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悪役令嬢は聖女なので迷宮懲役囚になりました  作者: 広科雲


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4 エンキドゥの酒場 5.15

 カテリナはボッター商会会長クルー・ボッターといくつかの取り決めと契約をし、店をあとにした。ドッグバリーはさんざん待たされたあげくに山ほど買い物袋を持たされたが、文句の一つも口にしなかった。約束の報酬、160金貨(リスル)の15%にあたる24金貨も荷物とともに渡されたからだ。

「ボッター様から宿を紹介してもらったわ。そこに荷物を預けたら食事にしましょう。もちろん私がご馳走するわ」

 ドッグバリーはさらに機嫌が良くなった。

 宿は商会からほど近い場所にあった。商会の常連客や取引相手がいる高級宿ではなく、従業員や隊商が利用する一般的な宿である。これはカテリナが望んだことであって、ボッターが高級宿の紹介を渋ったからではない。カテリナは大金を持つ身であっても、囚人であるのを忘れてはいない。囚人が高級宿を使えば宿の評価は下落するだろう。ボッターの紹介となればなおさら、彼の店の信用にも関わる問題となるからだ。ただ、荷物や所持金すべてを持ち歩くわけにはいかないので、防犯対策だけはことさら厳しい宿を頼んだ。

 ボッターの紹介状を宿の主人に見せると、最上階の部屋へと案内された。階段は面倒ではあるが、そのぶん安全性も増す。扉と窓の造りや鍵をチェックし、防犯の最低ラインは満たしているようなので契約した。カテリナは半年分まとめて金貨8枚を出す。計算では5枚でもお釣りがくるのだが、紹介してくれたボッターに恥をかかせないための心付けであった。宿の主人は単純に喜び、当初は囚人である彼女を複雑な顔で迎えたが、今は常連に向けるような顔になっていた。

 ドッグバリーを階下で待たせ、カテリナは着替えをして降りてきた。タリアからもらった服ではなく、厚手の麻布のシャツとズボン、その上に薄手だが硬い革の鎧、ブーツはつま先と甲に鉄板が貼られた物、さらに脛当てをつけていた。革の兜が、短剣とともに腰にぶら下がっている。背中のリュックには携帯食料や水筒などの道具が詰まっていた。

「なんだその格好、迷宮に行くつもりか?」

「当たり前でしょう? 迷宮懲役囚なのだから」

 気負いもせずにカテリナは答えた。

「金はあるんだ。当分は遊んで暮らせるだろうが」

「私は迷宮街(ここ)へ遊びに来たわけではないの。どこか探索者の集まるところへ案内して。そこで食事にするわ」

「……いいけどよぉ、お貴族様のピクニックじゃねェんだぞ」

「そうね。覚悟して行くわ」

 「このお嬢はまったくよ」バリーは頭をかきながら宿を出た。中層エリアのほうへと歩いていく。

『ドッグも言ってるけど、本気?』

『あなたまで何を言っているの? 遊んでいても何も解決しないわ』

『いや、だからこそ頭のいいカティーなら、商売でも何でも頭脳労働で稼げると思うんだけど』

『そうね、五年計画ならそれも可能よ。でも、時間がないの。遅くとも一年以内に決着をつけなくては』

『商会でも言ってたけど、一年後に何が起きるの? ゲームではエンディングのあとになっちゃうからわかんないんだよね。ファンブックにも設定集にも書かれてないし』

 カテリナはイラっとした。

『頭にこびりつく「うるさ虫」に話しても仕方のないことよ。ともかく邪魔だけはしないでちょうだい』

『……映画――芝居でもよくあるけどさ、もっとちゃんと話そうよ。話せばいろんな可能性があるってわかるはずだよ。なんでみんな自分だけ知っていればいい、黙ってるほうがいいみたいに考えるんだろ。それもう絶対バカだよ。観客はイライラするだけだって理解すべきだよ』

『なぜですって? 簡単なことよ。あなたをまったく信頼していないからよ』

『……あー、そーですかー。さすが悪役令嬢。自分一人の世界だと思っていればいいよ』

 メモリはそれきり黙り込んだ。

 どうせすぐに飽きて騒ぎ出すと思ったカテリナだが、メモリは心を閉ざしたように沈黙を続けた。

「ま、それならそれで静かでいいわ」

「なんか言ったか?」

「まだかと訊いたのよ」

「もう見えてる。酒場の看板はわかんだろ? エンキドゥの酒場。このへんじゃ一番デカいところだ。迷宮探索者のほとんどがここからはじめる。古参酒場の一つだな」

 説明をする間に店の前に着いた。

 ドッグバリーがスイング式の扉を押し開けて入っていく。カテリナも続いて一歩踏み入ると、酒と煙草の臭いが鼻を衝(つ)いた。視界も煙と光量不足のため、悪い。

 一斉に視線が刺さる。場違いな美女の登場は、男たちの興味と想像力を様々に刺激していた。が、先を歩くのが囚人頭のドッグバリーとわかると、カテリナを情婦と決めつけ、舌打ちがダース単位で発生した。

「いい女を捕まえたな」

 空いていたテーブルについた二人に、となりのテーブルの男が下卑た笑みを浮かべて言った。

「だろう? だがこれでも囚人で探索者なんだぜ? 見てわかるだろうがな」

「ああ、わかるさ。来たばっかだろ? そんなキレイなおべべ着てるんだからよ」

 男は声にして笑った。

 ドッグバリーは適当に流し、常連客と戯れているウェイトレスを呼んだ。面倒くさそうにやってくる女性に、ドッグバリーは適当な食事と酒を二人分頼む。彼女はやはり面倒そうに「あいよ」と答え厨房のほうへ消えた。

「期待はすんなよ?」

 ドッグバリーがカテリナにいちおうの忠告をする。もとより口に合う食事など彼女も期待はしていない。この先、しばらくはこの街独特の料理を食べることになるのだ。その手始めに過ぎなかった。そうして届いたのは、硬いだけのパン、冷めきった鶏のソテー、塩味だけのスープ、そして濁った臭う酒。期待はしなかったが、最悪を極めていた。

「どうよ?」

 ニヤニヤするドッグバリーに、カテリナは眉根を寄せただけであった。

 カテリナはパンを引き千切りながらも、周囲の会話に耳を立て、人物を観察した。埋もれている情報と使えそうな人材を探すのに余念がない。もとより一人で迷宮に潜ろうとは思っていない。彼女は魔術を扱えるが、すぐに行き詰まるのは目に見えていた。だが、彼女の観察眼もこのような場面ではあまり役には立たないようで、誰を見てもそこそこ強そうとしかわからなかった。手合わせをすればもう少しわかるのだろうが、お試しで百人組手をするつもりはない。

「……ここにいる中で、もっとも強いと言われるのは誰かしら?」

 カテリナはドッグバリーに小声で訊いた。

「ああ、それなら反対の壁の、あのテーブルを見ろ。あの五人がここの顔だな。地下9階に行ったことがあるらしい」

 若い戦士と全身甲冑の大男、術師らしい男女、軽装の男が一人。なるほど、一目で普通とは違うとわかる武器を持っている。迷宮の宝、魔術武具だった。

「ヤツらのところに入るつもりか?」

「選択肢の一つね。でもまだ早いわ。私の力が迷宮でどれだけ通用するかもわからないのだから。ベテラン・パーティーに混ざろうなんて無謀もいいところよ」

「ちゃんと身の程をわかってんじゃねーか。おまえのことだから自信たっぷりにアピールをはじめるかと思ったぜ」

 ドッグバリーは笑ったが、冗談のつもりはなかった。

「でも、情報を得るにはやはり最上からね」

 口もとを拭い、カテリアは立ち上がった。

 と、新たな珍客がやってきた。

「こいつはツいてる。まさか初日で遇えるとは思っていなかったぜ」

 やたら意匠の凝った革鎧の男が入ってきた。燃えるような赤毛の、長身で若い美形だった。背中の短槍と腰の長剣も無駄にきらびやかで、平民の出とは誰も思わなかった。

 彼を見た瞬間、カテリナは驚いたが、より動揺したのはメモリであった。沈黙を続けていた彼女が、思わず『あ!』と声を漏らしてしまうほどである。彼女はまたすぐに黙り込んだが、カテリナにはメモリが慌てて自分の口を手で塞いだのがイメージできた。

『メモリ、彼を知っているようね?』

『……』

『レナード様をなぜ知っているの?』

『……』

『おそらくゲームとやらの知識なのでしょうけど』

『……』

 メモリはそっぽを向いて答えなかった。彼を知っていたのは、カテリナが予測するとおりゲーム知識である。レナード・ブレイズ――通称レッドは攻略対象キャラクターの一人だった。武門として名高いブレイズ伯爵家の長子で、いわゆる豪快脳筋キャラである。魔術は使えないが、火の精霊加護を用いた技とキレは『炎刃(えんじん)』の二つ名で呼ばれるほどである。

 彼は真っすぐにカテリナのもとに進んだ。

「カテリナ、訊きたいことがある。来い」

 レナードが場も空気も読まず大声で告げたため、場と空気が濁りまくった。あの悪逆令嬢カテリナ・アーモニアと知り、周囲の視線は彼女に集中した。

 当のカテリナは意に介さない。どうせ遅かれ早かれ周知されることである。

「お久しぶりです、レナード様。お話でしたらここでうかがいますわ」

「こんなところでできるか。わかるだろう」

 二人はたがいに、緊張というより不愉快な顔をした。

「……しかたありませんわね」

 折れたのはカテリナだった。昔からレナードに対して弱みがあり、それは貴族社会から追い出されたといって消えるものではなかった。

 カテリナはテーブルに食事代の銀貨を並べてから、彼の脇を抜けて外へ出た。レナードは当然のように、ドッグバリーは慌てて後を追った。

「ちょうど行くところがあります。そこなら邪魔は入りません。歩きますが、よろしいかしら?」

「わかった。で、この男は?」

「従者です」

「誰が従者だ!」

「なるほど、こんな街ではこんな者しかいないだろうな」

「ンだと、コラぁ!」

 仲のいい二人の男をおいて、カテリナは速度を上げた。

 彼女は門をくぐり、さらに進んで予想外の場所で止まった。

「ここは――」

「迷宮じゃねェかよ!」

「そうよ。ここなら邪魔は入らないでしょう?」

「ふざけんな、オレは付き合わねーぞ!」

 ドッグバリーが怒鳴るが、カテリナは澄まして言った。

「今日は護衛も頼んだわよね? 代金も支払い済みよ」

「ぐ……。いや、街の中はともかく、迷宮は聞いてねェぞ!」

「街だけとも言ってないわ。護衛は護衛、従ってもらうわよ? それとも契約不履行でお金を返していただけるかしら? 違約金も発生するわね。等価として24金貨の支払い義務があるわ」

 契約書もないのにカテリナは強気で言い切った。

「……この悪魔め。わーったよ! だが地下1だけだからな! それ以上は降りねーぞ!」

「ええ、それでけっこう。感謝するわ」

「口だけの感謝なんざいらねーよ」

 ドッグバリーは唾を吐き、「準備してくらぁ」と刑務所に一旦戻った。

「時間もできましたので、彼が戻るまでお話をうかがいます」

 カテリアはレナードに向き直った。

「オレはきのうの裁判にも、それまでのおまえの行動にも納得がいっていない。どういうつもりだ?」

「相変わらず説明がお下手ですね。具体的に何をお訊きになりたいのですか?」

 レナードは赤面し、咳払いした。

「ではまず、『聖女』ノエルへの殺害未遂について話してくれ。事実か?」

「違法薬物を飲ませようとした件でしたら、事実です」

「……なぜそんなことをした?」

「必要でしたから」

「答えになっていない!」

 真っ赤になって怒鳴るレナードに、カテリナは微笑んだ。

「そうやってごまかせると思うな! おまえが学院で『聖女』ノエルにきつく当たっていたのは知っている。だがそれが正当であったのもオレたちは知っている。ノエルは元平民、後継人としてあてがわれたローランド男爵の指導も行き届いていたとは言えない。そのフォローをおまえが率先して行っていたのをスヴェン殿下もオレもわかっていた。少々厳しかったようだが、それもノエルが『聖女』として国民の前に出る前に仕上げる必要があったからだ。そこまでしたおまえが、ノエルを憎んでいたわけがない」

「あそこまで愚鈍ですと、教えるほうも疲れますのよ? あれで私より優秀な『大聖女』だなんて悔しいではないですか。それに、陛下のお気に入りというのも鼻につきましたわ。おかげで私は殿下との婚約を破棄され、学院で笑い者にされたのです」

「だとして、殺そうとするほどか?」

「わかっていただこうとは思っていませんよ。それにもう、どうでもよいことではないですか。悪が裁かれ、私は迷宮懲役囚に堕ちました。それでよいのではなくて?」

「何を自嘲(わら)っている! おまえはそんな顔をするような人間ではなかった!」

 カテリナはイラっとした。メモリに対するときのように。

「いつまで私をあのころの幼子と思っているのですの? レナード様が成長していないからといって、私まで同じように見られるのは心外ですわ」

「カテリナ!」

 レナードは怒り、彼女の両肩を掴んだ。骨が砕けるような痛みが走ったが、カテリナは男を睨んだまま沈黙した。

『カティー、やめなよ、もう』

「!」

 メモリの声に、カテリナは不意を衝かれた。この場面で口出ししてくるのは予想外であった。

『設定だとさ、レナードとカティーって幼馴染みじゃん? 付き合いも長いから、なんで彼がこんなとこまで来て、こんな本気で怒ってるか、カティーだってわかってるでしょ?』

『……るさい。うるさい、黙れ!』

『ここは黙れないかな。わたし、脳筋キャラは好きじゃないけど、誰かを心配して本気になって怒れる人は嫌いじゃないんだよね』

『おまえに、なにがわかるの』

『わかんないよ。カティー、話してくんないじゃん。役立たずだ、蠅だ、悪霊だ、て相手にしてくれないじゃん』

『当たり前よ。あなたは突然、私の頭にわいた得体の知れないモノなのだから』

『わたしだってわかんないよ。なんでこうなってるのか。異世界転生するならもっとキチっとして欲しかったよ。生きてんだか死んでんだかもわかんない。自由に動けないし、宿主はカテ公だし。勘弁してよ』

 大きなため息をつくメモリに、カテリナの脳内は沸騰した。静かな怒りが声を震わせる。

『あなたの、その態度が、私をもっとも苛立たせるのよ……。あなた、何様のつもりなの……?』

『はいはい、どうせわたしは平民の虫ケラですよ。公爵ご令嬢様にはさぞ不愉快でしょうね。でも、ゲームでのあなたはもっと――』

『それが許せないと言っているの!』

『……え?』

『二言目にはゲーム、何かあるとゲーム、設定だとか、悪『役』だとか、本当に腹立つわ! 私は、私たちは生きているの! ここで、この世界で、今を、ちゃんと、生きているのよ!』

『……!』

『あなたがどこの世界から来ようとどうでもいい! でも、だからと言って私たちをゲームの駒扱いする権利はないわ! そんな人間をどう信じろと!? 神の視点を気取る低能にどう接しろと言うの!? 答えてちょうだい、あなたはいったい何様なの!』

 メモリは答えられなかった。自分の視野の狭さ、ゲームを通して知っている優越感、痛みを伴わない暴言、異世界という未知への興奮、人を人として見ていなかった愚かさ、傍観者の気楽さ、それらすべてを一瞬に悟った。

『………………ごめんなさい……』

 メモリが言えたのは、その一言であった。

 カテリナは応じなかった。

「レナード様、いいかげん手を放してください」

「……すまん」

 長い沈黙の後、カテリナの言葉にレナードはハッとした。危うく彼女の細い肩を砕くところだった。

「レナード様、私を心配するのでしたら無用ですわ。私は刑を受け入れました。そして、刑期を最短で終わらせるつもりです」

「そ、そうなのか?」

「ええ。私、王都でやり残したことがありまして、そのためにも早急に戻らねばなりません」

「『聖女』ノエルへの復讐か?」

「彼女が私に罪を着せたわけではありませんわ。復讐という言葉はおかしいでしょう。そもそも、そんなつもりもありません」

「では、何をするためだ?」

「答えられません」

「またおまえは――!」

「今は、答えられません。例え殿下であっても、陛下であっても、今は話すつもりはありません。わかって欲しいとも思いません。話せば私は、本当に『悪役』となってしまいますから」

 カテリナは自嘲(わら)ってはいなかった。

 レナードは彼女の目を見て理解した。

「……ようやく話してくれたな。ああ、わかったよ、カテリナ」

「なにがです? 気持ち悪いですわ、三日兄様(みっかにいさま)」

 ジトーっと自分を見るカテリナに、レナードは笑った。

「よし、決めた。オレも迷宮に付き合おう」

「……はじめから物見遊山で行こうと思ってらしたのは、その格好でわかりますわ」

「それもそうか」

 馬鹿笑いするレナードと、呆れるカテリナのもとに、準備を整えたドッグバリーが戻って来た。




おまけ

レナードとカテリナの初めての邂逅――

「同い年ってのは聞いたけど、おまえ、誕生日いつだ?」

「5月14日です」

「なんだ、オレのほうが先だな。オレが年上だ」

「……いつですか」

「5月11日だ!」

「たった三日ではないですか」

「三日でもオレのほうが上だ」

「……はぁ、わかりました。では三日兄様とでもお呼び致しましょうか?」

「それいいな! うん、なんかいい!」

(……脳筋ですわ)


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