壁まで見える大広間だった。縦横100メートルのただただ広い場所である。それ以外の目立つ物は、広間の中心にある地下への階段と、右の壁際にある小さな部屋、その反対の壁にある魔獣の顔を模した石像だけだった。その石像は口が開いており、本来は地下水を汲み上げて流れるようになっていたらしく、水受けの小さなプールが下にあった。
十数人の先客がいた。数人でかたまり話し合いをするグループもいれば、単身で階段前にたむろしている者もいる。
「特定のパーティーを組まねェで、ああやってその日のメンツを集めてンだ。二、三人ひっぱってくか? 盾にはなるぜ」
ドッグバリーの提案にカテリナは「いいえ」と首を振った。
「今日のところは力試しが主目的よ。それに低階層もこの人数でこなせないようでは、先行きは暗いわ」
「まぁ、たしかにな。どこまで目指すか知らねーけど」
ドッグバリーは頭をボリボリと掻いた。
「お、なんだこれは?」
レナードは先ほどから落ち着きなく内部を見渡していたが、壁にびっしりと貼られた紙に気付いた。そのほとんどは魔物の姿絵と文章が書かれていた。
「迷宮に出る魔物図鑑だ。迷宮に挑んだヤツらの遺産だな。他にも各フロアの特徴やら、罠についての説明なんかも貼ってあるぜ。ヒマなときは見ておくんだな」
ドッグバリーの口調は珍しくおどけていなかった。彼自身がこの情報に助けられた経験があるからだ。
「ついでに迷宮の基礎を教えてやろうか? 情報料に金貨1枚でどうよ?」
「けっこうよ。一通りは予習してきているわ」
「言ってみろよ。足りない情報があれば売ってやるぜ」
「いい提案ね」そう言ってカテリナは床に視線を落とし、石畳の整然さを指摘した。
「迷宮の大きさは縦横およそ100メートル。これは地上から最下層とされる地下10階まで同じと言われているわ。重要なのが、各フロアは30×30ブロックで構成されている点ね。それはこの地上部分も例外ではないわ」
カテリナが指を差し、石畳の境目をなぞる。3メートル四方の床と、その間を埋める30センチ幅の石。それが歪むことなく交互に並んでいる。
「迷宮はこの30センチ幅の部分が壁や扉に変化することで構成される。朝10時の段階で毎回変化し、その法則性はないと考えられている。そして斃した魔物はもちろん、宝箱や罠も復活する」
「知ってて当然の範囲だな」
ドッグバリーはニヤっとした。
「地下5階より下層に進む場合、あそこにある魔術転送機で降りるしかない」
カテリナが右壁の小部屋を見た。ドッグバリーとレナードもつられるように視線を移す。
「そのためにはどーすんだ?」
「地下4階にいる魔物から『青水晶の欠片』を手に入れる。それが転送機の使用条件ね。ただ、地下6階以下に転送機で行く場合は、一度は階段でそのフロアに降りることが条件になる」
「よくできました。だが、宝箱についての知識は足りないようだな」
「知っているのは宝箱には必ず罠が仕掛けられていること。そして箱に入っている武具は魔力を帯びた物であること、だけね」
「銀貨30枚で追加情報だ」
「いいわ」
カテリナは気前よく30銀貨払った。
「空になった宝箱は自然に消えるが、その前に適当な武具を入れておくと、次に開けたときに魔力を帯びた武具に変化する」
「そんなことがあるのか?」
レナードが訊き返す。ドッグバリーは予測していた反応に満足した。
「あるんだよ、これが。宝箱も再構築のときに配置がかわる。そう、配置がかわるだけで、中身は保留されるのさ。そして中身は放置されてる時間が長いほど魔力を帯びていく。迷宮の再構築の影響なんだろうがな。だから放置期間が長いほどスゲェお宝武具になるってわけだ」
「それが以前に入れた物となぜわかるんだ?」
「試したヤツがいるからに決まってんだろ。名前を彫るとか、目印をつけるとか、やりようはあんだろうが」
「それでは名前を書いておいた人の所有物になってしまうのではないの?」
「名前なんざ削りとりゃいいだけだろ。だがまぁ、発見当時は相当もめたらしいからよ、所有権は発見者にってのが暗黙の了解になったな。そうでなけりゃ、誰も空箱を埋めようなんざしねーからな」
「そうね。いつ自分に幸運が巡るか知れないもの」
「そういうこった。だから迷宮に入るときは常に予備の武具を持っていくといいぜ。お互いさまってヤツさ」
ドッグバリーは殊勝なセリフを小馬鹿にしながら言った。
「うまくすれば、最高級の武具も低層階で手に入るのか。一攫千金だな」
「ところがそううまくはないのさ。どうやら各層ごとに配置が区切られているらしい。地下1で埋めた宝箱が地下2階より下で見つかることはなく、地下2階で埋めた箱も1階では出てきたことがない。下層ほど魔力付与が強くなる傾向があるらしいから、いい武具が欲しけりゃ深く潜れってことだな」
「うまくできてるわね。できすぎなくらい」カテリナはしばし考えに浸ったが、無駄な思案は切り上げて現実に戻った。
「ともかく行きましょうか。座学は飽きたわ」
先陣を切る女勇者に、悪党と騎士がついていく。
階段を降りようとする三人に便乗を申し込む者もいたが、カテリナは「けっこう」と一刀両断した。
50段ほど降りる。地下は闇のように暗いのだろうと思っていたカテリナだが、床や壁がほのかに光を放っていた。
「ブロックの継ぎ目から光が溢れている?」
地上エリアと同じように、3メートル四方の石と、30センチ幅の石が整然と並んでいる。その合間が光を出していて、わかりやすい構造をよりくっきりさせていた。しかし光は1ブロック先までしか溢れておらず、2ブロック先は暗かった。
「迷宮の不思議その1だ。人のいるブロックと周囲1ブロックだけが自動的に光りやがる。試しに次のブロックに移動してみろ。大丈夫だ、罠はねぇ」
ドッグバリーの言葉に従って、レナードがカテリナを抑えて踏み出す。たしかにレナードのいるブロックの次ブロックも光りだした。
「おもしろいな。明かりがいらないのは助かる」
「チ、迷宮じゃ常識すぎて金を取りそびれたぜ」
ドッグバリーは、無知な二人からせしめる機会を見逃していたのを悔しがった。
「もっとも探索するには明るさが足りねェから、松明かランタンがいるんだがな。どうせ持ってねーんだろ?」
ドッグバリーは持ってきたリュックから松明の束を取り出した。が、カテリナが「いらないわ」と彼を見ずに答えた。
「【光】よ」
ささやく彼女の手のひらに、一握り程度の光の球が三つ浮かんだ。
「魔術か」
感心するドッグバリーに、カテリナは「違うわ」と返し、三人の頭上に一つずつ定着させた。2ブロック先まで照らしている。
「魔法よ。光の加護の顕現」
「魔法? 魔術と違うのか?」
ドッグバリーは魔術素養がないと判定されていたので、妬みもあって魔術について学んでこなかった。学ぶための金もなかった。
「教えて欲しい? なら情報料をもらわないとね」
「ケッ、知りたかねーよ! どうせ使えねーもんだからな」
「冗談よ。軽く講義してあげるわ。それに、魔術は素養がいるけど、魔法はどうにかなるものよ」
「なんだァ、そりゃ」
「魔法というのは正式には『精霊元素魔法』といって、精霊の加護を具現化させたものをいうのよ。私は地と光の加護を受けているので、このような光を出すことができる。ここまではわかるかしら?」
「おう、さすがにな。だがよ、オレは水属性とか言われたが水を出せたことはねーぞ」
「やる気の問題ね。自分の中で完全にイメージできないと加護は働かないわ。それと、魔法は属性に結びつく力しか出せない。そこで研究を重ね、誰でも使えるようにしたのが『魔術』よ。魔力の法則ではなく、魔力の術なの。そうして誰でも複数属性を操れるようになって、ついには複合させる技術を編み出した。例えば『雷』や『炎の竜巻』などね」
「待てよ、誰でもといったが、素養がなきゃダメなんだろ? 誰でもじゃねーじゃねェか」
「魔術素養というのは魔力量なのよ。これが少ないと術が発動できない。量の差異はあるけれど、誰でも魔力は持っているものよ。だから小さい力の魔術ならたぶん使えるわ。ただ、魔術協会は平民に教えるのをよく思っていないから、『使えない』と烙印を押すのよ」
「なぜだ? 平民だろうと指導料が取れるならいいだろう? それにオレも魔術は素質ナシと言われたぞ」
レナードが訝し気に口を挟んだ。彼はそれによって魔術はあきらめたが、炎精霊の加護による炎の魔法は剣技に直結させることでイメージが完成し、発動ができた。
「私が視るかぎり、レナード様は本当に魔力が少ないのです。ですから無駄なことに時間やお金をつぎ込むより、剣を学んだほうがいいと判断されたのでしょう」
「たしかに、それならすっぱり諦めもつくか」
レナードは腕組して納得した。
だが、ドッグバリーはそうではなかった。
「じゃあ、ホントにオレでも魔法……じゃなかった、魔術が使えるんだな?」
「ええ。でも加護を受けている年齢なら、まずは加護を使いこなせてからのほうがいいわよ。そのほうが魔術を使うにも応用がきくわ」
「教えてくれ! どうすりゃいい!?」
乗り出してくる囚人に、元令嬢は顔をしかめて数歩下がった。
「思った以上に喰いつくわね。言ったでしょう、イメージよ。自分が水の加護を受けていると信じること。形にすること。その年になると頭が固くなってうまくいかないでしょうけど」
「わかった! やるぜェ、オレだって魔法くらいやれる!」
「……ふぅ、子供かしら。ちっとも先に進まない。行くわよ。ドッグ、先を歩きなさい。その嗅覚で罠を見つけるのよ」
「ドッグバリーだ、犬じゃねぇ!」
ドッグバリーは叫びつつも、機嫌がいいので歩き出した。道は一本しかないので直進する。
「にしても、本当にきっちりとしているな。ブロックごとのラインが見える。壁も平だし、狂魔術師は何を考えてこんな迷宮を造ったんだか」
レナードが壁に触れてみる。ざらつく感触もない。
「そうは言っても30年間攻略されていないのよ。見てくれに騙されないように」
「そうだぜ。逆に考えろ。こんだけキレイな床と壁だ。違和感を探すのがどんだけ難しいかわかるか? この迷宮で怖いのは魔物よりも見えない罠なんだよ。何もないと思えるこの一歩先に、落とし穴があるかも知れねェんだ」
ドッグバリーが長い杖で床を叩きながら言った。
レナードは唾を飲みこんだ。
「……とはいえ、まずこのフロアに罠はねぇ。絶対じゃねーが、今までの経験と情報がそう言ってる。だから探査はしてるが、進みは早いだろ。慎重に行くなら、1ブロックに10分はかけるところだ」
カテリナは感心した。
「あなた、思ったより使えるわね。雇った甲斐があるわ」
「まぁ、ついでにいうと、今日はすでに何人も迷宮に入ってんだ。この一本道を通ってないわけがねぇ。安全はほぼ確保できてんだよ」
「それでも一応調べるのは大したものよ」
「死にたかねーからな」
ドッグバリーは床に続いて壁も叩いた。
そうした作業を二時間ほどこなし、地下1階のほぼ半分のエリアを踏破した。その間に遭遇したのは、三組ほどの別パーティーだけだった。たがいに警戒はするが、戦闘意思を見せなければ挨拶して別れる。交換するような情報も、せいぜい「この先は行き止まり」くらいである。
「地下1はこんなもんだ。先行したパーティーが魔物も斃しちまうから、明日までエリアは平和になっちまう」
「当然、宝箱もないか」
「最優先よ。どうだい、お嬢、満足したか?」
ドッグバリーがニヤニヤしながらカテリナを見ると、彼女はかなり不機嫌だった。ドッグバリーもレナードも理由はわかる。
「するわけないでしょう。宝はともかく、魔物との遭遇もないのでは腕試しどころではないわ」
「そうだろうな」
ドッグバリーは予測される次の言葉もわかっている。
「地下2階に降りるわよ」
「オレはかまわねェが、騎士殿はどーすんだよ?」
「騎士ではないが、放っておくこともできまい」
レナードは肩をすくめたが、彼自身、何もなさ過ぎてつまらないと感じていた。それこそ腕試しをしたい気持ちはカテリナ以上にあった。
「では行きましょう。階段は先ほど通り過ぎたわね」
カテリナは綺麗にターンをして、来た道を戻った。
「おい、完全に魔物が斃されてるかなんてわかんねェんだっ。勝手に行くんじゃねェ!」
ドッグバリーが慌てて追いかけ、追い越す。
「気が利くこと。明日からも頼むわよ」
「誰が来るか! ……金がなくなったらやらねェこともねーけどよ」
「それでいいわ」
カテリナは薄く笑ってドッグバリーの背中を見た。
「オレも付き合いたいところだが、毎日は無理だな」
「レナード様に頼むつもりはないわよ? あなたはご自分の責務と将来があるのだから、まずは学院を無事に卒業なさいな」
「……そうだな」
レナードは間を挟んでそれだけ言った。
地下2階への階段を感慨もなく降りていく。
風景は何も変わらず、風もなく、音もない。闇の迷宮が四方の通路となって伸びていた。
「選び放題だな」
「2階に降りる探索者はけっこういるのか?」
「1階での稼ぎ次第だな。地下2も大した魔物は出ないが数は多い。つまり稼げるってこった」
「ここもすでに荒らされてるか。3階になるとどうだ?」
「やめとけ。初心者の行くところじゃねェよ。本格的に罠も増えるし、敵も厄介になる。初心者卒業の腕試しが、そのまま人生卒業になるところだぜ。腕のいいトラマスは必須だ」
「トラマス?」
「罠師だ。話の流れとニュアンスでわかんだろ」
ドッグバリーは「これだから貴族サマは」と呆れたジャスチャーをする。
レナードはムカっときたが、大人げなく怒鳴ったりしない。堪えて質問を続けた。
「……そういうおまえはどの程度なんだ? トラマスとやらなのか?」
「オレが? 業界ナメんなよ? オレ程度がトラマス名乗れんなら、今ごろ引く手あまたでうっはうっはだぜ。ヤツらに比べたら、オレなんぞ小手先のイカサマ師みたいなもんよ」
「たしかに小手先のイカサマ師だったわね」
カテリナのツッコミに、ドッグバリーは「ぐっ」と唸った。
「でも、そう……。この先は良い人材を集めないとならないわね」
考え込むカテリナの背を、レナードは軽く叩いた。彼にしては、である。
「今は考えても仕方ないだろ。まずこのフロアを攻略する。それができないうちから考えることではない」
「……正論ですけど、背中が痛いわ。本当にレナード様は脳筋ね」
「だろ? 悩みが少なくていいぞ」
笑い声がデカイ。
「迷宮で騒ぐな! 敵が来んぞ!」
ハッとしてレナードは黙った。周囲をうかがうが、気配も足音もない。
「大丈夫のようだな」
「勘弁しろよ。頼むから遊び気分はやめてくれ」
「すまんな、ドッグ。気を引き締めていこう」
レナードは表情を固くして改めて剣を握りしめた。
そのそばでドッグバリーはポカーンとしている。
「……おい、お嬢、あいつ何なんだ?」
「なにが?」
ドッグバリーの問いが、珍しくカテリナにはわからなかった。
「あのボンボン、平民に……いや、囚人にあやまったぞ?」
「ああ。そうしたかったのだからいいのよ。三日兄様は脳筋だから深く考えていないわ」
「脳筋でも貴族だろ!?」
「私があなたごときと普通に話しているのも、あの人との長い付き合いの影響よ。でなければ、鞭で叩いて従わせているわ」
「だろうな」
それはすごく納得できた。
「気になるのなら、この場だけと思えばいいわ。ここではあなたが唯一の迷宮経験者よ。指導を受ける側の当然の礼節だわ。さ、わかったら先を歩きなさい。一番初めに死ぬのもあなたの役目なのだから」
「おまえなぁ……」
ドッグバリーは感情をかき回されながら、自分の嗅覚に従って東の道を選んだ。
地下1階よりも慎重に進み、30分かけて手近な扉の前にたどり着いた。
扉にそっと寄り、ドッグバリーは聞き耳を立てる。明らかに何かが動く音がする。
1ブロック戻り、彼は二人に結果を報せた。
「何がいるかまではわからないか」
「わかるかよ。ヤツら、生物であって生物じゃねーからな。生活や会話なんぞねーんだよ」
「考えてみれば厄介ね。ある種の生物に姿は似ていても、習性や能力がまったく違うこともありえるのね」
「いや、そのへんは似ているぞ。ただ、ヤツらは考えたりも、逃げたりもしねぇ。最後の1体が倒れるまで襲ってくる。ただ、連携はうまくねぇから、作戦なんてないのが助かるがな」
「なにがいるかもわからないのでは、こちらも戦術が立てられないぞ」
「迷宮に模擬戦はねーよ。毎回実戦死線最前線だ。これくらい乗り越えられなくて、先に進めると思うな」
「たしかに。おかげで覚悟が決まった。さて、どうするカテリナ?」
「部屋の大きさもわからないし、敵の数もわからない。広くて多かったら押し込まれて終わり。だけど後背の心配はまずない。通路で迎え撃つなら狭さを活かせるけれど、音に気付いて周囲から敵の増援があるかもしれない。一長一短ね」
あごに手を当てて考えるカテリナに、レナードは「それじゃ決まりだ」と肩を回した。
「おい、どこ行くんだ!?」
「どちらの策も迷うなら、先制攻撃が一番だろ? ダーッっと行って、ドンッと倒して、パパッと片付ける」
ドッグバリーに答え終わる前に、レナードは扉を蹴り開けた。
「脳筋か!」
ドッグバリーは慌てて剣を抜き、カテリナはポカンとしたのち微笑んだ。
「さすが三日兄様……いえ、三歩兄様ね。鶏並みの頭だわ。……オープン」
カテリナは悠然と歩きながら、目の前に六色のカードを顕現させた。それが彼女の魔術発動準備である。
レナードは開け放たれた扉の奥に、犬の頭を持つ人間を見た。身長は自分の肩までもないが、筋肉質なのはわかった。粗末な剣と盾と、鎧をまとっている。『コボルド』と呼ばれる亜人種である。迷宮以外で出遭うコボルドは、人間に対して中立で友好的でも敵対的でもない。しかし、迷宮のコボルドは思考を持たない敵だった。
「コボルド7だ!」
レナードは端的に伝え、踏み込んだ。
「メチャクチャじゃねぇか! 自分から多数の敵に突っ込むのかよ!」
「脳筋だもの」
カテリナは二秒遅れで扉の前に立つ。そのころにはすでに1体のコボルドが天井に弾かれて絶命していた。血の雨が降るかと思ったが、砂のように崩れて消えた。
彼女の足もとに黒い小石が転がってきた。核石だった。
「本当に生物じゃないのね」
カテリナは核石を一瞥して目の前の戦場を観察した。レナードは大きく剣を振り、コボルドを近寄らせない。彼は脳筋ながら、自分なりの作戦を実行していた。斃せるなら斃す。斃せないときは周囲を利用して斃す。そして最後はぜんぶ斃す。という作戦だ。
カテリナは二番目の『利用される周囲』が自分であるとわかっていた。
「まったく、子供のままね。セット」
彼女の右手が白の、次に黄のカードに触れた。
「オーダー6、ゴー」
カードが点滅し、それぞれの色の光が合成され撃ちだされる。それが連続6回。
光の矢が高速で残ったコボルドに突き進む。それぞれが頭を貫き、肩を抉り、腹を掠め、背中を刺し、両足をまとめて切り裂く。残り一本の矢はコボルドの盾に当たり、穴をあけた。
コボルドたちは突然の攻撃に判断を鈍らせた。戸惑う、ということはないのだろうが、行動の優先順位を計算する時間は必要なようだった。
その隙を、10年以上近接戦闘術を学んできた戦士は見逃さない。5秒をかけず、コボルドだったモノが小さな黒い塊に変わった。
「さすがですわね、レナード様」
「おまえもな。いつの間にやら、恐ろしい魔女になっていたか」
「褒めても何もでませんわよ」
ニヤリと笑みを交わす二人に、ドッグバリーは唖然とした。低層の魔物とはいえ、まさかこうもあっさりと斃すとは思わなかった。普通なら魔物との初実戦ともなれば気後れくらいはするものだ。それがこの二人にはまったくの躊躇がなかった。殺し慣れてやがる、と重犯罪者は悪寒を感じた。
「部屋にめぼしい物は……というか、何もないな。核石だけか」
レナードは拾い集めてカテリナに渡した。全部で7つ。大きさはほぼ一緒だが、多少の誤差はある。
カテリナは腰の革ポーチにそれをしまった。
「敵が来る気配はないわね。スタンバイ。次に行くわよ」
「お、おう」
彼女の指示にドッグバリーは通路に出て歩き出した。が、カテリナが出している六色カードが気になってしかたがない。
「……興味津々ね。このカードが私の魔術のタネよ。人によって違うものだから、見たことがなくても当然だわ」
「他の奴は、だいたい呪文を体に彫り込んでるな」
「刻印魔術ね。あれは良し悪しなのよね。処理は高速で安定するけれど、彫り込んだ部位を欠損すると使えなくなるのよ。当たり前のことだけど、実戦では困るわ」
「ああ、なるほど、そうか。で、それは出しっぱなしなのか?」
「消せるわよ。でも、一度戦闘になったからには、この先にも魔物がいるということよ。出したりしまったりしていられないわ。待機モードでも微量に魔力を消費していくから燃費はよくないのだけれどね」
「そうだな。この先は臨戦態勢で進むべきだ」
「あなた、外見に似合わず用心深いわよね」
「言ってろ。生きるための知恵だ」
探索作業に集中するドッグバリーに、カテリナは彼を鍛えるのもアリかと考えていた。
休憩を挟んで三時間弱、その間にコボルド5体、苦戦しながらオオコウモリを14体斃した。が、探索もそれで終わりとなった。迷宮が大きな環状を描いていたらしく、他のパーティーと正面から遭遇。情報交換の末、先の探索は無意味となりそうであった。そのパーティーも結論は同様らしく、早々に引き上げていった。
「宝はなかったが、戦闘経験は積めた。今日はよしとすべきだろう」
「賛成だ。これ以上は疲労が溜まるだけだ」
レナードとドッグバリーの提案をカテリナは認めた。
「そうね、引き上げましょう。コウモリ相手に魔術を使いすぎたわ」
空を飛ぶ相手では戦闘も勝手が違う。毒持ちのため、慎重にならざるを得ないのもやり難さの原因だった。
初日の探索は終わった。その油断があったのだろう。まだ終わっていないにも関わらず、敵は一掃されたと迂闊に信じてしまった。誰も保障などできないのに。
地下2階から地下1階へと上がる階段に足をかけたとき、カテリナの脳内に声が響いた。
それを理解する前に、彼女は腰の剣を抜いていた。そして、天井に向けて伸ばしていた。
彼女の眼前にいたのは巨大なムカデだった。その牙が彼女の頭蓋を砕こうと大きく開いていた。その眉間に、彼女の剣は刺さっていた。
割れたムカデの頭部が砂と化していく。核石が床に転がった。
カテリナは青ざめ、その場にへたり込んだ。
「大丈夫か!」と問いかけて来る男二人に、彼女は答えられなかった。足が、手が震えていた。死んでいたかもしれないと、彼女はわかったからだ。その急激な精神的ストレスに、カテリナは気を失った。
彼女が次に目覚めたのは、牢屋よりはマシなベッドの中であった。
おまけ
カテリナのカード魔術……6精霊を象徴する色のカードで呪文を構成する。緑が地、青が水、赤が火、黄が風、白が光、黒が闇。カードのタップ順で発動する魔術が変わる。最初は主体となるもの、次以降が補助するものである。「オープン」でカードを出す。「セット」で魔術を創る。「オーダーn(数値)」は魔術の発動回数。「ゴー」で実行。「クローズ」でカードを消す。「スタンバイ」で待機モード。「キャンセル」はセット中の魔術のキャンセル。「ゼット」はセット中のコマンドを一つ戻す。「オーダー」は指定しなければ1回とみなす。一度「セット」すると、「キャンセル」か「ゼット」、「クローズ」するまで内容は保持される。「セーブn」コマンドは「セット」後に使用され、あらたに「セーブ」されるまで「セット」された魔術を保存する。「クローズ」されても内容は消えない。「ロードn」で呼び出すこともできる。数は10個まで。




