2 監獄の決闘 5.14
陽が完全に沈みかけるころ、馬車は迷宮街の門をくぐった。
迷宮街は、迷宮を中心に三重の壁に閉ざされた閉鎖空間である。行き来できる門は、各壁に一つしかない。迷宮からの魔物を迷宮街の外へ出さないようにするための防備ではあったが、それは魔物に限らなかった。迷宮攻略者を自称するならず者、囚人、わけありの流れ者など、国にとって害にしかならない者を外部に漏らさないためでもある。実際、入る際の審査は緩く、出るときは確かな身分証がなければ通行許可が下りない。
カテリナもまた、迷宮懲役刑を受けた囚人の一人として街に入り、64000金貨を支払うまで外には出られない立場にいる。
馬車には窓もないので景色を見ることはかなわなかったが、喧騒は届いていた。怒声や下品な笑い声が絶えず、ときおり泣き叫ぶ声も聞こえてくる。穏やかな街とはいえないのが元公爵令嬢にもわかった。大きな音がするたび、彼女は自然と拳を強く握っていた。
カテリナの意識に住みつくメモリは、彼女が鋼の精神の持ち主ではないのを初めて感じた。気分転換をさせてあげようと、メモリは馬車の外を見た。
『思った以上にうるさいけど、そんなに汚くないね。兵士もいるし、治安はそんなに悪くなさそう。あ、次の門が見えてきた』
『……あなた、外が見えるの?』
『え? うん。カティーからあんまり離れられないけど、数メートルなら移動?できるよ』
『そのまま離れてしまえばいいのに』
『わたしだってそうしたいですぅー』
メモリが口を尖らすようなイメージをカテリナは感じた。気持ちが少しだけ緩んだ。
『……あなた、それなりに使えそうね』
『いつか絶対その体をのっとってやる』
『そうね、100年後だったら貸してもいいわ』
『その前に死んでるよっ』
さらに最後の内壁を越えてほどなく馬車は停車した。扉が乱暴に開き、「出ろ!」と威圧的な声が響いた。
カテリナは凝り固まった体をほぐしながら馬車を降りた。背中を突き飛ばされ、目の前の石造りの建物に歩かされる。表札などありはしないが、刑務所であるのは一目瞭然であった。
御者でもあった兵士二人が彼女を挟むようにして中へ連れていく。すぐ手前の部屋に押し込められ、一人が奥へと向かった。
しばらくすると、いかにも監獄のボスといった中年男性と、場に似つかわしくない若い女性看守を連れて戻ってきた。
刑務所長は元公爵令嬢を舐めるように見回し、飽きると顔を引き締めた。
「囚人番号と名前を言え」
「37563、カテリナ」
『アーモニア』という性は名乗らなかった。懲役が確定してすぐ、彼女はアーモニア公爵家から縁を切られたからだ。彼女の両親は再審理も減刑も訴えず、娘を捨てたのである。
「ふむ。公爵令嬢にしては落ち着いているな。囚人となった貴族のほとんどは立場も忘れて怒鳴り散らすか泣きわめくかなのだが、さすが重犯罪者は肝が座っている。改めて言うもまでもないが、ここではそれまでの地位はなんの役にも立たん。誰も助けてはくれん。生きたければ自分でなんとかすることだ」
「はい」
眉一つ動かさず答えるカテリナに、刑務所長は苛立った。この場でもっとも偉い自分に平伏し、媚びへつらわないのが気に入らなかった。
「澄ましおって。だがどうせ明日にはワシに慈悲を乞うことになるだろうよ」
その想像に刑務所長は嗤った。
「さて、この刑務所でのルールを説明しておく。おまえには独房が用意されているが、そこにいようがいまいがかまわん。刑務所外へ行くのも自由だ。街から出さえしなければ咎めることはない。だが、無制限に自由をやるわけではない。週ごとに税金として20銀貨を納めよ。直接ワシに渡すように。看守のなかにはくすねるヤツもいるからな。支払いがなかったときは懲罰房行きだ。それはそれでワシはかまわんがな」
刑務所長は顔を近づけてニヤニヤした。カテリナもメモリも、彼が何を考えているか丸わかりだった。
「次に迷宮について簡単にレクチャーしてやろう。おまえのこれからの稼ぎ場だ。元貴族であれば概要は知っていよう。迷宮は朝10時から夜10時の12時間しか開かれない。夜10時になると、どのフロアにいようと強制的に1階に放り出される。そして朝10時までは地下に降りられない。その間に迷宮は組み替えられ、同じ構造になることはまずない」
カテリナは知っていたようで半分聞き流していたが、メモリは驚いていた。
『まさかのローグライク!?』
『ローグライク……?』
メモリの心の声に、カテリナも心の声で返す。
『そういうゲームがあるんだよ。毎回ダンジョンの構造が変わって、宝箱の位置も中身も違っちゃうやつ』
『そう。ゲームもいろいろあるのね』
カテリナは表情も声のトーンも変えずに答えた。
『どおりで30年もクリア不可だったわけだ。以前の攻略がまったく役に立たなくなるんだから。ゲームならゲームらしくクリアできるように設計されてるけど、ここじゃそうはいかないみたいだね』
「……」カテリナは応えなかった。
刑務所長は二人の会話など聞こえないので話を続けていた。
「迷宮の怪物は生物のように見えるモノが多いが、生物ではない。狂魔術師が造った疑似生物だ。魔造物ほど無機物ではないが、同じような物だ。生物に近い魔造物なので、魔術協会では魔造生物と呼ぶらしい。ヤツらの動力源は、魔術道具でも使われる核石という魔力結晶体だ。これを壊さぬように倒すようにな。これを商会なり魔術協会なりに売って換金するといい。20グラムの核石で1銀貨が相場だ。地下一階層の魔物1体がだいたいこの大きさだな」
『64000金貨貯めるのに、どんだけ集めなきゃいけないのよ』
『128,000,000グラム、128トンよ』
『計算はやっ! てか無理じゃん! さらに週20銀貨もいるんでしょ? 絶対ムリ!』
『大きさによって価値も変動するので大物を狙ったほうが効率はいいでしょうね』
『そういう問題?』
メモリはため息を吐いた。
「『聖女』であるおまえは探索者どもから引く手あまただろうな。迷宮入りが怖いなら、入り口で治癒業をやるのもいいだろう。だが、そんなことでは一生、払いきれんだろうがな」
『このおっさん、わかってて嫌味いってんだね。もしわたしに体があれば殴ってるよ』
『あなたたち、粗野で野蛮なところはそっくりね』
カテリナが頭の中で呆れた声を出したので、メモリは『むぅ』と唸った。
「話は終わりだ。あとはそこの看守に聞け。いいか、週に一度、必ず税金を納めろよ」
刑務所長は嗤って部屋を出ていった。
女性看守が手枷を外して兵士に渡す。兵士は受けとると、本来の任務地である王都へと帰っていった。
「こっちだ」
女性看守が先に立って歩いていく。不用心だが、囚人は刑務所外へ堂々と出ていけるのだから、無茶をするわけがないと思っているのだろう。
「ここは男女で房が分かれてはいるが、説明どおりカギはかかっていない。どういうことかわかるな?」
「さぞ乱れているのでしょうね」
「強姦など日常茶飯事だ。看守をアテにするな。囚人に肩入れする者はいない。気を付けることだ」
「御忠告ありがとう。でも、義理はなくとも秩序を守るのが仕事ではなくて?」
「……こんな陸の孤島で正義を期待するな」
看守は奥歯を噛んで声を絞り出した。カテリナは察したが、それには言及しなかった。
「あなたが考えうる最善策を教えていただけるかしら?」
「……所長の女になれば、囚人も看守も手を出さん。次点は囚人頭のドッグバリーに取り入ること。それも嫌ならここを離れて街の宿に住むことだ。外門の近くなら治安もいいが、囚人には借りられないだろうな。中層なら通常より割高だが貸してくれるところもある。金のある囚人はそこにいるよ」
「お金のない女性囚人が逃げ場もなく犠牲になっているのね。……まぁ、弱者は虐げられるものよ。仕方ないわ」
カテリナは笑みを浮かべた。
「……あんたも今日からその弱者の仲間入りよ。ここじゃ公爵令嬢なんて肩書はなんの役にも立たないとすぐに思い知る」
「それは楽しみね。では、囚人頭のドッグバリーとかいう駄犬のところに案内なさい」
「……は?」
「聞こえないの? それとも頭が悪いのかしら。ゲスのところに案内しなさいと言っているのよ」
「正気か!? わざわざ餌食になりにいくようなものだ! いや、最初から取り入るつもりか……?」
「あなたには関係ないことよ。何もできない無力な奴隷には」
「あんた!」
「大きな声を出さないでほしいわ。ただでさえ、頭の中の蠅がブンブンうるさいのだから」
カテリナは頭を振った。さきほどからメモリが抗議運動をしているのだ。
『なに考えてんのよ、カテ公! わたし知ってるんだからね、あなたお嬢様だけあって非力だってこと! 争いになれば力で抑え込まれてあんなことやこんなことされちゃうんだから!』
『お黙り。自分の能力くらい把握してるわ。第一、先手を取らせるわけにはいかないの。それこそ負け確定よ。……けれど、あなたを利用すれば勝てるわ』
『わたしに何ができるって言うの?』
『蠅には蠅の使い道があるものよ』
カテリナは頭の中でメモリに説明した。それが終わるころ、元公爵令嬢は囚人頭の前にいた。
「あなたが猿山のボスのドッグバリーですわね? 私はカテリナ。本日からこの監獄でお世話になりますわ」
あまりに堂々としていたため、食堂でたむろしていたドッグバリーとその取り巻きはポカーンとした。が、次の瞬間には爆笑した。
「こ、こりゃご丁寧にどーも。噂の元公爵令嬢様でいらっしゃいますか。で、猿山のボスに何の御用でいらっしゃってますですかね?」
ドッグバリーはテーブルに足を投げ出し、下卑た笑みを浮かべた。
「あなたに一つお願いがありまして。私、臭いものは苦手なのです。なので、私の居住まいとなります女性監房にはあなたを含めた男性の立ち入りをやめていただきたいのです」
「ほぉ。当然、その見返りはあるんだろうな、お嬢様」
「あるわけないでしょう、ゲスが。私の役に立てるのですよ。感謝にむせび泣きなさい」
カテリナが笑みを消して睨みつける。気の弱い男ならば怯むところだが、相手は重犯罪者である。その威嚇は逆効果だった。
「このアマ、ここでの礼儀を教えてやらァ!」
机を蹴り倒し、ドッグバリーが立ち上がる。周囲の手下も殺気だった。
「あら、お怒りになりまして。それはたいへん失礼を致しましたわ。でしたら、カードで決めませんこと?」
「カード?」
ドッグバリーはピクリと反応した。
「あなたのことは多少、調べさせていただいております。迷宮懲役となったいきさつも。カードで身を滅ぼしたようですわね」
「それが、なんだ?」
「落ちぶれたとはいえ、あなたも生粋の勝負師。よもや挑まれて逃げはしないでしょうね」
「調子こいてんじゃねぇぞ。おまえに賭けるもんざねーだろうが」
「ではこちらを」
カテリナは右足の薄い靴を脱ぎ、底からダイヤを取り出した。
ドッグバリーの目の色が変わった。
「ほ、本物か!?」
「調べてごらんなさいな。これでも元公爵令嬢、偽の宝石など持ちませんわ」
手近にいたドッグバリーの手下に渡し、経由してボスに届けられる。どこに持っていたのか、小型ルーペでダイヤを鑑定する。
「本物だ。100金貨は下らねぇぞ……」
「どうです? やる気になりましたか?」
「ああ、オレはいい。オレはいいが、下のモンが納得するかだな。オレが負ければ損するだけで、勝ってもなんの得にもなりゃしねぇ。ああ、そういやぁ、そろそろ新しい女が欲しいところだったんだよなぁ」
「私に隷属しろと?」
「おまえは囚人だ。賭けに関係なくオモチャにしてやるよ。そうじゃくて、そっちの看守のほうだ」
カテリナを案内してきた女性看守に全員の目が向いた。彼女は看守という立場から餌食にはならなかったが、賭けの商品なら話は別である。ドッグバリーは以前から目をつけていたのだ。
「だそうよ、看守さん。あなたしだいね」
カテリナは笑んでいたが、その目は看守には冷ややかに見えた。まるで期待などしていない目だった。クズを、ゴミを、カスを、虫けらを見るような目だった。だからこそ、覚悟が決まった。
「……わかった、受けよう」
「いいのね?」
「はい」
「そう。あなた、お名前は?」
「タリアと申します」
タリアは囚人に敬語で答えていた。
カテリナはフッと笑み、ドッグバリーに向き直った。
「こちらはダイヤとタリア、そして、私のすべても賭けるわ」
「ヒャッハァっ! グぅッドだぜぇ! オレたちは女監房に近づかないことを誓ってやるよ」
両者の賭けが成立し、テーブルとカードが用意される。
「では、ルールを確認いたしましょう。使用カードは通常のトランプカード52枚にジョーカーが1枚。判定は最新のスタンダード第5版ドナルドに則るものとしていいかしら?」
「待て、オレは最新ルールを知らねぇ。刑務所にいたからな。第3版アリスにしろ」
「いいでしょう。ではルール・アリスで。コインはたがいに20枚。先につきたほうの負け。以上、よろしい?」
「オーケーだ」
「では――」二人の視線が交差する。
「決闘開始!」
カテリナは長い一日を終え、ようやくベッドに倒れられた。マットもない硬い木製ベッドだが、横になれただけマシであった。
『一時はどうなることかと思ったよ』
「当然の結果よ。あの男が策を弄するのはわかっていたことだもの。その証拠さえ掴んでしまえば、本来の勝負なんてどうでもよかったのよ」
『でもさ、安心はできないよ? 約束を守る義理なんて悪党にはないんだから』
「大丈夫でしょう。飴も与えているのだし。それでも心配なら、あなたが見張っていて」
『もちろん、そうするよ。カティーはゆっくり休んで。疲れてるだろうし』
「そうね、そうさせてもらう、わ……」
カテリナはメモリの言葉に従うように眠りに落ちた。
『よくわかんないな、この悪役令嬢は。カテ公、カテ凡、カテリナ、カティー。なにはともあれ今日はお疲れ。おやすみ、お嬢様』
おまけ
カード勝負の内容……長いので書きませんでした。きっとポーカーです。
『ショットガン・シャッフルはカードを痛めるぜ!』
『ショットガン……?』




