24 魔神の影 7.25
完全な理想どおりとはいかないが、カテリナとレナードが想定する魔術武器が揃いつつあった。戦闘経験も積み上がり、アキラでさえ戦力に引っかかるほど力をつけてきている。順調に個人が成長し、順当にパーティーが仕上がっていた。それは7月の最終土曜日に、カテリナがメンバーに告げた一言からもわかる。
「頃合いね」
全員の朝食をとる手が止まった。
「今日か?」
レナードすら声に緊張をはらんでいた。
「いえ、明日ですね。今日は準備を整えます」
「そうか。……たしかに頃合いだな。これ以上粘ってもいい魔術武具が入るとも限らないし、8階周回すらも慣れ過ぎて緊張感が薄れてきている。油断と過信で全滅したら目も当てられない」
「気を引き締めるためにも一度、9階に挑戦しておきましょう。ルナの話では逃げることもできるようですし、威力偵察と思っていきましょう」
カテリナはルナを見据えた。ここからはルナからの情報待ちである。
唯一の9階挑戦者は心得たとばかりにうなずいた。
「まず、9階の構造です。おそらく、井戸部屋と大型の魔物部屋の二つしかありません。もしかすると10階への階段室もあるかもしれませんが、それは魔物部屋のどこかになると思われます」
「井戸部屋以外のあの大きさが、魔物の部屋だってのか?」
「見るかぎりはそうでした。部屋に入ると無数の柱が並んでおり、魔術の照明が灯っておりました。そこにいたのは一体の大型の魔物です」
「ダンジョンボスと言えば、ドラゴン?」
アキラがワクワクして訊いた。ルナはそんなアキラを黙殺する。
「……この国には建国の逸話があるのはご存じですね? その昔、悪しき術師が魔神を召喚し、世界に災いをもたらそうとしたお話です」
アキラとメモリ以外はうなずいた。横槍も入らなかったのでルナは続けた。
「その魔神には眷属がおりました。それが蛇王ドゥルガー・ナーガ。蛇の体に人間の上半身、六本の腕を持つ魔物です。おそらく通称のほうが有名で、ドゥル・ナーガと呼ばれています」
ルナがそこで言葉を切ったので、話の結末は知れた。
「それが9階の魔物なのね」
「はい」
ルナは短く答えた。
「なんかドルアーガっぽいな」
アキラがポソっとつぶやいた。それに刺激されたようにメモリも『あー』と何かを連想していた。
「どるあーが? それはなに?」
カテリナがアキラの生声とメモリの脳内声に反応して訊いた。
「あ、いや、オレの知ってる悪魔に似てるってだけで、直接関係はないと思うよ。そいつの腕は八本だし、脚も四本あるし……」
「名前と姿が似ているだけでも無関係とは思えないわ。だからこそあなたも声に出したのでしょう?」
「そうだけど、でもドルアーガは実在しないんだよ。あくまで物語に出てくる悪魔ってだけ。火を吐いたり呪いをかけてきたり、ルビーの付いたメイスで殴りかかってきたり、聖剣でないと斃せないとか、役に立つ情報はないよ」
アキラはフィクションと知っているので、この世界の現実と混同されても困るのだった。
「「聖剣でしか斃せない!?」」
いくつもの声がかぶった。
「だから物語なんだって! その物語に出てくる聖剣もエクスカリバーと言って、元はぜんぜん違う国の物語に出てくる剣なんだよ。創作に創作を重ねただけの話なんだって!」
「エクスカリバー……? 聞いたことがないな」
レナードが唸る。
『メモリ、本当のところは?』
カテリナが脳内で訊く。
『ゲームの話だよ。さらわれたお姫様を救うためにプレイヤーが高い塔を昇っていくの。そのフロアごとに宝があって、最終ボスのドルアーガを斃すのに必要なアイテムの中に聖剣があるとかだと思う。プレイしたことないからそれくらいしか知らない』
メモリの話は一部間違いである。さらわれたのはお姫様ではなく巫女で、さらわれたのでもなく単身でドルアーガに挑み敗北し、石にされた。
『そういうこと……』
『それこそ名前と姿が似てるから口にしちゃっただけだと思うよ』
『わかったわ。毎度のことながら、あなたたちは余計な一言が多いのよ』
『今回はわたし関係なくない!?』
「はい、お静かに」カテリナが手を叩いた。
「アキラ、その話はあなたの国の物語で、実在はしないのね?」
「うん、そう。ホントそう」
「ドゥル・ナーガの逸話がねじ曲がって伝わったものでしょうね。それよりも実物のドゥル・ナーガを知るルナの話を聴くべきよ」
「たしかにそうだ。ルナ、頼む」
レナードも冷静に判断し、カテリナの言を認めた。
「では、続きです。体長はおよそ10メートルといったところです。蛇の胴体部が長く、上半身は喰人大鬼くらいですね。六本の腕にはそれぞれ武器が握られていました。その一つに、アキラの話にあったルビー付きのメイスもありました」
「まんざら間違った伝承でもないようだな」
「その他は剣と槍が二本に、エメラルドの付いた杖です。使う魔術は以前お話した盾しか目にしてはいません」
「そいつの力を引き出す前に逃げたからだな?」
「はい。攻撃が通らない時点で諦めました」
「最善だな。逃げられるなら逃げるべき状況だ」
「その点に関してはクレストの判断に感謝しています」
ルナは前パーティーのリーダーが認められて嬉しく思った。
「基本戦術としてはルナの盾で防ぎつつ、アキラとガーベラを囮にして、オレとサイサリス、コーネルが三方から近接攻撃、カテリナとクロムが後方攻撃か」
敵が一体であるならこれ以上の策はない。カテリナも反対しなかった。
「一撃で斃せる相手ではないでしょうし、腕を一つでも多く潰したいところですね」
コーネルの意見にレナードも賛成だった。
「杖が魔術の媒体なら優先してやりたいところだな。懐は深いだろうし、一番素早いサイサリスに任せる。もし刀が通らなかったときはオレの奥義でやる。それでダメなら撤退だ」
「そうですね。それ以上の攻撃は無駄でしょうから。威力偵察としては充分です」
「よし。では明日の目標は杖の腕を落とす。不可能なら退く。それでいこう」
「もし落とせたら?」
アキラが訊いた。
「様子見だな。魔術が使えないとなれば、いくらでも立ち回れる。じっくりと戦うという選択もある。だが杖なしでも魔術が使えるようなら撤退する。大した威力がないとしてもだ。魔術は直接的な攻撃だけではないからな。それこそ【拘束】でも喰らおうものなら、次の瞬間には槍で串刺しにされるだろう」
「賛成です」
ルナがうなずいた。他のメンバーも了解した。
作戦が決まり、一同は揃ってボッター商会へ向かった。
それぞれが必要とする買い物を済ますと、その場で解散となった。レナードはアキラを連れて迷宮へと行った。低層でアキラを鍛えるためだ。当然、コーネルも同行している。クロムはいつの間にか姿が見えなくなっており、ルナは調べものがあると魔術協会へと足を延ばした。
残ったカテリナは、不安が消えず追加の買い物をはじめた。
「魔力回復薬も足しておきましょう。私が使えなくても、誰かが使うかもしれないし……」
『それってどれくらい回復するものなの?』
後ろをついて回るサイサリス=メモリが脳内質問する。ガーベラは外で待機中だ。
『総魔力の30%ってところかしら。だから魔力が高い人ほど量的には回復するわ』
『マックス回復薬はないの?』
『あるにはあるけれど、強い薬だから副作用があるわね。この薬だって間を空けずに三本以上飲んだら強烈な頭痛に襲われたり、気絶したりするわよ。そうなったら魔術どころじゃないわ』
『飲みすぎ厳禁だね』
メモリはうんうんと一人で納得している。
『ところであなたは何か欲しいものはない?』
『んー……。思いつかないなぁ。MASAMUNEがあれば充分だし』
『ガーベラには?』
『あっちも今のランク4の剣でいいんじゃない? 基本、囮だし。わたしが入れ替わるならMASAMUNEを渡すし』
『そうね。それじゃ、あといくつか薬を揃えて終わりにしましょう』
カテリナが会計をすませて店を出ようとしたところ、「お待ちください」と店員に声をかけられた。
「なにかしら?」
訝し気に振り返る彼女に、店員は恭しく一礼した。
「会長があなたさまをお見かけ致しまして、お時間があればお茶にご招待したいと仰っております」
カテリナは「ご招待、お受けいたします」と即答した。彼女も話しておきたいことがあったのを思い出したからだ。
メモリに言わせると『趣味の悪い部屋』に通されたカテリナは、商会のボス、クルー・ボッターと差し向かいで座った。サイサリスは彼女の背後で護衛として立っている。
「お会いするのはあの日以来ですわね。ご無沙汰して申し訳ありません」
カテリナは悪ぶれることなく一礼した。
「いえ、ご活躍はいつも耳にしております。毎日、質の良い核石をお持ちいただいているようで大変助かっております。それに魔術装備もかなりの数をお譲り下さっていると聞いております。それだけで、あなたに投資した価値はありましたよ」
「それはよかったですわ。私としては、いらない物を売り払っているだけなのですが」
「捨てる神あれば拾う神あり、ですよ。適材適所、ですな」
ボッターは芝居がかった笑みを浮かべた。
『……?』
メモリは何か気にかかったが、具体的に答えが出なかった。
「ところで、噂で聞いたのですが、カテリナ様は近々、地下9階へ降りるとか……」
「……情報が早すぎるのではなくて?」
カテリナはピクリとした。その情報が流れたことは問題ではないのだが、気持ちよくはない。
「なに、噂ですから。現在を見て、願望や憶測、妬みが尾ひれをつけるものです。地下8階を回っているのが周知となれば、次は当然9階となる。それが早いか遅いか、だけですよ」
「たしかにそうですわね。ええ、明日、9階に挑みますわ。ですが、あくまで試しにです。すぐに攻略できるとは思っておりません」
カテリナが澄ましてお茶を飲むと、ボッターは薄く笑った。
「そうですか。無事に生還なされるよう、心からお祈り致します。吉報をお持ちいただければ、なおよいですな」
「ご期待に添えるよう、励みますわ。もしうまくいくようであれば、迷宮踏破も近づきます。ボッター様も、準備を進めていく頃合いかと存じます」
カテリナはカップを戻した。ボッターの準備とは、商会を迷宮街から移転することである。迷宮が完全攻略されれば、おそらく迷宮は消えてしまう。そうなれば迷宮街に価値はない。その前に王都なりに移転しておくべきと、カテリナは伝えている。
「御忠告ありがとうございます。実はもう、王都の移転先は決まっております。もともと支店がありますし、その近くに新しい倉庫兼事務所を建設中です。これから視察へ行き、しばらくはこちらに戻る予定がありません。なので、お見かけしたのを幸い、こうしてお誘い致したしだいです」
「そうでしたか。お気をつけてくださいね」
「ありがとうございます」
儀礼的なあいさつに儀礼的な返答をして、二人は微笑んだ。
「ところで」ボッターの顔が急に硬くなった。
「さきほどから気になっていたのですが、そちらは……」
ボッターの視線はサイサリスに向いていた。
「ああ、ゴーレムですわ。私の護衛です。サイサリスと呼んでいます」
「サイサリスですか。よい名前ですな。しかし、これほど人に近い姿をしたゴーレムは初めて見ました。近くで拝見しても?」
「どうぞ」
カテリナの許可を得て、ボッターは席を立った。サイサリスをまじまじと観察する。
「継ぎ目もない……。本当に人のようだ。だが、鎧と仮面は一体化している? なるほど、いい造りですな。迷宮の魔物に似ている」
カテリナはピクリとした。それを見てとったボッターは、自慢げに語った。
「わたしもこの街は長いですから。迷宮の魔物を直に視たこともあります。それに魔術協会の見解も聞き及んでいます。自律行動し、核石によって長時間動くことができるゴーレムと。このゴーレムも、ルーツは同じようですね」
「そこまでお見通しであるのでしたら、否定は無駄ですわね。迷宮で手に入れた魔術で造りましたの。自律行動はまだまだですが」
「ほう。それでは狂魔術師と同じ魔術、ということになりますな」
「そうですね。ですが、魔術は魔術。誰が使うかなど、魔術側は選べませんわ」
「たしかにそうです。この子はよい主のもとに造られて幸せですな。……おや、これは……!」
ボッターはお世辞を言いつつ、サイサリスの腰に注目した。目が大きく開き、口も開いた。
「……なにか?」
「これは、MASAMUNE BLADE!では……?」
ボッターは芝居ではなく驚いていた。
「その刀をご存じで?」
「当然です! 迷宮最強の武器ですから! ……失礼ながら、おいくらでしたら譲っていただけますか?」
カテリナはボッターの輝くような目にギョッとした。
「い、いくら積まれても売りませんわっ」
「10万金貨ではどうでしょう?」
「じゅっ……!」
『10万!? カティー、罰金払えちゃうよ!』
カテリナも気付いている。刀一本で迷宮懲役が終了するのだ。飛び乗ってもおかしくない魅力に溢れていた。しかし、カテリナは首を振った。
「……申し訳ありません。私には、やるべきことが残っているのです。そのためには、この刀をお譲りするわけにはいきません」
その眼光を受け、ボッターは急激に熱が冷めた。
「……そうですか。いえ、不躾に申し訳ありませんでした」
「このお部屋が語るとおり、ボッター様は迷宮の品をコレクションなさっておいでですのね」
その言葉は、ボッターのスイッチを再び入れた。
「迷宮だけではありませんよ。珍しい品があればどこへでも直接買い付けに行きます。例えばあの銀の装備一式は戦闘には不向きですが、インテリアとしては美しいでしょう? となりの白い石の所持者は雲の上を歩けると言われています。こちらの石仮面は隣国僻地の遺跡で大量に発見され――」
「も、もうけっこうですわ。申し訳ありませんが、私のような芸術に疎い者には価値がわかりませんので……」
カテリナは芝居ではなく困った表情を浮かべた。
「これはまた失礼を致しました。なかなかコレクターとしての会話を楽しむ機会がないものですから。いずれ価値の分かりあえる相手にめぐり会いたいものです」
ボッターは笑った。そのさい、サイサリスは自分のほうにも目線を向けられた気がしたが、MASAMUNE BLADE!への執着だろうと思った。
「それでは、これで失礼致しますわ。進捗があればまたご報告にあがらせていただきます」
「お待ちいたしております」
ボッターは部下を呼び、カテリナを送り出した。扉が閉まりきるまで、彼は頭を下げたままだった。
『……』
『……どうしたの、メモリ?』
『ん~、あの人さ……』
『ボッター様?』
『うん。ん~……』
『なに、なんなの?』
『もうちょっと考えてからにする』
『……そう』
カテリナは踏み込まなかった。彼に悪意を感じるなどであれば、メモリはすぐに教えてくれるとわかっていた。緊急性のないものであるなら無理に聞き出す必要はない。いずれ話してくれるのは100%疑いがないのだから。カテリナはメモリを信じていた。けして本人には言わないが。
『あれ? きっと追究すると思ったのに』
『しないわよ。私はあなたを多少は信じているわ』
都合のよい出落ち二コマであった。
『カティー、わたし大好きだね!』
『そういうところが大キライなのよ!』
おまけ
カテリナ・パーティーの装備
・カテリナ……革鎧。短剣。+3魔力指輪。装甲型魔造物
・サイサリス……MASAMUNE BLADE!
・ガーベラ……+4長剣、+1長剣
・レナード……ブレイズ家宝剣、+1革鎧
・コーネル……+3光加護広刃剣。騎士の短槍。鉄胸部鎧。+2閃光魔術盾。
・ルナ……+5魔力杖。+2広刃剣。装甲型魔造物
・クロム……革鎧。+5魔弓。+3短剣。
・アキラ……+2耐火革鎧。+4投槍。+3大盾。+2中盾。




