1 迷宮懲役囚 5.14
鐘が鳴る。放課後を告げる鐘の音。学校創立時から何十年と鳴り続けてきたそれは、『鐘の音が鳴り響く中で告白して生まれたカップルは永遠に幸せになれる』といった伝説までもある。
しかし、その少女は遠くなる意識にかすかに聞こえる鐘の音が、とても幸せを象徴するとは思えなかった。
彼女は豪雨の中に倒れた。彼女を貫いた雷鳴の残滓が、今なお轟いていた。
彼女が目を覚ましたとき、鐘の音はまだ続いていた。聞き慣れた音色よりも、少し鈍く聞こえる。
少女の視界に映ったのは、多くの人と広い石造りの議場だった。およそ現代とは思えないファンタジーゲームのような服装をした人々が、自分を見下ろしている。怒りや憎しみ、蔑み、嘲笑など、悪意に満ちた表情を浮かべていた。
困惑して思考がうまく働かない。が、真正面の二人を見て、彼女はすべてを理解した。
くすんだ金髪の美青年と、栗毛の美少女。それは先日まで遊んでいた乙女ゲーム『あなたに光の花束を』のキャラクターだった。
青年のほうはこの国の王子で、名をスヴェン・ホワイトロウと言った。その乙女ゲームの中では最高難度の攻略キャラである。学問・芸術・武術・魔術・品位などいずれのパラメータも高ポイントでなければなびきもしない、いわばラスボスだった。
女性のほうはプレイヤー・キャラクターだ。デフォルト名はノエル。よくある田舎の村娘が実は聖なる力を秘めた『聖女』であった――というテンプレだった。
少女はそこでハタと気付く。これはまさに夢にまで異世界転生だ、と。疑いもしなかった。雷に撃たれて死んだと思ったら異世界。稀によくあること。自分の身に起きても不思議はない。彼女は確信していた。となれば、自分は誰に転生したのだろうか。ヒロインではないのはわかる。目の前にいるのだから。では、この状況から推測されるのは――
「起訴内容。スヴェン殿下に対する不敬罪。『聖女』ノエル殺害未遂。国家騒乱罪。違法薬物の不法所持。以上、申し開きはあるか?」
裁判長が重い声と視線を、被告席に繋がれた少女に向けた。
『え、これってまさか……!』
少女はまたも困惑した。この場面を知っている。テレビ画面ごしに何度も見た。
美しい金髪と容姿を持った女性が被告席にいた。手枷をはめられ、鎖で床につながれている。彼女は落ち着きはらい、静かに顔を上げた。
「これから申し上げます真実に、どうか耳をお傾け下さい。私が望むのはこの国の未来です」
罪人カテリナ・アーモニアは、ゆっくりと語りはじめた。その声は凛とし、とても大罪を犯した狂人のものとは思えなかった。しかし、彼女は弁明の一つも言い終えぬうちに激しい頭痛に襲われた。
『ぎゃーっ、カテリナじゃない! 悪役公爵令嬢カテリナ・アーモニアぁ! 通称カテ公の中ぁぁぁぁ!?』
少女が叫んだ。その声は外部には漏れておらず、カテリナの頭の中にのみ響き渡っていた。
当然、カテリナは驚いた。唐突に耳元で叫ばれたようなものだ。一瞬、呼吸が止まり、主張も止まってしまった。
「な、なに!? 誰、今、叫んだのは!?」
カテリナは周囲を見回すが、取り囲む人々もまた、彼女の奇行に騒めいていた。
「何を言っている、カテリナ・アーモニア。弁明がないのであれば、判決に進むがよいか」
「お待ちください! 私は――!」
『うっおっ、これってやっぱり断罪イベントじゃない! カテ公の悪事がバレて死刑になるヤツ! サイアク! 現世で死んで、またすぐ死ぬの!? 誰だ、こんなとこに連れてきたのは! ふつーカテリナの幼少期とかに転生して、いい人になっていくのがオヤクソクでしょうがぁ! あー終わった。超クソゲーおわたっ』
カテリナは脳内で意味不明な暴言を吐く女の声に激しい頭痛を覚えた。同時も怒りも。
「うるさい! なんです、おまえは! 少し黙りなさい!」
その言葉は、生の声として聴衆全員に届いた。
裁判官のコメカミがヒクつく。
「カテリナ・アーモニア! 神聖な裁判の場でなんという暴言! 弁明もなく、反省もない! その不遜な態度は裁判を侮辱するものである!」
「いえ、今のは裁判長に向けたものではなく、私の頭の中で叫ぶ何者かに――」
裁判長は木槌を叩いた。
「弁明の機会は失われた! 法廷侮辱罪も追加されよう。では判決に移る」
「ですから――!」
カテリナは叫ぶが、裁判長が左手を軽く上げると衛兵が彼女を床に押さえつけた。
『あ~、終わった……』
カテリナの中の少女も絶望に突っ伏す。
「判決。カテリナ・アーモニアを死罪とする。ただし、『聖女』たる資格を有するゆえ、迷宮懲役刑とすることも可能である。いかに?」
冷徹な目がカテリナにそそがれた。周囲の視線もまた、同じであった。
『迷宮懲役……?』
カテリナの中の少女だけが、それを不思議そうに見ていた。
裁判所からの移送馬車の中で、カテリナはため息をついた。裁判所を出るまでは長かった金髪がバッサリと切られ、服装も無地の麻のワンピースと底の薄い靴姿。左前腕部内側に魔術刻印された囚人番号37563が痛々しかった。
「……で、あなた何なのです?」
カテリナが頭の中の不愉快な何者かに問いかけた。
『わたし? わたしは異世界転生者! たぶん。フツーならあなたの意識と入れ替わって自由に動いたりできるはずなんだけど、どうも理想と違うのよね』
「それは、私に憑りつく魔界の住人ということかしら?」
カテリナは気持ち悪くなった。異世界『転生』はわからないが、『異世界』という意味はわかる。魔術協会の研究では、神のいる神界、魔物の住む魔界、妖精のいる妖精界はいずれもこの世界とは違う『異世界』としているからだ。カテリナは魔術素養があったため、能力を伸ばすべく魔術学習にも力を入れていた。
『違うちがう。この世界の人が誰も知らない世界から来たの。わたしから見ればゲームの中なんだけどね。ゲームもまぁ、異世界みたいなもんだし』
「さっぱりわからないわ。ともかく、私の頭から出ておいきなさい。蠅よりもうるさくてかなわないわ」
『そうしたいけどできないのが異世界転生の弱点よ。転生って生まれ変わりなんだから、死なないかぎり離れられないの』
「ふざけないで!」
思わずカテリナは叫び、御者台にいる兵士が小窓から睨んできた。囚人令嬢は顔を逸らし沈黙した。
『あまり大きな声を出すと変人扱いされるよ』
「あなたに言われたくはないわっ」
叫びかけて、カテリナは声をひそめる。ふと思いついたのが、頭の中から聞こえるのだから、こちらも頭の中で話せばいいのではないだろうかということだった。
『聞こえるかしら? 異界蠅』
『酷っ。……あ、でも聞こえる。なるほど、脳内通話が可能なんだ。思考は読めないから、会話したいという意思が必要っぽいかな』
『そのようね。で、蠅でなければ、あなたの名前は? こちらは蠅呼びでもかまわないのだけれど』
『ホンット性格悪いよね。……て、あれ? 名前……?』
『なに?』
脳内の少女の動揺が、声以外にも感じる。曲がりなりにも肉体を共有しているからだろうか。
『わたしの名前、なに……? 思い出せない。自分がこの世界ではないところから来たことも、ここがゲーム世界であるということ、学校へ行っていたこと、雷に撃たれて死んだこと、ちゃんと覚えてる。でも、自分の名前、住所、顔、体格、友達と家族、自分に関して何も思い出せない。思い出せないよ!』
吐き気を催す不快な感情がカテリナを襲った。頭の中の少女が呻き、嘆くたび、それは強くなっていく。
『落ち着きなさい! こっちまで気分が悪くなります! やはりあなた、悪霊ではないの!』
『……そうかな、そうかも。ホントはわたし、悪霊なのかも。意味不明な記憶を持つ悪霊。あは、はは……』
『そんな自嘲をする悪霊がいてたまるものですか。そのうち思い出すでしょう。焦ることはないわ』
カテリナは少女を気遣ったわけではない。とにかく気持ち悪いのである。あと少しでも続けば、狭い馬車の中が大参事になるのが想像できたからだ。
『カテ公、優しい……』
少女は悪役令嬢に励まされ、感動していた。それだけメンタルをやられていたのだが、当人は純粋に受けとっていた。
『カテ公はおやめなさいっ。無礼ですよ!』
カテリナは治まりつつある吐き気に一息つきながら脳内で叫んだ。
『そうだね、絶縁されて公爵令嬢ではないし、カテ『公」はないよね。……カテ凡?』
『ふざけているんですの!?』
『冗談だよ。こういうときはオヤクソクで「相棒」って呼ぶね。あなたはわたしを「もう一人の私」と呼んで』
『何を言っているのですの!? あなたがどうしたら私の相棒で、私は自分と認めてもいないあなたをわざわざそんな長い呼び方をしなければならないの!』
『ノリが悪いなぁ。じゃ、わたしはカティーって呼ぶね』
『なぜ愛称を作ろうとするのです。カテリナ様と敬意をこめて呼びなさい』
『主従関係じゃあるまいし、友達に愛称をつけるのは当然でしょ』
『友達? いつそんなことになったのです? あなたは私に憑りついた蠅ですのよ?』
『仕方ないじゃん、離れようもないし、おたがいの意識もあるし。こうなったら一蓮托生の友達になるしかないと思わない? 意地でも拒否するっていうなら、ホントに蠅みたいにずっとブンブン言うからね』
この奇妙な悪霊ならやりかねない、とカテリナは思った。悩み、考え、唸り、悔しがり、最後はあきらめた。
『……わかりましたわ。頭の中をかき回されるよりマシです。それで、名前はどうするのかしら?』
『ん~、仮にでも付けておかないと不便だよね。じゃあ、サイにしようかな』
『どうしてか合わない気がするのでおやめなさい。いいわ、私が特別つけて差し上げます。リュークはどうかしら』
『却下』
『そうよね。これもなぜか違う気がするわ。あなた、女の子っぽいですし』
『女の子だよ! 学校行ってたのは覚えてる! 学校名や学年は思い出せないけど』
『中途半端な記憶喪失ね。記憶……そうね、メモリでいいのではなくて?』
『何ていいかげんな。でもまぁ、妥協するよ。わたしはメモリで。よろしくね、カティー』
『よろしくしたくはありませんが、今はガマンするしかありませんわね。早々に引っぺがすつもりですが、それまではつきあってあげますわ』
カテリナは現状を否定したかったが、自分がおかしくなっていないのであれば、これが厳然たる事実であると理解していた。となれば、解明し、解決しなければならない。彼女には悪霊にかまっている暇はないのだから。
『でも、ちょっと意外だった。カティーってもっとドギツイ性格で高飛車で自己中心で人の話なんてまるで聞かないイメージだったんだけど、案外話せるね』
『表現はともかくとして、イメージは間違っていませんわね。高貴な振る舞いとは、下々には理解し難いでしょうから』
カテリナは眉根を寄せたが、強く反発はしなかった。
『いやいや、だったらこの瞬間にも喚き散らさないわけないじゃん』
『あなたは私にとって何者でもありませんもの。従者でも友人でも家族でも敵対者でもありません。そんな路傍の石に身分をわからせる必要はないと気付きましたの』
『あー、なるほどー。ちょっと哀しいけど納得した』
『私はあなたと縁を切りたい。だから余計な感情は抱かないと決めたのよ。わかったら早く消滅しなさい』
カテリナは馬車の硬い椅子に座り直し、姿勢を正して目をつぶった。これ以上の会話は不要と言わんばかりだった。
それをメモリは察しない。
『わたしとしてもこのままってのは良くないと思うから、どうにかしたいんだよね。で、この世界が知ってるのとちょっと違うから教えて欲しいんだけど』
カテリナは目元をピクリとさせ、しばらく沈黙を貫いてから『何を知りたいの?』と応えた。
『迷宮懲役ってなに? そんなのゲームに一度も出てきてないんだよね。カティーの最後って死刑か修道院送りか国外追放、最悪なのが自分をいけにえにして魔神を召喚してフルボッコにされるんだよね。穏便なのがモブとしていつのまにかフェードアウトしてるくらいかな』
さすがのカテリナも驚いたのか、とっさに返答ができなかった。ようやく出た言葉も、重い口調であった。
『……人の人生を、勝手に負で埋めないで。だいたい、ゲームゲームって意味がわからないわ』
『ん~、説明しにくいんだけど、要はこの世界のシミュレーションなの。シミュレーションはわかる?』
『ええ。いろいろな因子を鑑みて、推移と結果を研究するものね。それがあなたのゲームだというの?』
『まぁ、そう。で、主人公のパラメータや行動によってカティーの結末も変わるわけ』
『私の知る特定の人物を中心としているのね。なるほど』
『なるほど?』
『その主人公とやらに振り回されている、というのはわかったわ。だから「なるほど」よ。その逆に、私の行動が主人公に影響を与えることもあるのかしら?』
『ゲーム的にはできないよ。主人公に対するリアクションで進むんだから』
『ゲームなら、でしょう?』
『うん、まぁ……』
『それならいいわ。おかげで自分の正しさを確信できたわ。その点は感謝しておくわね』
『……どういたしまして?』
キョトンとするメモリに、カテリナは少しだけ口もとを緩めた。
『では、それに免じて先ほどの問いの答えよ。迷宮懲役というのは、この先にある迷宮街への追放のことよ』
『迷宮……がい? まち?』
『ええ。30年前、とある魔術師が国宝を奪って迷宮を造り、最下層にこもってしまったの。陛下は魔術師を斃し、国宝を持ち帰った者に金貨一万枚の褒賞金を与えるとお触れを出した。それを目当てにやってきた者たちが集まってできたのが迷宮街よ。迷宮懲役は、その迷宮を踏破するか、お金を稼いで罰金を払うまで街から出られない刑罰』
『そんなの聞いたことない!』
『だから説明を求めたのではないの? 予測される質問に答えると、私の罰金額は64000金貨よ』
『リスルって金貨の単位だよね? 64000……? 公式設定集の通貨説明だと、日本円でだいたい――32億円!?』
『ニホンエンというのはわからないけれど、普通に稼いでいては一生稼げない金額ね』
『それって、迷宮街なら稼げるの? 報奨金の六倍以上じゃない』
『まず無理ね。だから実質、終身刑よ』
『ヒッドイ話! 死ぬよりマシってだけじゃないっ』
『それもあるけど、問題は迷宮なのよ。迷宮攻略に一人でも多く送りたいというのが、国の考え』
『まぁ、30年も攻略できてないんじゃねぇ……。それだけ厳しいんだ?』
『そうね。でも、一方で迷宮の存続も望んでいるわ』
『どーして? 意味わかんない』
『今では迷宮が国の経済や生活を支えている面があるからよ。迷宮でしか得られない核石は魔力を多く含んでいて、魔具のエネルギーに活用されている。その採取に犯罪者を使えば無償ですむでしょ? 犯罪者側も、監獄にいるよりは迷宮街限定ではあるものの自由が許されている。国内の行き場のないならず者も一攫千金を狙って迷宮街に集まるので、野盗が減り、外の治安にもつながった。そうして人が増えれば街も潤い、税収も増える。わかった?』
『じゃ、攻略しないほうがよくない?』
『あなた、少しは考えなさい。王家からしたら30年続く汚点なのよ? 迷宮を造った魔術師は王家に仕えていたの。それが何を血迷ったのか、国宝の「青水晶の護符」を持ち出し、その絶大な魔力で迷宮を造った。となれば――』
『迷宮じたいが王家の恥ってわけね』
『そういった事情で、犯罪者は死刑囚以外、迷宮懲役を選択できるのよ。先回りするけど、私が死刑囚なのに迷宮懲役を選べたのは「聖女」だからよ。「聖女」はわかる?』
『うん、ゲームにも出てくる。15歳の誕生日に精霊の加護を受ける儀式で、光と地の加護を授かった女性が『聖女』なんでしょ?』
『ええ。ほとんどの人は精霊の加護は一つだけれど、稀に二つ、もっと稀には三つ授かる人もいる。精霊の加護――地水火風光闇のうち、光と地の二つで「聖者」もしくは「聖女」、地と水は「守護者」、といった称号を与えられるわ。その称号に見合った能力を持っているからよ』
『「聖女」は周囲の生命活動の活発化でしょ? 傷の治りが早いんだよね。【周辺自動回復】付き。あー、だから迷宮で重宝されるのか。貴重な回復役を死なせたらもったいないもんね』
『ええ。私がいるだけで怪我が治っていく。それもほどほどだから、医者の邪魔にはならない。強すぎると同種職に疎まれるのよ』
カテリナは肩をすくめた。それを見てメモリは『あれ?』と漏らした。
『カティーもそんな反応するんだ。意外。それにいつの間にか口調も軽くなってるし』
カテリナは真っ赤になった。気恥ずかしさからだったが、すぐに憤りに変化していく。
『あ、あなたのような正体不明の蠅相手に礼節など必要ないでしょう!? だいたいあなたは無礼で気安いのよ! 私を誰だと思っているの!』
『もと公爵令嬢で今は落ちぶれた囚人それ以上なんかある?』
メモリは早口でまくしたて、ニヤニヤした。
『くっ……!』
カテリナは反論できなかった。
それから三時間後、馬車は迷宮街へとたどり着いた。
同時刻・王城――
「カテリナは今ごろ迷宮街だろうか」
専用の執務室で、ホワイトウッド王国第一王子スヴェンは最後の書類にサインを入れながらつぶやいた。
「到着したころかと」
控えていたラックス・フラッグ補佐官が答えた。
王子は顔を上げ、疲れたため息は吐いた。
「残念だ。『聖女』としての能力はノエルには及ばないものの、それ以外は比較にならない優秀な人材であったのだが。なにが彼女をあのように変えてしまったのか」
元婚約者の凶行に、最も驚いたのが彼であった。
「恐れながら、殿下との婚約解消が原因かと」
「王太子妃という身分が惜しかったか」スヴェンもカテリナも婚約は政略上のものと了解していた。ゆえにカテリナが惜しむとしたら『地位』と『名誉』であり、『王太子』ではないのをスヴェン自身がわかっていた。
「アーモニア公爵家にとって汚名をすすぐ機会でもあったろうからな。当時の親族が犯した罪だが、公爵は自ら公職を退き、代替わりした今も国政には参加できずにいる。その屈辱は耐えがたいものだろう。もしカテリナがわたしの妻となっていれば、復権もかなった。家を大事に思うカテリナとしては、今度は王家が裏切ったと感じたのかもしれないな」
「しかしながら、ノエル様のような『聖女』は貴重です。あの大なる能力は、王国に繁栄を、王家に安泰を約束するでしょう。王家の血に加えようとする陛下のご判断は正しいかと。精霊の祝福は努力では補えませんから」
「それは理解できる。だから父上の判断に反対はしなかった」
王子は立ち上がって窓に寄った。中庭を見下ろすと、『聖女』ノエルが花壇を愛でていた。
彼女が蕾に触れると花が咲いた。連鎖するように、花壇が花で埋まっていく。
「『大聖女』ノエルは国の宝となりましょう」
その光景を見ていた補佐官はそう感嘆した。
王子はうなずきつつも、奇妙な不安を感じた。事件前にカテリナと交わした言葉がふと思い出された。
「ノエルにはお気をつけくださいませ。努々(ゆめゆめ)目を放さぬように。そう遠くないうちに問題が起きますわ。では、ごきげんよう」
カテリナは妖艶ともいえる笑みを残して去っていった。その後の殺害未遂を防げたのも、結果的には彼女の助言があればこそだった。彼女はいったい、何がしたかったのだろうか。王子には今もってわからなかった。
〇おまけ
馬車内での会話から――
『ところでさ、64000金貨ってなんかハンパじゃない? キレよく70000とかにできなかったの?』
『なぜ増やすの! コホン。……いい? 金額は罪の大きさに比例するの。私の場合は不敬罪で10犯、「聖女」殺害未遂で6犯、国家騒乱罪で6犯、違法薬物所持で2犯、法廷侮辱で2犯、合計26犯。18歳以下のダブル数え役犯で64000リスルなの。わかった?』
『えっと、罪の大きさの合計というのはわかったけど、この世界って麻雀ある……?』
『まぁじゃん? なに、それは?』
『……わたしの世界のゲーム』
『またゲーム? あなたの世界はゲームしかないの? おかしな世界ね』
『……』
『ついでに教えておくと、軽犯罪の単位は「負」よ。スリが10負というかんじね。40負4犯以上で犯貫。懲役刑確定よ』
『負~ん』
『……』




