22 レナードは添えるだけ 5.25
朝、エンキドゥの酒場。
集まったカテリナ・パーティーを前に、アキラは【工作】魔術を成功させた興奮をまき散らした。
対して、カテリナの目は冷ややかだった。
「それはよかったわね。で、一度にいくつできて何秒かかったの?」
「……いくつ? 何秒?」
「【工作】は同じ物なら一度に複数作ることができるの。秒は発動から完成までの時間よ。それしだいであなたの【工作】能力がわかるわ」
「やってみる」
アキラは酒場を出て小石を10個ほど拾い、戻って来た。
「魔力を絞りだして全力でやりなさい」とカテリナに言われ、アキラはうなずいて【工作】を発動させた。
「1、2、3、4……」
律義にコーネルがカウントする。「できた」というアキラの声を受け、彼の手を覗き込んだ。
「12秒で二個だな。三個目の形が変わりかけだ」
「使えないわね」
カテリナが一蹴すると、アキラは憮然とした。
「全力で矢尻が二個程度、時間もかかりすぎ。これでは実戦では使えないわ」
「だが、【工作】ってのはもともとそういうものだろ? 街の工場で使うような生産系魔術だぞ」
レナードは完成した矢尻を観察した。いい出来だと思う。
「だからこそ迷宮で需要があるのです。いざというときに必要な道具を加工できるのは大いに助かります。それだけに時間を無駄にできない場面もあるでしょう」
「それ以前に下準備さえしっかりしていればいいだけだろ」
レナードの正論にカテリナは半歩退いたが、負けず嫌いはとまらない。
「不測の事態はいつだって起こりえますっ。それに、その術は魔術武具の生成さえ可能とする魔術なのですから、期待しているのです」
「そうなのか!?」
アキラが驚いて訊き返した。
「魔術で作るのだから当然でしょう? その矢尻もかすかな魔力を帯びているわよ」
アキラは自分で生み出した矢尻をしげしげと視た。魔力を感じることのできない彼には、ただの石としか思えなかった。
カテリナはそのアキラを観察した。
「……全力でやれと言ったのに、そもそも魔力操作ができないから全魔力を使い切れてはいないわね。顔色を見てもまだまだ余裕があるわ。でも、今のアキラの総魔力量はだいたい把握したわ。私の三分ノ一以下ね」
「そんなもんなのか!?」
アキラは驚くとともに愕然とした。戦士としての資質はないにしても、もしかしたら術師ならいい線をいくのではないかと期待していたのだ。というより、現代日本人オタクとしてはその道を進みたかった。
「言ってしまえば凡人よ」
そのカテリナの一言に、アキラは力が抜けてテーブルに突っ伏した。
カテリナは首をかしげた。
「……なぜ落ち込んでいるの?」
「おまえが凡人と言ったからだろ?」
レナードが苦笑いしながら答えた。
「なぜ? 凡人ならマシでしょう? レナード様は魔術に関しては凡人にも満たないのよ?」
「たしかに」
レナードが力強くうなずく。
「私が言いたいのは、あなたが魔術を学ぶには遅すぎたってことよ。凡人でも早くから学べば成長する。今から魔術を磨くなら、それこそ死に物狂いで学び、魔力を上げる鍛錬に励むしかないの」
「それでどうにかなるのか?」
アキラが顔を上げた。
「あなたしだいでしょ? 私ができるのは方法を教えるくらいよ。でも【工作】は本当に貴重で未来を拓くことができる魔術よ。だから期待しているの」
「……やる。がんばる」
アキラは体も起こしてカテリナの目を見た。
「いい心がけね」
カテリナは笑みを浮かべた。
「話がまとまったなら迷宮へ行くところなんだが、アキラ、大丈夫か?」
「なにがですか?」
「いや、おまえ今、魔力をだいぶ使ったろ? 【拘束】とか使う余裕あんのか?」
「「あっ!」」
アキラとカテリナの声が重なった。
「話の流れを切るのもどうかと思って割り込まなかったんだが、これから迷宮へ行くんだぞ? カテリナ、ちゃんとわかったうえでやらせたんだろうな?」
レナードがニヤニヤしながらカテリナに視線を送ると、彼女はそれを避けるように首を動かす。
「も、もちろんです。まだ、迷宮が開放されるまでの時間はあります。魔力は基本、一時間に残り魔力量の10%回復するとされています。アキラの顔色から、残魔力はおよそ40%はあるでしょうから、開放まで二時間半、40.0+4.0+4.4+(4.84/2)で50%以上にはなります。【拘束】くらいでしたら四、五回は使えるでしょうから、適度に休憩を挟みつつ、私の援護でどうにかやれると思う次第です」
「素直に考えてなかったと言え」
レナードは稀有なカテリナの姿に大笑いした。迷宮街に来てからというもの、カテリナが面白くて仕方がない。あの完璧公爵令嬢と同一人物とは思えなかった。
「……」今度はカテリナが憮然とした。
「で、今日はどうするんだ? 外にいる青いサイサリスも試すんだろ?」
レナードが酒場の外で突っ立っているそれをチラリと見て、カテリナに訊いた。
「ええ。8階へ行くわ。先陣はいつものサイサリス、次がコーネル様、アキラと続きます。青いクレイマン――呼称ガーベラはレナード様とともに後方待機です」
「サイサリスと、ガーベラ……!?」
アキラは何かを感じとったが、それ以上は口にしなかった。それをメモリはウンウンとうなずいている。カテリナは『アホの子が二人』と思ったが何も言わない。
「オレ抜きでどう戦うか、だからな。よほど危険ではないかぎり、手は出さないようにする」
明日の夜にはブレイズ伯爵家に戻らねばならないレナードは、今後の心配が尽きない。自分がいなければ何もできないとうぬぼれているのではなく、危ないときに何もしてやれないのが歯がゆい。ゆえに今日明日の探索中に、安心できる要素を得たかった。
だが、迷宮探索が始まってすぐに、彼の懸念は現実となった。
初戦の竜獣三体との戦闘で、早々にアキラが尻尾で吹き飛ばされ、作戦は崩壊した。サイサリスは一体を相手にするので手いっぱいで、コーネルも二体目を抑えるのに必死だった。三体目はルナの【聖盾】と【拘束】で行動の制限ができていたが、攻めるにはルナ自身の攻撃力が不足していた。本来の作戦では敵を押さえこんでいる間にカテリナが魔術攻撃するはずだったが、アキラの負傷治療を優先しているため機能していない。残ったクロムが、竜獣三体それぞれに対して弓矢を用いて威嚇や気を逸らしていた。これがなければ次はコーネルのところから亀裂が入ったであろう。
「行くべきか……」
レナードの腕組みする手に力が入る。自分が参加すれば好転するのがわかっていたが、先を思うと動けなかった。
そろそろ限界かと思いはじめたとき、事態が動いた。サイサリスが竜獣の背に飛び乗り、【回刃】を纏った剣で首筋を貫いた。もがき暴れる魔獣を放置し、コーネルの相手に後ろから襲いかかる。そのころにはカテリナも戦線復帰を果たしており、ルナが相手をする竜獣めがけて【雷蛇】を放っていた。電撃で動きが止まったそれに、アキラが恨みをぶつけるように槍を突き刺した。
どうにか勝利を収めたが、余裕には程遠い結果となった。
「反省会だな」
もっとも安堵したのは、そう言ったレナードだった。
「図らずもレナード様の不安が的中しましたわ」
魔術転送機室に戻ると同時に、カテリナがため息を吐いた。
「いや、オレが戦闘に参加していようが、いつかは起きる問題だろ。誰かが大怪我をした時点で、パーティーは機能しなくなる。その穴をどう埋めていくかが課題だ。それができていなかったから各個で奮戦して、カテリナの戦線復帰までの時間稼ぎをするしかなかった。あらかじめ決めていれば余裕もできるだろう」
「攻勢時と守勢時で個人の役割を明確にしておくのですね?」
「そうだな。そのどちらのときも、基本的にはアキラとルナは防御寄りだろう。サイサリスは攻めでいい。クロムは後方からの援護が向いているのは今の戦闘でもはっきりしている。コーネルが適宜動くのが一番だな。攻守どちらもこなせる」
それぞれが異議をもたずにうなずいた。レナード嫌いのクロムさえも納得していた。
「私は?」
「おまえもクロム同様、後方支援だ。攻撃魔術で敵を一撃で斃そうと思うな。その隙を作る前衛が苦労するし、さっきみたいに戦線を外れてはアテにもできない。初めから戦力に数えないほうがいい」
「……」
「不服そうだな。こう考えろ。なんでもできるおまえが後方に控えているからこそ、皆が自由に動けるんだ。いざというとき怪我を治してもらえる。防御魔法で守ってもらえる。攻撃の隙を作ってもらえる。高い状況判断力と、さまざまに対応できる能力を持つおまえにしかできない戦い方だ」
「……さきほどはできていませんでしたが」
「気構えができていなかったからだろ。立場を理解して臨めばできる。意識してやってみろ」
「わかりましたわ」
カテリナは不思議とできるような気がした。レナードの褒めて伸ばす作戦にかかっているとわかりつつも、信頼されるのは嬉しいものだった。
『こりゃ、カテ=レナ・エンドもあるか?』
『ないわよ!』
緩みかけた頬がメモリのニヤニヤで消し飛んだ。
「それとカテリナ、そのガーベラ?は動かせないのか?」
「え、ええ。まだ難しいわね。今はまだサイサリスの行動データを覚えさせるのが優先です。単純な行動なら直接命令でも動かせますが」
「そうか。……しかし、なんでサイサリスは初めからあれだけ動けて、ガーベラはできないんだ?」
「ぐっ」
その点には気付いてほしくなかった。まさかサイサリスには中の人がいるとは言えない。
「ぐ、偶然の産物としか言えないですわね。最初に造ったものですから、気合が入りすぎたと言いましょうか。今もって【クレイマン】の術式は完全に読み解けていませんの!」
「やはり魔術はわからんな」
レナードは息を吐いて終わったが、他のメンバーの目は白い。
「で、では、次に行きましょうか。扉の外には……いないようですわ」
カテリナは扉に近づいて皆の視線を避けた。
「階段室のある西を目指すぞ。サイサリス、コーネル、頼む」
レナードの指揮の下、コーネルが扉を開けた。先の戦闘前に張った【聖盾】がまだ残っている。周囲に敵の姿もなく、音もしなかった。
「ルナ、西の適当な位置に盾を頼む。まずはそこまで移動だ」
「はい」
ルナが10メートル先に【聖盾】を建てた。と、すぐに盾に向けて爆炎が飛んだ。
「魔術だな。大悪魔か、人面獅子か」
「【光】」
カテリナが四つの光球を飛ばし、盾を中心に回転しながら広がっていく。北側に大悪魔、南に人面獅子が二体照らされた。
「どっちもかよ!」
レナードが即座にツッコんだ。
カテリナはその一言の間に計算をたてた。
「サイサリス、あの盾までダッシュして、叫んで戻ってきて」
『あいさー……って、なにそれ?』
「両者を鉢合わせにするわ。大悪魔は共闘しないから、うまくいけば勝手に戦ってくれるわ」
カテリナはメモリにだけではなく、全員に説明した。
『あ、なるほど。漁夫の利作戦だね』
サイサリスは床を蹴った。
「みんなは部屋の中で待機。様子見よ」
彼女が率先して部屋に入ったので、レナードたちも続いた。
「アアアアアアアァァァッ!」
サイサリスが聖盾の前で叫ぶ。大悪魔も人面獅子も注意を向けないわけがなかった。勇んでサイサリスに飛びかかろうとするが、その眼前に新たな標的が目に入る。
大悪魔は躊躇なく腕を振るい、マンティコアの老人の頭を掴んだ。その個体は獅子の爪で悪魔の腕をひっかき、サソリの尾で突き刺すが、解放されることはなかった。
もう一体のマンティコアが魔術を唱え、デーモンの顔面に爆炎をぶつける。さすがに効いたようで、よろめいて掴んでいたマンティコアを放した。
『わー、怪獣大戦争』
『さっさと戻ってきなさい!』
傍観しているメモリにカテリナは怒鳴った。しかし、サイサリスは盾の裏に隠れて留まった。
二体のマンティコアが交互に魔術をぶつける。さしもの悪魔も守勢一辺倒だった。
『ちょっと一方的じゃないかな』
サイサリスが人面獅子の背後にまわる。魔物は攻撃に夢中で気付かない。静かに剣を振り上げ、一体の尻尾を切断した。
突然の喪失感に、老人のあんぐりとした顔が背後に向いた。『なにしとん?』と言いたげな表情だった
サイサリスは軽く手を振って、もう一体の尻尾も切った。
同じようにマンティコアが彼女を見た。顔が赤くなり、怒りの形相に変わるのが面白かった。感情などないはずの魔造生物だが、行動パターンは豊富らしい。
標的を完全にサイサリスに向けたマンティコアだったが、それこそがメモリの狙いである。
攻撃が止み、大悪魔の反撃の時間がやってきた。両腕を大きく伸ばし、マンティコアの顔面を二体まとめて掴んだ。そのまま持ち上げ、宙づりにする。老人の頭蓋骨が砕かれていく音が響いた。
人面獅子はもがき、抗うが、自慢の獅子の膂力も中空では発揮されない。サソリの尾はサイサリスに切断されている。勝負アリだった。
『カティー、剣に魔法ちょうだい』
『人の指示は無視して要求はするのね』
カテリナはボヤいたが、サイサリスの魔剣に【回刃】を纏わせた。
マンティコアの頭が砕かれ核石へと変化する一瞬に、サイサリスは大悪魔の背中を刺した。風の刃がドリルのように青い肌を引き裂き、肉片を飛び散らかせ、体の半分を抉った。
その容赦ないエグさに、カテリナたちは顔をしかめる。
「徹底した卑劣さだな」
レナードの苦笑まじりの褒め言葉はカテリナに向けられたものだ。サイサリスの行動は彼女が指示しているものと思っているからだ。
それを否定するわけにはいかないカテリナは「勝つためですわ」と頬をヒクつかせて答えた。
「それはともかく、今回は参考にならないな」
「わかってます。次もうまく同士討ちにできるとは思っていません。行きましょう」
カテリナはアキラとコーネルを先頭に立たせて、サイサリスのほうを示した。
サイサリスと合流するころには、大悪魔もすでに核石へと変化していた。カテリナがマンティコアのそれも回収し、カバンにしまう。クロムはせわしなく周辺の確認をしていたが、近くに魔物の気配はない。
ルナがさらに西に【聖盾】を建てたが、何の反応も見られなかったので用心して進んでいく。
と、正面から激しい足音が近づいてきた。数秒の間もおかず、盾にぶつかる大きな音がした。竜獣が一体、突進したようだった。
「あの盾は目立つからな。敵をわざわざ呼び寄せるようなもんだ」
「そのおかげでこちらへの奇襲が防げるというものです」
「たしかに。……もう一体来たぞ」
続けて盾に衝撃が走った。頑強な盾だが、何度も喰らえば破壊されるだろう。
「ルナ、魔力は?」
「余裕です。【聖盾】でしたらあと十数枚は張れます」
「すごいわね」
カテリナは素直に驚いていた。ルナの魔力量は自分の倍近くあるのではないかと思った。
「死に物狂いの鍛錬の賜物です。わたしも凡人でしたから」
ルナは微笑んだ。その笑みに自信がみなぎっているのは、未来の『守護騎士』となるための努力の結果であった。
「では、もう一枚、直角に張ってくれる? 扇で竜獣を受けるわ」
カテリナの指示にルナは目の前の盾の南端に合わせるように、垂直にもう一枚の【聖盾】を追加した。
盾の内側に全員が集まり、北側をコーネル、東側をアキラが壁になる形で立つ。ルナは両者の真ん中で槍と盾を構えた。
竜獣は盾の反対側にいる人間たちを襲おうとするが、盾が邪魔でできない。ようやく回り込めばよいと気付き、唸りながら盾沿いに走った。
「……サイサリスはどこだ?」
レナードが周囲に赤いゴーレムがいないのを疑問に思った。
「なにも全員が固まって動くこともないでしょう?」
カテリナが答えるのと同時に、アキラの【拘束】された大盾に一体目のドレイクがぶつかった。アキラは【回刃】を受けた槍で脇から攻撃する。風の刃を警戒するようにドレイクは数歩退き声を上げた。
二体目の竜獣は、コーネルに飛びかかろうとして彼の【拘束】を左後足に受けてつんのめった。その隙に額を貫こうとしたが、竜獣が口内に炎を溜めているのがわかり、盾を構え防御体勢に移った。
竜獣が炎を吐きだそうとした刹那、その背後からジャンプし、全体重をかけてサイサリスが首筋に剣を突き立てる。
『一つ!』
『謎カウントはやめなさい』
『えー、12体のドレイクを三分で斃したいー!』
『そんなに来られてたまるものですか! さっさとアキラの援護をなさい!』
『ちぇー』と文句をこぼしながらも、サイサリスはまたジャンプする。突進を試みようとする竜獣の正面に立った。
『メモリ、危ないわよ!』
『たった一頭なんだから、アキラとコーネルさんにも経験値をあげないと。普通に戦ってみようよ』
カテリナは迷ったが、一瞬である。即座にコーネルとアキラに【高位防御膜】をかけた。
「アキラ、コーネル様、三対一です。やれますか?」
「当然です」コーネルにも騎士の矜持がある。
「やるさ」アキラもいつまでもおこぼれに預かってはいられない。
「クロム、危ないときの援護を」
「わかった」
レナードとルナは高みの見物を決め込みつつ、周囲警戒に努めた。
仮にも竜種に数えられる魔物である。体格や身体能力が遥かに勝る相手とあって、三対一でも苦戦する。文字どおり、地味に削っていくことで身体能力を奪い、のたうちまわるようになるまで五分以上が費やされた。とどめはコーネルで、最後の抵抗で噛みつきにかかったところを潜り抜けて首を刺した。
「お疲れ様。すぐに進むわよ」
「なんだ、戻るかと思った」
カテリナの指示に、レナードが意外そうな顔をした。つねに安全策を訴える彼女がめずらしい。
「多少無理でも、レナード様がいるうちに経験を積むべきです。せめて階段室へ行くくらいできなければ、宝探しなんて不可能でしょう」
「そうだな。今日、明日中にいい武器が手に入って欲しいものだ」
カテリナはレナード抜きの戦力に不安が拭えない。おそらく誰もがわかっているだろう。それを払拭するには安定した戦術や戦闘経験、勝利による自信、強力な武具が必要だった。
それから二戦は連戦となった。岩石魔造物を相手に苦戦しながらもどうにか斃してすぐに、下位悪魔が三体も飛翔してきたのである。ゴーレムの竜獣以上の硬さや、空中からの間断ない魔術攻撃を相手にするには、また新たな戦術を必要とした。
戦闘後に一息ついたカテリナが見たのは、ジッと耐え続けたレナードの顔であった。何度か剣の柄に手を伸ばしたものの、伝家の宝刀は抜かれなかった。カテリナは感謝するとともに、自分のふがいなさを痛感した。
これ以上の連戦は無理と悟り、カテリナはルナに通路を造るように左右に盾を張らせ、西へ向けて一直線に走った。盾にぶつかる魔物はすべて無視し、階段室の扉を見つけると跳びこむ。
扉を閉めて安全を確認すると、一同は床に転がった。
「どうにか着いたな」
ただ一人、レナードは戦闘に参加していないので体力が有り余っている。
「そう、ですね……。厄介な、敵が、多すぎ、です、わ……。迷宮の、構造も、不利で……」
息を切らせながらカテリナが応えた。
「無理すんな。まずは休め。帰りもあるんだからな」
カテリナは忠告に従って深呼吸を繰り返した。その後、レナードに間違いを指摘した。
「レナード様、ここがゴールですよ。ルナの情報では地下9階の階段室に魔術転送機もあるらしいので、階段を降りれば地上へ帰れます」
カテリナがルナを見ると、彼女はうなずいた。
「井戸、階段、転送機、すべて揃ってます。それと、『扉』も」
「扉? そりゃ、扉はあるだろ」
レナードは首をかしげたが、カテリナにはルナの示唆することがわかった。その『扉』の先に、例のアレがいるのだろうと。
「地下10階への最終試練ね」
「はい。クレスト組はその向こうへは行けませんでした。迷宮の構造上おそらく、9階にはアレしかいません」
二人の会話で全員が思い出した。
「あれか、『守護者』の魔法盾クラスの魔術を使うヤツだったか? そんなにすぐにご対面なのか」
「はい。わたしたちはクレストの勘の良さに救われました。奥まで進まずに扉のそばですぐに逃げられるように備え、一撃した直後に撤退を決めました。その一撃に全戦力を叩きこんだのにも関わらず、敵は無傷でしたから」
「なるほどな。そりゃ、引退もしたくなる。だが、今、それを聞いてもあまり意味はないな。地下8階すら手こずっているようじゃ話にならない」
「そうですね。やはりしばらくは8階で鍛えるしかないでしょう」
カテリナがそう結論づけた。
地下9階へ降り、件の扉を見る。今までの貧相なものとは違い、金属製の装飾過多な大扉だった。カテリナは近づいたが、触ろうとはしなかった。
「本当に全部そろってるんだな。部屋の広さも他の井戸部屋の倍はある。高さに至っては天井が見えないぞ?」
「ずいぶん降りましたからね。……一度地上に戻り長めの休憩をとって、もう一度8階へ行きます」
カテリナがそう言うと、アキラとクロムは疲れた顔を見せた。それでも反対はしなかった。
午後は東に進路をとった。井戸の位置から座標が判明したので、東側がすぐに壁になるのがわかったからだ。片面に壁があれば、敵からの襲撃方向が一つ塞がる。
それでもなるべくスタート地点の魔術転送機室から離れないように探索し、戦闘を行った。初手の行動としては、今まで同様にルナの盾で敵の進行方向を誘導して迎え撃つ形で落ち着ている。彼女の盾は面積内であれば形が変えられると知り、カテリナは高さよりも長さを優先してもらった。
「わかりました。そもそも高さを10メートルほどにしていたのは、この地下8階の天井に合わせてでした。もっとも死角になりやすい上からの襲撃に備えてです。感知に優れた罠師がいるようですし、幅を広めにとって、曲面状にしてみましょう」
ルナはクロムをチラリと見て言った。平民の彼に礼節を尽くそうとは思わないが、能力の高さは認めていた。
攻撃面では、カテリナが昼休みを活用して魔術を改良していた。硬い相手が多すぎるので、地属性基本単体攻撃魔術の【礫弾】を、より貫通力に優れた【穿岩弾】に強化した。【礫弾】よりも三倍以上の速度で撃ちだされるそれは、岩石魔造物の体を容易に砕いた。ちなみにこの術の改良ポイントは、悩むカテリナにアキラとメモリがアドバイスしたものである。曰く、『弾を回転させて速度を上げてると貫通力が上がる』と同時に言い、『螺旋はすべてを解決する』とまで被ったときはカテリナは呆れた。
こうして地下8階の探索にも、多少の余裕ができたカテリナ・パーティーは、初の宝箱を手に入れて街に凱旋したのだった。
換金と鑑定を終え、エンキドゥの酒場でテーブルを囲む。
「魔剣ランク4。でもただの硬化・軽量型ね。コーネル様向けかしら?」
カテリナに剣を差し出されたコーネルは、手で遮った。
「わたしには騎士の剣と槍があります。アキラも今は槍に集中すべきでしょう。サイサリスに渡して、今のをガーベラに持たせては?」
「そうですね。そうしましょう」
カテリナがサイサリスに剣を渡す。無造作を装い剣を取ったサイサリスは、内心で興奮していた。
『サイサリスは新しい剣を手に入れた!』
『はしゃぐ要素あるの?』
『いつだって新型は嬉しいじゃん。前のより少し長くて厚いね。ゴーレムを殴っても平気そう』
「……喜んでいるならいいわ』
カテリナはそれ以上関わるのをやめた。
その後は反省会と今後の方針を話し合い、解散後は各自の修練の時間となった。
忙しい一日が終わる。
おまけ
「思ったんだけど、カティーも【工作】を覚えれば? カティーならすぐ使いこなせるでしょ?」
「地属性魔術だから相性はいいわ。私もルナも、少ない消費で高い能力の物が創れるでしょうね」
「それなら――」
「でもダメよ。少なくとも、私はダメ」
「なんでさ?」
「……芸術方面はまるで才能がないの。特に絵画・彫刻は壊滅的よ。だから外見がうまくイメージできなくて不格好になるのが目に見えてるし、機能性も悪くなるわ」
「クレイマンはうまく造ったじゃん」
「私が想像したわけではないからよ。私の頭にこびりついていたイメージを【クレイマン】が勝手に造っただけだもの」
「もしカティーのイメージでわたしを造ったらどうなってたんだろ」
「やってみましょうか。……こんなカンジ」
「イヤーーーー!」




