26 ドゥル・ナーガ[前編] 7.26
地下9階攻略初日の朝、ドゥル・ナーガのいるであろう部屋の前で、レナードが唐突に言った。
「なぁ、作戦を変更していいか?」
「……なぜでしょうか?」
間があいて、カテリナが問い返した。
「考えてみると、オレの奥義は数秒の溜めが必要だ。その隙をドルなんとかが与えてくれるかわからない。なら奇襲で一発ぶちかましたほうが結果的に有利じゃないか? いいのが入れば上々、かすり傷でも悪くはない。まったく無傷ならそもそも勝ち目はない」
「初手で判断ということですか……」
カテリナは考え込んだが、ルナやメモリは賛成した。
「威力偵察なのですから、それくらい大胆でもよいのではないでしょうか」
『どうせならその一撃で終わらせちゃえー!』
その意見をカテリナは全否定するつもりはない。が、万事、慎重な彼女は、その初手を敵がおとなしく受けるだろうかと考えてしまうのである。
「それを実行するにしても、サイサリスを先行させて囮にしますよ?」
「もちろんだ。全員が展開して注意を逸らしてもらう」
「わかっておいででしたら、どうぞお任せいたします」
「少しでもいいのが入ったら、きのうの作戦に移行だ」
レナードの言葉に全員が了解の返事をした。
「はじめよう」
レナードがブレイズ家に伝わる宝剣を抜いた。
「サイサリスは直進、コーネル様とアキラは左右に展開して後背を狙うように見せかけて。クロムはサイサリスの援護を。ロード4、オーダー8、ゴー」
カテリナはカード魔術ナンバー4に保存していた【改良型高位防御膜】を全員にかけた。地下9階以降の敵に備えて【高位防御膜】に改良を加えた全耐性防御魔術である。彼女の魔力はこれでほぼ半分は失われる。それも想定内なので、魔力回復薬を五本用意していた。一日三本も飲むとかえって魔力が乱れるので、三本は他者のためである。
さらにカテリナはコーネル、サイサリス、アキラの武器に【回刃】をかける。風の刃が渦巻いた。
「コーネル、開けろ!」
レナードの指示でコーネルとアキラが鉄の扉を押し開ける。
人が入れる隙間ができるとサイサリスが踊りこんだ。続いてコーネル、アキラが走る。クロムが素早く手近な柱に隠れると、レナードも剣を燃え上がらせ別の柱に寄った。ルナは【聖盾】を発動できる構えをとりながら直進し、最後に魔力回復薬を一本空けてからカテリナとガーベラが足を踏み入れた。
ルナの話どおり、迷宮のほぼ一フロアを使った大ホールであった。壁の代わりに円柱が規則正しく並び、魔術の光を灯している。その緩やかな光に照らされて、部屋の中心に準巨人並みの体躯を持った魔物がいた。戦闘態勢ではないのか、六本の腕はだらんと下がっており、顔もうつむいたままだ。
「射程外だからか? 動きがない。だがこっちは――」
クロムが素早く弓を引き、柱から飛び出す。高硬度魔物用に特注した鋼鉄の矢である。新しい弓と合わせて、竜獣の鱗さえも貫通する。
放たれた黒鉄矢に気付き、まだ標的にたどり着いていないアキラは「クロムさんか。早い、早いよ」とつぶやいていた。その無駄口は、戦闘への慣れと自信からくるものだった。
不吉な気配を察したのだろうか、ドゥル・ナーガは突然体を起こし、迫りくる矢を凝視した。右手の下段にある剣で弾き、雄叫びをあげる。
「起きたか!」
レナードは三本目の柱に隠れたところである。あと15メートルはある。舌打ちして走った。
『おっまたせー!』
サイサリスがドゥル・ナーガの直前でストップした。仮面の中で笑い、MASAMUNE BLADE!を抜きはなって見せる。そして負けじと吼えた。
蛇巨人は眼下の赤鎧ゴーレムを無機質に見た。ゆっくりと左右下段の剣を、右中段の杖を、左中段のメイスを、左右上段の槍を握る腕を広げていく。まるでサイサリス一点に、すべての攻撃を向けるかのように。
次の瞬間、黒い矢がドゥル・ナーガの頭部めがけて飛んだ。知っていたように左の剣で弾き、再びサイサリスを見た。が、すでに小さな標的は消えていた。
ドゥル・ナーガの両眼が別々の動きで標的を探す。いた。それは目の前に、いた。ジャンプからの下降中だった。
『うりゃぁ!』
サイサリスの刀はドゥル・ナーガの両眼を水平に捉えていた。横一線。蛇のような眼球が、上下に切り裂かれた。
それがたとえ魔造生物であろうと、魔神の眷属を模していようと、大事な器官を突然失い、大きくのけぞった。
「上出来だ!」
レナードが立ちはだかった。高熱を放つ白炎刃を掲げ、縦一文字に振り抜く!
ブレイズ流真奥義『断空我』は、ドゥル・ナーガの上半身を切り裂いた。
「え、もしかして、終わった……?」
『やったか、は言っちゃダメだからね!』
わけのわからないメモリの忠告にかまわず、カテリナは扉のそばで見守った。
「浅い!」
レナードは続けて剣を振るう。が、よろめきながらもドゥル・ナーガは二本の槍を突きだしてレナードを襲った。彼はたたらを踏むように退がった。
「こいつ、魔術の盾なんてなくても相当硬いぞ! 刃が滑りやがった」
傷口をよく見ると、初撃が当たった場所は深いが、だんだんと傷口は浅くなっていた。
『え、でもわたしは斬れたよ?』
『眼球だからでしょう? もしくはあなたにやられたことで防御力を上げたか』
『ぬぬぬ、目玉を突き刺して脳みそコネコネばよえ~んするべきだったか!』
ドゥル・ナーガが杖を掲げた。
「魔法!?」
全員がとっさに手近な柱に隠れた。
しかし予想された強力な攻撃は訪れず、蛇巨人の周囲に緑色の光が舞っていた。
「【治癒】!? 目と胸の傷が簡単に塞がっていく!」
「こいつは厄介だな。やはり杖は落とさないとダメだ」
「振り出しね。いったん退きましょう! 相手の能力が少しわかっただけで充分よ!」
カテリナが声を掛けると、全員が撤退のために遠回りに動きはじめた。
扉に一番近いカテリナが振り返ると、扉がなくなっていた。
「……え?」
彼女は扉から数歩しか離れていない。ガーベラの位置も同じだ。しかし、あったはずの扉がなくなっていた。
「扉はどこ!?」
カテリナは壁を見渡した。しかし、見える範囲にはなかった。その声にルナも駆け付けた。
「そんな。わたしたちのときは、扉はちゃんとあった!」
ルナは最悪を想定した。カテリナも同じ想像をした。
迷宮とは、侵入者を排除する狂魔術師が造った施設である。誰も最深部へ近寄らせないため、敵を殺すための存在だ。最大の効果を上げるには、もっとも深い場所へ誘いこみ、逃げられないようにし、圧倒的な力で殲滅すること。だが、その最下層に近い場所に一つのエラーがあった。あってはならない欠陥である。結果、獲物に『逃げられ』た。そのエラーは直ちに修正された。今度は『逃げられ』ないように。
「迷宮が仕組みを変えたんだわ……」
「わたしたちを逃がさないように、ですか?」
「それが迷宮の意義だもの」
カテリナとルナはドゥル・ナーガへと振り返った。完全に復活にし、今度はむこうから襲うことを宣言するかのように武器を掲げている。
その腕の先、武器を握る指がいくつか光っていた。手の形が奇妙であるのにカテリナは気付いた。中指と薬指は長く、爪が半円を描くように伸びている。人差し指と小指は短く、丸い模様があった。光はその二ヶ所から出ていた。四本の指をくっつけて並べると、蛇の頭のように見える。ドゥル・ナーガは武器を咥えた多頭大蛇を連想させた。
カテリナは逃げられない恐怖と、敵の不気味さに背筋が凍った。しかし、恐怖に身を委ねている場合ではない。頭を切り替えなければ全滅する。自分のわがままに付き合わせてきた仲間を、予測不能な事態になった程度で死なせられない。彼女は使命感によって恐怖を払った。
「冷静に聴きなさい! 扉が消えたわ! 全員、覚悟を決めて! 戦って勝って道を開くわ!」
誰もが彼女の一言目で緊急を悟り、二言目に絶望を感じ、三つ目で奮い立ち、最後で吹っ切れた。威力偵察などと誰も思ってはいなかった。そんな甘い相手は迷宮にはいない。『常に最悪の想定を』と、彼らのリーダーは口癖にしていた。ゆえにもしもの準備は済んでいる。そのもしもがなければよいと思ったが、あるのなら仕方がない。やるだけやるがカテリナ・パーティーであった。
「サイサリス、アキラ、コーネル、かき回せ! もう一度やるぞ! 杖を落とす!」
レナードが柱の影から大声を出した。「はい!」とアキラが返事をして、ドゥル・ナーガのほうへターンした。コーネルは柱を渡りながら後背にまわろうとする。
「ガーベラ、攻撃はしなくていいから、つねに敵の目の前を走り続けて注意を引いて」
カテリナはそばにいるもう一体の粘土魔造生物に指示を出す。この二ヶ月でサイサリスの動きはほぼコピーを終えており、その場に合わせた行動ができるようになっていた。それでもMASAMUNE BLADE!のような強力な武器がないので、今回は囮がせいぜいであろう。
ダッシュをはじめるガーベラを見送ると、カテリナはルナとクロムを見た。二人とも自分の役目を心得ているので、うなずき合うだけで事足りた。
殺す気に逸るドゥル・ナーガは、まず目の前のサイサリスに槍を突き立てる。避けることを主眼にしていたサイサリスは余裕で逃げた。
その脇をガーベラが走る。視界の端に捉えたのか、蛇巨人の左剣が横なぎに振るわれるが、これも当たらない。
その隙に、コーネルが無防備の尻尾に剣を叩きつける。しかし、とてつもなく硬い岩にでもぶつかったように弾かれた。彼の剣は宝箱から手に入れたブロードソードだ。ランク3相当の光精霊加護が付与されており、悪魔相手には特効武器だった。地下8階での魔術武具探しで見つかった槍は一本だけで、それも少々特殊だったのでアキラが使っている。コーネルは宝箱産の盾も所持しており、騎士の盾のくせに魔力を与えると表面が発光するという、騎士の風上にもおけない不意打ち機能が付いていた。
しかし、その効果はバツグンである。
「【発光】」
ドゥル・ナーガが尻尾の違和感に気付いて振り返ったところを、コーネルが発動命令を唱える。
目がくらみ、視界が閉ざされる。ドゥル・ナーガは暴れ、6本の腕を適当に振り回した。
「【雷蛇】」
カテリナの得意魔術が発動。雷の蛇が蛇巨人を襲う。六本の腕ごと上半身に絡みつき、そのまま拘束する――はずであった。しかし、その縛りは一瞬しかもたなかった。【雷蛇】が力で引き裂かれる。
「さすが、強い……!」
カテリナは予想していたので落胆はしなかった。それに、これはつなぎなのだ。その一瞬が欲しかった。
レナードの準備は整っていた。
ドゥル・ナーガも視界が戻ってきたのか、むやみに振るっていた腕を警戒に変えて、周囲をうかがう。
レナードとドゥル・ナーガの目が合う。そのときすでに、『炎刃』の剣は頭上に掲げられていた。
「一閃!」
狙いを過たず、レナードの剣はドゥル・ナーガの右肩からまっすぐ下に突き抜けた。
が、それは緑色に光る魔術の盾で出足から防がれた。
「あれです! あの魔術の盾!」
ルナが叫ぶ。かつて、ルナが所属したクレスト・パーティーは、あの盾によってすべての攻撃を無効化されて撤退した。あのときよりもさらに強固になっているように彼女は感じた。少なくとも、レナードの奥義を物ともしない強度ではなかったはずだ。
「無傷かよ!」
レナードは話が違うと思ったが、ボヤいている暇はない。次の一手を講じなければならない。
「迷宮も敵も進化しているようね。厄介だわ……」
カテリナは唇を噛んだ。とっさに対策が思い浮かばない。
『カティー、今の【盾】も杖から出たよ。あれをどうにかしよ』
『そ、そうね。無敵の防御も発生源を断てばいいだけよ』
メモリの冷静さにカテリナは救われた。
「まずは杖よ! あれをどうにかすれば攻撃は通るわ!」
リーダーが叫ぶと、仲間たちが「おう!」と返した。たがいに目で合図を送り、行動に移す。
コーネルとアキラはドゥル・ナーガの左側に張り付いた。敵の注意を逸らすためなのは明らかだ。
レナードもやや左寄りの正面に立った。右腕の剣と槍を捌くことに集中している。
クロムはドゥル・ナーガの視線を見張り、少しでも右に動く素振りがあれば額めがけて矢を放った。
ルナは前線の三人のために【聖盾】を展開し、頭上から襲う槍と、左腕のメイスから飛び出す火球魔術を防いだ。
その間に、サイサリスが背後から迫る。
ドゥル・ナーガはその気配を感じとっていた。大きく腕を振り、右の槍で払うつもりであった。
『ガーベラ!』
メモリの意思を受け、ガーベラがドゥル・ナーガの顔面に向かって跳躍する。両手にはそれぞれ魔剣が握られており、蛇巨人の目を突き刺そうと狙っていた。
これもドゥル・ナーガは知っていた。足もとを走り回る青鎧の小さな影を、ずっと見つめていたからだ。
ドゥル・ナーガは敵の接近を待つのではなく、迎え撃った。頭突きを喰らわせ、叩き落す。
落下していくガーベラの後ろから、黒い鉄矢がドゥル・ナーガを襲う。これを噛みついて防ぐと、間髪入れず槍が飛んできた。アキラの新装備、投槍『グングリル』――アキラ命名――である。
これは予見できず、槍はドゥル・ナーガの眉間に刺さった――かに見えて、薄皮一枚を傷つけただけであった。
「硬すぎだろ! 【リターン】!」
アキラが右手首の腕輪に魔力を込めると、投槍が一直線に少年の元へ飛んだ。
しかし、時間稼ぎは充分であった。サイサリスは右手の槍攻撃をギリギリで避けており、目標は指呼の間であった。
『もらったぁ!』
サイサリスのMASAMUNE BLADE!が疾走する。
無防備となっていた杖を握る右中腕。
メモリはドゥル・ナーガの腕を狙わなかった。手首も、指も狙わなかった。
まるでガラスが弾けるような音が響いた。
杖の宝石が砕けた。
『体が硬いなら媒体を壊せばいい。これで杖は無力化する!』
「よっし!」
アキラのガッツポーズが象徴するように、レナードたちもようやく活路が見えた気がした。
ドゥル・ナーガはそんな人間たちに関心を抱かなかった。効力の失った杖を投げ捨て、攻めに転じた。
前衛部隊の足が止まった。レナード、コーネル、アキラ、サイサリス、ガーベラはそれぞれに腕一本ずつ相手する形となり、カテリナとクロムの遠距離攻撃はルビー・メイスから放たれる火球魔術に相殺されていく。その火球がときおり前衛にも降り注ぎ、攻める機会をことごとく潰されるのだった。しかも余波によるダメージも馬鹿にならず、ルナは回復と盾魔法に追われている。
「杖を失くし攻めにまわるのは理解できるが、この対応力はなんだ!? これだけ囲んで死角からも攻撃しているのに、まるで全員の動きが見えているかのようじゃないか!」
レナードが文句を言いつつ右の剣を弾いた。
「見えているのですよ! ドゥル・ナーガの手はまるで蛇の頭のようではないですか! その目で観て、その頭がそれぞれ判断しているのです!」
カテリナが叫ぶとレナードは舌打ちした。
「一体に見えて実は七体を相手にしてるってことかよ」
「でも体は一つだろ! 全員で距離を取って囲めば有利に戦えるんじゃないのか!?」
二人のやり取りにアキラが割り込んだ。
「ダメよ。全員が飛び道具を持っているわけではないもの。それに、散開したら誰か一人が狙われて確実にやられるでしょうね」
「その一人はオレがやる! 攻撃が来るとわかってるなら、その瞬間にルナの盾で防いでくれれば隙ができるだろ!」
アキラが怒鳴り返す。
「悪くないわね。でも、それは却下。ドゥル・ナーガのすべての目があなたに向くなら有効でしょうけど、一本でも背後を見ていたら奇襲はできないわ」
「じゃぁ、どうするんだよ!」
「……」カテリナは答えられなかった。
「そう焦るな、アキラ。大丈夫だ、うちのリーダーは頼りになるからな」
レナードは嘯いた。それは自分にも言い聞かせていた。彼をして捌くのがやっとな状態だった。だが、悲嘆しても解決しない。どうにか勝つ算段を立てねばならなかった。まずは状況の確認のために仲間たちの様子を探ろうと、一瞬の間に視線を走らせた。
サイサリスやガーベラは避け続けていた。あのクレイマン・コンビは無尽蔵の体力と素早さで今のところは大丈夫だとレナードは思った。
アキラはどうか。あの頼りなかった少年は、経験と鍛錬を無駄にしなかったようだ。大盾を【拘束】で固め、死角を少なくして中型盾と槍でうまく捌いている。ダメージを与えるのは諦め、策が決まるまで耐え続けることにしたようだった。
もっとも辛そうなのがコーネルだった。サイサリスたちのような素早さも、アキラのような守備の要になる大盾もない。レナードと同様に、身一つで攻撃を抑えなければならないのだ。
その様子を後方から見ていたカテリナも把握していた。長くはもたない。一つが決壊すれば、連鎖的に崩れていくのは目に見えている。そうなる前に攻めに転じねばならなかった。となれば、先と同じように攻める他ない。
「クロム、ルナ、本体頭部に集中攻撃よ。いくつ目があろうと、あの頭は一つしかない。守るためには腕の一本くらいは使うはず」
「そうですね。さきほどもあれを狙ったから杖の破壊ができました。腕が一つでも防御にまわればこちらが有利になります」
ルナは応えて【穿岩弾】を二発飛ばした。
ドゥル・ナーガは真正面から迫る貫通力のある岩の弾丸を視認し、避けようとした。が、腕の一つがレナードを攻撃中だったため、体はバランスを崩した。避けきれないのがわかる。急ぎ、攻撃目標を定めていなかった右中腕が本体顔面をかばった。
一発目がその手を弾き、続く二発目が顔面を掠っていった。手も顔も、螺旋の傷跡が残っていた。
「いけますね」
ルナが安堵の息をはきだした。わずかでもダメージが入るとなれば、ドゥル・ナーガの行動を掣肘できるというものだ。
クロムはすぐに動いた。カテリナたちから離れるように柱の影を渡っていく。ルナも彼の行動を理解し、反対方向へ回っていった。
「ロード1、ゴー」
カテリナが【穿岩弾】の魔術カードを呼び出し、発動させる。ドゥル・ナーガに対して正面からの攻撃だ。
同時に、ドゥル・ナーガを中心に10時方向からルナの【穿岩弾】が、4時からクロムの鉄矢が本体頭部を狙う。
そのすべてが見えていたドゥル・ナーガだが、三方からでは回避はできない。最低でも一つは防ぐ必要があった。アキラの相手をしていた右槍持ちがクロムの矢を払おうと動く。
「オレをザコだと思ったな!」
アキラは攻撃がとまった時間を休息にはしなかった。敵から見て2時・下方向から投槍を投げつける。
結果としてクロムの矢は払われたが、アキラの槍が喉にぶつかり弾かれ、予想外の攻撃を喰らったドゥル・ナーガはカテリナとルナの【穿岩弾】を回避し損ねた。
左肩が抉れ、右こめかみに新たなスジができた。
これはいける、と全員が感じた。が、人間どもの余裕が癇に障ったかのように、ドゥル・ナーガは吼えた。
理性を失った獣のように唸り、体を床に倒し、六本の腕を昆虫の足のように伸ばし、そして疾走した。蛇そのものの蛇行をして、正面のカテリナへと向かっていく。
正面寄りにいたアキラとレナードが跳ね飛ばされた。
「カテリナ、逃げろ!」
床を滑りながらレナードが叫んだ。彼がもっとも恐れた攻撃がこれだった。迎え撃つのではなく、獲物を一人に絞って確実に殺しにいくスタイル。あの巨体の突進をとめる手段はレナードたちにはない。ルナの【聖盾】でもどうか。だが、囲んでいるうちはないだろうと高を括っていた。仮にも武器を使い、魔術を操る知能ある魔物が、野生の獣のような戦術をとるわけがないと。しかし、それはただの願望である。
狙われたカテリナ自身も、あまりの極端なドゥル・ナーガの行動に虚を突かれた。もしこれで40メートルの隔たりがなければ、彼女はあっけなく全身を串刺しにされていただろう。カテリナの幾度となく死にかけた経験が、彼女を無力にはしなかった。
「逃げてもいつか追いつかれる。柱の影も駄目ね。槍が裏まで届くはず。なら――!」
カテリナは迎え撃つ覚悟を決めた。
ルナも動いていた。即座に【聖盾】を発動させようとする。
しかしそれはドゥル・ナーガの左中腕のルビー・メイスが許さなかった。火球魔術が飛び、ルナは自分の前に【聖盾】を出すしかなかった。それでも発動がわずかに遅く、爆発の半分が盾の内側で起きた。ルナは吹き飛ばされ、一瞬、意識が飛んだ。装甲型魔造物のおかげで外傷はなかったが、すぐには動けなかった。
カテリナは小さく呟いていた。残った魔力すべて使い切るつもりで【穿岩弾】の「オーダー」を「12」出した。
ドゥル・ナーガの射程、残り10メートルで蛇巨人の動きが一瞬鈍った。ガーベラが追いつき、尻尾の先端にしがみついたのだ。
ドゥル・ナーガは煩わしげに尾を大きく振り回した。ガーベラは強烈な遠心力に手が離れ、壁に激突し、衝撃で崩れたガレキに埋もれてしまう。
『偉い、ガーベラ!』
その数秒にも満たない攻防中に、サイサリスが間に合った。ドゥル・ナーガの尾に飛び乗り、走り、首筋めがけて刀を伸ばす。斬るのは難しいが、刺すならいけるとメモリは思った。全身全霊、体重と加速をかけて一点突破の喉笛刺貫である。
しかしそれは無謀な特攻である。六本の腕が背を走るネズミを狙う。
メモリは無視した。避けられない。逃げられない。諦められない。走らなければ急所には届かないのだから。
右の槍が頭上より迫る。同時に前方左斜めからも左の槍がくる。足もとには右剣が伸び、胴を切断しようと左剣の横薙ぎも見える。真正面でルビー・メイスが赤く輝き、狙いを疎外しようと左中腕が揺らめく。
次の瞬間、メモリは決めた。
『でやぁぁぁぁぁっ!!』
サイサリスの延髄が貫かれた。サイサリスの胸に孔があいた。サイサリスの右足首が飛んだ。サイサリスの胴が半分裂かれた。サイサリスの目の前で火球が爆発――しなかった。
サイサリスの右手にはMASAMUNE BLADE!がなかった。それは彼女の前方を先行し、ルビーを砕いていた。
『ザマぁみろ、コンチクショー』
メモリの意識は消えた。
ドゥル・ナーガはネズミの体を串刺しにして掲げた。その胸からはガラスのような欠片がこぼれている。
核石が、破壊されていた。
おまけ
各魔術武器特性
・ブレイズ家宝剣……+7魔剣。魔力増幅効果が70%アップする。切れ味や硬度は名剣と言われる程度。重め。名称は代々受け継いだ人間が付ける。レナードは勝手に持ちだしているので名前を付ける権利がない。
・MASAMUNE BLADE!……+10刀。硬度レベルが10(以上)。破壊も歪みもたわみもしない。切れ味バツグン。どうやって作ったのか不明。
・ガーベラの魔剣……+1と+4魔剣。相応の硬度と軽さを持つ。
・アキラの投槍……+4投槍。相応の硬度と軽さを持つ。構造上、投げると左回転する。命令すると付属の腕輪の持ち主のところへ戻って来る。




