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悪役令嬢は聖女なので迷宮懲役囚になりました  作者: 広科雲


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27 ドゥル・ナーガ[後編] 7.26

 ドゥル・ナーガの槍で吊るされたサイサリスを眼前にして、カテリナは血の気が引いた。言葉が出なくなり、体が震える。

「…………メモリ?」

 擦れる声がようやく出た。

「メモリ! メモリ! 聞こえる、メモリ! 返事をなさい!」

 カテリナが知らない名前を連呼する。レナードたちはサイサリスの惨状よりも、彼女の正気を疑った。

「馬鹿メモリ! さっさと応えなさい! いるんでしょ! いるわよねぇ!」

 涙さえ浮かべて訴えかける姿も、ドゥル・ナーガには関心がない。むしろ的がわかりやすくうろたえているのが理解できた。右の槍を振り回し、サイサリスの体を投げ捨てる。そして、改めてカテリナを狙う。

 カテリナは柱にぶつかり床を転がるサイサリスを目で追った。動かないサイサリスに、彼女の心もまた停止した。

 二本の槍がカテリナを襲う。仲間たちの叫びもカテリナには聞こえていなかった。

 しかし彼女は右の槍を避け、次の左槍も躱し、バックステップを踏んで距離を開けた。そして両手を掲げ、つぶやく。「ゴー」と。

 12本の【穿岩弾(ロック・ブラスト)】がドゥル・ナーガの顔面にぶつかり、弾け、砕き、刺さり、削り、撃ち、裂き、掠め、壊し、潰し、抉り、穿つ。

 原形をとどめないドゥル・ナーガの頭部を、全員が唖然として見つめていた。

 その中で、カテリナは極上の笑みを浮かべてポーズをとった。

「正義はァ、勝ァつ!」

 仲間たちはさらに呆然とした。

『――って、メモリ!?』

『駄目だよ、ぼっとしてちゃ。まだ戦闘中だよ?』

『あなた、あなた……!』

 カテリナの体はそばに落ちていたMASAMUNE BLADE!を拾い、ガーベラの埋まっている場所に向かって走り出した。

「勝手に人の体を使わないで!」

 カテリナはメモリから体を取り戻し、文句を言った。

『だってカティー、ぼーっとしてるから。危なかったよ。あ、とにかくガーベラのところへ行ってね』

 カテリナはまた走りだした。

「あなた、無事だったならすぐに返事をなさい!」

『無事も何も、わたしは死なないってば。サイサリスが動けないから抜けたんだけど、ガーベラまで遠くて移れなかったんだよ。そしたらカティーがやられそうになってたから慌てて憑りついたの。まったく、無駄にわたしの心配なんかしちゃって。危なかったんだからね!』

「……無駄?」

 カテリナはピクッとした。

『そりゃ、心配してくれたのは嬉しいけどさ、わたしと違ってカティーは本当に死んじゃうんだから、もっと自分を大切に――』

「馬鹿! この馬鹿メモリ! 死なないからどうでもいいなんて言わないでよ! 頭でわかってたって、あんな姿を見て、平気なわけがないでしょう!?」

 カテリナがまた涙を振りまいた。速度が落ち、一歩ずつ踏みしめるように歩いていた。

 さすがのメモリも言葉に詰まる。オロオロしてどうしたものか悩んでいると、ガーベラに移れるだけの距離に移動していたようで、彼女はともかく憑りついた。

 ガーベラが瓦礫を押しのけ、立ち上がる。

「あの、えーと、ゴメン。ありがと」

 ガーベラはカテリナを抱きしめ、そう伝えるので精一杯だった。

「……オレはいったい何を見せられているんだ……」

 レナードがつぶやくと、同意するようにルナたちもうなずいた。

 「ガーベラがしゃべってますね」とルナが指摘した。

 「中の人がいた!?」とアキラが驚く。

 「メモリって誰だ?」レナードが仲間に訊く。

 「わたしは知りません」コーネルが首を振る。

 「カテリナの関係者にその名はない」クロムが身辺調査書を思い返す。

 そして再び『いったい何を見せられているんだ』という疑問に返るのだった。

 その視線に気づき、ガーベラ=メモリが頭をかきながら言った。

「あー、詳しい話はあとで。それよりレッド……レナード、早くドルアーガを真っ二つにして核石を壊して。ほっとくとすぐに復活するよ」

 ドゥル・ナーガもサイサリスやガーベラと同じ粘土魔造生物(クレイマン)だとすれば、核石が生きているかぎり復活は自明だった。

「お、おう……」

 依然、状況は不明だが、優先順位を違えるわけにはいかなかった。レナードは宝剣に力を込めながらドゥル・ナーガに近づいた。

 「ドルアーガ……?」アキラは首をかしげていた。

「さてさてカティー、もういいかな? あとでいくらでもあやまるから、やることやろ? ね?」

「子供をあやすみたいに言わないでちょうだい。あとであなた、面白生物の形に変えて酒場のカウンターに鎮座させるから」

「やーめーてー!」

 ガーベラが頭を抱える。カテリナの造物センスが壊滅的なのは思い知っている。

 「ふんっ」とガーベラに背を向け、カテリナは二本目の魔力回復薬を飲み干す。

 彼女が当面の敵を見ると、レナードの奥義が炸裂したところであった。

 それは頭部の半分を失ったドゥル・ナーガを縦に二分し、核石を割るはずだった。

 胸の中心にブレイズ家の宝剣が届いたとき、金属同士のぶつかるような音と、弾ける音が続いた。

 砕けたのはブレイズ家の宝剣であった。

「なっ……!」

 レナードは空中を飛ぶ宝剣の半分を見た。トドメのつもりで渾身の一撃を与えたはずであった。だが、剣は核石にヒビすら入れられずに砕けた。

 それがまるで起動スイッチのように、ドゥル・ナーガは体を痙攣させた。失われた頭部が再生していく。

「レナード様、退がって!」

 カテリナの叫びはわずかに遅く、呆然としていた戦士は蛇巨人の右の剣で横薙ぎされた。彼の戦士としての本能が宝剣を盾にしたため切断にはいたらなかったが、その威力は打撃力となって彼を襲い、吹き飛ばされて近くの柱に激突した。

 近くにいたルナが駆け寄り【治癒(キュア)】を施すが、肋骨が三本は砕かれていた。すぐには治らない。

「カティー、予備の核石をちょうだい! ガーベラの修復を急ぐ!」

 ガーベラが早口でまくしたてた。カテリナは腰のポシェットから大き目の核石を出してガーベラに渡した。

「カティーは離れて。わたしが引きつける」

 核石を胸に押し込め、MASAMUNE BLADE!を握りしめる。

「でもあなたじゃドゥル・ナーガの外皮すら破れないのよ!」

「硬さ勝負ならMASAMUNEは負けない。ならきっとあいつの核石だって壊せるはず」

「だから、そこまで攻撃が――!」

 焦るカテリナの頬に、ガーベラが触れた。

「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」

「……っ」

 「ばい・あんざいかんとく」ガーベラはマスクの下でニヤリと笑った。

「まだ慌てるような時間じゃない、てのもあるよ!」

 ガーベラは肩をグルグル回し、軽く跳躍して、ダッシュした。

「なんでスラムダンク!?」

 アキラがツッコむが、誰もかまう余裕はなかった。

 ガーベラは走った。ドゥル・ナーガを翻弄し、速さを活かした抜刀を繰り返した。敵は小さな傷をいくつも作った。彼女は大きな傷をいくつも負った。それでもガーベラは走った。

 それに呼応して、カテリナも、ルナも、アキラも、コーネルも、クロムも援護を惜しまなかった。

 感情のないはずの魔物すらも、ついには根負けしたのか、胸元ががら空きになった。

「マンガの神様、一度でいいから使わせてください、飛天の奥義!」

 ガーベラは納刀し、溜めを作りつつ最高速度を出した。

「あまかけ――!」

 がら空きだった胸元は、誘いの手であった。六本の腕がガーベラに向けて疾走する。

 メモリは知っていた。知っていて、賭けるしかなかったのだ。自分と仲間を信じて。力と技と団結を信じて。一点の勝機。一縷の望み。ここしかなかったのである。

 だが。

 ガーベラは宙を飛んでいた。もっとも速く襲ってきた左中腕のアッパー・スイングに殴りつけられて。

『ゴメ……。ダメだった……』

 自分が天井を見ていると気付いたときには、次の右中腕のストレート・パンチが無防備な体を叩いていた。正面にドゥル・ナーガが見えた。その距離は瞬く間に遠ざかり、柱に衝突して一本分の瓦礫に埋まっていた。

『さすがに、これ……』

「メモリぃぃ!」

 カテリナの叫びが響く。仲間たちも勝機を失い、攻撃の手が止まった。

 ドゥル・ナーガはその空気を感じとったかのように腕を下ろした。ガーベラにつけられた傷と、頭部の修復に入る。

 動かなくなったドゥル・ナーガを前にしても、ルナたちは荒い呼吸を繰り返すだけだった。

 レナードは立ち上がったが肋骨が傷み、どれだけ戦えるか自分でもわからなかった。仲間を見渡すと、カテリナはガーベラが埋まった瓦礫の山を見つめたまま震え、ルナもコーネルもあきらめが表情に現れている。クロムはしきりに舌打ちを繰り返しているが、もはや虚勢にしか見えなかった。

「アキラ――」

 残りの一人に呼びかける。少年も疲労で腕は落ちていたが、武器を握る手は力強かった。

「クソッ、あいつホントにドルアーガじゃないのか? 聖剣がないと斃(たお)せないとか勘弁しろよな」

 そんなことをブツブツという少年に、レナードは和んでしまった。

「我が家伝来の宝剣は聖剣じゃないってのか?」

 独り言にツッコまれ、アキラはたじろぎながらも持論を吐きだした。

「え? い、いえ、そうは言いませんけど、オレの知ってる聖剣は折れたりしません!」

「あの刀みたいにか?」

「そうです。あの刀に師匠の奥義が合わされば斃(たお)せそうなんですけど……」

「それは無理だ。あの奥義は宝剣の能力によって増幅されたものだからな。ただ硬いだけのあの刀では威力半減だ」

「そうなんですよね。ぐぬぅ……」

 悔しがるアキラを、レナードはほほえましく思った。あの役立たずが成長したものだと感慨深い。

 この短いインターバルに、カテリナ・パーティーはどうするべきか話し合う余裕もなかった。全員、打開策が思いつかない。なにより、切り込み隊長のサイサリスとガーベラの戦線離脱は大きい。クレイマンがいたから今までも戦ってこれたのである。サイサリスは戦闘の要であり、心の支えでもあった。

 ドゥル・ナーガがわずかに動いた。

「どうせオレは迷宮を突破するか、野垂れ死ぬかの二択だったんだ。なら、最期まで足掻くだけだ」

 アキラが盾を上げ、槍を構えた。

「その話、詳しく聞きたかったが、どうやらその暇はなさそうだ」

 レナードは左手で脇腹を押さえつつ、折れた剣をドゥル・ナーガに向けた。

「レナード様を先に死なせるわけにはいきませんよ」

「ったく、だからブレイズ家のボンボンとは関わりたくなかったんだ!」

 コーネルとクロムも一歩踏み出した。

「わたしも、夢はあきらめません」

 それまで援護に徹していたルナも前線に進み出た。

「……」

 カテリナはうつろな目で、動けないままだった。

 と、彼女が見つめる先で、小さな石が転がった。声が漏れてきた。

「……から見てもスーパーマンじゃない」

 石がさらに崩れた。

「スペース・オペラの主役になれない。危機一髪も救えない。ご期待通りに現れない」

 ガラガラ、ガラガラと瓦礫が流れる。

「ため息つくほどイキじゃない。拍手をするほど働かない。子供の夢にも出てこない。大人が懐かしがることもない」

 刀を握った右腕が、瓦礫の山から飛び出した。

「……メモリ!」

「だからといってダメじゃない。スターダスト・メモリ、ダメじゃない!」

 左腕も出た。

「けっこうイイトコあるんだぜ。スターダスト・メモリー、ふっかァつ!」

 勢いよく立ち上がるガーベラに、ドゥル・ナーガすらが不思議なものを見るような目をしていた――ようにアキラには思えた。同時に、アキラは確信していた。あいつ絶対、同郷だろ、と。どこの異世界に、『宇宙船サジタリウス』を歌う人間がいるものか。

「あー、さすがにヤバかったぁ……。核石を新しくしてなかったら動けなくなってたよ」

「メモリ!」

「お待たせ。さて、第3ラウンド、いってみよーかー!」

 そう言ってガーベラは会心の笑みを浮かべた。その素顔に、アキラとクロムがドキッとした。他三名は唖然としている。

「メモリ、顔かお!」

「へ? あ、修復しすぎちゃったよ。……ま、いいか。どうせもうバレてんだから。サイサリス&ガーベラの中の人、メモリでっす! とりあえずよろしく!」

 調子にのってポーズを取ってウィンクしてみる。戦闘でテンションが上がり過ぎて、自分でも抑制がきいていないとわかっていた。

「あ、あれは何です!? 人間ですか!? ゴーレムですか!?」

 ルナがカテリナに詰め寄った。

「その件はあと! 今はドゥル・ナーガを斃すことに集中よ!」

「~~~っ」

 いろいろと言葉を飲み込んでルナは引き下がった。

「ガーベラ……メモリ?が復活して士気は上がったが、実際どうするかだ」

 レナードがドゥル・ナーガと距離を詰めながらカテリナに問いかけた。

「それは……」

 カテリナにも明確な手段はない。本体頭部を狙うという策は間違いではないが、きりがないのは確かであり、持久戦は不利にしかならない。

「大丈夫、わたしが考えました!」

 メモリが手を上げる。注目が集まる中、メモリはMASAMUNE BLADE!をその人物に投げた。彼が受け取ると、皆の視線はそちらに移った。

「キミがこの戦いに決着をつける鍵だよ。キミにしかできない仕事だからね」

「オレにしかできない仕事……?」

 アキラは手にしたMASAMUNE BLADE!を呆然と見下ろした。

「レッドの武器は壊れた。わたしの刀も通らない。なら、それを超える武器が必要なんだよ。そう、聖剣がね! ドルアーガを斃す必須アイテム、聖剣エクスカリバーをキミが創るんだよ!」

「いや、ちょっ、待ってくれ! オレが聖剣を創る!? どうやって!?」

「もちろん、【工作(クラフト)】に決まってるでしょ。キミしかできないんだから」

「いや、でも……」

 アキラに自信はなかった。【工作(クラフト)】は鍛えてきた。しかし、未だ単純な物しか作れてはいない。まして聖剣などできようはずもない。

「そういうことなら、アキラ、これも材料にしていいぞ」

 レナードがブレイズ家宝剣の成れの果てを少年に押し付けた。

「これならおまえの望む剣が創れるだろ? 絶対に折れない魔力増加付与の聖剣だぞ!」

「でも、オレ――!」

「失敗しても恨みはしない。今のおまえを全力で試してみろ。これまで続けてきた努力を無駄にするな。自信を持て」

 レナードはアキラの背を叩き、後方へ押しやった。聖剣ができるまでの時間稼ぎが、レナードたちの役目である。

「レナード様、メモリ、これを!」

 コーネルが気を利かせて、二人に粘土魔造生物(クレイマン)ガーベラが使っていた魔剣を一本ずつ放った。

「大丈夫、アキラには中二病のセンスがある! てんこ盛りの聖剣、創ってみてよ!」

 メモリは疑いようのない笑顔でアキラを励ました。そして+4魔剣を手に、「うりゃぁ!」と走りはじめた。

 その姿を、アキラはよく知っている。彼女は迷宮で常に走り回り、先陣を切って戦い、傷ついて、皆を守ってきた。そして、元の世界でも似たような姿を見たことがある気がした。放課後の校庭で、部活動を終え下校する一団の中に、剣道ではやらないであろう抜刀術の練習をしては笑い、笑われていた少女がいた。一年生のときのクラスメイトで、接点はなかったが、名前は覚えている。

「九重(ここのえ)……」

 アキラはポツリとつぶやいた。

「……!」

 その声はカテリナには明瞭に聞こえていた。メモリがアキラに託したように、カテリナも彼に託す物があり、近づいていたからだ。

 カテリナは聞こえなかったふりをして、アキラに右中指にはめていた指輪を差し出した。

「これは魔力を増幅する効果があるわ。あなたがやろうとしているのは、現時点ではまず不可能と思われる大魔術よ。でも、メモリとレナード様は託した。だから私も信じてみるわ」

 カテリナはさらに腰のポシェットから核石を無造作に鷲掴み、アキラに押し付けた。

「足りない魔力をこれで補いなさい。【工作(クラフト)】ならそれくらいやってくれるわ。わからないけれど」

 一方的に用件を終えると、カテリナはドゥル・ナーガのほうへと向き直った。

 と、今度は杖が放られてきた。アキラが床に落ちたそれと、投げた持ち主を交互に見る。

「使え。その杖も魔力増幅効果がある。今のわたしは盾役として前へ出るので使わぬ。かわりに大盾をもらっていく」

 ルナはアキラを一瞥(いちべつ)して前線に向かった。

「みんな……」

 アキラは全員の背中を見送り、託されたアイテムをかき集めて柱の陰に隠れた。

「やってやるよ、聖剣だって何だって創ってみせる!」

 少年は杖を右手に、指輪を左小指に身につけ、床にMASAMUNE BLADE!、折れた宝剣、十数個の核石を並べた。一息つき、彼が理想とする聖剣を思い描く。ロトの剣、光の剣、ドラゴンスレイヤー、クレリアソード、レーザーブレード、ライトセイバー、太陽剣、リボルケイン……。少年の脳裏に多くの剣が浮かび、消えていく。どれが最強なのか、何が聖剣らしいのか、絞り切れない。悩んでいる時間がないのが、余計に彼を迷わせる。そしてハッとした。彼女の言葉に従えばいいのだと。

「てんこ盛りの、聖剣……!」

 アキラは足もとの材料に杖を向け、【工作(クラフト)】を唱えた。

 アキラが隠れた柱の裏が光りはじめた。カテリナたちは聖剣制作の開始を知り、一瞬だけ安堵した。彼の実力で魔術が発動するのかすら不安だったのだ。どうやら第一段階は突破したようだが、これからが長い。完成まで彼は動けず、集中を乱してもならない。大物を創るとあれば尚更である。

 実際の時間は10分となかったであろう。しかし、その10分を稼ぐのに死力を尽くしていた。カテリナはもちろん、ルナの魔力も限界に達し、レナードは本領発揮もできない。コーネルの小細工も、ガーベラの攻撃もほとんど意味を成さなかった。クロムに至っては矢が切れ、回収しながら戦わねばならなかった。

 しかしそれでも彼らは持ちこたえた。

「できた! これがオレの理想の聖剣だ!」

 完成したのをもっとも喜んだのは制作者のアキラであろう。魔術素養も薄く、未熟であり、不慣れであった。ぶっつけ本番で大作ができたのは奇跡のようなものだった。

「メモリ!」

 柱から出て剣を掲げる。ガーベラ=メモリはすぐに駆け寄った。

「できたの!?」

 「これは――」アキラは言葉に詰まり、顔を赤くした。言えなかった。九重(かのじょ)がこれを振る姿を想像して創った、などと。

「? 剣じゃなくて、刀なんだね。MASAMUNEが主体だから?」

「そ、そう! それに、オレがカッコいいと思った形にしたかったんだよっ」

「いいね。わたしも刀好きだよ」

 受けとった刀を鞘から抜こうとして、アキラが「待って!」と慌てて止めた。

「その刀には必殺技があって、抜刀から一秒間だけ最高出力が出るようになってるんだ」

「なぜにそんなギミックを!?」

 メモリがツッコむ。

 「カッコいいから」アキラは真顔で言った。

 「それはそう」メモリも真顔で応えた。

 「何を言っているの、この子たち!?」離れたところで聞いていたカテリナは血の気が引いた。

「鞘に納めている時間が長いほど威力が上がる。マックスまでに23時間かかるけど、今はマックス状態にしてある」

「どっかで聞いたような設定だけど、いいね!」

 「いいの!?」カテリナの小声ツッコミは続く。

「つまり一撃必殺の抜刀術をかまして来いってことだね」

「うん。だけど、これが本当に通用するかはわからない」

 アキラはうつむいた。この中でもっとも弱い人間が創った未熟な武器だ。むしろボス級の敵に通用すると考えるほうがおこがましかった。

「大丈夫、アキラの武器はこの迷宮で一番だよ。だって、『デス・エク』を知り尽くした人が創った武器なんだから」

 アキラが顔を上げると、嘘のない笑顔があった。

「キミはRTAで日本一になったほどやりこんだんでしょ? 熱中して、努力して、試行錯誤して、何度も何度も挑んできたってことじゃない。それってスゴイと思うよ」

「……っ」

「継続と努力は裏切らない。たとえ一番になれなくたって、その技術は体に染みついて、きっとどこかで役に立つ。それがこの刀なんだよ」

「九重……」

「ココノエ……?」

 アキラはハッとして口を塞いだ。メモリは少し考え、息を吐いた。

「……わたしさ、記憶ないんだよね。そっか、それがわたしの名前なんだ。下も知ってたら教えてくれる?」

「叶(かなえ)。九つ重ねるに、夢を叶えるの叶(かなえ)。一年のとき、クラスメイトだった。今は二年生でクラスは別」

「ココノエ・カナエ……。ありがとう、教えてくれて」

「いや、オレが知ってるのはおまえが剣道部だってことくらいだ。あとは全然知らない」

「充分だよ。でも! 今はメモリだからね! まずはあいつを斃してくるよ!」

 背を向けるメモリに、アキラは特別な応援はできなかった。

「継続と努力が裏切らないなら!」

「ん?」

「おまえならやれるよ! 居合道も抜刀術も習っていないただの剣道部員だろうけど、おまえが好きでやってきたことは絶対におまえを裏切らない! だからやれる!」

「それって、わたしが学校でも抜刀の真似事してたってこと? 竹刀で?」

「やってた。校庭でやって剣道部の先輩や先生に見つかって怒られてた。危ないからやめろと言われても、隙をみてやってたよ」

「そっか。わたし、そーとーバカだったんだね」

「バカは好きの証だ」

「だね! ……そうそう、この刀、名前は?」

「真聖刀(しんせいとう)『義留我座無音(ギルガザムネ)』。義によって我は留まり、座して音は無し」

「いや、ドラグナーじゃん! でも、いいね!」

 メモリは今度こそドゥル・ナーガに向けて歩き出した。

「みんな! アキラが聖刀ギルガザムネを創ってくれたよ! これで終わりにするから、最後にもう一度だけ助けて!」

 メモリは左手で鞘を掴んで掲げて見せた。

「これが正真正銘最後の一撃! これでダメならあえなく全滅! だから出し惜しみなしで一斉に攻撃して! わたしはその隙に絶対あてる! 絶対斃す!」

 メモリの呼びかけに、カテリナたちは自然と笑みを浮かべた。

 「私は残り三発顔面に!」カテリナが【穿岩弾(ロック・ブラスト)】をセットした。

 「わたしも全魔力を左肩に」ルナは少し距離を取った。

 「オレとコーネルは右だ。邪魔はさせん!」レナードがドゥル・ナーガとの間合いを詰める。

 「了解です」コーネルが従う。

 「投槍(ジャベリン)で心臓を!」アキラが槍を手にした。

 「仕方ないな」クロムは弓を捨て、柱の陰に潜んだ。

 ドゥル・ナーガはゴーレムでありながら何かを感じとったようだ。周りを囲む人間ではなく、正面の離れたところにいるメモリを睨みつけ、待ち構えていた。

「……天を翔ける龍にはなれないけれど、大地を駆け抜けるくらいはできる。地平線の向こうまで、わたしは行ける!」

 メモリがダッシュをかける。同時に、全員が動いた。

 魔術が放たれ、剣が走り、槍が飛ぶ。

 しかしドゥル・ナーガの腕の二本は、他にどれほどのダメージを負おうと胸の前からは動かなかった。最強硬度の肉壁が、メモリの攻撃を受けまいと固めている。

 それがわかっていてもメモリは止まれない。仲間たちは限界だった。次のチャンスはないのだ。あとはこの一撃を信じるしかなかった。

「【六精がひとつ、ラグゾン】」

 レナードたちの背後から、得体の知れない黒い霧が突然現れた。それはドゥル・ナーガの頭部を覆う。

 突然、視界が途切れ、音が消え、周囲の気配さえも感じとれなくなったドゥル・ナーガは、残していた二本の腕で黒い霧をかきむしった。だが、感触はない。対処不可能な事態に陥り、ドゥル・ナーガは暴れた。

「そのまま行け! ラグゾンを解く!」

 クロムが叫んだ。メモリはその声を聞いた気がするが、内容を咀嚼する余裕はなかった。

 腰にギルガザムネをあて、最後の一歩を踏み出す。その一歩は、右足だった。

「地駆叶閃(ちをかけるかなえのひらめき)!」

 闇が解けた瞬間にドゥル・ナーガが見た光景は、一人の少女が放つ抜刀術だった。

 そしてそれがドゥル・ナーガの目が映した最後の光だった。

 メモリの一刀は、ドゥル・ナーガの腕ごと上半身を切断し、核石を二つの半球体へと変えた。

「……終わったよ、カティー。たぶん、わたしの役目も……」

 メモリは転がってきた二つの半球体をギルガザムネで砕いた。ドゥル・ナーガの体は溶けていき、やがて消えていった。

 全員の歓喜の声がこだました。




おまけ

ドゥル・ナーガ撃破後――

「アキラ、頼みがある」

「な、なんです? すごい真面目な顔で……」

「おまえの【工作(クラフト)】で我が家の宝剣を作り直してくれ! 折れた剣先はここにある!」

「素材がこれだけじゃ無理ですよ!」

「この魔剣も使っていいよ。+4と+1の魔剣」

「助かる、メモリ。……これでどうだ?」

「魔剣が二本に宝剣の半分……。単純にレベルで考えても元のようにはならないんじゃないかなぁ……」

「このさい形だけもかまわない、頼む!」

「拝まないでくださいよ! ……帰ってからでいいですか? 今は魔力もないし、集中もできそうにないので。それに、やるならもう少し素材を足して成功率を高めたいです」

「そうだな、ボッターで魔力増幅系のアイテムを探すとしよう」

「失敗したらこの『義留我座無音(ギルガザムネ)』をあげるよ。迷宮攻略が済めばいらないし。激闘の果てに宝剣が進化した!て言えばブレイズ家なら大丈夫!」

「おお、たしかにそれならゴマかせそうだ!」

(((脳筋一家!)))


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