28 最下層へ 7.26
迷宮・地下9階を守護するドゥル・ナーガとの戦いは終わった。その屍はこれまでの魔物同様に消えていく。あとに残されたのは砕かれた核石と、宝箱だ。
「罠はない。開けるぞ」
クロムが丹念に調べ、箱を開けた。
「……つるはし? 黄金で作られているのかしら」
クロムが取り出したそれは、小ぶりのマトックだった。金でできているようで、すべてが黄金色に輝いていた。
メモリはあれっと思った。
「ゴールド・マトックか……。ますます『ドルアーガの塔』だな」
アキラが苦笑いする。
「……なぁ、さすがにもういろいろとツッコミどころが多くなってきたと思うんだが、どうしたものか」
レナードが仲間たちを見回しながら言った。メモリ、アキラ、カテリナ、そしてクロムに対してだ。
面倒くさがったクロムが先制する。
「さっきのアレは見なかったことにしろ。訊かれても話すことはない」
「だろうな」
レナードは期待をしていなかったので追究もしなかった。
カテリナは『ラグゾン』という名称に思い当たる節があり、口にしかけたがやめた。彼が隠したがっているのを暴く必要はなかった。『ラグゾン』とは遠い昔のどこかの国の民話に出てくる闇の精霊王の名前だった。その精霊王は力の一部を宝石に変えて、人間の王に与えたという、ありがちな話だ。他にも炎の精霊王ヴァース、水のイスファ、地のアデスネイラ、風のレース・イシュア、光のラーディンがいたはずだ。その六精を操る王の手は魔力過多で黒く染まり、転じて『黒の左手』と呼ばれるようになった。
「それじゃ、メモリの話を聴こうか」
レナードの目がガーベラに向いた。
「話すのはいいんだけど、その前にまず10階へ降りたほうが良くない? 16時になったらドルアーガが復活するかも知れないよ」
「「「!!!」」」
例外なく、全員の肩がビクついた。たしかに復活しないとは言い切れない。
「そ、そうだな。話よりもまず魔術転送機を使えるようにしておこう」
レナードが率先して広いホールの中を歩きはじめた。他も四方に散り、階段を探す。
が、見渡すかぎりに階段はなく、床にも壁にも柱にも隠し部屋や落とし穴はない。クロムが必死に探しても怪しい箇所がなかった。ついでに部屋からの出口もない有様だった。
「そもそも、どうやって出ればいいのかしら」
「扉があった壁は隙間もなく埋まっている。はじめからなかったようだ」
クロムが西側の壁を丹念に調査しながら言った。
「それについては心当たりがあるんだけど……」
アキラはカテリナの手にある、ゴールド・マトックを凝視した。
「これ? これがなに? まさかこれで壁を壊せとでも言うのかしら? こんな金細工では壁は壊せないわよ?」
「なんだけど、なぁ?」
アキラの目が、今度はメモリに移った。
「ごめん、わたし『ドルアーガ(の塔)』詳しくないの」
メモリが首と手を振ると、アキラは「そうなのか」とおずおずと話しだした。
「じゃ、言うけど、ゴールド・マトックって、内壁を壊せるアイテムなんだ。外壁に使うとマトックのほうが壊れる」
「……それはゲームの話かしら?」
「そう、ゲームの話」
アキラとカテリナの会話にレナードたちは首をかしげる。
「さっぱりわからないが、物は試しだ。貸してくれ」
レナードは脳筋を発動した。考えたり議論するよりも早いことがある。カテリナからマトックを受けとると、マトックが潰れないように壁を軽く叩いた。
すると、1ブロック分の壁が妙な音ともに消失した。その先に井戸が見えた。
「……本当に壁が壊れた。というか消えたな」
呆然とする一同を置いて、メモリとアキラが井戸部屋に進み、深呼吸をした。ようやく人心地がついた。
「アキラ、おまえ、なぜこうなるのを知っているんだ? メモリもだ。おまえたち、一体なんなんだ?」
レナードは、今やるべき優先順位が10階への移動とはわかっていたが、衝動を抑えきれなかった。それはコーネルやルナ、クロムも同じである。答えを聴かないかぎり、先へは進めなかった。
カテリナもその空気を感じており、先延ばしがいい結果になるとは思えなかった。
「レナード様、私が答えます。先に申しますが、嘘はつきません。私にもわからない点は多いのですが、一応の納得ができる説明はさせていただきます」
「わかった、頼む」
レナードが腰を下ろしたので、全員、それに倣った。今さらながらに疲労が襲ってくる。各自が水袋を開け、携帯食を口にする。
「まず、この二人は異世界人です。この世界の住人ではない、ということです。……レナード様、質問は後で。ただ、メモリは自己に関する記憶を失くしています。名前も仮のもので、体もありません。この世界に突然やって来て、なぜか私に憑りついたのです。はい、お静かに。その時刻は5月14日、私の裁判中でした」
「オレと同じ日……」
そのアキラのつぶやきをカテリナは当然だと思った。
「おそらく二人は至近にいたのでしょうね。どちらかが巻き込まれて来たのだと考えられます。ですが、二人の話を聴くかぎり、この世界に呼ばれる理由もなさそうです。となると、この世界に来たのも意図されたものではないかも知れません」
カテリナは話を転換させるために一息入れた。
「それからは、メモリは私のそばで働いています。粘土魔造生物に入って動くことができたので任せていました。アキラは自分の世界へ戻る手掛かりがこの迷宮にあると考え、探索者になりました。この迷宮が、彼の元の世界にあるゲームにそっくりだったからだそうです。そのゲームとやらも、どうやら何種か混ざっているようでして、ドルアーガやらこのマトックの使い方もそれに準じていたようです。ここまで言えばおわかりと思いますが、私が彼をパーティーに入れたのは、アキラとメモリが同郷であると判断したからです。二人が無関係ではないと思ったので行動を共にさせました。……何か補足はあって?」
話を振られ、アキラはドキッとした。補足はすぐに出なかったが、疑問は簡単に湧いた。
「ていうか、あんた、オレにもメモリのことを話さなかったのはなんでだよ? 同じ異世界人なら、もっと早く情報交換もできたじゃないか」
「本人が望まなかったからと、あなたを信用していなかったからよ。あなた、この世界でやったことを覚えているわよね?」
「……覚えてるよ」
ゲーム感覚でこの世界の住人を人間として扱わなかったことをカテリナは言っている。
「記憶のないメモリがあなたに利用される可能性だってあったのだから、迂闊に話せるわけがないでしょう」
「……」
アキラは黙った。
「とりあえず、私が知っているのもここまでです。二人を元の世界に帰す方法もわかっていませんので、しばらくはこの状態が続くと思います」
カテリナはそう言って締めた。
レナードは「なるほどな」と唸って、膝を打った。
「にわかに信じがたいが、信じるしかない言動もあったことだし、納得はしよう。それと、異世界の話はここだけにしたほうがいいだろうな。オレは興味本位で知りたいくらいだが、魔術協会の連中に知られたら面倒そうだ」
「でしょうね。面白いサンプルとして、尋問だけではなく、実験に使われることも考えられます」
ルナが怖いことをさらりと言った。
「では、この件はまた後ほどにしましょう。それでアキラ、迷宮ゲームの専門家としては今後どうすべきかしら?」
カテリナに問われ、アキラは腕組をして考えた。
「オレの『デス・エク』知識だと、最下層に降りる階段は普通に存在したんだ。そもそも9階にこんな大ボスはいなかった。すでに知識外なんだけど……」
「けれど?」
「おかしいのは、このタイミングでゴールド・マトックが出たことなんだ。本来の『ドルアーガの塔』では中盤くらいに手に入るアイテムで、攻略にも使う物なんだよ。それがこの終盤になって出た意味がきっとあると思うんだよな」
「消えた扉を補うためじゃないの?」
メモリが言った。
「それだけのために? オレが迷宮を造るとしたら、そんな配置はしないけどな。もし最初からここで行き止まりにするつもりだったら、ゴールド・マトックを出す必要もないじゃないか。なにか意図があるはずだ。それにこれ、間違って外壁を叩いてたらどうなってたんだ? マトックが壊れたら出られないじゃないか」
「夜10時の迷宮リセット時には出られるかも知れないけれど、どちらも試すのは怖いわね。このさき必要なアイテムなら、迂闊に試して消失しては大変だわ」
「そうしたらもう一度ドゥル・ナーガを斃さないとダメかもな」
レナードは笑ったが、他の仲間たちは笑えなかった。
「そうならないように絶対に10階へは降りておくべきですね。ホールを調べ直しましょう」
カテリナが呼びかけるが、言い出した彼女を含め腰が重い。
「いや、もう少し休もうぜ。オレも脇腹が痛い」
「そうですね」
カテリナはレナードの提案に即答した。彼女自身、かなり疲れていた。
その中で一人だけ身軽に立ち上がった者がいる。
「食料と薬を買ってこよう。まだ安全とは限らないからな」
クロムだった。
「そいつは助かる。過剰なくらい頼むな」
と、レナードは金貨を一枚放った。
「わかった」とクロムは魔術転送機を操作して地上へと戻っていった。
その背中をじっと見ていたコーネルがつぶやいた。
「買出しが目的とは思えませんね」
「だろうな。面白い話だったからな。殿下に報せるつもりだろう」
レナードはコーネルのような深刻な顔はしなかった。どこか楽しんでいるように見える。
「え、それってマズイじゃん!」
取り乱すアキラに、レナードはあっさりしたものだった。
「大丈夫だろ。むしろ知られるなら殿下のほうが魔術協会よりマシだ。オレやカテリナもついてるし、悪いようにはならないさ」
「ホントに大丈夫かよ……」
不安が拭えないアキラの正面には、のほほんとしたメモリがいた。同じ異世界人として、緊張感が足りないのではないかと腹立たしくなった。
「……なんでそんなにのんびり構えてんだよ? おまえのことでもあるんだぞ」
「ん? だってわたし、体がないから捕まらないもん。いざとなればカティーの背後霊やってればいいし」
「気楽だなぁ……」
アキラはため息が出た。
「まぁ、記憶がないから気楽でもないんだけどね。でもそれも、おいおい思い出せばいいかなって。今はまだ、迷宮攻略が終わってないし。まだ10階が残ってるんだから」
「それもそうだ。10階にはラスボスの魔術師がいて、即死魔法連発してくるんだよな。あれのおかげで運が悪いとRTAが終わっちまうんだ」
懐かしくゲーム『デス・エク』を思い出す。が、それを聞いた仲間たちの口は開いたまま塞がらない。
「……どしたの?」
不思議がるアキラ。
レナードは歯のかみ合わせを確かめるようにカチカチと鳴らし、ようやく声にできた。
「バカヤロ、そういう大事な情報はちゃんと共有しとけ!」
「え、いや、そりゃ10階に行けるようになったら言うつもりだったよ? まずはドルアーガを斃してからの話だし」
「そ、そりゃそうだが、準備ってモンがあるだろ……!」
言い訳がましいレナードは珍しかった。それだけ衝撃情報だったのだ。
「即死魔法なんて聞いたことがないわ。呪術の一種かしら……」
カテリナはラスボスの狂魔術師と戦うつもりがないとはいえ、問答無用で襲ってこられたら応戦するしかない。その準備はたしかに必要だった。
「ゲームではどうやって防ぐの? 魔法封じ?」
メモリが訊いた。
「希少アイテムの即死回避の指輪か抗魔法力増加装備、あと成功率は低いけど、メモリが言った魔法封じ魔法だな」
「そんな指輪は聞いたことがないわね。抗魔術装備はいわゆる魔力増加と同じだからいくつかあるわ。魔法封じの魔法は、闇系魔術であるにはあるけど、自分より高位の術師にはおそらく効かないわね」
「なら守りではなく攻めでいくしかない。単純に、攻撃を魔術師に集中して初手で斃すんだよ。RTAではむしろこっちが常道だった」
「それはそれで困るのよね。私の目的はその魔術師と話しをすることなのだから」
カテリナがため息を吐いた。同時にまた仲間たちが驚く。今度はアキラもそちら側だ。
「どういうことだ!? 狂魔術師と話すだって!?」
詰め寄るレナードに、カテリナは「あ」と可愛らしく口を塞いだ。
「このさいだ、おまえの目的もぜんぶ吐いてもらおうか。どうせクロムが戻るまで時間がある」
「クロムを待たなくてよろしいので? 仲間外れは可哀想では」
カテリナは迫る兄貴分を押し返そうと言い訳を探す。
「気にするな。聞かれればまた殿下に筒抜けになる。おまえもそれは望まないだろ? むしろ都合がいいはず」
「たしかにそうですが、おそらくもう、殿下は私が迷宮に来た理由をご存じでしょうね」
「なぜだ?」
レナードが体を引っ込めた。
「殿下が望むなら話していいと、ノエルには伝えてあるからです」
「ノエル? おまえが殺害しようとした、あの『大聖女』ノエルか!? ますますわからないぞ!?」
レナードはまたも身を乗り出す。
傍で聞いていたアキラはそれ以上にわからない。そもそも彼は『大聖女』を知らないし、カテリナが殺害しようとしたというのも信じられなかった。少年から見て、カテリナは厳しいが頭のよい、至極まともな性質で、他人を殺そうとする姿が想像つかないのだ。だが考えてみれば、カテリナは囚人としてこの街に送られてきたらしい。その罪が『大聖女』殺害未遂なのだろう。
カテリナは特大のため息を吐いた。「落ち着いた場所でゆっくり話すつもりでしたが仕方ないですね」と前置きした。
「狂魔術師の正体は私の大叔父にあたるダレン・アーモニアです。そしてノエルはその狂魔術師の孫、つまり私の再従姉です」
「「「はぁぁぁ!?」」」
予想どおりの反応だったので、カテリナは無視して続けた。昨日、メモリに語った話を簡略して伝える。その結果、彼らはまたも衝撃の大きさから意識が飛んでしまった。
「待てまて、魔神だとか、ノエルの魔力暴走だとか、30年前の真実だとか、情報量が多すぎる!」
頭を使うことに慣れていないレナードは、水袋を頭にのせて熱を冷ました。
「いろいろと背景を話しましたが、私の目的は突き詰めると一つなのです。ノエルの魔力増大を止めること。それが叶えば、魔神の復活もなく、彼女も生きられます。すべてが解決するのです」
「そのためにおまえは迷宮に来たってのか? 存在も知らなかったノエルのために?」
レナードは信じられない。公爵令嬢ともあろうものがその地位を捨て、囚人になってまで命がけでやることだろうか。
「元はアーモニア公爵家の謎を追っていただけでしたし、それだけでしたら迷宮にも来ませんでしたよ。ですが、私はノエルに遇ってしまったのです。あの子をわけのわからない奇病で死なせてたまるものですか。魔力さえ制御できれば、『大聖女』として国を支えていく存在となりえるのですから。それに国益を抜きにしても、あの子はくだらないアーモニア家の呪いと不幸を一身に被った分、報われなければなりません。こんなことで終わらせません」
カテリナが鼻息荒く断言する。彼女とノエルの間に何があったのかは想像もつかなかったが、全員がカテリナの心意気を感じ、ノエルのためだけでなく彼女のために力を貸してやりたいと思った。
「だがそれはノエルの祖父である迷宮の主に会えば解決するのか?」
「大教会や魔術協会がどうにかできるのであれば、それが一番です。でも、手遅れになる前にできるだけしたかったのです。その助言を得られるとすれば、かつての最高術師であるダレン様しかいません。魔神についても詳しいはずですし」
「そうだろうがな……」
レナードが訝しむのは、ノエルの祖父ダレンがまともに会話ができる相手であるかどうかだった。迷宮ができて30年、地下深くで多くの王国兵や探索者を殺してきたのだ。そんな人間が果たして『まとも』であるだろうか。答えは『ノー』だ。それはカテリナとてわかっているはずだった。わからないはずがない。それこそ『他にできることがなかった』結果の迷宮入りなのだろうが、あまりに無謀な行動と言わざるを得ない。
ルナやコーネル、アキラも同じ思考にいきついていた。空気が重くなっていく。
が、それを無視する者もいる。
「とやかく言ってもさ、もうここまで来てるんだから、気持ちよく協力しちゃいなよ」
メモリが晴れやかな顔でニコやかに言った。能天気にもほどがある、と一同は思ったが、その言葉は誰もが認めてしまえた。
「それもそうだ」とレナードは笑った。
「今までの苦労を無駄にしたくありませんしね」とコーネルは息を吐く。
「たしかに攻略目前で退く理由はありませんね」とルナは真顔だった。
「オレだって攻略が目的だからな」とアキラはやる気になっている。
「どうやら勝手に話が進んでいるようだが?」とクロムが不機嫌に言った。
「お、早かったな。ご苦労」
レナードがクロムに手を伸ばすと、彼は麻袋を投げつけた。
「おかえりなさい。大丈夫よ、もう一度あなたのために話すわ。あなたは私の命の恩人なのだから、仲間はずれにはしないわよ」
カテリナが微笑んで言うと、クロムは「ふん」とふてくされたように彼女の前に座った。
「ただ、殿下にはまだ報せないでね」
クロムは一瞬言葉に詰まり、「……わかった」と応えた。
話をすべて聞いたクロムは、意外とあっさりカテリナの狂魔術師との対話案をのんだ。元より彼に選択権はなく、『上』の命令で動いているだけなのだろうとはカテリナにもわかる。
「今度はそちらが話してくれると嬉しいのだけれど?」
「何をだ?」
「殿下の意向と、あなた本来の目的」
「ハァ……」クロムはわざとらしく大きく息を吐く。わかっているだろうと、言わんばかりだ。
「あなたが殿下の部下であるとわかったとき、最初は私の監視かと疑ったわ。でも、すぐに否定した。あなたは私が迷宮街に来る前から迷宮に潜っていたからよ。となれば、なぜ迷宮に挑んでいたのか――」
「わかったのか?」
「わかるわけないじゃない」カテリナは肩をすくめて首を振った。
「さっぱりよ。何かを探しているようにも、誰かを調査しているようにも見えなかったわ。冗談ではなく、あなたの目的がまるでわからないわ。悔しいったら、もう……」
カテリナの顔が芝居には見えず、クロムは珍しく笑みをこぼした。してやったり、と言外で語っている。
「当然だろうな。特定の誰かや何かを調べていたわけではないのだから。その最中にたまたまおまえとパーティーを組むことになっただけだ」
「特定ではない? とすると、迷宮全体?」
「迷宮を含めた迷宮街の調査だ。治安や市場、出入りする人・物などすべてな。殿下は迷宮街という特殊な町を今後どうするべきか考えておられるのだ。もちろん迷宮の脅威も調査対象だ。だから今の状況はオレにとっても無駄ではない。もしおまえが攻略に失敗したとしても、いずれ王家が攻略するための役に立つ」
「囚人である私が攻略しては、王家にとっては恥の上塗りね。直後に暗殺されそう」
「殿下が望めばな。が、そんな事態にはならないだろう。殿下はおまえを心配しているフシがある」
「あら、それは光栄だわ。元婚約者などにお気遣いいただき感謝いたしますわ。……それにしても、訊いた私が言うのもなんだけど、任務をバラしてよかったの?」
「ただの現場調査と知られたところで問題はない」
クロムはそれ以上語らず、自分用に買って来た食事をはじめた。
カテリナはクロムが任務のすべてを話したとは思わなかったが、少なくとも溜まっていた不信感はだいぶ薄れていた。それは、自分の隠しごとも明かせたことによる重みがとれたせいもあった。最後の一フロアは、全員が一丸となって挑めるだろう。ようやくカテリナ・パーティーはまとまったのである。
小休憩を終え、カテリナたちは再びドゥル・ナーガのいたホールを念入りに探索した。だがやはり、怪しい点は見つからなかった。
「まさか初めから10階に行かせるつもりがなかったとかないよな?」
時間をかけても成果が得られず、あのレナードすらが疑り深くなっていた。
「ドゥル・ナーガを斃した時点で魔術転送機が使えるようになっていたとか」
メモリの発言をクロムが即否定する。「移動フロアに10階はなかった」と。
「かといって、井戸部屋も仕掛けはなかったのだろう? マップ上に怪しい点はなかったか?」
「ありません。30ブロック四方、すべて歩きました。あとはもう、外壁としている壁の向こうしか可能性はありません」
カテリナが自筆の地図をレナードに渡した。受けとった彼は唸るのみである。
一同が困惑する中、アキラだけがずっと考え込んでいる。ゴールド・マトックの存在意義が頭から離れなかった。それに加えて迷宮全体の構成や、今までの仕掛けを洗い直してみる。
「……そうか、『ウィザードリィ』と『ブラック・オニキス』、それに『ドルアーガの塔』。もしかすると――」
アキラは一点を見つめた。
「なんかわかった?」
「うおっ」メモリが覗き込んでいたのに気付かず、少年は焦った。慌てて距離を取る。
「わかった気がする! とりあえず試してみないと!」
その声を聞きつけ、一同が終結した。
「アキラ、わかったのか!?」
「おそらく正解だと思います。カテリナ、マトックを貸してくれないか」
少年は黄金のマトックを受けとると、井戸に近づいた。
「『ウィザードリィ#1』は10階へ行くのにエレベータからすぐのシュートで降りる。『ブラック・オニキス』は井戸の底が地下五階につながっていた。『ドルアーガの塔』のマトックは外壁は壊せないけど内壁は壊せる。つまり――』
アキラは井戸の彫刻部分を軽く叩いた。そこは外壁ではなく、内壁に施された物だった。
彫刻を含めた内壁が消えた。その向こうは上下につながる空洞になっていた。かつては水を汲み上げる桶が連なり、地下深くから地上までの各フロアに水を供給していた。だが、今では装置が壊れ、桶すらも残っていない。迷宮の自動修復も井戸には及ばなかったようだ。
「そういう仕掛けか! わかっていたら地上から直通じゃないか!」
レナードが消えた壁から顔を覗かせ、上下を確認した。
「いえ、ゴールド・マトックがなければ無理ですよ。迷宮の壁は私たちでは傷もつけられませんから」
カテリナも下を覗き込む。微かに冷気を感じるのは、水が溜まっているからだろうか。
「あまり覗き込まないほうがいいよ。『ブラック・オニキス』の井戸の底にはクラーケンて魔物がいたから」
「クラーケンですって!?」
カテリナはレナードの服をひっぱり、いっしょに離れた。クラーケンは、海にいる巨大イカである。こんな井戸の底にいるような魔物ではないが、迷宮では何が出ても不思議ではない。
「いるのがわかってるなら、ここから魔術でもぶつけて先手必勝でいいだろ」
「そ、そうですね」
脳筋の発想は、時に人を助けるものだった。今回がその時であった。わずかに魔力が回復したカテリナが、井戸の底に向けて【穿岩弾】を数発撃ちこむ。激しい水柱とともに、吸盤のついた触手が舞い上がった。
「底のほうで暴れていますね」
「トドメは任せるわ」
魔力切れのカテリナは、ルナに後続を頼んだ。ルナは遠慮せず【穿岩弾】の雨を降らせ、触手どころか頭の断片や目玉を跳ね上げた。
静かになったのを確認し、さらにしばらく様子を見たうえで、ロープを垂らしてガーベラ=メモリを地下10階へ向かわせた。カテリナの【光】が先行する。
ガーベラは何の障害もなく15メートルほど下に降りた。
「こちら地下10階の井戸口前。下はまだ続いていて、水が溜まっているよ。クラーケンの死体はないね。核石が転がってるかもしれないけど、さすがに拾えないかな」
「それはいいわ。壁を壊してみて」
「はーい」と預かったマトックで壁を叩く。消失し、部屋があらわになるとガーベラは地下10階に降り立った。
「井戸部屋だね。魔術転送機はないなぁ。部屋は見慣れた3ブロック四方だね」
「転送機がない? またランダムなのかしら。他には? 魔物はいないわよね?」
「いないね。正面に扉が一枚。なんか今までにないほど豪華な扉。さすがラスト・フロアってカンジ」
「わかった。順次降りるわ」
一人ずつロープを伝って10階に降りる。ルナもカテリナも装甲型魔造物の補助を受けて無事に着地した。
「ここが地下10階……。この奥にダレン大叔父様がいらっしゃるのね」
カテリナは感慨深い。
「扉に何か書いてあるぞ。『決戦場』? この先の部屋が最後の戦いの場ってことか」
「おそらくそうなのでしょうね。あと一戦……。相手はダレン様なのか、それともドゥル・ナーガのような大物なのか」
カテリナはつばを飲み込んだ。相手がダレンであれば話し合いの余地はないかも知れない。別の敵であるなら、ダレンは戦うつもりがないのを表していると思っていいだろう。
「どちらにしても面倒な戦いになりそうだな」
レナードは傷む脇腹を撫でた。小休憩時に【治癒】を受けたが、魔力残量の都合で完治までは至っていない。
「今日は内部偵察だけして帰りましょう。またロープをのぼるのは大変だけど仕方ないわね。メモリ」
「はーい」と、ガーベラが扉の前にやってくる。扉の隙間からメモリ本体が中へ侵入し、奥を視察するためだ。
「まずは扉のチェックを……と、これはクロムの仕事かな?」
メモリが振り向くと、クロムは面倒くさそうに手を振った。
「ここに来て罠を仕掛けるわけがないだろう」
「それもそうだね」
ガーベラの手が扉に触れた。
バタン!と大きな音を立てて扉が内側に開いた。
「え、え、ええ!?」
驚くメモリの声が一番大きかったが、全員が虚を突かれていた。
次の瞬間、彼女たちは闘技場のような場所に立っていた。周囲は観客席が並んでいたが、観客は誰もいない。背後の3ブロック先に井戸部屋が見えたが、扉が静かに閉まっていった。
「マジかよ。ボス連戦の上に、回復だってほとんどしてないんだぞ」
アキラが視線を忙しく走らせながらボヤいた。
「私に至ってはクラーケンで魔力を使い果たしたわ」
カテリナは冷汗をかいていた。決戦場は狭く、逃げ場もない。ここでドゥル・ナーガでも湧いてこようものなら対処のしようがない。
「どこに罠がないって?」
レナードは強がりとわかる笑みを浮かべた。
「魔術的なものならそもそもわからん」
クロムは弓をかまえた。文句を並べていても事態は悪くなるだけである。
「いざとなればクロムの謎の術がどうにかしてくれますよ」
コーネルも武器を抜いて身構えた。
「あれは一日一度でせいぜいだ。オレの寿命が縮む」
「ケチって死んだら何年残っていようが関係ないだろ」
「おまえのそういうところがキライなんだ!」
クロムはレナードに文句を言った。
そんな漫才が終わったとき、彼らの頭上に黒い靄が現れ、人の姿となった。顔はよくわからないが、黒いローブを着た白髪の老人だった。右手には黒い水晶球が握られている。
「よくここまで来れたものだ。それは褒めてやろう」
老人の声は四方八方から響いた。
「ダレン様!?」
カテリナは初めて対面する大叔父から強い殺意を感じた。戦いは避けらない。彼女は汗に滲む手を強く握った。
おまけ
「思ったんだけどさ」
「なに?」
「あのクラーケンて、30年間ずっとあそこで待ってたんだよね」
「そうね」
「あんな狭いところで、いつ来るかもわからない、もしかすると永遠に来ないかも知れない探索者を待ち続けたんだね」
「そうね……」
「おじさん、ヒドくない?」
「……そうね」




