25 アーモニアの系譜 7.25
ボッター商会をあとにしたカテリナは、宿に戻ると部屋の鍵をかけた。
「メモリ、話を聴かせて」
いつになく真剣なカテリナに、サイサリス=メモリは仮面を素顔に変えてまじまじと彼女を観た。
「えと、なんの?」
「あなたがプレイしていたゲームのよ。まずはその中での私のこと」
「『あなたに光の花束を』のカティー? どうして?」
カテリナがベッドに座ったので、サイサリスも並んで腰かけた。
「本当はずっと訊きたかったのよ。ゲームとはいえ、同じ名前で同じ境遇にいたもう一人の私のことを。特に、どんな死に方をしたのか」
「死に方って、前に言ったレッドによる斬首と、もう一つしかないよ? あとは追放ばっかだし」
「そのもう一つよ。さっきのルナの話を聴いて、もっとも有り得る死に方だと思ったの。あなた、初めて会った日に言ったわよね?」
メモリは青ざめた。
「……自分をいけにえにして、魔神を召喚して、フルボッコ……」
「フルボッコというのは、殺されるってことよね?」
「……うん」
「その魔神は、どこから来たの?」
「知らない。そこまで描写なかったし。でも、ブレインの推測で、『おそらく王城の禁書を読んだのだろう』ってあったから、それが召喚の魔導書とかじゃないかな」
「そう。ゲームでは魔神は召喚されるのね……」
「まさかカティー、魔神を呼ぶとかしないよね!?」
必死に訴えるメモリに、カテリナはキョトンとした後、「は?」と眉根を寄せた。
「そんなことをするわけがないでしょう。世界に恨みがあるわけでもあるまいし」
「だって有り得る死に方って!」
「自主的ではないにしろ、有り得ない話ではないからよ。私たちがやろうとしているのは、そういう未来もあることなのだから」
「有り得るんじゃん!」
「落ち着きなさい。そうならないように、話を聴いているのでしょう?」
「でも、なんで急に魔神の話になんてなるの? そっからおかしいよ!」
「おかしくはないでしょう。私たちの最終目的が魔神復活の阻止なのだから」
カテリナが『何を今さら』と言いたげな顔をした。
「………………」
長い沈黙の後、メモリは「はあぁぁぁぁ!!!!????」と叫んだ。
「うるさい子ね。前に言ったでしょ……え、言ったわよね?」
「聞いてないィィィ! 相手に伝える努力をしろと、何度もなんどもォ!」
「あら、嫌だわ。ごめんなさい。迷宮の地下10階に行って、狂魔術師と呼ばれるノエルのお祖父様に会って、お話をうかがって、できるなら協力を仰いで魔神の復活を阻止するって、話していたと思ってたわ」
「聴・い・て・な・いィィィ……! ついでに言うと、ノエルのお祖父さんが狂魔術師ってのも今きいたァァァ……! それってカティーとノエルが親戚ィィィ!?」
「あら、そうだったかしら……」
カテリナは本気で焦っていた。伝えていたかどうか、本当に覚えていないのである。
「カテ公よォ、いつからそんな大ボケキャラになったァ……!」
「怒らないでよ。ごめんなさいって謝ってるでしょう?」
困った笑顔で謝罪するカテリナに、メモリはそれ以上怒れない。「くっ、カワイくなりやがってェ」と別の文句が出る。
「……もしかして、さんざん時間がないとか言ってたのも、それ関係なの?」
メモリがため息を吐きながら訊いた。
「ええ。私の計算では遅くとも十ヶ月後には魔神が復活するわ」
「根拠あるの、それ?」
「明日でも不思議ではないのよ? ホワイトウッド建国から317年。もう封印じたいが骨董品よ。それに、あの成長は加速している気がするの」
「よくわかんないけど、魔神がいるのは確定なんだ?」
「いるわよ。いるから迷宮があるのだもの」
「カティーさぁ、もうホンット情報の小出しやめようよ。話すならちゃんと順序だてて、相手を視てわかりやすく話すの! 頭のいい人って、自分がわかるからみんなもわかるみたいな考えするからダメなんだよ。下には下がいるの。わたしみたいにね!」
「……たしかにそうね。反省するわ」
「それはそれで下に見られてるのがわかって腹立つわぁ」
「ごめんなさいね」カテリナは膨れるサイサリスの頭を撫でてなだめた。
「私がなぜ迷宮街へ来たのか、そのきっかけが何か、そこから話すわね」
カテリナはゆっくりと自身の物語を話しはじめた。
カテリナ・アーモニアはアーモニア公爵家の長女として生まれた。公爵と言えば、王族に次ぐ大貴族である。だが、その家は国政に何ら関与しておらず、領地の内政で生計を立てて静かに暮らしていた。幸い、アーモニア領は豊穣の地であったため、それなりの裕福さで生活に困ることはなかった。ただ、それでも領外との交友・交易が盛んではなかったため、他の大貴族のような贅沢とは無縁であった。幼いころのカテリナは、それが当たり前と思っていた。武に一辺倒のブレイズ伯爵家との親交からも、『貴族の贅沢』という言葉を学ばなかった。
しかし、社交界デビュー以降、彼女の貴族観は一変した。きらびやかな屋敷に庭園、衣装に装飾品、豪華な料理と華やかなパーティー。さらには彼女に向けられた興味の目が、カテリナに疑義を抱かせた。なぜアーモニア家は公爵家でありながら質素であったのか、貴族とはなんであるのか、彼らはなぜアーモニア家を遠巻きにするのか、それがはじまりであった。父・アーモニア公爵はカテリナを愛していたし、教育にだけは金銭を惜しまなかった。それがせめてもの娘への罪滅ぼしのように。その甲斐なのか、それが不幸であったのか、彼女は疑問への探求に走ったのである。
そして、30年前の親族ダレン・アーモニアの凶行にいきついたのだった。
「別に、我が家が質素であろうとかまわなかったのよ。生活に不便はなかったのだし。でも、他家と比べたときの格差には驚いたわ。それが大叔父の凶行の代償だったと知ったときは、さすがに頭に来たわよ。でもね、それ以上に『なぜ』が先行したの。それまで順風であった人生を、彼はいきなり悪いほうへと移行したのよ? 誰も喜ばない悪事に手を染めるなんて普通ではないでしょう? だから私は、さらに追究したの」
カテリナは当時のホワイトウッド王国の背景から探りを入れた。ダレン・アーモニアは王宮の筆頭魔術師であった。となれば、国の問題から疑うのが筋だ。
王太子スヴェンの祖父、当時のホワイトウッド王は名君からは遠かった。かといって暗愚でもなく、平和時の王であった。治世に乱れがなければ、穏やかに問題なく責務を果たして次代につないだことだろう。
しかし、戴冠して7年目、今から30年前にそれは起きた。魔物の大量発生――大厄災である。
もとより、ホワイトウッド王国は魔物が生息する山林に囲まれた国で、出没は日常茶飯事であった。だがその年は異常であり、殲滅作戦を幾度となく敢行したものの、減る気配がなかった。
森林を喰いつくし、魔物たちは人里へと降りてきた。その数と勢いは苛烈で、防衛線たる砦が二つ落ち、なおも進撃を続ける。統率されている動きではないが、圧倒的物量に、ホワイトウッド軍は後退につぐ後退を余儀なくされていた。
未曽有の危機にホワイトウッド王は恐怖から責任を軍に丸投げし、自室にこもって戦況を聴くのさえ拒んだという。追い詰められ、半狂乱となった王は、一つの伝説を思い出した。
「ホワイトウッド建国王は魔神を斃し、この地に平和をもたらした。魔神を封じた宝玉は未来永劫王国を照らし、魔力溢れる豊かな生活を約束するだろう。そんなおとぎ話よ」
「でもそれって、実話なんでしょ? カティーの口ぶりからして」
「ええ、実話よ。その魔神は封印され、今も王城の地下深くにいるわ」
「王様はその魔神を使って魔物を倒そうとしたの? 毒を持って毒を制すみたいな」
「そのようよ。確たる証拠はなく、文書も見つかってはいないのだけれど、人の口に戸は立てられないものよ。いろいろと話が残っていたわ。それをまとめて推測するに、私はそう考えているわ」
「でもさ、どうやって魔神を操るの? 封印を解いたって暴れるだけじゃん」
「魔神を使役、または契約できる方法を知っていたのでしょうね。魔神を召喚した術師がいたくらいだもの」
「あ、そっか。でもそれをダレンおじさんが阻止したんだね!」
「ええ、おそらくね」
カテリナは興奮するメモリを見て微笑んだ。今のメモリは、それを知ったときの自分と同じだった。ダレン・アーモニアは王の暴挙を止めるために動いたのだ。たとえそれで魔物を撃退しても、次の不幸が起きると知っていたから。
「魔神にも頼らなかったのなら、どうやって魔物をとめたの?」
「それが迷宮へとつながるのよ」
魔術師ダレン・アーモニアは、王家が継ぐ『青水晶の護符』を奪い、城を出た。その護符こそが魔神の封印を解く鍵だったからだ。
ダレンは護符に秘められた莫大な魔力に振り回されながら、逆に利用して魔物を撃退する方法を考え、一人で最前線へと向かった。
「ダレン様はその魔力でできうる限りの魔造物を生みだしたの。最終的にその数は一万にも及んだようよ。それはさすがに誇張だとは思うけれど、ともかく襲い来る魔物を圧倒し、壊滅に追いやったらしいわ」
「すごいじゃん!」
「そうよ、凄すぎたの。それだけにダレン様は事後に困った」
「そりゃ、そうだよね。もう無敵の力だもん。魔神を封印していただけあるね。……て、それがないと、魔神の封印ってだいじょうぶなの!?」
「大丈夫よ。それ自体が封印なのだから」
「ん???」
「『青水晶の護符』に付いている青い宝玉が魔神の心臓なのよ」
「魔神の心臓!? オペオペの実でも喰らったの!?」
「そういうわけのわからないことを言わないの。……魔神は首を刎ねても死ななかったらしく、封印するしかなかった。それを実行したのが建国王の盟友であったアーモニア家の祖先よ。魔術に長けていたご先祖様が、心臓を宝玉に込めて動けなくしたの。これは城の機密文書に書いてあったわ」
スヴェン王子の婚約者であったカテリナは、30年前を探るために王子に会う名目で登城してはこっそり機密文書保管室に忍び込んでいた。その量は莫大で、整理もされておらず、長い時間籠るわけにもいかず、頻繁に使える口実でもないため、読めた文書はごくごく一部に過ぎない。婚約が解消された16歳のころには城にさえ近づけなくなった。カテリナが王族とのつながりが失われるのを残念に感じるとすれば、禁書を読み漁れなくなったことだけであろう。
「それはともかく、魔物を追い返したまではよかったのだけれど、その後も魔神の心臓は魔力を産み出し続けていたの。過剰な魔力は周囲の環境も壊してしまう。そうならないように、王城に保管していたときは無尽蔵の魔力を王都の照明や魔具のエネルギーとして消費していたのよ。でも、ダレン様が強奪してしまい、それを今さら返すこともできなかった」
「城に戻れば大罪人だもんね。魔物を撃退したとはいえ」
「それに、陛下が有事の際にいつまた魔神復活を考えるかも知れなかった。ダレン様は一生、『青水晶の護符』を守るしかなかった」
「その魔力を消費させる手段として、迷宮を造った?」
「私の結論としてはね。誰もが知るけれど、誰の手にも届かない場所、それが迷宮なのよ」
「魔物が毎日湧いてくるのも、迷宮の形が変わるのも、魔力を消費させるためなんだね」
「おそらくね。一日に一定量の魔力を消費するようなシステムになっているのよ。そしてそんな迷宮をわざわざ王都のそばに造ったのは、魔神と王の監視を兼ねていたのだと思うわ」
「さすがカティーの一族だね。よく考えてる」
メモリが偉そうにうんうんとうなずいた。と、また疑問が浮かび上がる。
「……だとしたら、なんで魔神が復活するの? それも遅くとも十ヶ月とか期限まで」
カテリナの顔が曇った。
「魔神の体が『魔神の心臓』に匹敵する、強い魔力を浴びる可能性があるからよ」
「そんなのあるの!?」
「まだ復活には及ばないけれど、着実に増大しているでしょうね。おそらく、そろそろ王都にも異変が起きるはず」
「違う神様が現れたとか?」
「いえ、『大聖女』が現れたのよ」
「大聖女って、ノエルだよね?」
「あの子の魔力……聖命力は日々増大しているの。制御方法も教えたけれど、それほど効果はないでしょうね。魔術協会が対処してもどうにもならなくなる日が来るわ。それが最長でも来年の5月。逆にいうと、それまでに復活しなければ、この先100年は大丈夫かもしれないわ」
「それがわかってるなら、ノエルを王都から放すとかすれば? 魔力が届かないくらいずっと遠く」
「大聖女よ? 聖女の象徴たる聖命力が異常なほど膨大であるということで、誰もが聖女を妄信している。それを王都から追放なんてできるわけがないわ。しかも王太子と婚約までしているのよ」
「そっか。でもそもそも聖命力って悪い魔力じゃないでしょ? 傷を治したり、成長を促したりするだけじゃん。そんなんで魔神が復活する?」
「言い回しが違うだけで根本は魔力よ。それに、傷を癒す、成長させる、それが暴走したらどうなると思う? 無尽蔵に植物が生え、動物が肥大化するわ。もちろん、人間もどうなるか。魔神だって新しい心臓を手に入れて元気になるかもね」
「そんなの――」
「ええ、確証はないわ。私の杞憂で、今日にも魔力の増大は止まるかもしれない。それならそれでいいの。でも、歴史が証明しているのよ。魔力の異常発現から三年後が最大になると」
「歴史? 過去にもあった? え、意味わかんない」
カテリナはサイサリスの険しい顔を緩めるように、頬を撫でた。
「さっき私は30年前を調べたと言ったわよね? それはアーモニア家の家系をたどること。大叔父であるダレン・アーモニアとその妻、そして息子のアレク……ノエルのお父様ね。この三名は30年前に死んだことになっていた。理由はわかるわよね?」
「さすがにね。国の大罪人とその家族だからでしょ?」
「けれど実際は、私のお祖父様が公爵の地位と私財をなげうって夫人とご子息の助命を懇願なさったの。結果、公爵家は爵位は維持されたけれど公務から退き領地に引きこもり、二人は平民となって追放されたわ」
「立派なお祖父さんだね。でも王様はクソだね。ぜんぶあんたが悪いのに、大叔父さんに罪を押し付けて、さらにお金まで巻き上げて罪のない母子を赦したって、ヒドすぎる」
そう言って憤るメモリを、カテリナは嬉しく思った。
「それは後にわかることなのだけど、当時の私は夫人とご子息の死亡日に怪しさを感じて、迷宮のはじまりにいきついた。そのついでに、興味本位でアーモニア家の歴史も遡ってみたの。そうしたら、別の奇妙な死を発見したわ」
「なんとなくわかってきたけど、教えて」
「ホワイトウッド建国から118年、218年と、100年ごとにアーモニア家で18歳の若者が誕生日に亡くなっていたのよ。死因はいずれも魔力増大による心身の衰弱らしいわ」
サイサリスは出ない唾を飲み込むように喉を鳴らした。
「……ノエルもそうなる?」
「おそらく。先に言うと、現段階で治療法はないわ。他に症例がないから、そのときかぎりの不治の難病として処理されている」
「そんなの偶然かもしれないじゃん!」
「ノエルにもすでに兆候が出ているわ。三度目はもう偶然じゃすまされない。アーモニア家は100年ごとに、その年に初めて生まれた子供がこの病気にかかる。もし私があと三日早く産まれていたら、そうなったのは私だったでしょうね」
「でもなんで? それより前はそんな病気はなかったんでしょ?」
「公爵以前の系図を見ても、この奇病の痕跡はなかったわ」
「それってつまり、どういうこと?」
「アーモニア家が公爵位に陞爵したのは、前王家のとち狂った魔術師が召喚した魔神を封印したからよ。そのときに、魔神から呪いでも受けたのではないかしらね」
「それだったら魔術でわかるもんじゃないの?」
「わからなかったから不治の難病扱いなのよ。私もノエルを魔術感知などで調べたわ。でもおかしいところはなかったの。少なくとも、呪いにはかかっていなかったわ」
「他に何か心あたりはないの?」
懇願するような目を向けてくるサイサリスに、カテリナは眉根を寄せて迫った。
「むしろあなたに訊きたいわ。ノエルのことを教えてくれる?」
「ノエルのこと? ゲームの話ならもうアテにはできないよ? さっきのカティーの幼少期といい、もうぜんぜんゲームと噛み合わないもん。参考にならないと思う」
「それでも他に頼れるデータがないのよ。どこか一点でも突破口が欲しいの」
真剣に迫って来るカテリナに、メモリが拒む理由はない。
「ゲームは、平民のノエルが『聖女』認定されてホワイトウッド学院に入学するところからはじまるの」
「待って。『大聖女』ではなく、『聖女』なの? それに平民のまま入学したの?」
「うん。ゲームにはノエル以外の『聖女』は出てこないよ。国中探してもノエルだけ。それくらいレアな能力なの。あと、ノエルは平民だよ。実家は農家」
「現実では私も含めて『聖女』はかなりいるわ。それに『聖女』というだけで平民が王立学院に入学なんて無理よ。普通は地方教会に迎えられる程度よ。運が良くて王都の大教会かしら」
「そこはもうゲームだからで納得するか、やっぱりアテにはできないかだよ」
「そう、ね。……ノエルはプレイヤーの分身ということだったわね? それは今の私たちと同じように、二人の人格が体を共有しているのよね?」
「違うよ。プレイヤーがノエルになりきるって言えばいいかな。わたしらみたいに話ができたりするわけじゃないよ」
「それじゃ、ノエルは異世界から来たプレイヤーを知らないの?」
「そもそも異世界という概念がないよ。ノエルはホワイトウッド王国で生まれた平民で、異世界転生をしてきたとか、前世の記憶があるとかいう設定もない。本当にそのゲーム世界の住人なの」
「……」カテリナは考え込んだ。ノエルに関してわからないことは二つ。一つは増大していく魔力の理由。二つ目が失われていく感情。明らかに魔力の増大に比例して、感情の起伏がなだらかになっていった。これらが300年前から続く魔神の呪いと決めつけてしまえば楽だ。魔神の呪いなど人間に解けるわけがないと諦めもつくからだ。その上で魔神復活の阻止を考えればよい。だが、カテリナは諦めたくはなかった。これらの因果関係を解明し、解決したかった。そうすれば魔神は復活することもなく、ノエルも元に戻るからだ。けれど、意気込みだけでは何も解決はしない。
カテリナは息を吐いた。
「……私は、本来あなたが憑りつくはずだったのはノエルだと思っていたの。あなたの話を聴くかぎり、ゲームのノエルの性格はあなたに準じていると感じたからよ。それに、今のノエルは感情を失いつつあった。それはあなたがノエルになるための変化だと考えていた。ノエルはあなたに上書きされるはずだったのではないかと。でも、ゲームの中ですらノエルはノエルのままなのでしょう? だとすれば、今のノエルはなんなの?」
カテリナの迷いが浮かぶ目を見て、メモリも目が泳いだ。
「そんなのわかんないよ。この世界のノエルなんて、裁判所でチラッと見ただけだもん。感情を失うってなんなの? こっちが聞きたいよ」
「そうよね。私ははじめ、感情の希薄は魔力の急増大の影響かと思ってた。その後あなたが現れて、先のような仮説を立てたわ。でも、どちらも違うとしたら、ノエルはいったい……」
「あのさ、感情が希薄になってきたってことは、以前はフツーに感情があったんだよね?」
「え、ええ。活発な平民の子だったわ。教会で初めて会ったときも、私が貴族と知ってうろたえたりしていたし」
「それならまず、感情を思い出させようよ。かわいそうじゃん。それにさ、感情があるからがんばれるんだよ。魔力の制御だって、がんばるって気持ちがなきゃできるわけない。だからたぶん、カテリナが睨んだとおり魔力に負けちゃってるんだよ。負けると気持ちも下がるし、気力も出ない! レッドだってきっとそう言うよ。気合と筋肉が足りないって」
拳を握って力説するサイサリス=メモリに、カテリナは呆気にとられてから噴きだした。
「たしかに三日兄様なら言いそうね。他に何も浮かばないなら、まずやってみることよね」
「それじゃ、レッドに頼んで来週からノエルの筋トレをはじめよう!」
カテリナは賛同したものの、その光景を想像して恐ろしくなった。腕立て・腹筋・スクワット各500回、おまけに王都ランニングをさせられるノエルが一層可哀想に思えた。
「や、やっぱり、他の可能性も探りましょう? ね?」
「えー?」
カテリナの心配をよそに、メモリの提案はノエルのもとに届くことはなかった。
事態は、急速に進んでいく。
おまけ
「けどさ、魔神復活って国どころか世界の大問題じゃない?」
「そうね」
「なのになんで、みんなに教えないの? いくらなんでも秘密主義すぎじゃない? 場合によっては世界が滅んじゃうよ?」
「……さぁ、なぜでしょうね?」
「え、な、なに? なんでカティー、微笑みながら怒ってるの? こわい、こわいよ、その顔……」
「私が国の大事を、ないがしろにすると思っているのですの?」
「なんでお嬢言葉なの!? マジこわい!」
「これでも報せようとしたのですのよ? 陛下をはじめ、多くの貴族が集まる場所を選び、私のような小娘が告白できる環境をつくり、信じていただけなかったときの次善策までも講じていたにも関わらず、予測不可能な事態に陥りましたの」
「え、そうなの!? それで、その予測不可能な事態って……あ、あれ、まさか……?」
「お心当たりがあるようですわね、メモリ様。ええ、ええ、あのとき、なぜかこうるさい蠅が頭の中で飛び交いましたのよ? おかげで一言も告げることなく、侮辱罪まで追加されましたの。あれは、いったい、どなたのせい、でしょうねェ……!」
「ご、ごめんなさぁ~い!」
………………
「もしかして、カティーが必要以上の大罪を犯したのって、あの裁判所にみんなを集めるためだったの?」
「そうよ。貴族の国家反逆規模にならないと、上級貴族は立ち会わないもの」
「普通に訴えるのじゃダメだったの?」
「内容が荒唐無稽すぎて信じてもらえる確率が低いわ。でも、聴衆が増えれば信じてくれるかもしれない人の確率も上がるでしょ?」
「じゃー、その呼びかけが必要じゃなかったら、懲役囚にはならなかった?」
「ならないわよ。意味がないわ。適当な理由をつけて学院を休学して、変装して迷宮に行けばすむのだもの」
「そうだよね」
「まぁ、殿下あたりは深読みして理由をつけたがるかもしれないわね」




