余 悪役公爵令嬢誕生
新星歴1485年・春。ホワイトウッド王国の三大公爵家の一つ、アーモニア家に爆弾が投下された。その加害者は、公爵家の息女カテリナである。
「お父様、私、『大聖女』の殺害を企てておりますの」
邸の執務室で、いきなり娘から告白されたアーモニア公爵は石のように固まった。愛する一人娘は、多少の気難しさはあるが、聡明な人間であった。突然、このようなわけのわからない発言をするようなアホな子ではなかった。そうと信じつつも、そのインパクトは娘のオリジナル必殺技である【雷蛇】魔術を至近で喰らったようなショックを公爵に与えていた。実際に喰らったことはない。
「公爵家のことでしたらご心配なさらずに。逮捕されたあかつきには絶縁をしてくださいませ。それに、うまくいけばその罪も帳消しになるかも知れませんし。こうしてあらかじめお伝えしておけば、ご安心かと思いまして、お知らせに参りました」
「………………リナ……」
「? お父様、どうされました? お水をお持ちしましょうか?」
動かなくなったかと思いきや、今度はプルプルと震える父をカテリナは一歩近づいて覗き込んだ。
「カテリナ! おまえは何を言っているのだ!」
怒鳴られたカテリナは驚くよりもキョトンとして、それから真顔で繰り返した。
「ですから、『大聖女』の殺が――」
「口にするな! おまえはなんて恐ろしいことを……!」
公爵は蒼ざめ、頭を抱えた。
その姿を見て、娘は理解した。父が大いなる勘違いをしていることに。
「ああ、お父様。それはもちろん、フリですわ。本当に殺害は致しません。嫌ですわ、私が本当にそんな恐ろしいことをするとお思いですか?」
「……本当か?」
公爵は泣きそうな顔で娘と向き合った。
「当たり前ではないですか。そんなことをする理由がありません」
「理由がないのに殺害予告をするのはどうなのだ?」
「他者に聞こえでもしたら大問題でしょうね」
「わかっているのならよく考えてから口にしなさい」
公爵は安堵して椅子に背中を預けた。生きた心地のしない一分間であった。
「お父様なら私の真意を理解していただけるものと」
「そんな思考についていける者がいるものか。で、その真意とは? 冗談でもないのだろう?」
問われたカテリナは、父親と正対した。
「お父様は、『大聖女』をどれほどご存じですか?」
「『大聖女』ノエルは稀代の聖命力の持ち主で、おまえを追い落とし、スヴェン王太子殿下の婚約者になった者だろう?」
「いえ、そのような表面のお話ではなく、彼女自身をです」
「何かあるのか?」
公爵は自然に首をかしげていた。カテリナはそれを見て、父親が彼女の正体を知らないとわかった。
「驚かずにお聴きください。ノエルは大叔父ダレン様の孫です」
「……!」
公爵は手にしていた羽ペンをへし折っていた。
「お父様もご存じなかったのですね」
「……わたしが子供のころ、叔父上の妻子は亡くなったはずだ。まして孫など」
「お二方は処刑されたと聞いていましたか」
公爵は目を見開き、顔を上げた。
「おまえはどこまで知っているのだ……?」
「推測ですが、ほぼすべてです。30年前の事件と、今の我が家の状況、そしてノエルのこと。さらに、恐ろしい過去と未来もです」
「30年前の事件も知っているのか。叔父上のことは、一切口外が許されぬことだぞ。どうやって知った?」
「我が家の状況と他家との格差が気になったからです。公爵家でありながら、あまりに質素であったのが疑問でした。その理由を探るうちに30年前の事件に行き当たったのです。口外が禁止されていようと、すべてを封じるのは不可能ですから」
「我が家が貴族にふさわしくないと、おまえは感じたのだな」
「いいえ。私は現状で満足しております。衣食住に加え、教育まで受けさせていただけたのです。それ以上を望むべくもありません。お父様には感謝しております。ですが、他家との差が気にならないわけでもありませんでした。そうなった理由を知りたかっただけなのです」
「その結果、叔父上の事件に行きついたのか。……カテリナ、実のところ、わたしもあの件についてはほとんど知らないのだ。叔父上が魔物の大量発生のどさくさに、国宝『青水晶の護符』を盗み、迷宮を造ったと、それだけだ。その罪で叔父上の家族は死罪となったが、この本家は私財のほとんどを差し出すことでどうにか免れた」
「そのすべてに裏があったのです」
カテリナは知り得た情報を元に推測した内容を語った。それを聴くうちに、現アーモニア公爵の表情が怒りとも悲しみとも困惑ともとれる複雑さをあらわにする。
「……それが事実であれば、わたしは前国王を憎まずにはいられない」
「私も同じ気持ちです。ですが、もう長い年月が過ぎてしまいました。現国王陛下に怒りをぶつけるのもお門違いでしょう。それに、隠遁生活を送っているとはいえ、我が家は公爵家です。過去を理由に国を乱すべきではありません。また、理由はともかく叔父上が国宝を盗んだ事実は変わりません。ともかくもダレン様のご家族も死罪にはならなかったのですから、最悪ではなかったと呑み込んでおきましょう」
「わたしはいい。だが、おまえまで未来を閉ざされるのは看過できん。それこそ過去の事件でいつまでアーモニア家を陰に置こうというのか。殿下とおまえの婚約も当時の対応に対する詫びだったらとしたら、それすらも足蹴にされたのだぞ? よりタチが悪いではないか!」
公爵が机を叩く。
「私のことは気になさらないでください。公爵領が平穏、安泰であれば充分です。スヴェン殿下自身にも興味がありませんし、婚約破棄はむしろ望むところです」
「それはよかった……が、口外はするな」
公爵は娘の笑みに苦笑を返した。
「お父様はどうなのです? 本当に今の生活にご不満はありませんか? 公爵家でありながら、中枢を担う立場にありません。本来であれば、宰相であってもおかしくはないのですよ?」
「それこそどうでもよい。父……おまえの祖父に『将来をあきらめてくれ』と涙ながらに訴えられたあのときから、大望は捨てている。それでもこんな甲斐性もない公爵家に嫁いでくれた妻と良縁を結ぶことができ、おまえが生まれた。領民も不安を抱えることなく働き、暮らしていけている。それで充分だ」
「お父様は無欲ですのね。望むのであれば、王家への復讐も考えましたのに」
「冗談でもやめなさい、カテリナ」
「申し訳ありません。復讐などたしかに無駄ですわ。一番困るのは領民でしょうし。それでは、本題へ入ります」
「うむ」
「先ほどの話の続きとなりますが、ダレン様のご子息は平民として生き延び、地方の村娘と結婚してノエルをもうけました。残念ながらダレン様のご妻子、ノエルの母親ともにすでに亡くなっております。その後、ノエルは『聖女』と認定され、さらには『大聖女』として王都に迎えられました」
カテリナはそこで一拍入れた。表情が硬くなる娘に、公爵もまた眉根を寄せた。
「その『大聖女』ノエルは重い病にかかっております。魔力が際限なく高まる病気です。一年後には彼女を死に至らしめるでしょう」
「たしかに、『大聖女』の聖命力はすさまじく、日々増大していると聞いたことがある。それが病気のせいなのか?」
「制御できずに最終的に死に至るのですから病気ですわ。そしてこの症例は過去に二度、それもアーモニア家にのみ現れています」
「聞いたこともないが……」
「長いアーモニア家の歴史のなかでたった二度だけ、それも100年単位ですから、不可解な症例で終わっていたのでしょう」
「ふむ。それで、治療法は?」
「ありません」
「なに?」
「ありません。過去の症例でも、発症からきっちり三年後に亡くなっております」
カテリナは用意していた家系図を父の前に広げた。
「このように、100年ごとにその年に生まれた最初の子供が発症しています。そして、18歳の誕生日に亡くなっているのです」
「……ノエルが、そうだと?」
「はい。あと数日、私が生まれるのが早ければ、この病気にかかったのは私だったでしょう」
「原因は? 原因がわかれば対処もできるのではないか?」
「原因は――」
カテリナは建国王と『魔神』の話を公爵に伝えた。
「何をバカな。そんな呪いなどと――」
「たしかにバカげた推測です。ですが、他の可能性を探す余裕も手がかりもありません。これに賭けるしかないのです」
公爵は家系図を睨んだまま、言葉を探していた。
「そして『魔神』と病気の関連から恐ろしい予測があります」
「まだあるのか!?」
「王城地下の『魔神』が復活する可能性があります」
「……! それは『青水晶の護符』がなければ不可能ではないのか!?」
「ノエルがいます。増大していく聖命力は魔神すらも蘇らせるでしょう。なぜなら、『青水晶の護符』は『魔神』の心臓であり、心臓の代わりさえあれば復活はできるのですから。それにノエルの聖命力の源は『魔神』の力です。適合しないわけがありません」
「そんな都合よく……」
「ええ、私の推論です。ですが、そうなってからでは遅いのです。可能性がある以上、阻止すべきです」
「……『魔神』の本体は聖命力が及ばない地下深く、魔力遮蔽石で囲われているのだぞ」
「植物の種が一つでもあれば、土砂も壁も崩れるでしょうね。制限のない聖命力とはそういうものです」
「だからおまえは、ノエルを殺害すると?」
「フリと言いました。注意喚起をするために裁判を利用するのです。『大聖女』が被害者となれば、調査対象になりますでしょう?」
「それはそうだが、回りくどいことをせずとも、大教会なり魔術協会なりに説明すればよいのではないか?」
「アーモニア家にしか発症しない奇病ですよ? となれば、ノエルの出自が疑われます。今は平民と報告されていますが、深く探られたらダレン様の孫だと知られるでしょう。そうなったら彼女は処刑されないとも限りません。かといって、今現在は聖命力が人より強いだけで実害は出ていないのです。『アーモニア家が受けた魔神の呪い』という名分がなければ、『魔神』復活のトリガーになりうると誰が信じるでしょう」
「……」
「ですから今は注意喚起で充分です。『増大する聖命力が魔神を蘇らせる可能性がある』と。おそらく半年後には実害も出ることでしょう。そのとき、誰かが思い出してくれたら手を打ってくれるかもしれません。そのためにも、上級貴族の集まるような裁判が必要なのです。最終陳述は被告者の権利で、誰にも邪魔をされずに話すことができますから」
カテリナは、このときが唯一の注意喚起の機会だろうと考えていた。きっと誰かは聴いてくれる。あのスヴェン殿下なら疑ってかかるだろうと。まさか、その唯一に予想もつかない邪魔が入るとは思いもしなかった。
公爵は論理的にはカテリナの言を認めていた。が、心情的には複雑だった。大切な娘に大罪を背負わせてまで、顔も知らないもう一人の親族を助けなければならないのか、と。ならばいっそ――
一瞬、黒い感情に囚われた父親の様子に、カテリナは微笑んだ。
「大丈夫ですわ、お父様」
「……!」
公爵は顔を上げた。
「大丈夫です、私にお任せください。必ずここへ戻ってきます。その算段もできていますわ」
「……本当か?」
「ええ。裁判にはもう一つ、理由があるのです。私は『聖女』ですので、どんな罪でも死刑にはなりません」
「たしかにそうだが、代わりに――」
「そうです。私のもう一つの目的は迷宮にあります」
「あえて迷宮懲役刑を受けると?」
「はい。迷宮の最下層にいる、ダレン様にお会いしに行きます」
「本気か、カテリナ? 生きているかもわからんのだぞ」
「それでもこの国でダレン様以上の術師はおりません。迷宮攻略による釈放と、様々な答えを得る機会を手にできるのです。利用する価値があります」
「だが――」
「それに『青水晶の護符』を奪還したら王家に一泡吹かせられるではありませんか! 王家30年間の悲願を、大罪人の親族の大罪人が果たす。爽快ですわよ」
カテリナは笑顔であった。
「カテリナ……。おまえという娘は……」
父は笑うべきか涙するべきかわからず、両方を顔に出していた。
「お父様、万事、カテリナ・アーモニアにお任せください。必ず最上の報せを持ち帰りますわ」
「……」
父はもう、何も言えなかった。娘を信じることが最大の援助だと思った。
「さながら私は悪役令嬢ですわね。少し、楽しくなってきましたわ」
カテリナは椅子に座る父親に抱きつき、頬に感謝の口づけをした。
細い体が小さく震えているのを、公爵は感じていた。だが、口にはしない。娘の決意を鈍らせてはならない。
「では、その悪役令嬢にはどのように協力をすべきかな?」
「そうですわね……」
その日、父と娘は国家を揺るがす悪事の相談に華を咲かせた。
次に二人が抱擁するのは四ヶ月後である。
〈了〉




