14 異世界の普通の人間 5.21
迷宮から引き上げ、エンキドゥの酒場で夕食兼ミーティングが終わると、明日の集合を決めて解散となった。明日の目標は地下6階の色迷路攻略だが、それは最終目標である。運と試行錯誤を経なければクリアはできないとわかっているので、最少目的は戦闘10回としている。
酒場の外でそれぞれが道を分かつ中、カテリナはアキラだけ呼び戻した。
「もう少し話せる? 確認しておきたいことがあるの」
「……まぁ、そうだよな」
アキラも尋問は予測していたので素直に従った。
カテリナは酒場のマスターに頼んで、二階の一室を借りた。宿泊用ではなく、密談用の部屋だ。
部屋の中は質素である。テーブルとイスが四脚、そして照明としてランタンがあるだけだ。そこにカテリナとアキラ、サイサリスが入った。
「あなた、異世界人と言ったわね?」
カテリナは前置きなく切り出した。メモリはギョッとしたが、態度には出さなかった。
「そうだと言って信じるのか? 極東の外国人と思っているんだろ?」
アキラとしては訝しむしかない。今さらそんな話を蒸し返したところで信じるつもりがないのだから無駄であろう。
「異世界という存在を否定するつもりはないわ。私は魔術を学んだ者として、異世界はあると信じているわよ」
「そうなのか?」
「ええ。考えてごらんなさい。魔界の悪魔、神界の神、妖精郷の妖精、すべてが異世界で異世界人よ。この世界の人間と異質であるゆえに、畏怖もしくは畏敬の念で『悪魔』『神』『妖精』と区別はするわ。でも、彼らも各世界では普通の住人なの。わかる?」
「なんとなく」
「反対に、あなたが私たちに近い外見だからといって、この世界の住人とは限らない。異世界の人間であってもおかしくはないの。ただ、似すぎるゆえにみんな信じられないだけ。でもあなたが言いはるのなら信じてもいい」
「オレは異世界人だ」
アキラは目をそらさずに言った。
「わかった。その前提で話をしましょう。あなたはどうやってこの世界へ来たの?」
カテリナの問いに、アキラよりメモリが反応した。
「覚えているのは5月14日の放課後、学校から出た直後に雷に撃たれたこと。そして気付いたらこの街の外れで気絶していた」
『わたしと同じ! この人、きっとわたしのそばにいたんだ! てことは、同じ学校の人!?』
『可能性は高いわね。確かめるために本当の姿になってみたら? あなたを知っているかも』
『……』
メモリは戸惑った。なぜか答えを知るのが怖かった。知ってしまうと、この魔法が解けてしまうのではないかと不安になった。もう少しこのままがよかった。
答えないメモリに、カテリナは告げた。
『……答えを急ぎたくないならいいのよ。その気になってからでもいいの』
『ごめんね。もう少し待って』
メモリは心からホッとした。カテリナも内心では安堵していた。
『焦ること、ないわ』
カテリナは意識をアキラに戻した。
「自分の世界とは違う場所に来て、あなたはどう思ったかしら?」
「オレもダテにオタクはやってないからな。異世界転移と気付いてしまえば、受け入れるのは簡単だ」
「おたく?」
「ある種の趣味を深く愛し、没頭し、考察し、研究し、実践する者たちだ。異世界やゲーム内への憧れは、今や一つの文化だ」
『話半分で聞いて。全異世界人がこうじゃないからね』
『あなたは?』
『……彼と同じ側』
『でしょうね。わけのわからなさがそっくりよ』
「まぁ、いいでしょう。それで、受け入れた結果が迷宮攻略なのね?」
「そう。元の世界に帰るためには、これしかないと思った」
「なぜ?」
「この街と迷宮が、オレの知っているゲームと酷似するから。もちろん、クリアして帰れる保証なんてない。でも、呆然としていても何も解決しないだろ。可能性を一つずつ潰すしかないんだ」
カテリナはこれ以上、彼の元の世界や帰る方法について訊ねても無駄だろうと思った。こちらから提案できる策もない。なので現状に関わる話に舵を切った。
「そのゲームとやらの迷宮について訊きたいことがあるの。王家の宝を盗んだ魔術師について教えて」
『カティーの大叔父さん……』
『この現実世界ではね』
カテリナはメモリのつぶやきに言葉だけ返した。
「名前はワルドナー。王の側近だった。目的は不明。ゲームをクリアしても説明はなかった。あくまで舞台装置としてのラスボス……最後の敵だった」
「舞台装置ね……。その王様にも設定はないの?」
「ボルドー王にもなかった。ワルドナーの持っていた王家の秘宝を王様に返すと、その時点で『あなたは国を救った英雄である!』ってメッセージが出て終わるだけ」
『つまんなそうなゲーム……』
メモリは興味なさそうにつぶやいた。
「この世界の迷宮と、ゲームの迷宮の差は何かあるかしら?」
「マップの大きさやランダム性、フロア移動の転送機があるところなんかはいっしょだ。明確に違うのが、『青水晶の欠片』の存在と、6階の色迷路かな」
「どちらもゲームにはないのね?」
「ああ。似たようなギミックを持つゲームは別にそれぞれある。どちらも古典RPGだな。どこかでKEIMATOBI!が出たら完璧だね」
「そのゲームをしたことは?」
「ない。けど、昔の攻略本を読むは好きだから、一通り知ってる」
『メモリはどう思う?』
『この世界はわたしの知ってるゲームと彼の知っているゲームが合わさってるって感じたかな。同じ日に、同じような経緯でこの世界に来た。その際に世界にも影響を与えたとか?』
『迷宮ができたのは30年前よ?』
『あ、そっか。んー、でも異世界まで来ちゃうんだから、時間もどうにかしちゃったとか』
『私はそんなの認めないわ。それではこの世界がゲームと認めるようなものよ。大叔父様はあなたたちのゲームで動かされたわけではないわ!』
『ごめん、そういう意味で言ったわけじゃないんだけど……』
『わかってるわ。でも、自分でもそれを疑ってしまっていたから悔しかったのよ』
落ち込むカテリナに、メモリはかける言葉がなかった。
「なぁ、オレからもいいか? こっちの迷宮の魔術師の名前ってなんだ? 誰に聞いても知らないと言われたんだけど」
カテリナは顔を上げた。
「……私も知らないわ。30年前、秘宝『青水晶の護符』を盗み、この地に迷宮を造って地下にこもって以来、前国王陛下は彼の名前を永久に抹消したの。だから『狂魔術師』と呼ばれるのよ」
「そうなのか。でも、30年くらいなら、まだ当時を知っている人がいるんじゃないのか?」
「それはいるでしょうね。けれど勅令で抹消された名前を口にする者はいないわよ」
「専制君主おそるべしだな」
アキラは納得したように何度かうなずいた。イスが揺れて、机に立てかけていた盾が倒れた。それを拾って壁側に寄せるアキラを見て、カテリナはふと思った。
「……そういえばあなた、初めて会ったときから武具を揃えていたわね。どうやってお金を稼いだの? まさか――」
「巻き上げたわけじゃないからな! この初期装備はちゃんと自分のお金で買ったんだよ」
「異世界でも同じお金とか言わないでしょうね?」
「言わない。学校の制服を売ったんだ。こっちでは珍しい素材だからって、高く売れた。というか変なオヤジにムリヤリ買い取られた。おかげで今日まで生きてこられたけど」
『ああ、なるほど。ポリエステルなんてないだろうし』
「そろそろお金がヤバイと思ったところにピース取りやってくれたから、ホントに助かったよ。今日だって助けてもらったから無事ご飯が食べられた。ありがとう」
「どういたしまして。話を戻して、他にあなたの知るゲームとこの世界の迷宮とは違う点はあるかしら? なければ話は終わりよ」
「明確に違う点があるにはある。でもこれは迷宮というより、世界観からして違うってカンジだろうな」
「それは?」
「魔法。魔法の名前からして違うし、発動条件も違う。種類だってこっちのが断然多いし、職業によって使える魔法に制限もない。そもそも職業もないし。あと、ゲームでは魔法によってレベルがあって、レベル5魔法なら一日一回、レベル3なら五回とか撃てる回数が決まってる。こっちは魔力制だろ?」
「魔力制という言葉自体が初耳なのだけれど、言わんとすることはわかるわ。魔力が尽きるまで自分で選んで魔術が使える。それと、魔法と魔術は別物よ」
「うん、やっぱり違う。ゲームだったらシステム根幹に関わる問題なんだけどな。やっぱりゲームじゃないってことなんだろう。でもだとしたら、なぜ迷宮は似ているんだ?ってなるんだけど」
「そうね。でもそんなの考えてもわからないし、私たちからすれば、異世界人のあなたが勝手に自分の都合に合わせたがっているとしか思えないわ」
「それもそうだ。だから考えるのをやめる」
アキラはさっぱりした顔で言った。カテリナは彼に、レナードの気質を感じた。
「それでは話は終わりよ。また明日――」
「こっちもいくつか訊きたいんだけど?」
「なにかしら?」
「話がはじまったときから気になってたんだけど、あんた、オレ以外のオレの世界の人間を知ってるんじゃないか?」
「……!」
『……!』
カテリナとメモリは驚いて動きが止まった。
「おかしいんだよな。オレを異世界人と信じるのはいいとして、その世界について詳しく訊こうとしない。ありえるか? 異世界だぜ? 気にならないわけないだろ。それこそ魔法を学ぶ人間なら、異世界に興味がわくだろ。なのにあんたが訊いたのはゲームのことばかり。それはすでにオレたちの世界を知っているからじゃないのか?」
「……」
カテリナは迷った。彼女自身は話してもかまわないのだが、メモリが足踏みしているのを無視できないからだ。
『……カティー、いいよ、話しても。必要だと思うなら』
『必要ではあるわ。でもね、今のあなたの様子を見て言えるわけがないでしょう』
カテリナはふぅと一息ついて、アキラの目を見た。メモリと同じ色の目を。
「……ええ、知っているわ。もっとも、伝聞や書物の中だけよ。それによれば、過去にも異世界人が現れ、いくつかの技術を落としていったの。例えば時計。通信塔。汚物浄化施設。薄く滑らかな紙。そういったものが多くあるわ」
「やっぱりそうかぁ! 現代地球人ムーブがあったんだ!」
アキラの顔がパァっと明るくなった。
『え、ホントに!?』
『本当にあるわよ。異世界人が造ったかどうかは別にして、先端技術を並べてみたの。あなたの世界はそれなりに発展してるみたいだから。数学は遅れてるけれど』
『あれはわたしがバカなだけー!』
『わかってるわ』と辛辣に答えて、カテリナはアキラにはったりを続けた。
「ただ、この話は魔術協会でも極秘扱いされているの。他言無用よ。理由はわかるわね?」
「ああ、予測はつく。過ぎた技術を悪人の手には渡せないからな!」
『……それが理由?』
『いえ、それらしいこと言ってみただけよ。この人、自分の理屈が好きそうだから、自分で勝手に自分を縛ってくれると思って』
『う~ん、オタクって……』
「それで、その人はどうなったんだ?」
「想像にお任せするわ」
「……あまり自分が異世界人だと言わないほうがいいな」
「ええ、おたがいにね。私もあなたの仲間と疑われてはたまらないわ。だから余計なことは訊かなかったの」
「そうか。納得した」
『納得するんだ!?』
「今後はあなたをただの探索者仲間としてしか見ないわ。あなたもそのつもりで」
「わかった。よろしく頼む」
「こちらこそ」
二人は握手をして秘密会議を終えた。
酒場を出た二人の前に、赤髪の戦士が待っていた。
「話は終わったか?」
「レナード様、帰られたのでは?」
「いやなに、アキラに用があってな」
「オレですか――て、その人たちは?」
アキラの視線がレナードの足もとに移る。数人の男たちが呻きながら転がっていた。
「強盗です。刃物を向けて来たものですから返り討ちにしました」
背後のコーネルが鼻を鳴らす。
「お二人の装備は目立ちますものね。お金持ちだとアピールしているようなものです」
「どうでもいい。ともかくアキラを借りていくぞ」
「ええ、私もどうでもよいですわ」
カテリナはさっさと自分の宿へ向かった。
『いいの?』
『大丈夫よ。あなたもいいかげん、レナード様をわかってるでしょ?』
『うん。単純明快筋肉元気』
『なにそれ』
カテリナは笑いをこらえて歩いた。
残ったアキラは黙ってレナードを見ていた。
「行くぞ。選択権はないからな」
「だろうね」
アキラは大人しくついていった。
迷宮街を囲む三重防壁の内壁に近い、人気のない場所に着くと、レナードは背負っていた物をアキラの足元に投げた。重い音がした。
大盾、一般にタワーシールドと呼ばれる物だ。
「おまえはこれから、それを持って戦うんだ」
「え?」
「今日一日、おまえの力を見た。ぜんぜんダメだ。はっきり言って足手まといにしかならない」
「……!」
「むしろ今までよく生きてこれたな。強運だけは認めてやる。反論はあるか?」
「……ない」
歯を食いしばり、アキラは肯定した。自分でわかっていた。カテリナをはじめとしたパーティーの凄さを、強さを。比べて自分は地下1階をどうにかやっていけるレベルだということを。
「オレたちはおまえの成長を待っている時間も、育てる理由もない。だから自分で決めろ。オレたちの盾になるか、パーティーをやめるか。今のおまえには盾以外の役割はない」
「……追放じゃなくてか?」
役立たずは追放がデフォルトだと、彼の愛読書には書いてあった。そこから逆転が起きて主人公となるのだ。本の中では、である。
「追放? そのほうがいいならそうしてやるが、自分のことも自分で決められないのか? おまえ、プライドもないのか?」
「あるよ! ……少しは。それに、あんたたち以外で最下層を目指すヤツらがいないんだ、石にかじりついてでもついていくさ!」
「よく言った。その盾をかまえろ」
レナードはニヤリとし、剣を抜いた。
アキラはビビりながらも盾を拾い――その重さによろけた。
「足でもガッチリ支えていろ! いくぞ!」
レナードは本気で剣を叩きつけた。衝撃が盾を貫通してアキラの腕を、体を襲った。それでも一歩も揺るがなかった。
「さすがに硬化魔術付与付きの盾だ。オレの一撃を受けて傷も付かないとはな。逆にショックだが、値段分は効果ありってことか」
レナードは盾の表面を複雑な顔で眺め回した。
「それとアキラ。いい根性だ。盾のおかげとは言え、オレの攻撃をよく受け切った。褒めてやる」
盾の上から顔を覗かせ笑うレナード。アキラは痺れる手の調子を見ながら、苦笑いを浮かべた。
「これからはオレが槍術を教えてやる。ある程度できるまでは、おまえは盾役だ」
レナードはコーネルが持っていた短槍を受けとり、アキラに渡した。
「オレを育てる理由はないんじゃ……」
「できただろうが。仲間を鍛えるのは理由になるだろ」
「……!」
アキラは感動に言葉がなかった。
「言っとくが、オレは加減が得意じゃない。必死で喰らいついてこいよ。時間がないのは本当だからな」
「はい!」
その夜、アキラは魔力が切れるまで自分に【治癒】を使うことになったが、筋肉痛は治らなかった。
おまけ
「アニキ、いやしたぜ! あの赤頭の男でさァ!」
「あいつか。よくも子分どもをやってくれたな。くっくっく、わざわざ人目のつかねーとこにいるたァ、バカなやつらめ。おい、おまえら、一斉にやんぞォ!」
「ヒャッハァァァァァ!」
「……ん、なんだあいつら?」
「どうやら先ほどの強盗の仲間のようですね」
「そうか。ちょうどいい。アキラ、おまえはそこで盾を構えて一歩も動くな。オレたちの背中はおまえが守るんだ」
「はい!」
「スカしたガキが、身包み剥がして吊るしてやらァ!」
「必っ殺! ブレイブ・バーニング・スラッシュ!」
「「「ぐわわぁぁぁぁぁ!!!」」」
「まずは三人」
「な、なんだあいつは!? 術師か!」
「ブレイブ・バーニング・スラッシュ!」
「「「のわぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
「バーニング・スラッシュ!」
「「げげべぇぇ!!」」
「バスラ!」
「ぐおぉぉぉぉ!!!」
「スラ――」
「レナード様、もう敵はいません」
「なに? そうか。久々に合法的に葬り去れたのにな。もう少しやりたかった」
「殺りたかった……?」
「アキラ、言っておきますが、全員、生きていますからね」




