17 経験を重ね 5.23
地下6階を突破した翌朝、カテリナとサイサリス=メモリは迷宮の前にエンキドゥの酒場を経由した。
「おはようございます」
カテリナが声を掛けたのはアスタルのパーティーである。彼らの朝はほぼこの店からはじまる。
「よぉ、きのうは会わなかったな」
「朝一番に地下6階へ降りて、午後の早い時間には迷宮を出たの。今日から7階よ」
「早いな。おめでとう」
「ありがとうございます。つきましては、7階の同行をお願いにあがりましたの」
「まぁ、初フロアなら安全策はとりたいよな」
アスタルは仲間たちを見た。いつもの多数決である。メンバーも今回は反対する理由がない。7階ともなると、魔物の質と量が格段に上がるからだ。アスタル・パーティーのみで探索するときは、一戦ごとに休憩を挟むほどだった。
「満場一致でオーケーだ。食事がすんだら迷宮へ行く」
「わかったわ。こちらは9時半集合にしているので、むこうで待ってるわ」
カテリナは酒場の主人に朝食と昼食のテイクアウトを頼んだ。二つの包みを受け取ると、先に酒場を出た。
「カテリナのパーティーって、貴族息子とその護衛騎士、罠師の『黒の左手』だっけ?」
アスタル組の最年少で、術師のエリンが言った。
「いや、もう一人いる。アキラという若い東方人だ」
最年長の罠師トゥランが付け加える。
「東方人……? ああ、カテリナの『青水晶の欠片』取りのときにいたヤツか。いかにも初心者だったな。そういえば先週、酒場で揉めてたのはあいつじゃなかったか」
「そうだ、仲間を集金道具にしたとかで怒りを買ってたぞ」
アスタルが言うと、ウォルターも思い出した。
「先日、謝罪して回っていたがな。全員に食事をおごることで水に流したらしい」
術師オーブルはその後日談を知っていたが、気分がよくはならなかった。
「そんなのがどうしてカテリナのパーティーに?」
「地下5階で拾ったらしい。赤頭のボンボンが酒を飲みながら話しているのを聞いた。カテリナが認めたくらいだから理由があるのだろ」
トゥランはその理由を推測もできないが、自分では訊こうとは思わなかった。なぜなら、「後で聞いてみるか」とアスタルが愉しそうに笑うのがわかっていたからだ。
迷宮地上階で二つのパーティーが合流した。カテリナ組もすでにリーダーからお達しを受けており、合同で地下7階の探索に入るのを了解していた。
簡単な自己紹介を済ませ、方針を定めてるべくミーティングを開始する。
「最大目標は地下8階への階段到達でよろしい?」
カテリナが訊くと、アスタルが意見を述べた。
「このパーティーなら、おそらく8階への階段までは大した苦にはならないだろう。6階のような謎解きがないから見つかるときはあっさり見つかる。第三段階くらいでいいと思うぞ」
「アスタルさんたちは地下8階へは?」
「階段は降りたが、すぐに上がった。それ以後は行っていない。今日も行くつもりはない」
アスタルははっきりと拒否した。
「わかったわ。私たちも地下8階への転送認可ができれば良いので探索はしない。では最少と最大目的は戦闘回数かしら?」
「そうだな。最低5回、最大20といったところか。地下7階からは、魔物の再配置が日に二回になるから無理はしないことだ」
「そうなの?」
「ああ。意外とみんな知らないけどな。7階に降りるヤツも少ないから仕方ないが。午後四時でリセットされる。突然、戦っていた魔物が消えるのも驚くが、目の前に現れるのも恐怖だぞ」
「宝箱と罠は?」
「それは一日変わらない。あくまで魔物だけだ」
「難易度が上がるわね」
カテリナが考え込む。
「だが、おそらく4時まで体力も魔力も持たないから心配するだけ無駄だ。その前に帰ることになるだろうよ」
「それだけ敵が強いってことか!?」
レナードがワクワクした声で割り込んだ。
「そうだ。キマイラにトロール、オーク部隊と、油断していると全滅するぞ」
『トロール!? トトロだ、ムーミンだ! カワイイかな!?』
『メモリが想像するようなモノじゃないわ。体長3メートル超の準巨人よ。人を頭からバリバリ食べることで有名。ただしオツムは弱いから、魔法の心配はないわ。火に弱いとわかってもいるし』
『(※どこか聴いたことがあるような歌のハミング※)』
『悲し気に歌うのをやめなさいっ』
「隊列はどうするんだ?」
トゥランが訊いた。彼は罠師なので、必然的に先頭を歩くものと考えているが、カテリナ組にも『黒の左手』がいる。となれば、どちらが主となるかだ。
「今回は私が声をかけたのですから、私たちが先行いたします。ですが、トゥラン先生にも先頭に立っていただけると助かります」
「先生?」
レナードがハテナを浮かべた。
「罠師の方はすべからず先生です。文字どおり、先頭を切って命がけの仕事をなさっているのですから」
「そのわりに、オレへの評価が低いようだが」
『黒の左手』が醒めた目と声で言った。
「評価は高いわ。でも、対等を望んだのはあなたのほうよ?」
「……」
クロムは黙った。
「わかった、オレも前へ出る。罠探しは早いほうがいいからな」
「さすが先生です」
カテリナはいい笑顔を浮かべた。
「それじゃ、オレたちは後からついていく。基本的には、前方での近接戦闘にはオレとウォルターは参戦しないぞ。逆に後方からの攻撃のときは、こちらの邪魔はしないように」
「あくまでおたがいに支援ね」
「だが、そのゴーレムは別だ。小さいから邪魔になりにくい。後方の敵が多いときは参戦を頼む」
「了解したわ」
ミーティングが終わるころに、階下への階段が開いた。カテリナたちは魔術転送機で地下7階へと降りる。
カテリナが【光】を多めに飛ばして通路を照らすと、クロムとトゥランを先頭に転送機室を出た。
「通路が広いのね」
カテリナの感想はそれだった。今までの通路は幅1ブロック3メートルであったが、7階は幅が2ブロック6.3メートル、高さは10メートルはあった。
「部屋の大きさはまちまちだが、通路の幅は2ブロックだ。出てくる魔物がデカいから、それに合わせているのだろう」
「7階より下はこうなのね」
「いや、8階はまた特殊だ。ま、その心配は行けるようになってからだな」
「そうね。では、まずは井戸を探しましょう」
南と東にしか通路がないので、とりあえず南へ進んでみる。
「さすが7階。もうお出ましのようだ」
クロムが足をとめた。トゥランも聞き耳を立てる。微かに唸り声が聞こえた。
「やはり耳は君のほうがいいらしいな。みんな、トロールのようだ」
前方を睨んだままトゥランが言った。
「むこうは気付いているかしら?」
「もちろんだ。こっちには明かりがあるからな。床もうっすら光っている。この迷宮では通路で奇襲をかけるのは不可能だ」
アスタルが後方の警戒に集中しながら答えた。
「それもそうね。けれどトロール相手の一本道ならこちらが先手を打てるわ。前の方、壁に寄っていてくださいね」
カテリナは魔術カードの待機モードを解除した。地下7階用に開発しておいた魔術をロードする。
「【風炎刃】オーダー3、ゴー!」
カテリナのカードから幅1メートルほどの炎の刃が三つ発生し、きりもみ回転しながら高速で飛んでいく。
1秒後には見えない通路の先で炎が揺れ、消えたのがわかった。その際にトロールの声が上がっていた。
地響きとともに、勢いよくこちらへと駆けてくる足音が迫る。
カテリナが【光】を前方深くに飛ばす。それをまとわりつかせた青肌の巨体が見えた。左腕がなく、切断部分が焼け焦げていた。胴や脚にも裂傷と火傷があった。さらには胸に10本ほどの矢が刺さっている。どうやら途中でトラップにかかったようだが、まったく意に介していないようだ。
「思ったより効果がなかったようね。それとも距離のせいかしら」
カテリナは自分の術のいたらなさにため息が漏れた。
アキラがタワーシールドを構えて前に出た。クロムとトゥランはカテリナと同じ位置まで下がる。レナードはトロールの左手側に回り込み、炎の剣を振るうタイミングを見ていた。サイサリスとコーネルも前線へと上がる。
「こいっ!」
アキラが声を張り上げ、トロールの意識を誘った。トロールも声を出し、右手に握ったこん棒をアキラ目がけて振るう。
アキラは盾で受けて耐えようとしたが、踏ん張りがきかずに跳ね飛ばされた。盾とともに床を数度バウンドして、アスタルたちのいる後方まで転がった。
カテリナは横を流れていく少年を目で追っていた。と、同時に、【治癒】魔法を発動させて彼を包んでいた。
「アキラ!」
カテリナは彼のそばに膝をつき、再度【治癒】を施す。彼の体から骨の修復する音がする。
「……助かった。死ぬかと思った」
「大丈夫?」
「オレはいい。まずトロールを」
「ええ」
カテリナは気持ちを切り替え、トロールに向かった。
「無茶だな、おまえ」
アスタルは少年の無事に安堵したが、それならそれで文句も出る。
「体格を考えろ。どう見ても受けられるもんじゃないだろ。今回は運よく助かったが、当たりどころが悪けりゃ死んでたぞ」
「学びましたよっ」
アキラはまだ傷む左腕を押さえた。
人間を吹き飛ばした一撃に気をよくしたのか、トロールはこん棒を振り回した。リーチと風圧、殺気と威圧にレナードも攻め手がない。浅い傷ていどではたちまち回復してしまうタフネスさも、やり難さの一つだった。
「片腕でこれとはな。さすがトロールか」
それでもレナードは余裕を失ってはいない。一対一では勝つのが難しいが、ここには仲間がいる。隙さえ見えれば一気に首筋へ剣を突き立ててやるつもりだった。
そのレナードの視界の端に、サイサリスの赤鎧が映る。正面からトロールに向かって走り、迫りくるこん棒をスライディングで躱して股下を潜り抜けた。慌てて振り返るトロールの両眼を、サイサリスはジャンプ一閃して切り裂く。そして離脱。
「よくやった。あとはオレが――!」
勢いに乗ろうとしたレナードだが、その前にカテリナの一撃が放たれていた。
「今度は至近よ。【風炎刃】ゴー!」
トロールの背中を風の刃が回転しながら切り裂き、追いかける炎の刃が傷を焼いていく。トロールのあまりに厚く硬い体はカテリナの魔術を貫通させなかったが、背骨に達したのは確実であった。巨体を支えられず、青い魔物は膝から崩れた。
「レナード様、トドメを」
「お、おう……」
レナードが首を数度斬りつけて切断するとトロールは消えた。大きな核石が残る。
カテリナは消えかけるトロールには目もくれず、アキラのもとに戻った。
「傷は?」
「ああ、もう大丈夫だと思う。あとはあんたの自動回復でなんとかなる」
「そう。今回は作戦ミスだわ。トロールの一撃があれほどとは思わなかったの。体格や筋力をきちんと計算しないと。今後は無理に盾にならなくていいわ。挑発だけで十分よ」
「……考えとく」
カテリナはリーダーとして、アキラの実力を考慮して言っているつもりだったが、アキラは気に入らない。盾役としても働けないのでは役立たずではないか。実際そうなのだが、悔しい気持ちは隠せない。
カテリナがレナードたちの怪我などの確認に行ってしまうと、アスタルがアキラに近づいた。
「他のパーティーのことだから口出しはしたくないが、同行する以上、言っておく。悔しいだろうが逸って勝手な行動はすんなよ? オレたちまで巻き添えはごめんだ。ここにいる以上、おまえは一人前に扱われて当然なんだ。そして一人前というは能力だけの問題じゃない。与えられた仕事ができるかどうかだ。おまえはまず仕事をこなせ。できないうちは、ただのお荷物だ」
「……」
アキラは答えなかった。そんなのは言われるまでもない。自分でわかっていた。だが、自分ができる仕事とやらがあるのか? 何をするのが正解なのだ? お荷物がこの迷宮をクリアするためにはどうすればいい? 異世界チートでもなければクリアできないクソゲーじゃないか。
「どう、あの子は?」
自パーティーのもとに戻ってきたアスタルに、エリンが小声で訊いた。彼女から見ても、アキラは初心者丸出しの問題児だった。
「カテリナがあいつを入れた理由がまるでわからない。見込みがあるようにも思えないが……オレたちがどうこう言うべきでもない」
「巻き添えは勘弁だよっ」
「それは言った。言ってわかるようなことでもないがな。フォローはカテリナがするだろ」
アスタルが放置を決め込むそばで、今度はレナードがアキラに近づいた。
「見事に吹っ飛ばされたな! だが、生きているなら問題ナシだ!」
「そういう問題か」
カテリナとアスタルにヘコまされたアキラには、師匠の言葉も皮肉に聞こえる。
「そういう問題だろ? 死んだら終わりじゃないか。だが、あれは失敗だな。オレでもあの一撃は押さえられないだろう。さて、おまえならどうする? 何か策はないか?」
「……一つ、考えていることはある。でも、通用するかは自信がない」
「ならやってみろ」
「いいのか……ですか?」
アキラはあっさり承認され、呆気にとられた。また否定されるものと思っていた。
「試しもしないでダメもクソもないだろ。ダメなときはまた考えればいいじゃないか。そもそもおまえに盾役を任せているのは、それしかできそうもないからだ。他に何かできるなら、それを証明してみろ」
「師匠!」
「そうはいっても、今のおまえは体力がない。いざというときに自分を守れる武力もない。その下地づくりも大切だ。前衛をこなしながら、自分を突き詰めるんだ。日々の努力は裏切らないぞ」
「はい!」
キラキラするアキラ。笑って肩を叩くレナード。周囲の目は点だった。
『さすが熱血の赤。ふてくされかけてたアキラが復活したよ』
『あれが三日兄様のいいところよ。いいフォローをしてくださるわ』
『カティーは言い方が悪いよ』
『悪役ですもの』
『そのネタ、こすりすぎじゃない?』
『ネタってなによ』
幸い、アキラ以外は無傷ですんでいた。万全を確認して行軍を続ける。
「カテリナ、さっきの術はオリジナル?」
エリンが彼女に近づいて訊いた。
「ええ。トロールがいると知って創っておいたの。トロールの再生力を封じるには焼くしかないから」
「よくそんな簡単に魔術調合できるね。わたしがやったら三ヶ月はかかりそう」
「基本は【風刃】よ。それに延焼効果を追従させただけ。二つの魔術をタイムラグをつけて発動しているようなものよ」
「だけとか簡単に言うなっ」
エリンは苦笑いしかでない。
「発動手順が欲しいなら教えてあげるわよ?」
「ホントに!? ……でも新魔術は協会に特許申請すればお金が入るじゃない。いいの?」
「特許料なんていらないわ。申請しないとうるさいからしてるけど、わずらわしいだけよ。開発を楽しみたいだけなの。面倒だから、あなたが特許申請してもいいわよ」
「あはは~、それはさすがに……」
魔術の研究開発を志している術師としては、カテリナが妬ましい。だが、それだけに他人の成果を掠めて誇るような真似はしたくなかった。
カテリナはエリンの引きつった笑顔の理由がわかった。同じ術師として、気持ちの良い反応だった。
「あなたは研究者としての素質があるようね。常に新しい魔術に興味を持ち、素直に教えを乞う姿勢は好ましいわ。そのまま精進すれば自分の望む魔術を創れるようになるわよ」
「そ、そっかな?」
「ええ、保証するわ」
年少の術師に褒められ、エリンは嬉しくなった。魔術学校でも成績は中位で、卒業後も魔術協会の研究室に入れなかった彼女は、魔術研究を続けるには迷宮でお金を稼ぎ、腕を磨き、さまざまな魔術に触れるしかなかった。道を外れているのではないか、遠回りしているだけではないかと思わない日はない。それが今、少しだけ正しかったのかも知れないと感じられた。
しかし、それは生きて迷宮を出られたらの話である。
二度目の遭遇戦はすぐに訪れた。
井戸の部屋の前に、キマイラが陣取っている。体長3メートルはあろうかという山羊をベースに、獅子の頭部と、蛇の頭をした尾を追加したような魔獣である。獅子の頭部は炎を噴き、山羊の頭部は魔術を使い、蛇の尾は毒液を吐く。
「カテリナ、攻撃より防御優先だ」
アスタルが先行するパーティーに声をかけた。
「わかったわ。セット、青、緑、白……。オーダー11、ゴー」
カテリナは二秒で目的の魔術を合成し、実行する。この場にいる全員に【高位防御膜】がかかった。物理・魔術・耐熱・耐電撃・耐毒など、各種の専用防御魔術ほどではないが、すべてをある程度防いでくれる万能魔術である。
「ありがたいが、やりすぎだ。魔力が持たないぞ」
「死んだら元も子もないでしょ。それに後はお任せして見物させてもらうわ」
アスタルに答えてカテリナは壁に寄りかかった。さすがに11人分は無茶だと自分でも思う。これなら先手必勝で【雷蛇】をかましたほうが消費も楽だっただろう。だが、それではいつまでたっても経験が積めないのだ。この先を見据えるなら、アキラとメモリの成長は必須なのだから。
『メモリ、やれるわよね?』
『まっかせてー。死なない体は怖いもの知らずだからね!』
カテリナはフッと笑った。たしかに、メモリは死ぬことがない。どんな無茶もできる。先のようにトロールの懐に飛び込むことも、せいぜいスリルを味わう程度なのだろう。おそらくこの場で最強なのは彼女だった。メモリがいれば本当に迷宮をクリアできると、カテリナは思いはじめていた。
が、調子に乗って一番槍とばかりに飛び出していったサイサリスは、キマイラの山羊頭から魔術を喰らって【拘束】され、獅子の口から吐き出される炎で焼かれた。
『うわわわわァ! 焼ける、焼けるぅ~……!!』
『馬鹿メモリ! 早く逃げなさい!』
『待って待って、魔術ってこんな強いの!? 拘束が切れないィィ!』
『魔術抵抗しなさい! あとはパワーよ! あなたの大好きなパワーで断ち切るの!』
『ふぎィィィ! 焼かれて肉が焦げて固まるぅ! ロースト・メモリ! そのままロスト・メモリー、なんちゃってェェェ!』
『……けっこう余裕じゃないの』
「おい、あれ、ヤバイんじゃないか?」
さすがにレナードが心配する。
「そうみたい。考えてみれば魔術を受けるのは初めてね。魔術には弱いみたいね」
「冷静に分析してる場合か!」
レナードとアキラが走り、クロムが弓で、エリンが魔術で援護する。キマイラはサイサリスへの攻撃をやめ、素早く回避した。元が山羊だけに敏捷である。
『あー、助かった。致命傷ですんだ』
『致命傷なら死んでるわ』
『そのツッコミ、新鮮だなぁ』
『馬鹿! 治りそう?』
『うん。ちょっと時間はかかるけど、核石は生きてるから』
サイサリスは復元を急いだ。
「アキラ、任せていいか!?」
「はい、試してみます!」
「よし!」
レナードはアキラの背後についた。少年が盾を構え、突進する。
キマイラは迫る大盾に、魔術も炎も意味を成さないと判断したのか、巨体と脚力を活かして体当たりを敢行した。
「だから、相手の体格を考えろと――」
アスタルが舌打ちしたとき、アキラは急停止して盾を前方に突き立てた。
「【拘束】!」
床から石の鎖が飛び出し、それはキマイラを――捕らえず、アキラの盾に絡みついた。
周囲が鳴動するほどの衝撃音が轟く。キマイラは強固な盾に阻まれて、突進を終えた。
「よくやった! 背中借りるぞ!」
レナードがアキラの背に脚をかけてジャンプし、さらに大盾も踏み台にして高く舞い上がった。
「ひっさァつ! ブレイブ・バーニング・スラッシュ!」
炎を纏う剣が山羊の頭を跳ね飛ばす。そのままキマイラの背に着地し、不安定になる前にもう一度跳び上がった。
「もう一丁ぉ!」
今度は縦斬りで山羊の体を前後に切り分けた。
「アキラ、よくやった!」
「はい!」
親指を立てるレナードに、アキラも返した。
「足りない強度を魔術で補ったか。キマイラにではなく、盾に【拘束】とは考えたもんだ」
アキラの機転に、アスタルは素直に感心した。もしキマイラにかけていたなら、おそらく効果は一瞬にも満たなかっただろう。キマイラの膂力であれば、簡単に拘束を解いて突進を続けたに違いない。そうなれば、今度こそアキラは死んでいたかもしれないし、レナードも巻き込まれていたであろう。
「……だからといって、成功するとは限らなかったんだがな」
「でも、あのコにはあれしかなかったんだよ。失敗すれば、どのみち先はなかったと思うよ」
エリンが先輩探索者の目で評した。アスタルも同意見だった。
そんな評価を受けているとは知らず、アキラは焦っていた。
「カテリナ、盾が動かない!」
「それはそうでしょう。魔術で固定しているのだから。10分はそのままなのは知っているでしょう」
「解除はできないのか?」
「あらかじめ解除用の合言葉を仕込んでおけば可能よ。次からは解除コードを頭で唱えてから発動しなさい」
「わかった。ちょっと試してみる」
壁に向けて【拘束】を撃ち、即座にそれを消した。
「できたようね。こっちは【解魔術】するわ」
カテリナが魔術カードに数回触れると、アキラが盾にかけた拘束の鎖が消えた。倒れかかる盾を少年が慌てて支える。
「助かった。けど、慌てて使うと解除コードを忘れそうだな。……なぁ、【解魔術】って覚えるのは大変なのか?」
「どうかしら? カシャーン・カードのように直接覚えこませるわけではないから、素質は必要よ」
「試すだけでもいいから教えて欲しい」
「わかったわ。迷宮を出たらね」
「ありがとう!」
そんな会話をしている合間に、サイサリスは復元を終えた。
『フンッ。フンッ!』
『何をしているの、あなたは』
『いや、パワーで鎖を切れないかなって』
『できそう?』
『ダメそう。キマイラの魔術ってけっこう強いんだね』
『次からは気を付けなさいよ』
カテリナはサイサリスの鎖も【解魔術】した。
「おい、動けるようになったなら部屋に入るぞ。たぶんそこが井戸だ」
アスタル組も集まってきた。
一戦終わった後の緩みである。
ゆえに、気付くのに遅れた。
風切り音と、血の匂い。
後方を歩いていたエリンの背に、黒い鉄の矢が突き刺さっていた。
おまけ
『さっき口ずさんでいた歌は、あなたの世界の歌?』
『そうだよ。わたしの国の子供は、みんな歌ったことがあると思う』
『え、あなたの国の子供って、あんな悲しい気な歌を歌うの!?』




