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悪役令嬢は聖女なので迷宮懲役囚になりました  作者: 広科雲


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31 『大聖女』の光 7.26

 ノエルの魔力急増による最終的な死を回避するためには、カテリナたちはいくつかの関門を突破せねばならなかった。

 まずはカテリナを王都へと連れて行く方法だった。彼女は迷宮懲役囚であり、迷宮を攻略するか罰金を払い釈放されないかぎり迷宮街を一歩も出られない。攻略したことで条件は満たしたものの、今は公表するつもりがなかった。ドゥルガーの存在がもっとも大きな理由であったが、迷宮じたいの消失も時期尚早だとカテリナは考えていた。迷宮街の住民の今後や、迷宮だからこそ得られる核石・魔術武具の、経済と軍備への影響も思案のしどころである。

「オレの馬車に隠れて行けばいいだろ」

 レナードはそう言ったが、脱獄の片棒を担がせるわけにはいかないと、カテリナは拒否した。

「それじゃ、どうやって街を出るんだ?」

「この日のために、私はボッター商会会長と親しくしていたのです。商会のツテで逃がしてもらうつもりです」

 カテリナは迷宮街に来たときから、この計画を立てていた。もともとは独りで迷宮を攻略するつもりでいたからだ。

「でもあの会長、きのう、王都に行くとか言ってなかった? しばらく戻らないって」

「そういえば……!」

「企画倒れだな。大人しくうちの馬車に乗っていけ。関所も伯爵家(オレ)の馬車は検(あらた)めない」

「……そうさせていただきます」

 カテリナは肩を落として了解した。

 次の問題は、いかにして王城へ侵入し、禁書のある資料室へと忍び込むかだ。

「オレが理由をつけて入城するから、従者に変装してついて来ればいい」

 レナードはそう言ったが、王城潜入の罪まで被らせるわけにはいかないと、カテリナは拒否した。

「それじゃ、どうやって王城に入り込むんだ?」

「この装甲型魔造物(アーマー・ゴーレム)で身体能力を底上げして壁を超えるわ」

「城ってそんなに防犯意識薄いの? 警報装置とか、そもそも魔術が使えない仕組みとかないくらい不用心なの?」

「そういえば……!」

「企画倒れだな。大人しくオレの従者として潜入しろ」

「……そうさせていただきます」

 カテリナは頭を抱えて了解した。

 さらなる問題は、膨大な資料の中から短時間で目的の書物が発見できるかである。確実に存在するかもわからないので、すべてを調べるしかない。軽く流すだけでも、何日も籠る必要があった。

「素直に殿下に頼んで人海戦術でいいだろ」

 レナードは呆れてそう言ったが、罪人の言葉など聞くわけがないと、カテリナは拒否した。

「ノエルは『大聖女』で婚約者だよ? 怪しんでも調べるくらいはしてくれるでしょ。それにカティーからじゃなくて、レッドから伝えてもらえばいいだけじゃん」

「そのとおりね……」

「おう、任せろ! ……てことはなんだ? カテリナはここで待ってればいいんじゃないか?」

「……そうさせてもらいます」

 カテリナは落ち込んで膝を抱えた。

「冗談だ。おまえは行くべきだ。そしてノエルに会って状態を確認し、必要な処置を指示するんだ。殿下はきっと止めたりはしないだろうよ」

 レナードはカテリナの頭をポンと叩いた。

「……やめてください。もう子供ではありません」

 その手を払って、カテリナは再び立ち上がった。

「それに、王家とも決着をつけてザマァしようよ!」

「ザマァ? またわからない言葉を使って」

 メモリのしたり顔に、カテリナはため息を吐いた。

「おじさんの冤罪を訴えて王様に詫びさせるんだよ。そうすればお家再興じゃん」

「冤罪ではないわよ。アミュレットを強奪したのは事実なのだから」

「でもそれは王様が――」

「そうよ。そうしなければならなかった理由があった。それを隠蔽した前国王はたしかに許せない。でもそれは証明できないの。ダレン様の手記だけではでっち上げと言われて終わりよ。あるいは禁書を探れば証明できるかもしれないけれど、そもそも私は望んでいないわ」

「そうなの?」

「ええ。たしかにアーモニア家の名誉を考えれば訴えるべきよ。でもその結果、国は荒れるでしょうね。王家が失態を隠すために臣下を追い詰めたと知れば、他の臣下は不信感を抱くわ。次は自分たちが同じ立場に置かれるのではないかとね。そうなればまともな国の運営ができなくなる。私はこの国を壊したいわけではないの」

「でも、おじさんの名誉は? おじさんは英雄だよ? 狂魔術師なんかじゃないんだよ?」

「それを言われると痛いわ。でもそれはノエルが決めるべきよ。あの子が遺された家族なのだから」

「……そうだね」

 メモリは納得しきれてはいなかったが、納得することにした。

 話が切れたとみて、レナードが真剣な表情で立ち上がった。

「さて、策は決まったが、最大の問題が一つあるな」

 「なんです?」と驚くカテリナを見もせず、彼は一人を注視した。

「クロム、おまえはどうするんだ? 先回りして殿下に報告するか? ドゥルガーの件も含めて」

 レナードが腰に手をあてた。+1魔剣の柄がそこにあった。

 見据えられたクロムは、座ったまま息を吐いた。

「脅すなら先に足を刺してからにしろ。今からでもオレは余裕で逃げられるぞ」

「逃げるなら宣言する前にしろ」

 レナードはニヤリとした。

「……オレが報告する意味があるのか? どうせおまえら、殿下にはすべて話すことになる」

「なぜそう思う? ノエルについてはともかく、ドゥルガーのことはまだ話す段階にはないだろ? 逸った王国が一気に攻め入る可能性だってある」

「あるだろうな。だが迷宮は陥落しない。多くの兵士が犠牲になるだけだ。ドゥルガーにすれば、入口を塞ぐなり、魔術転送機を使えないようにすればいいだけだからな」

「た、たしかに……!」

 レナードは狼狽した。考えつかなかったからだ。

「それだけにドゥルガーの脅威を考えずにはいられまい。魔力が抑えられているとはいえ、メモリたちを異世界召喚までしてみせたんだ。本気になれば何をするかわかったものではない。これは、おまえたちだけで解決できる問題なのか? 解決していいのか? より多くの意見が必要ではないのか? となれば、地位が高く、信頼のおける識者に頼らざるをえまい。その条件を満たすのが殿下だ。陛下はわからぬが、殿下は国を損なうような軽率な行動には出ないと、おまえたちは知っているからだ」

「「「お~……」」」

 クロムの弁舌が終わると、なぜか拍手が起きた。彼がこれほど理路整然とまとめてくるとは誰も思わなかったのだ。「馬鹿にしてるのか!」と彼は怒鳴ったが、全員、本気で感心したのである。それしても殿下が好き過ぎだろ、とレナード他は思ったが、それは言わなかった。

「では、全員で王都へ向かうとしましょう。街を出る前にやり残しはあるかしら?」

 カテリナの呼びかけに、仲間たちは首を振る。いずれにしても迷宮街には戻って来るのだから、急を要する事案はなかった。せいぜい宿代を前払いして、使わない備品や残してある荷物を預かってもらうくらいだった。

 それから一時間後には、カテリナたちは迷宮街をあとにしていた。

 レナードはブレイズ家の箱型馬車の他に、もう一台を街で調達して王都へと向かった。レナード家の御者は行き先が本来のブレイズ伯爵領ではなく、王都であったのに困惑したが、「火急の要件だ」と子息に言われては逆らいようもなかった。

「学院は休暇中でしたね」

 カテリナは外の景色を懐かしく眺めた。二ヶ月余りとはいえ、彼女が見てきたのは小汚い街と荒くれ者、暗い迷宮と魔物だけだった。その中には交流を持てた友もいたが、このさきは関わることもないだろうと少々寂しかった。なぜか久々にドッグバリーの親指を立てた笑顔が浮かんだが、疲れと気の迷いのせいにしてカテリナは首を振った。

「オレも今月に入ってからは一度も王都へ行っていない。ノエルの情報も遮断されているのか、ぜんぜん入らなかった」

「聖女様の容態がどれだけ進行してるか心配ですね」

 ルナが会話に加わった。一台目のブレイズ家馬車にはレナード、カテリナ、ルナ、ガーベラ=メモリが乗っている。二台目はその残りで、ずっと沈黙が続いている。

「まだ猶予はあるわ。殿下と魔術協会がどうにか抑えてくれているのを期待しているけれど、確実な方法で早く解放してあげたいわ」

「それなんだが、つまりは『青水晶の護符《ブルー・クリスタル・アミュレット》』をもう一つ作るようなものなんだろ?」

「そうです。装身具にして、常に身につけていられるようにするつもりです。腕輪などがよろしいかと」

「素材はなんだ? 貴重な金属だとは思うが」

「魔銀(ミスリル)です。希少ですが、手に入らないこともありません。問題は、それに込める術式です」

「ミスリル製の腕輪であればいいというわけじゃないのか」

「もちろんですよ。ミスリル単体では、逆に魔力を増幅してしまいます。そのために禁書の中から作成に関する資料を探すのです」

 そう言いながらも、カテリナは頭の中で自分なりの術式を考えていた。もし設計書がなかったときは、自力で作るつもりであった。

 馬車が揺れる。

「そーいえば、ルナはどうするの?」

「どうするとは?」

 メモリがルナに訊いた。一対一で話すのは初めてである。

「迷宮攻略の目的って、有名になって『守護騎士』になるためだったでしょ? 攻略したって公言できないじゃない」

 「そうね……」ルナは少し考えた。

「今すぐ無理なのはわかっている。だが、いずれは公表せねばならないこと。それからでいい」

「そっか。今までずっとがんばってきたんだから、絶対に叶って欲しい」

「ありがとう。あなたには感謝している。あなたがいなければ、今日はなかったはずだから」

 「えへへ~」美人に微笑まれ、メモリは締まりのない顔で照れた。

「まぁ、王国騎士団が無理だったら、うちのブレイズ騎士団に入ればいいだろ。実力はオレもコーネルもわかっているから、試験なしで入団許可だ」

「「「……え?」」」

 レナードが笑いながら断言すると、女性三人は呆気にとられた。

『こ、これはもしや、嫁に来い宣言!?』

『ちょ、メモリ、そんなわけないでしょ!? あれよ、本当に何も考えずに騎士団にスカウトしてるだけよ!』

『やっぱそう? カーッ、この唐変木がァ!』

 などとメモリとカテリナは脳内で騒ぎ立てていた。

 一方の当事者は「そ、そのさいはよろしくお願い致します……」と真っ赤になってうつむいていた。

 それに対して「おう、いつでも来い」というあたり、メモリとカテリナは「カーッ!」と唾棄したい気分になるのだった。

 そんな盛り上がりの一号車に比べ、二号車はひたすらに沈黙の中にいた。

「レナード様、王都が見えてまいりました」

 御者からの声にレナードたちは窓から外を見た。五重防壁に囲まれた街がまだ少し遠くにあった。やけに明るかった。

「祭りでもやってるのか? ずいぶんと照明が焚かれているな」

「今日は7月26日でしたね。例年の祝事はありませんよ。急な祭事か、もしくは問題でも起きているのでしょうか。火事ではないですよね?」

「違うな。そういう明るさではない。【光】魔術を集めたようだ」

「ノエル……!」

 全員が、凶報が待っているのではないかと不安になった。ノエルの件がある以上、彼女の聖命力の暴走が街に異変をもたらしている可能性も否定できないからだ。

 しかし、それはどうやら杞憂のようで、街は落ち着いていた。入町の手続きも普段と変わりがない。門番に過度な明るさの理由を訊ねてみると、「照明を絶やさぬようにと城から達しが出ている」と教えてくれた。

「やはり何かの前兆か? その備えで常に街を照らしているんじゃないのか?」

「わかりませんが、ともかく急ぎ城へ行ってみましょう。もうすぐ城門が閉まってしまいます。こうなると明日の朝まで待っていられません」

 カテリナの意見を聞き、レナードは馬車を急がせた。市民たちはそんな馬車に危険を感じて不満顔だったが、それ以外に気になる点はなかった。嵐の前の静けさをカテリナは疑った。

 レナード・ブレイズ訪問の報せは、夕食を前に自室で休んでいたスヴェン王太子にとって予定外ではあったが、予想外ではなかった。遡ること数時間前、クロムからの『迷宮地下9階攻略完了』の急報を受け取っていたからだ。それに関することで直に報告に来たのだろうと、彼は思った。予想外だったのは複数の連れがいたことである。

「レナードはその者たちをなんと?」

 報せに来た衛兵に、スヴェンは訊いた。

「仲間、だそうです。一人はレナード様の護衛騎士コーネル・ヴァッシュ様。残り五名は初見です。黒髪の少年と少女、女性戦士、赤目の弓を背負った青年、最後は目に包帯を巻いた女性の術師です」

「その風貌なら聞いている。問題ない、通せ」

 衛兵は敬礼して走っていった。

 スヴェンはほくそ笑み、手元のベルを鳴らした。彼らが到着するまでに、お茶の用意をしようと思ったのだ。

「まったく、予測できないな、あの人は」

 部屋に入ってきたメイドは、主人の独り言と笑みに首をかしげそうになって、心の中で慌てながらも平静を装った。

 総勢七名の客を迎えると、スヴェンは警護兵も部屋から退出するように命令した。一度は拒否をした警護兵だが、二度目の命令で素直に従った。

「もう包帯はいらないぞ、カテリナ」

「驚きもなさらないのですね」

 カテリナは包帯を外し、ホワイトウッド国・次期国王に素顔をさらした。

「もはや驚くにも値しない。脱獄とは思い切ったものだな」

 スヴェンは笑みを浮かべた。元婚約者との会話を、これほどおもしろく感じたことはなかった。

「いえ、迷宮は踏破致しました。はれて放免です」

「……なに?」

 彼は自ら客人への茶を淹れるつもりで取ったポットを、危うく落とすところであった。驚かないと言ったそばからこれである。

「つい数時間前に9階をクリアしたと報告が届いたばかりだぞ!」

「情報が古いな、殿下。常に先に進んでいるんだ」

 レナードが笑うと、スヴェンはクロムを睨む。クロムはしれっとしていた。

「10階を攻略して直行だったのです。さすがに連絡は間に合いませんでした」

「……まぁいい。本当に攻略したのか?」

「はい。ですが、理由があって公表はできません。まずはお話を」

「その相手に陛下ではなくわたしを選んだということは、よほど知られたくない話か?」

「はい」

 スヴェンはカテリナとレナードだけではなく、他の見知らぬ探索者たちの目も確認するように見た。

「わかった。だが、必要を感じたときは陛下にお伝えする」

「殿下のご判断にお任せ致します。では、お話の前にそちらの者の紹介からはじめさせていただきます」

 カテリナはスヴェンが知らぬであろう、メモリとアキラ、ルナの紹介をした。それから迷宮最深部での出来事を語った。『狂魔術師』ダレンの死と、30年前の彼の行動と心情。『青水晶の護符《ブルー・クリスタル・アミュレット》』に封じられている『魔神』ドゥルガーの望み。ドゥルガーによって召喚されたメモリとアキラについて。そして、ノエルを助ける方法。カテリナが淡々と話す間、スヴェンは顔を曇らせたまま、身じろぎすらしなかった。

「……話はわかった。今さら疑うようなことはしない。まずは迷宮踏破を成し遂げたこと、見事だ。だが公表するまでは迷宮懲役囚でいてもらうぞ」

「心得ております。攻略にさいしまして、殿下のお力添えに感謝いたします」

 クロムやレナードの参加は、スヴェンの意思があったればこそとカテリナは思っている。事実そうであるのだが、当事者たちは知らぬ顔だった。

「なんのことだ? わたしが犯罪者に手を貸したなどと噂されてはたまらない。それよりも、ダレン卿についてだが――」

「今はやめておきましょう。真偽の確認はできません。言い争いたくもありません」

 カテリナは王子の言葉を遮った。王家の人間としては、断固、認められない事件である。それだけに話がこじれて、先に進めなくなるのをカテリナは恐れた。優先すべきは過去ではなく、現在なのだ。

「いや、わたしは知っていた。あなたが自力で行きついたように、わたしもノエルの言葉を起点に調べたのだ。ダレン卿は、先王の凶行をとめるために戦ったのだと。この点に関しては、現王である父上にもすでに話してある。父上は知らなかったようだ。当時の父上は先王の代理として将軍とともに前線の砦にいた。その間に起きた出来事だったようだ」

「そうですか……」

「だからといって、知った以上はこのままというわけにもいくまい。王だからとて、すべてが許されるわけでも――」

「殿下、先ほどもお伝えしましたが、今はよしましょう。知っておいででしたら、私はそれで充分です。どうしてもお話が必要でしたらノエルとなさってください。私は現状で不満も問題も抱えておりませんので」

「だが、アーモニア公爵家は――」

「しつこいですわ、殿下。さっさと先に進みたいと言っているのですっ」

 カテリナが声のトーンを落とした。スヴェンはもちろん、レナードもなぜか背筋が凍った。

「……失礼。最優先はノエルの保護です。魔神につきましても急務ではありませんので後日と致します。いいですわね?」

「わ、わかった……」

 睨みをきかされ、スヴェンは機械的にうなずいた。

「お話ししたとおり、ノエルの魔力増大現象は魔神の血によるものです。ですが、『青水晶の護符《ブルー・クリスタル・アミュレット》』と同等の魔具があれば抑制が可能です。その作成のご協力をお願い致します」

「必要な物資や人材はすぐに揃える。まずはなんだ?」

「では、王室が抱える禁書の閲覧許可をいただけますか? 『青水晶の護符《ブルー・クリスタル・アミュレット》』に関する資料を探したいのです」

「それは禁書にはない」

 カテリナの要望に、スヴェンは即答した。

「ない? それは確実なのですか? お調べになったのですか?」

 驚くカテリナたちに、スヴェンはようやくいつもの余裕顔を浮かべた。しかもお茶まで飲んで答えを焦らす。自分を取り戻した気分だった。

『こういうところが白殿下のダメなとことゲームでは言われたんだよね。自分が優位に立つと構えが変わるの』

『わかるわ。さっきまでの潔さはどこへ行ったの!』

「そもそも、『青水晶の護符《ブルー・クリスタル・アミュレット》』の製法は隠されていない。魔術協会の蔵書に書かれている」

「私は見たことがありませんわ」

「一級協会員以上のみ閲覧可能な書物だからだ」

「……三級の私では見られなかっただけですね」

「僻(ひが)まないでくれ、カテリナ。わたしも二級会員だ。ノエルの件があって魔術協会に協力をしていたときに、特別に蔵書を閲覧する機会があっただけだ。だが、それを応用しようとまでは考えつかなかった。すぐに準備をさせよう」

「……よろしくお願い致します」

 カテリナはなおも不満げに頭を下げた。もし彼女にその書物を読む機会があったなら、きっとノエルの魔力を抑える方法として気付いた――りはしなかった。事実、ドゥルガーに指摘されるまで思いつかなかったのだから。

「そのノエルはどうしておりますか?」

「先月の終わりごろから体調を崩した。一時期、昏睡に陥ったほどだ。あなたの助言に従い、魔力抑制薬や、一般的な魔力拘束具なども使用することで持ち直した。まさか『青水晶の護符《ブルー・クリスタル・アミュレット》』レベルの拘束具が必要などとは思わなかった。彼女は人間で、魔神ではないのだから」

「そうですね。私もまさか、です。それで、今は落ち着いているのですね?」

「落ち着いていると言えば、いる」

「どういう意味でしょう?」

「その目で視たほうが早い。行こう」

 スヴェンが立ち上がった。カテリナたちは黙って彼に従う。

 王城の隠し階段から地下へ降りること五分、鉄の扉があった。

「この先だ。彼女は非常に危険な状態なので隔離している」

「こんなところに閉じ込めているのですか!?」

 カテリナの声には怒りがこもっていた。こんな重犯罪者も入らないような地下深くに、罪のない少女を閉じ込めるとは許せることではない。

 スヴェンはカテリナの言葉に耳を貸さず、解説を続けた。

「ここは『青水晶の護符《ブルー・クリスタル・アミュレット》』が安置されていた場所だ。魔力が漏れないように分厚い魔力遮断石で囲まれ、出入口も王家の者か管理人しか入れないようになっている。今のノエルには、この部屋しかなかったのだ」

「だとしても!」

 王子はカテリナを無視して扉に触れた。重い音とともに封印の扉が開いていく。

 室内は広くはなく、王子の執務室の半分もない。魔力が光の結晶にでもなったかのように明るく輝き、同時に強い圧力を感じさせた。部屋の奥にはベッドが置かれ、一人の少女が寝ていた。

「ノエル!」

 カテリナは枕元に駆け寄った。

 ベッドの主は声に反応し、ゆっくりと目を開いた。

「……カテリナ、様……?」

 弱々しい声がカテリナの胸を締め付けた。

「ノエル! 体は大丈夫!? もう少しの辛抱よ! 絶対に助けるから!」

「……」

 ノエルは緩慢な動作で掛けていたシーツをどけ、頭をふらつかせながら起き上がろうとした。

「ダメよ、無理をしないで。寝ていていいのよ」

「だい、じょうぶ、です。寝起きは、いつも、こうなので……」

 ノエルはカテリナの手を押し返し、体を起こした。

「寝起き……?」

 カテリナたちが訝しんでいると、背後に立っていたスヴェンが噴きだしていた。

「殿下!?」

 彼女たちが振り返ると、スヴェンは王族らしからぬ爆笑をしていた。

「いや、すまない。さすがに意地が悪すぎたか。だが、いつも驚かされているのがシャクに障っていたのだ。許せ」

 言いつつ、まだ笑っている。

「ん~、よく寝たぁ……。今、何時ですか? ここだと昼夜もわからなくて、不規則な生活になっちゃうんですよぉ~」

 『大聖女』は大きく伸びをして、眠りの残滓をあくびで吐き出した。

「ノエル……?」

 一同、目が点になっていた。

「ああ、いけない、また作法がなっていないとカテリナ様に怒られてしまいますね。このような場所までようこそおいでくださいました。お久しぶりです、カテリナ様」

 ノエルはベッドから飛び出し、一礼してみせた。

「こ、これは……?」

 カテリナが錆びついたドアのようにスヴェンに首を向けた。

「言ったではないか。ここは『青水晶の護符《ブルー・クリスタル・アミュレット》』のあった部屋だと」

「わからん」

 レナードが首をかしげる。コーネルたちもかしげる。が、カテリナは「あ!」と声を上げた。

「かつて王都は『青水晶の護符《ブルー・クリスタル・アミュレット》』の溢れる魔力で栄えていました。その代用にノエルの魔力を使っているのですね!?」

「そうだ。同じ魔力なら同じことができる。道理ではないか。多少、手は加えたが、どうにか装置は動いてくれた。王都は明るかっただろう?」

「魔力が常に吸われるため、ノエルの魔力中毒も抑えることができた……。素晴らしいアイデアです、殿下!」

 カテリナは初めて手放しでスヴェンを褒めた。その発想ができなかった自分の迂闊さもあったが、それ以上に健康なノエルに再び会えたことが嬉しかったのだ。

「わたしだけではない。魔術協会の協力がなければ叶わなかっただろう。皆がノエルのために動いてくれたのだ。もちろんあなたがノエルの症状に気付いたのがすべてのきっかけだ。カテリナ・アーモニア嬢、感謝する」

「いいえ、私は誰も信じず、独りでどうにかしようと狭い視野で足掻いていた愚か者です。私こそ皆さまに感謝いたします。本当にありがとうございました」

 深く頭を下げるカテリナの目から、涙がこぼれ、床に落ちた。

「カテリナ様!」

 ノエルが感極まり、カテリナに抱きついた。

「ノエル、よかったわ。本当によかった。もう少し辛抱してくれたら、自由に外を歩けるようにもなるわ」

「はい! カテリナ様とまた街を歩きたいです! そして、決着をつけましょう!」

「ええ、望むところよ!」

 カテリナはノエルの瞳を挑むように見た。

「……あのさ、結局、二人ってどーゆー関係なの???」

 場違いを承知でメモリが訊いた。カテリナが命をかけてまでノエルを救いたかった理由は、未だわからないままだった。もちろん、親戚以外のつながりについてである。

「言ってなかったかしら? ノエルは――」

「「「えーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」」」

 一同が唱和する中、カテリナとノエルは笑っていた。




おまけ

王城から城下町への帰路――

「ところでアキラ、あの件はどうだ?」

「あの件……? ああ、あの剣ですね? そっか、レナード師匠はこのまま領地に帰るんですよね。魔力も回復してきているので、試してみます。……【工作(クラフト)】」

「お、そっくりじゃないか! 上出来だ!」

「ガワだけですよ、それ。失敗作です。やはり本物ほどの力は無理かと……」

「いや、とりあえずいい。どうせ屋敷で飾っておくだけだ。今度もっといい素材を集めるから、頼めるか?」

「それはかまわないですが、うまくいくかなぁ……」

一月後――

「惜しいな、あと少し力が足りないぞ! がんばれ!」

「もう10本は創ってますよ……。ブレイズ家・伝家の宝刀はいったい何本になるんですか……」

「しかも別の意味で抜いたらヤバイ伝家の宝刀。レッドのお父さんにバレたら大変だ」

「あなたの刀を素材にすればいいだけではなくて?」

「いーやーだー!」


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