終 星空のメッセージ
ホワイトウッド王国王城内、スヴェン王子の執務室に、驚愕の声がこだました。
「魔力不足で肝心の送還魔術を発動できないって、メモリたちが帰れないじゃないか!」
レナードが過不足なく説明した。
「あと少し、だと思うのですけど……」
カテリナも立つ瀬がなく、縮こまっている。
「そうだ、ブレイズ・ブレイドだ! 我が家の宝剣を使えば補ってくれるはず!」
いつ名前がついたのだろうとメモリは思ったが、さすがにツッコめなかった。
「レナード様、その剣は魔力の強さを補助するもので、量は変わりません!」
剣を突きだすレナードに、カテリナが両手で制する。
「では、一時的に魔力量を向上させる秘薬を使ってみるか?」
スヴェンが落ち着いて提案した。驚きはしたが、いつまでも狼狽しないのが、ノエルとの対話で鍛えられた王子だった。
「魔力の消費を抑える指輪もあります。先日、迷宮で手に入れました」
ルナが左・人差し指につけていた指輪を外した。
「おお、これならいけそうだな!」
レナードが安堵し、笑った。しかし、当のカテリナの顔には変わらず影があった。
ノエルはそれを見て、真の原因に気付いた。
「……違う。魔力量のせいじゃないわ」
「え?」
ノエルのつぶやきに、全員の目が集中する。その中で、カテリナの目だけが脅えていた。
「ホントはわかっているのでしょう、カテリナ様。だって、わたしに一番初めに教えてくれた、一番大切な魔術のルールですから」
「魔術のルール……?」
魔術を得意とするルナとスヴェンがもっとも深く考え込みだした。しかし、すぐに思いつかなかった。慣れ過ぎていたためだ。
「魔術はイメージ。使いたいという気持ち」
「……!」
カテリナは肩をビクつかせた。
「カテリナ様はその術を使いたくないのですね。だから発動しない。だって、その魔術を使うということは……」
メモリと別れる。二度と会うことはない。話すこともできない。長い年月に、いつかきっと忘れてしまう。忘れられてしまう……
カテリナは答えなかった。彼女は知らなかったのである。自分がここまでメモリに依存していたことを。いて欲しいと思ったことを。術を使おうとしたとき、認めたくないすべてがわかってしまったのだった。
そのカテリナの気持ちを理解すると、誰も何も言えなくなった。ただ一人を除いて。
メモリはカテリナの前に立ち、両手で肩を掴んだ。
「悲しみの重さにうつむく夜は、瞳をあげるの。銀河の彼方へ」
「……え?」
「「「「「え?」」」」」
「立ちどまるな。弱音をはくな。夢をあきらめるな。笑って会える日を信じていて。わたしもそう。負けやしないよ。元気でいてほしい。これがわたしが残すメッセージ」
メモリは体温のない体でカテリナを抱きしめた。
「九重叶は、カテリナ・アーモニアを愛してるからね!」
「カナ、エ……!」
カテリナもメモリを抱きしめた。そして、生まれて初めて人前で大声で泣いた。
落ち着いたカテリナは、涙を拭ってメモリから離れた。
「……今度は大丈夫。きっと送れるわ」
「心配してないよ。だってカティーがやるんだから」
カテリナは誰もいない空間に向かって立った。
「【悪夢の終焉】」
彼女の数歩先に、白い扉が現れる。扉が開くと、その向こうに光が溢れていた。
「しばらくはこのまま安定していそうよ」
「さすがカティー」
「当然じゃない。こんなの……」
その言葉の後、二人は黙り込んだ。
「じゃ、先に行くよ。実験にちょうどいいだろ」
アキラが進み出た。
「レナード師匠、お世話になりました。師匠のおかげでオレは帰ることができます。ありがとうございました。コーネルさんも、ルナさんも鍛えてくれてありがとう。クロムさんにはいつも援護してもらえて助かりました。カテリナ、仲間に入れてくれてありがとう」
コーネルたちが激励する中、レナード一人が憮然としていた。
「あの、師匠……?」
「……おまえはいつまでオレの弟子のつもりでいるんだ?」
「いやでも師匠は師匠ですから……」
「オレたちは、肩を並べて戦ってきたんだ」
「……!」アキラは絶句し、それから鼻を一度すすった。
「そうだな。ありがとう、レナード、みんな!」
アキラが拳を出すと、レナードも、コーネルも、ルナも、クロムも、戸惑いながらカテリナも、拳を当てていった。
「それじゃ、行くよ。みんな元気で!」
アキラは手を振って扉の向こうへ消えた。
「よし、じゃあ、次はわたしだ! 今さらあいさつもいいよね? あ、でもそうだ!」
メモリは手にしていた『義留我座無音』をカテリナに差し出した。
「アーモニア家の家宝にしてくれると嬉しい。半分はブレイズ家のものだけど」
「持っていかなくていいの?」
「ダメダメ! 日本では銃刀法違反って罪になって捕まっちゃうよ! カティーみたいに囚人になっちゃう」
「あなたねっ」
怒るカテリナに、メモリは笑顔になった。
「もしどーしてもわたしが恋しくなったら呼んで。仕方ないから遊びに来てあげるから」
「そんなことできるわけがないでしょ。……これでお別れよ」
カテリナは笑顔で終わりたかったが、メモリの言葉は残酷だった。
しかし、当人は呆れている。
「なんでできないって思うかなぁ? 送還できるなら召喚できるに決まってるじゃん!」
「……あ」
「アタマ固すぎだよ、カティー!」
メモリは一歩後ろに跳び、扉の前に立った。
「じゃ、みんな、またねー! 白殿下はカティーを捨てたことを一生後悔しながらノエルを幸せにしろよー!」
「おまえはいったいなんなんだ!」
王子のツッコミに笑いながら、メモリは光の向こうへと消えた。扉の前には、抜け殻となった粘土魔造生物が立ち尽くしていた。
薄れいく送還の扉を見つめ、カテリナは拳を握った。
「立ちどまるな。弱音をはくな。夢をあきらめるな。そうね。そんなの、カテリナ・アーモニアらしくないわね」
※ ※ ※
日本・5月15日正午――
九重叶は病院のベッドで目を覚ました。長い夢を見ていたような気がする。大好きな乙女ゲーム『あなたに光の花束を』の中へ入って、悪役令嬢に憑りついて迷宮で戦うという、どこが乙女ゲームだ、とツッコみたくなる内容だった。
「なぜ病院……? あれ、雷に撃たれた? ホントにあったんだっけ? なんだかもう、長い夢のせいでわかんないや」
体を動かしてみるが痛みはない。傷らしい傷すらなかった。それこそなぜ病院にいるのかわからなかった。
そこに看護師がやって来て、叶を見て驚いていた。
それからいろいろと診断と検査がされ、やはり昨日、落雷を浴びて入院したとわかった。
両親が駆け付け、無事を喜んでくれた。検査結果しだいとなるが、奇跡的に外傷が見当たらないので、明日には退院できるだろうと告げられた。
夕方、静かな時間ができた。と、扉がノックされた。叶が「どうぞ」と告げると、意外な人物が入ってきた。
「……武藤君?」
「そう。一年のとき、同じクラスだった武藤だ。話しても大丈夫?」
「いいよ。ていうか、なんで?」
叶の記憶では、仲が良かった時期はない。話しすら満足にしたことがない。あの夢を除けば――
「キレてる女には近づくな」
「!」
「その反応、やっぱりそうなのか……」
武藤明は額に手を当てた。
「あれって現実……?」
「おそらく……」
「そっかー……」
叶はポカーンとした。
「なんだよ、その反応。もっと驚くとかないのかよ」
「ないね。現実だったなら嬉しいじゃない。帰りの呪文が【悪夢の終焉】だったけど、ぜんぜん悪夢じゃないよ。名前を変えるべきだね」
「おまえ、やっぱメモリなんだな」
「キミはNPCイジメのアキラだね」
「勘弁してくれ……」
「アハハハ」
叶は笑った。
「じゃ、行くよ。確認に来ただけだから」
「いや、ちょっと待って。なんでキミは無傷なの?」
自分だけ雷被害で入院は納得がいかない。
「ああ、オレ、雷に撃たれてなかったんだ。オレを撃った光は、どうも召喚の光だったみたいだ」
「ズルい! わたしだけ直撃だったの!?」
「そうみたいだな。でも、そのおかげで今、こうしていられるんだ。もし二人とも体を持ったままあの世界にいっていたら、きっとドゥルガーとは話す機会もないまま、途方にくれていただろうな」
「そっか。そうかも……」
叶はカテリナに会えなかった可能性に気付いて悲しくなった。
「……早く退院できるといいな。じゃあ」
「うん、ありがとう。また学校で」
「接点ないだろ」
「作ればいいじゃん。今度『ぐっすんおよよ』で対戦しよう」
「せめて『ぷよぷよ』だろ!」
明は手を振って出ていった。その後姿は、送還の扉を潜るときと重なった。
「夢じゃないなら、いつか会えるね、カティー」
窓の外はうっすらと暗くなり、星が一つ見えた。
※ ※ ※
新星歴1490年春――
「よぉ、女公爵閣下、また来たのか? 領主がフラフラしてたら領民が苦労するぞ」
「王国騎士団・副団長閣下が地元で剣を振って汗を流しているほうが問題ではなくて?」
レナードの軽口に、カテリナが言い返す。
「平和なのはいいことだ!」
「ルナの苦労が思いやられるわ」
「今は実家に帰ってるぞ。ブレイズ家にいると気苦労が多いからな」
「気苦労を与える側の反省を求めます」
「そう言うな。帰ってきたら甘やかしてやるさ。……で、またあれか?」
「ええ。たまに聴いておかないと、道に迷いそうになるから」
「そんなわけないだろ? おまえは変わらないさ」
レナードは剣を収め、カテリナとともに屋敷へ向かった。
「前にも言ったが、あれを持っていってもいいんだぞ? かわりに『義留我座無音』を飾っておけばいい。どっちも半分は同じだ」
「それはお断りしたはずですよ。ブレイズ家の家宝はあの剣であるべきです」
カテリナはブレイズ家本邸の玄関ホールに飾られているそれを見上げた。迷宮での激闘の末、複製品となってしまったが、今でも家宝とされる魔剣である。
レナードが剣を取り、一礼して鞘を抜く。
「【レーザー・ブレード】」
レナードが謎の言葉を発しながら刃を撫でると、光を放った。しかも柄からは音楽が流れだす。
「アキラのヤロウ、こんなわけのわからない仕掛けを造りやがって。今でも怒ればいいのか笑えばいいのか……」
この仕掛けの発動手順は、アキラとメモリしか知らないはずであった。だが、偶然にもクロムが知ってしまい、二人が異世界に帰ったあとにレナードとカテリナに教えたのだった。そのときの様子を、クロムはこう証言している。
『レナードは呆れていたが、カテリナは怒っていた。それはそうだろう。気持ちはわかる。なにせ――』
「別れに自分の言葉ではなく、歌の歌詞を持ってくる人がありますか?」
カテリナは歌を聴きながら、毎回、怒っている。
「だからこそだろ。この歌を聴けばメモリとアキラを思い出す。そして聴き続ければ忘れることもない」
「それは、そうですけど……」
「だからおまえも聴きに来ている」
カテリナは答えず、いつものように最後のフレーズだけつぶやいた。
「……夜空に浮かぶ懐かしい顔に呼びかける星空のメッセージ……」
カテリナは彼女を想い、微笑んだ。
『悪役令嬢は聖女なので迷宮懲役囚になりました』
〈了〉
おまけ
「ちなみにレナード様のお気に入りは?」
「ウチューケージ・ギャバン!」
「騎士団の行進曲に使ってましたね。暑苦しい……」




