18 次の舞台へ 5.23
「全員、井戸部屋に退避! カテリナ、エリンを頼む!」
焦るアスタルにうなずきだけで応えて、カテリナは井戸の部屋へ駆け込んだ。クロムとトゥランに担がれたエリンを寝かせ、すぐに【治癒】をかける。
「矢をゆっくり抜いて」
トゥランが指示通り黒矢を引き抜く。血に交じって紫色の液体が溢れた。
「毒ね。大丈夫。さっきの【高位防御膜】の効果が残ってるわ。【解毒】【治癒】。……もう平気よ」
「カテリナがいて助かった。さすが『聖女』だ」
「エリンをこんなところで死なせないわ」
カテリナはとても最年少とは思えない貫禄で応えた。
部屋にウォルターとオーブルが追いやられるように入ってきた。二人とも矢が掠った痕がある。ウォルターの鎧には貫通しなかった矢が刺さっていた。
カテリナが二人の治療を行っている間に、アスタルとレナードも撤退してきた。
次にアキラが大盾を構えつつ後退して部屋に入ると、殿のサイサリスが扉を閉めた。全員の撤退が完了した。
「他に矢を受けた人は?」
カテリナが確認するが、レナードたちは無事だった。
「エリンはどうだ?」
アスタルがエリンを覗き込みながら訊いた。
「大丈夫よ。意識を失っているけれど、しばらくすれば気が付くわ」
「ありがとう、カテリナ」
「おたがいさまよ。それで、どうするの?」
「こうなったらしばらく引きこもりだな。なぜか部屋には入ってこないから、一時休憩といこう」
「敵の正体はわかって?」
「オークだ。このフロアで弓矢を使うのは奴らだけだ。しかし、いつもの倍はいたぞ。二組が合流したのかもな」
ウォルターが塞がった傷口を確認しながら答えた。痺れはない。矢は掠っただけなので、防御魔術のおかげで毒自体は浸透しなかったようだ。
「部屋の出口は南側の一つのみ。選択肢は二つ。運が良ければ三つだ」
アスタルは二本の指を立ててから、さらに薬指を足して三本にした。
「一つはこのまま夜10時のタイムアウトを待つ、ね」
「二つ目は討って出る。オーク相手なら勝率は悪くない。扉を開けては魔術をぶつけて、を繰り返してもいいわけだしな」
「三つ目は?」
「他のパーティーが後背を襲ってくれるのを待つ。そうすれば一気に片が付く。が、来るかどうかはわからない」
アスタルは肩をすくめた。
「面倒だ。ダーッとやっちまおう」
レナードの安定した脳筋ぶりだった。実際、やりきってしまうだろうから笑えないのだ。
「こんなところで足止めもおもしろくないしな。やるのは賛成だ。だが、エリンが起きるまでは待ってもらいたい」
「あれくらいなら援護はいらないだろ。数がいようと問題ない」
「……この国の未来が心配になってきたよ」
レナードの出自はすでに知れ渡っていた。なにせ鎧に紋章がついているのだから。伯爵令息とはこんなにも好戦的なのかと、誰もが驚いたものだった。
「オレたちには目的がある。これくらいで怖気づくようなら達成はできない。ゆえに、オーク程度はねじ伏せて進む!」
レナードは戦闘の興奮に笑みを浮かべた。
アスタルたちはゾッとしたが、それは恐怖ではなく畏怖であった。将の器を感じとったのだ。
『レッドって、ゲームだとルートによっては王国騎士団長になるんだよね』
『現実でもなるでしょうね』
『でもそのルートだと、カテリナの首を跳ね飛ばすんだよね……』
『……そんなことわざわざ言わないでくれるかしら』
『ごめん。でもね、そのときのレッドが印象深かったんだよ。処刑人にはまかせたくないと言い出して、処刑に沸く民衆を睨みつけ、歯を食いしばってあのブレイズ家の宝剣で一閃するの。痛みを感じないようにね。そして落ちた頭を拾って抱きしめて去っていく。本来は晒さないといけないのに、頑なに放さなかった。カテリナってレッドにだけはすごく愛されてたんだなーと思った』
『……そんなのゲームの話よ』
『でもないと思うけど。じゃなきゃ、ここまで来るわけないよ』
『まぁ、兄妹愛くらいはあるかもしれないわね』
『話はこれで終わりじゃなくてさ』
『まだ続くの!?』
『そのイベントがあまりにファンに突き刺さっちゃって、メーカーに直訴状がかなり届いて、発売から一年も経ってから有料で新ルートが追加されたの』
『まさか……』
『うん、まさかのカテリナ&レナード・ルート。カテリナ唯一のハッピーエンドだよ』
『ぶっふ!』
『まぁ、ヒロインもちゃっかりスヴェン王子エンドなんだけど、みんなメッチャ仲いいんだよ。これが真エンディングという人も少なくな……いや、大多数いた。ちなみに、この有料コンテンツはもっとも遅く販売され、もっとも高かったのに、もっとも売れたんだよ。世の中わかんないねー』
『本当にわからないわ……』
カテリナは蒼ざめた。
「というわけで、オレは行く。アキラ、手伝ってくれるか?」
「もちろん! こんなときの盾役です」
「レナード様が行くならわたしもです」
コーネルも剣と盾を手にした。
「私も――」
カテリナはメモリの与太話に疲れ、オークをしばき倒したい気分だった。
「おまえは休め。顔色が悪いぞ。魔法の使いすぎだ」
「いえ、これは――」
「ダメだ、休め」
レナードは譲らなかった。カテリナは「わかりました」と引き下がるしかなかった。
『ほら、愛されてる』
『お黙りなさい!』
「サイサリス?は借りるぞ。それは使える」
「……徹底的にコキ使ってやって。いっそ壊していいわ」
『カティー、目が怖いよ』
「アスタルと言ったな。安全だろうが、ここは任せる」
不敵な笑みを残し、レナードは扉に向かった。
「オレが蹴り開ける。サイサリス、突っ込め。アキラはそのあとだ。コーネル、オレの後ろでいいぞ」
「わたしが前ですよ!」
「気にすんな!」
伯爵令息は笑いながら扉を蹴り開けた。至近にいたオークがドアに挟まれ、呻いた。
サイサリスは躍り出て、目の前のオークを狩った。
アキラが盾をかまえて進んでいく。
レナードは剣を振り回しながら、目渡す限りのオークについニヤけた。
王国最強戦力の一端が動き出す。
二十分後。
「ああ、いい汗をかいた」
井戸部屋に戻ったレナードはテッカテカのいい笑顔だった。
結論から言えば、オークが束になろうがレナードとサイサリスの相手にはならず、途中、戦闘音に誘われたトロールがやってきたが、これも問題なく片付けてしまった。
「よくやったな、アキラ。おまえが盾でルートを絞ってくれたからやりやすかったぞ」
「ありがとうございます!」
褒めて伸ばすレナード式戦闘指導は、現代日本人のアキラにはピッタリであった。
「で、そっちのお嬢さんはどうだ? だいぶ良くなったか?」
レナードは年上のエリンを年長者として扱っていない。仲間であった。
「は、はい。大丈夫ですっ」
かえってエリンが恐縮していた。相手が貴族だからではなく、豪快さに負けてである。
「よし、飯を食ったら続きといこう。カテリナも今のうちに休めよ。おまえが一番疲労しているはずだからな」
「ご心配なく。自分の魔力量は把握しています」
「だからこそだ。ギリギリまで攻めるようじゃ、緊急時に対処できないだろう。常に余裕を持て。なければ作れ。あと10回は戦うつもりだからな」
「わかりました」
カテリナはため息を吐いたが、感謝もしている。レナードの指揮があればこそパーティーが回るのだ。実質的なリーダーは、すでに彼であると認めていた。自分は参謀あたりが妥当だろうと思う。
その後はカテリナを回復専門に置き、魔力を温存させた。攻撃面の不足を、全員がほぼ均等に仕事を受け持つことで個々の負担を軽減する。11人もいれば挟撃の対処も余裕になるので、よほどでなければ苦戦はしなかった。そもそもが、レナードとサイサリスが規格外なのである。
ただ一度だけの苦戦は、オークを相手している間にキマイラが後方から現れ、さらに後方からトロールが二体追加されたときである。
アキラは盾を【拘束】で固定し、前方からの襲撃をうまく誘導した。槍を取り、となりで戦うレナードとコーネルに合いの手を入れるようにチマチマと攻撃する。それだけでオークは狙いが絞れなくなり、戦士たちの餌食となるのだった。
後方はクロムの弓がキマイラの牽制になっていた。火を噴くタイミングに山羊頭めがけて矢を放つ。山羊は回避を優先するので炎のブレスはキャンセルされてしまう。
合わせてエリンとオーブルの攻撃魔術が的確にキマイラの機動力と命を削り、追い込まれたところをアスタルとウォルターが挟み込んで斬り伏せた。
あと10秒遅れていれば、トロールも同時に相手にしなければならないところであった。
その時間を稼いだのがサイサリスで、キマイラを飛び越え、迫りくるトロールの前に立ちふさがった。
二体のトロールの間をチョロチョロと動き、時には撫でるように切りつけ、挑発していく。トロールは単純で頭が弱い。簡単にメモリの思惑に乗って腕を振り回し続けた。
キマイラが斃されたタイミングで、サイサリスはスライディングで股抜けをし、通過がてら剣を真下から刺していく。それを見たアスタル組はヒュッとなった。
『名付けてガンプラ・アクション・ベース突き!』
『私にしか聞こえないのに、私にわからない単語を並べないで!』
『ガンプラってオモチャがあってね、それを固定する台座の穴がちょうど――』
『説明もいらないわ!』
一体が崩れ落ち、もう一体はサイサリスを追いかけ回す。アスタルたちはハッとしてうずくまるトロールを一斉攻撃で葬り、残った一体をサイサリスとともに斃した。
レナードたちもオークの掃討を終えた。
そうして彼らは順当に進み、地下8階への階段室を見つけた。
「階段も見つけたし、『青水晶の欠片』を更新したら帰るでいいのかしら?」
カテリナの問いかけに、アスタルはうなずいた。
「そうだな。戦闘回数も15回を超えている。それこそ余力のあるうちに引き上げるべきだろう」
「危ない目にもあったけど、今日はすっごい稼いだね。核石だけでいくらになるかな?」
エリンは上機嫌だった。というのも、宝箱も一つ発見していたためだ。中身は術師が魔力底上げに用いるワンドが入っていた。カテリナはワンドを使わないのでアスタル組に譲っている。あとはエリンとオーブルで話し合うこととなった。
カテリナが、自分とオーブルが下げている核石入りの麻袋を見た。戦闘ごとにおおよそ半分ずつ集めていた。
「……袋の重みからすると、合計で6キロほどかしら。重さでの単純計算で300銀貨。一人頭30銀貨ね。言うほど稼げているとは思えないわ」
「そっか、頭数が多いもんね。でもトロールやキマイラの核石は大きいから、買取額はもう少し上がるんじゃない?」
「そうはいっても二倍がせいぜいだろ? 迷宮って案外稼げないよな」
アキラの疲れた一息は稼ぎの不満に対してではなく、単純に疲労のためだ。
「宝箱がなけりゃ、ほとんど旨味はないな。命を懸けるには割りに合わない」
その儲からない迷宮に、三年も潜っているのがアスタルだった。
「だが一つでも箱を見つければ一攫千金もある。半年ほど前に地下3階で金貨500枚が出たしな。それに等級の低い魔術武具だとしても、それなりの値はつくのだし損はない」
トゥランが付け加えた。
「だから多くの探索者たちは中低層をグルグルしてるわけか」
レナードがつまらなそうに言う。どうせ稼ぐなら強敵がいるほうが面白いだろうに、と言いたそうだ。
「人を集めて罠にさえ気を付ければ即死はないからな。オレたちのそのラインが5階だったんだが、最近は6階すら他のパーティーが集まる。今後は無理にでも主戦場を7階にするしかない」
「以前は週に二個は箱を見つけてたのに……」
エリンがため息をついた。
「そんなに見つかるのか。そのわりに、装備が充実しているようには見えないな」
「魔術武具だからって何でもいいわけではない。加護に合わなかったり、得物が違えば使いにくい。売ってしまったほうがいいんだ。もしくは次に期待して、また箱に戻すときもある。さらに魔力が蓄積される……気がするからな」
「さっきのワンドは使えそうなのか?」
「鑑定しなけりゃわからない。ただ、杖やワンドはあまり出ないから希少なんだ。使いにくければカテリナに渡すから、好きに決めてくれ」
「私はいらないから売ってしまって。そのお金を分配してもらえたらいいわ」
「わかった、そうしよう」
話が一段落ついたところで、アスタルが階段に目を向けた。
「私たちだけで降りてくるわ。用はないのでしょう?」
「ない。が、いちおういっしょに行こう。おまえたちは明日にも8階へ行くつもりだろうが、その前に少しでも8階を見ておくといい」
「……そうね」
厳しい目つきで忠告するアスタルに、カテリナも気を引き締めた。かつて迷宮攻略に向かった王国軍の半数以上を死に至らしめた階層である。事前情報はいくらでも欲しかった。
地下8階までの階段数は、地下6階から7階までとほぼ変わらなかった。となれば、天井までの高さも地下7階とほぼ同じだろうと推測される。縦横はともかく、高さが大きく変化しないとわかってカテリナは少し安心した。見通せない天井からムカデが落ちてくるのは想像もしたくないからだ。
「竜獣、各種ゴーレム、マンティコア、下位悪魔、大悪魔、そしてクラウン。これが知られている8階の魔物たちだ」
「一気に敵のランクが上がるわね」
「それだけなら各個撃破で対処もできる。だが――」
アスタルは地下8階・階段室の扉に近づいた。
「いいか、けして外に出るな。見るだけだ。照明を飛ばしてその目で見ろ」
緊張はらむアスタルの声に、カテリナはうなずいて新しい【光】を作った。
「開けるぞ」
アスタルが扉を開く。合わせてカテリナは照明を飛ばそうとした。
が。
扉の目の前に青肌の巨人がいた。トロールではない。牛に近い顔立ちに羊のような角。上半身は人間に近いが、下半身が直立した山羊のようであり、その背にはコウモリのような羽があった。
「!」
カテリナはそれと目が合った。投げようとした【光】がとまる。青の巨人はニタリと笑ったように見えた。
アスタルがすぐに扉を閉じた。そして部屋の中央に飛びずさる。
「……見たか?」
「見たわ。大悪魔ね」
冷汗を流しながら、カテリナは気丈に答えた。
「あれがそうか。さすがにビビッたぜ」
あの豪胆なレナードすらが壁に隔たれて安堵していた。
「本当はフロア構造の説明をしたかったんだが、それどころじゃなかったな。構造上、部屋の一歩先に魔物がいるのは当然なんだ。このフロアは地下6階同様に、部屋は階段室と魔術転送機室、井戸しかない。それ以外は通路ではなく、壁だ。厚さ30センチのあの壁が適当に生えているだけで、通路にすらなっていない」
「ほぼ広場なのね。それでは魔物がすぐに集まって来るのでは?」
「そうだ。だから怖いのさ。迂闊に部屋を離れれば、敵の中に孤立することになる。そして見えない距離から魔術が放たれ、岩を投げられ、炎で焼かれる」
「こんなの攻略できるのかよ?」
「だから今の探索者のなかで、唯一クレストのパーティーだけが地下8階を歩けるんだ。オレたちが挑まない理由がわかったか」
「よくわかったわ。数を集めるか、よほど特殊な方法がなければダメというのが」
カテリナは納得した。そして、考えねばならないと思った。
一同はさらなる安心のために地下7階へ戻る。カテリナはその間もずっと攻略法を考え、うつむいていた。
『カティー、カティー、まずは帰ろうよ! ここで考えてもなんにも出ないよ。帰って休んでお腹いっぱい食べて、それから考えよ!』
『……あなたはノンキね。あれを見てどうにかなるとでも?』
『わかんないときは考えない! それに、いざとなったらわたしが突破口を開いてあげるって。さっきの悪魔、なんかムカつく顔してたから、思いっきりしばきたいんだよね。あの大きさなら、G・A・B突きがやり易そう』
『……あなたのほうがよっぽど悪魔だわ』
カテリナは肩の力が抜けた。
「よし、今日は帰りましょう。お金を分配して、おいしい食事をいただきましょう」
一同は打って変わったカテリナに呆気にとられたが、全員が賛同した。
恐怖を植え付けかけられた10名は、地下7階でオークを蹴散らすことで気晴らしし、地上へ帰って来た。もう陽が傾きかけてきていた。
売り払った核石は大きめを一つ残して420銀貨となった。これを九等分してカテリナを覗く一人あたり46銀貨を手にする。残った6銀貨と核石・大がカテリナの取り分だった。核石は【クレイマン】の核として使うのである。
ワンドは鑑定の結果、水属性強化が付与されていたのでエリンが使うこととなった。彼女の加護精霊も水である。
その後はエンキドゥの酒場で2パーティー合同で食事をした。その席で、カテリナは明日の予定を伝えなかった。無策のまま地下8階へ行くのはためらいがあったためだ。
食後、カテリナは解散を告げると、あるパーティーが陣取るテーブルへ向かった。
「失礼いたします。クレスト様でいらっしゃいますか?」
社交の場で培った微笑みで相手を確認した。
「そうだ。カテリナだろ? 元公爵令嬢で迷宮懲役囚でこのところ探索者として急上昇中の大型新人」
クレストはすでに酒が深いのか、顔が赤かった。まだ二十台半ばというが、探索者としての貫禄がにじみ出て、10歳は老けて見える。身長はレナードより低いが、横と厚みは彼を上回っているのが一目でわかる。一流戦士の体だった。
「ご存じでしたか。光栄にございます」
カテリナは嫌味にならない程度に一礼した。
「そういうわざとらしい挨拶はいらない。普段どおりでいい。オレもおまえも貴族じゃない」
「では、お言葉に甘えまして。相談があって声をかけました」
「ほう」クレストはわざとらしく酒を飲んだ。彼の仲間たちは黙って様子をうかがっている。
「地下8階か?」
「よくお分かりですね」
「あいつら――アスタルだったな。今日、あいつらと地下7に行った話は知れてる。おまえらならすぐ突破するだろうと思ったからな」
「おかげさまで、順調に地下8階へ降りました」
「で、行き詰ったと」
「行き詰る前に対策が欲しいのです」
「死んだら終わりだからな」
「はい」
カテリナは視線をいっさい逃がさなかったが、クレストが逸らした。彼女の眼には内面まで覗き込むような気持ち悪さがあった。
「コツも必勝法もない。実力と装備、それだけだ」
「具体的には?」
「教える理由がないな」
「そうでしょうね。では情報料を支払います」
「いくらだ?」
クレストの眉が跳ね、ジョッキを持つ手がとまった。
「金貨10枚ではいかがでしょうか?」
「100枚持って来い。そうしたら考えてやる」
「それは教える気はないという意味?」
この時点でカテリナは敬語をやめた。
「わかってるじゃないか。地下8はオレたちだけの狩場だ。ライバルを増やすつもりはないな」
クレストは酒飲みを再開した。
カテリナは失望した。迷宮がなぜ未だに攻略されないかを理解した。だが一方で、彼らは利口だと思った。
「……一つだけ教えて。あなたたちは地下9階や10階には興味がないの?」
訊くまでもない。彼らは引退するまで――もしくは死ぬまで迷宮で稼ぐつもりなのだ。攻略してしまっては稼ぎがなくなる。だから有利に稼げるギリギリのラインで留まっている。わかっていて、カテリナは問わずにはいられなかった。彼らの考えを理解はできるが、理解したくはなかった。
「10階? なんだおまえ、迷宮を攻略するつもりかよ?」
クレストはカテリナの顔を覗き込んだ。険しい表情で自分を見下ろしているのが面白い。
「ええ、攻略するわ」
「ぶっはっ!」クレストは噴きだした。同時に、彼の仲間たちも笑いだす。一人だけ、こちらに背を向けたままでいる甲冑の大柄戦士だけは肩を揺らせていなかった。
「世間知らずもいいかげんにしろ! 迷宮を攻略する? おまえが? オレたち探索者が? バカじゃねーの!? 勝手に行って、勝手に死ねや!」
大笑いするクレストの声に、カテリナの背後が大きな音を立てた。レナードたちが席を立った音だとカテリナは気付いた。
「邪魔をしたわね」
カテリナはすぐにきびすを返し、殺意に満ちたレナードを手で制した。
「……わたしからも一つ訊こう」
背を向けていた甲冑戦士が兜の面甲を下ろし、立ち上がった。
「……私に?」
カテリナが驚いて再度振り向くが、戦士の目はクレストに向いていた。
『わ、カティー、恥ずかしっ』
『うるさいっ』
「クレスト、おまえがわたしを勧誘したとき、迷宮攻略を約したよな? そして名声を手にすると」
「あ、ああ、言った、な。だがあれから二年だぞ。現実も見ただろ。あれが超えられると本気で思ってるのか? 今でも充分やっていけるだろ? 名声も広まってる。文句はないだろうが」
クレストはうろたえた。そんな口約束はすっかり忘れていた。このパーティーで唯一、自分たちと目線が違う者のことなど、考えなくなっていた。
「文句はある。だが、これまで死線を越えてきた仲間であるのも確かだ。ゆえに今一度問う。約束を果たす気はあるか?」
「あ、ある! だからこうして毎日に迷宮に入り、装備の充実を図っているんじゃないか!」
「それならもう充分だろう。等級4以上の装備をいくつも揃えたではないか。そしてここに、新たな迷宮踏破を志す者がいる。力を合わせれば、きっと――」
「マドロック!」クレストは戦士を遮って怒鳴った。
「おまえは何を言ってやがる! あの地下9階を超えられるイメージがわくか!? あれを斃すなんて不可能だ! 今のままでいいだろ! 稼ぎまくって、引退して、どっかでのんびり生きることだって選べる! それをなんでわざわざ捨てなきゃならねぇ! 死んだらそれまでだぞ! おまえの夢とやらも無意味になるんだ! 命と夢、どっちが大切なんだよ!」
荒い息遣いで睨みつけてくるクレストを、戦士は微動だにせず受けとめた。
「……そうだな。命あっての物種だ。だが、諦めきれるなら、夢なんてみないさ」
「おまえ、抜ける気か?」
「わからない。ただ、いい機会だ。いっそ夢をあきらめさせてもらうのもいいだろう」
戦士マドロックはカテリナに視線を移した。
「な、なに?」
蚊帳の外だったカテリナは少し戸惑った。
「アーモニア嬢、試させてほしい。あなたたちが迷宮踏破できる実力があるのかどうかを」
「どうやって証明すればいいのかしら?」
「出よう」戦士は武器を店に置いたまま外へ出た。
通りの真ん中で戦士とカテリナが向かい合う。
「今から魔法を使う。それを破ってみせろ」
「【解魔術】すればいいのね?」
「方法は問わない」
カテリナには自信がある。魔術勝負であれば、魔力が高いほうが勝つのは道理だ。相手が戦士である以上、本職の術師に勝てるわけがない。
カテリナの慢心がそこにある。相手の言葉を、戦士ゆえの間違いだと思い込んでいたのだった。
「【聖盾】」
「!」
カテリナはその言葉を聞いた瞬間、自分の愚かさを知った。彼女が使ったのは魔術ではなく、魔法だった。
おまけ
『カテリナ&レナード・ルートってサービス満点でね。イベント・グラフィックがすっごい多いんだよ。しかもフルボイスなの』
『もういいって言ったでしょ?』
『なんとおたがいの甘美で淫靡なASMRもあってね、すンごいんだよ』
『わからないけど知りたくないわ!』
『さらにさらに――!』
『そのさきを言ったら【雷蛇】を撃つわよ』
『ごめんなさい』




