第59話
魔界に、静かな冬が訪れていた。
ザーザーと細かな雪が降りしきり、畑の跡地はすっかり真っ白なキャンバスに変わっていた。
村全体が柔らかな銀世界に包まれ、遠くの木々さえ白い綿をまとったように静まり返っている。
勇者邸の縁側に腰掛けたマサは、膝に手を置き、ゆっくりと息を吐いた。
ハァッ……と白く広がる息が、すぐに冷たい空気に溶けていった。
外の雪景色をぼんやり眺めながら、遠くでアインやツヴァイたちが楽しげに走り回る姿を目で追う。
隣に座っていたリリィが、マサの息遣いに気づいてくすっと笑った。
「温度調整の魔法で温めておけばいいんじゃないの? って顔してるわね」
マサは少し肩をすくめ、雪に覆われた畑を指差した。
「……ある程度は自然に任せた方がいいんだろ?」
リリィは頷き、答えた。
「ええ。作物だって寒さに耐える力が必要になるのよ。魔法で全部守っちゃうと、春の芽吹きが弱くなっちゃうわ」
マサは首を軽く傾げ、改めて白い畑を眺めた。
「……そういうものか」
雪が静かに降り続ける中、二人はしばらく無言で外の景色を眺めていた。
冷たい風が時折縁側を撫でるが、邸の中から漏れる暖かな灯りが、心地よい安心感を漂わせていた。
リリィはマサの肩を軽く叩いた。
「十分冬は越せるし、困ったらセリーヌが王都から何か買ってくるから、ドンと構えてなさい、村長」
「みんながいてくれて助かるよ」
雪が縁側の屋根からぽろりと落ちてきた。
マサはそれを指で払いながら、遠くの白い森を見やった。
「なんか懐かしい光景だなぁ」
リリィが怪訝そうに眉を寄せた。
「懐かしいって、雪なんて毎年見てるじゃない」
「なんていうか……、前までは雪ってただの邪魔者だったけど、ここで見ると、なんか違うんだよな。平和な感じで見るのがな」
リリィも小さく頷いた。
「……そうね」
マサは積もった雪を指でそっと掬い上げた。
冷たい感触が指先に染み、すぐに軽く丸めて小さな雪玉を作ってみる。
白い息を吐きながら、ぼんやりとそれを眺めた。
「……雪合戦とか、してみたいな」
隣のリリィが、ぷっと小さく吹き出した。
「なにそれ、急に」
マサは雪玉を軽く転がしながら、懐かしげに笑った。
「雪を丸めて投げ合って遊ぶんだよ」
リリィはくすくすと笑いを堪えきれず、肩を震わせた。
「あんたが本気出したら、みんなの頭吹き飛ぶんじゃないの?」
マサは一瞬目を丸くして、すぐに苦笑いを浮かべた。
「……それもそうか」
彼は雪玉を軽く放り捨てた。
ポトリ……と小さな音を立てて雪面に落ち、ふんわりとした穴を開けた。
雪玉はすぐに周りの白に溶け込み、跡形もなく消えていった。
二人は雪玉の跡を見ながら、しばらく静かに雪景色を眺めていた。
マサは白い息を吐きながら、ぼんやりと呟いた。
「……普通の冬って、こういう時、何して過ごすんだろうな」
リリィは一瞬、言葉を失ったように視線を雪面に落とした。
少し間を置いて、頰がぽっと赤らみ、慌てて視線を逸らした。
「……それは……まぁ、暖かい部屋で、そういうことしてる家庭が多い、とは思うけど……」
マサは目を丸くして、すぐに苦笑いを浮かべた。
「……なんか、健全なのか不健全なのか、分からなくなってきたな」
「あんたが変な質問したんだからね!」
リリィは照れ隠しにマサの肩をポカッと小突き、慌てた仕草で顔を背けた。
でも、すぐに二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い出してしまった。
雪の静けさの中、その笑い声が小さく響いて、すぐに冷たい空気に溶けていった。




